6-5 事業2
結局エイトはエルドラド領の街、村の長に対し、売上や製造の目標数を提示した。ここまで漕ぎつくのに平坦な道のりではなかった。
当初、「ネックは掛け算だろう。」と安易に考えていたエイトは黒板に九九を書いて30分で全部覚えろといい退席する。しかし翌日になっても覚えることは出来なかったことで、エイトは憤慨する。
黒板をバンバン叩きながらエイトは声を上げる。
「なぜだ!なぜこのくらいのことが覚えられない。」
最初に異を唱えたのは、オリヴィア・リアーノであった。執政官の一人でタカさんの娘である。参加者全員に1時間の休憩が言い渡されエイトたちは別室で協議することになる。
オリヴィアは言う。
「エイトさん、高齢の人とかも要るんですから絶対覚えることは出来ませんよお。歳とって頭固いんだからあ。それよりもエイトさんが黒板に書いた九九ボードの小さいの作って、配ればいいかも!」
タカさんの娘のオリヴィアはとてもフランクで話しやすい。見方によっては馴れ馴れしいのだがエイトにとっては悪くなかった。また発想もいい。
それに加え思いもよらなかったのが九九ボードの売上である。この時に急ぎ木工職人に作らせた九九ボードはエルドラド領から始まり、マクジル王国へと広がり、よろず屋によって全世界で販売されミリオンセールも突破したと噂された。
「それなら試験して補習とかどうでしょう?」
そんなソリッドな発言をしたのはイライザだ。イライザ・キース・ラルウッドは理事長の孫である。いつもエイトを見る目は優しくて暖かいのだが、バッサリと切り捨てるような発言がエイトには好ましかった。敵には回したくないものだ。。。
売上目標をトップダウンで提示され、参加者は安堵した。それも束の間。
エイトは街、村の長及びそれに準ずるものに加え、経理、徴税に関わるものに四則演算の習得を命じた。それに加え15歳以上の貴族を含め読み書きと計算の試験を行うと発表した。
なお、順位は張り出し公示する。成績上位者には褒章があり、時期は5月中であると伝えたことで、エルドラド領は騒めいた。1か月後には試験なのだ、中には馬鹿がバレル!と騒いだ貴族がいたとかいないとか。
エイトには売上が低いからもっと売れとか、利益を絞り出せとかいう意図はまったくない。ひとつには暴利を貪り私腹を肥やす商人や貴族への自己防衛である。住民や役人が利口になればそれだけで防波堤になる。
もうひとつは遠方への伝播である。前回は美味しいものを振舞い、今回は鍋や釜、包丁に鍬など、所謂金物のサンプルを配り、多くの種類の野菜種子を土産に渡した。
こういった生活水準レベルの情報は流れにくいのである。王子が産まれたとか、竜征伐に成功したなど、誰にとっても耳寄りな情報は流れがいい。とても軽くて切れ味のいい包丁だとか、軽くてお茶を入れても熱くない磁器の話は流れ難いのである。
「旦那様!そ、それは一体何なのですかぁ!?」
エコル島のほぼほぼ出来上がった城の2階のリビングにエイトはいる。先日の勉強会の反省もしつつ、エイトは黙々と作業をしている。左手に梅の果実、右手には爪楊枝を持っている。
「梅の実、見たことないのか?」
「ちがいますよー、旦那様。その小さい針のようなものです。」
エイトはマチが爪楊枝のことを言っているのだと理解し1本渡した。エイトはおもむろに収納庫から500本入り爪楊枝を取り出し、その中から1本引き抜いた。
「な、なななんですか!旦那様」
エイトはニヤリとしつつ言う。
「なんだ、マチ爪楊枝くらいで興奮して。。。」
エイトはマチに、100ゼニ均一セールで買ったことを告げ、梅のヘタ取りを促すのだった。
暫くして、
「そ!そそそれは一体なんです?」
エイトは再びニヤリとして言う。
「綿棒だろ、耳掃除とか楽なんだよ。。。」
暫くしてパチンパチンと音がする。
「こ、これはどうなっているのですか?」
エイトは肩を揺らしつつ言う。
「な、なんだよ。ただの爪切りだろ。」
そんなことを数回繰り返している。エイトはマチの純粋なリアクションが大好物なのであった。そして待ち人が戻ってくる。
「エイト殿、今戻りましたー。。。えいと殿ー。」
なぜエルドラはいつも玄関から叫びながら戻ってくるのだろう。謎である。
「それじゃ二人とも準備はいいか?」
その後、エイト、マチ、エルドラの3人はサポジ王国にテレポートし、目的地まで走るのだった。林道の先からは賑わいの声がする。
「今日は鳥串が安くなってるよー。3本1000ゼニだ、持ってけドロボー!」
「ポーター1日3万ゼニで雇いませんか?収納中アリです。」
「遠隔持ちのアタッカー募集中、対価要相談。」
「必需品の各種ポーション揃ってるよー買って行っておくれ!」
「金物研ぎ、ひとつ3000ゼニからだよー!」
賑わっている声を聞きエイトはニマニマしている。マチ、エルドラは顔を見合わせきょとんとし、エルドラが尋ねた。
「エイト殿ここは何なのだ?」
「まあ僕も初めてだからさ、案内所とか受付あるんじゃないかな?行って聞いてみよう。」
そしてタイトラダンジョンの初心者受付カウンターにて、なんとも言えない空気が流れていた。それはそうだろう、11歳の男の子と女の子に9歳の女の子の3人が立っているのだ。
一方、初心者受付カウンターの職員は新人の見習なのである。いつもなら注意事項や禁止事項を伝え、冒険者証を確認すれば終わるのだ。
新人の受付は考える。(以前これと似たようなことはあった。しかしそのときでも大人が付き添っていたような記憶がある。)
そして新人の受付は、案内をしていいかどうかの判断がつかないため先輩の職員を呼ぶのだった。
先輩職員も混じったのだが、エイトがA級冒険者であることや貴族の息子ではなく、マクジル王国の辺境伯本人であることなども起因し、上層部も巻き込んだ侃々諤々な議論の末、タイトラダンジョンへの入場を促されるのであった。
先ずタイトラダンジョンは入場制限として15歳以上であること。(保護者や冒険者などの護衛契約があれば入場可)入場料は無料であるが初期手数料に1万ゼニ必要であった。9層構造でダンジョン内で得たものはすべて入場者の所有物となる。
その他、長々と他入場者との関係やマナー、安全エリアにキャンプスペースの話などがあり、エイトが記憶に残っていたのは初心者セットと同意書の署名くらいであった。
初心者セットにはマップや次回に移動距離が短縮できるワープペイント、あとポーション、解毒薬など薬品が入ったものが3000ゼニであること。怪我や後遺症や死亡しても文句を言わないという同意書である。
その後、エイト達3人は足取り軽くダンジョンへ乗り込むのであった。




