精神的に脆い子とは
「九条せんせっ、私、死んじゃいたい!!!」
そう俺に咽び泣いて告げてから、本当に首吊り自殺をした患者を知っている。それからというもの、俺は患者に何をしてやれば良いのか、どう接すれば良いのか、正解が分からずに、ただひたすらに俺が、俺の家族が、生きていくために仕事をしている。
俺が患者の生きやすい世界を創れれば。何度も何度もそう考えては、この世界の均衡を崩すことは、また誰かの生きづらい世界を創ることになる、という結論に至る。
「良さん、来羅は精神的に脆かったのかな?」
それは君が一番よく知っていることじゃないのか?と物思いにふけっている彼の横顔を見て思ってしまった。また脳内で黒崎くんとの思い出を呼び起こして、瞳を潤ませている君のが。
「自殺者が精神的に脆いわけじゃないさ。ただ逃げ道がそれしかないと思わせた、こちら側の責任だね」
俺も過去の記憶が蘇ってきて、言いながらも泣いてしまいそうだった。時間が経てば、環境が変われば、自ずと人間なんて、死にたくなくなるもんさ。お前はその間の繋ぎなんだよ。薬で誤魔化し誤魔化し、生かしてやれ。そんな先輩の言葉を聞いて、俺は頷きはしたものの、喉につっかえる違和感を感じていた。
「泣いちゃえば?葬式なんだし」
そんな一言で、堪えていたものが溢れ出てきてしまった。俺はズレている、私利私欲で泣いている。泣きながら、「ごめん」としか言えなかった。俺が泣くべきところじゃないのに。
お坊さんのお経を聞いて、気持ちを落ち着かせた。精神的に丈夫も脆いも、ないと思う。楽観的と悲観的、どちらが精神的に正常なのだろうか?不自然な世界で異常になってしまっても、それは仕方のないことじゃないのか?頭ん中で突飛な思考が、ぐるぐると回る回る。
「黒崎くんが大切にしてたものとかはないの?」
「愛情、それだけは欲しいって」
即答された、はにかむように笑いながら。
「恋人でもいたのかな?」
「さぁね、隠してたからわかんない!」
青年は無邪気な笑顔で楽しそうにしている。が、誰かを一点に見つめ、その人を目で焼き焦がすかのように、じっと。目線の先を追おうとするも、みな同じような黒い頭であまり分からなかった。
「両親は?」
「ふふっ、家庭崩壊してたよ。何であの人が泣いてんだろうね。嬉し涙かな?」
そう言うと、彼はだらけた背筋と首を伸ばして、遺族の方を覗き込む。そして、わざとらしく大きく口を開けて、爆笑の形にしてから、直ぐに口を閉じる。椅子にもたれかかる。つまんなそうに、俺の手を掴んで指をいじくる。
「黒崎くんの家族が嫌いなの?」
「来羅を怒鳴って殴ってたんだよね〜、可哀想に。あっ、サンドバッグが亡くなったから悲し涙かぁ」
合点がいった、というように、せせら笑い、俺の結婚指輪を外そうとしている。
「取らないでよ?」
「あのさぁ、理想と現実のギャップで苦しむならさぁ、初めから理想なんて見せんなよ、って思わなーい?」
彼は弄んでいた俺の手と指を絡めて、揺さぶって、馴れ馴れしく問いかける。救いを求めるような、指を絡めてできた手に、恋人つなぎなんて名を付けたのは、何処のどいつだろうか。
「理想って?」
「結婚とか家族愛とかクソ喰らえだっての!」
テンションを高めに、何かを誤魔化すように、笑う青年は、ちゃらんぽらんだけど、何処か苦しそうで、彼を救えるような言葉をかけたい。けれど、過去のトラウマから返答が遅くなってしまって、彼は諦めたようにそっぽを向いた。絡めた指もいい加減に外そうとして、彼が力を緩めたところを、俺が握り直して離さなかった。
「理想を見せるのは、誰かを喜ばせるためだよ。フィクションでもノンフィクションでも、感動的だと思うことはあるだろう?それに感化されて……」
「ムカつく、俺は理想の世界には入れない。劣等感でいっぱいになんだよ。あぁ、それならいっそ、みんなみんな現実以下のクソを見せてくれよ」
握りしめた手に額を押し当てて、抑圧した声を潰しながら出している。抑圧された願望を口にするみたいに。人肌の水滴が俺の手の甲を伝う。
「……そうだね」
「お前の幸せそうな顔が、大嫌いっ!!!」
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