不謹慎とは
棺の上に腰掛けて座る一人の青年。誰もその青年には目もくれず、各々が悲しみに耽っている、その雰囲気に飲まれている。マナー違反など気にかけている余裕がないほどに。
「先生」
青年がそう呼んでから、スーツを着た男性に駆け寄っていく。この葬式場の中で一際、涙を流している彼の元へ。慰めているのか、調子外れな笑顔がとても輝いてみえた。目立ってて、浮いているからだろうな。つい、その青年を俺は目で追っていた。
「おじさん、おじさんは何でここにいるの?」
「え?あぁ、娘の付き添いで」
目で追っていたのが不審がられたのか、突然声をかけられた。そして、その青年は俺の隣りの席に座った。
「僕、葬式って好きなんですよね〜」
「へぇ、何で?」
「あれ?不謹慎だって、怒んないの?」
大きな目をさらに丸くしてから、こちらの顔を覗き込んできた。挑戦的な笑みを浮かべて、俺の答えを待ち望んでいる。
「職業柄ね、怒れなくなって」
「そうなんだぁ、僕知ってるよ。おじさんの仕事」
「え?」
「お医者さんでしょ?それも、お医者さんの中でも、心の病気を治してくれるお医者さん」
「ふふっ、すごいね。何でわかったの?」
俺はこの青年のことを何も知らないのに、職業を完璧に言い当てられたのがおかしくて、何かのマジックを見せられている気分だった。
「僕が『先生』って呼んだ時に、おじさんも一瞬、自分のことかなって思ったんじゃないの?」
「あぁ、そうだね。思ったよ。でも何で精神科医のことまで?」
「それは秘密!」
と青年が白い歯を思いっきり見せて笑ったと思えば、次の瞬間には「あっ」とその口を手で覆って、「葬式では笑っちゃいけないんだった」とそのルール自体を笑うように、手で隠した上で笑った。
「不謹慎、なのかな?」
葬式で笑うこと、それが不謹慎なのかそうじゃないのか、俺にはよくわからない。死んでくれて嬉しい、だから笑う。それなら、不謹慎だとは思うけど。
「葬式ってさぁ、みんなで故人の死を悲しもうって式じゃないと、僕は思うんだよね。みんなで最後に故人へ思いを寄せようって式だと思うの。だから、好き」
そう青年は独り言のように呟いてから、故人との思い出を脳内で呼び起こしているのか、何処か一点を見つめていた。
「おじさん知らないでしょ?死んだ子が誰か」
「うん」
「不謹慎だよ、教えてあげる」
そう今にも泣き出しそうな、潤んだ目で言われ、俺は彼に同情しかできなかった。言い換えれば、俺自身を不謹慎な悪者にした。
名前は、黒崎 来羅。俺の娘と同じクラスの高校二年生で、十七歳。彼の話によると、クラスではあまり目立たない存在で、いてもいなくても変わらない、空気のような人間だった、という。なのに、こんな盛大な葬儀が執り行われるなんて、と笑った。
「君はその黒崎くんのことをあまり好ましく思っていないの?」
「好きとか嫌いとか、ないよ。そんなの」
青年はどうでもいいというような態度を取る割に、
「それじゃあ、黒崎くんとの思い出は?」
「ん?それは誰よりもあるね」
と手のひらを返したように、誇らしげに言い出すので、俺の方が混乱しそうだった。
黒崎 来羅とは、一体どんな人間だったのか。この葬儀の間、二、三時間くらいは考えてみてもいいんじゃん?と彼に勧められた。
「良さん、あれ見た?あの棺の中身」
「見てない」
「見ない方がいいよ、かなーりグロいから」
そう言い、キャッキャと笑う彼のことを、流石に不謹慎じゃないかと感じたが、誰もそれを咎める人はいない。だからか、俺も彼を咎めるのはお門違いなのかもしれないと思い、何も言えなかった。
「黒崎くんは、何で亡くなったの?」
「え?それすらも知らないの?自殺だよ、自殺。電車への飛び込み自殺」
あぁ、だから。娘が話したがらないわけだと合点がいく。そんな娘が気がかりで、俺はこの式場まで足を運んできてしまったわけだが、仕事柄、この手の話題には興味が湧く。
「……何で?」
その興味を悟られないように、慎重に顔を作って、冷静を装って、聞いてみた。
「ずっと、うつ病(?)だったんじゃないの?でも僕は、来羅は殺されたと思ってるよ」
「君、知ってるの?その、来羅くんのこと」
「知ってるも何も、誰よりもよく知ってるって言ったじゃん!」
そう陽気に答える彼は、もう葬儀場にいるのを忘れ、ファストフード店にでもいるような高校生そのものだった。
「じゃあ、何で殺されたの?」
「考えてもみてよ、お医者さん。ここには容疑者全員が揃ってんだ。推理してみれば?暇つぶしにはなるかもね」
椅子にもたれかかって座る青年は、そのように言うと、式場の天井を見つめ、はぁ、と息を吐いた。
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