6-4 事業
ベルサス、この世界には2つの大国と9つの中国、そして数多の小国がある。
その2つの大国のうちの一つ、ウェステン大陸の中央にあるウルティー連立王国にて。
「その男はマクジル王国、エルドラド領主の辺境伯エイト・リナレスと言うそうです。ただ・・・・・・。」
「なんだ、奥歯にものが挟まったのか。宰相、はっきり言え。」
宰相は言い、国王は促す。
「11歳です。何度も確認しましたが、確かに11歳だという報告なのです。」
宰相はハンカチで額を拭いつつ話した。
「他には?」
「他と言うと?」
「間者に鑑定させたのであれば、格や職業などの情報もあるだろ。
それに親族や家族に出自なども無いと言うのか?」
「現在のところ情報はそれだけでして、鋭意調査中であります。」
宰相は冷汗をかいている、国王への不足する情報だけではない。
この11歳の少年の情報があまりに少ないことが、宰相の不安を掻き立てるのだった。
「宰相、可笑しくないか?マクジル王国へ送った1万の兵のうち、過半数が囚われている。それは新興貴族の急襲と報告が上がっていただろ。」
「確かに将軍からはそのように、聞いておりますな。」
「そして今お前は新興貴族は、11歳だと報告している。」
「・・・・・・。」
「11歳が正しいとすると魔術系だろう。
それを踏まえ刺客を送れ、負け越しでは夢見も悪いからな。
ふっ、餓鬼一人が調子に乗り過ぎたようだな。
お前と将軍でさっさと終わらせろ。
会議までだ。
失敗したらお前らの首は、11歳児と挿げ替える。」
「か、畏まりました。」
***
一方もう一つの大国、ウェステン大陸の北のエインテー帝国では。
「それでは軍務長と内務長の意見を聞かせてもらおうか」
「私といたしましては、なにやら不穏な空気は感じますが、今は捨て置くのが最善かと。」
「私も同意見ですね。
敵に回るなら、剣の錆とすればいいでしょうし。
しかし、対魔王戦で何かの役に立つかもしれません。」
皇帝は尋ね、軍務と内務の長は答える。
「ちょっかいを出したウルティーもベスパーラも、その辺境伯に手痛いしっぺ返しを受けたと言うことだな?」
「はい、辺境伯の名はエイト・リナレスです。」
「まあうちは手出しはしない。
あと遠すぎるな。」
「は?」
「魔王には遠すぎるだろ。」
「そ、そうですね。
勇者のように高速艇も持ち合わせてないでしょうし・・・・・・。」
「それにチラシはどうなったのだ?」
「はい、マクジル王国の個人商店らしいのですが、今のところ・・・・・・。」
「ほおー、それもマクジルなのか。
それは臭うな、引き続き調べさせろ。
しかし深入りはさせるな。
ウルティーもベスパーラも、マクジルの田舎者相手に躍起だろうからな。
会議には間に合わせろ、その時にはどこかが片を付けるだろう。」
***
シャーロット・アリラ・ステラ、別名毒婆は尋ねる。
「あのチビは、エイトはなぜ全族長に、喧嘩を売ったのじゃ?馬鹿なのか。」
アレクサンダー・シュナイダー、別名馬面兄貴は答える。
「私が非難を受けないように、また動きやすいように、計ったのかと察します。」
「いやいやいや、アレクよそれは贔屓目に見すぎであろう。
傀儡師や錬金師を習いに来るが凡庸じゃぞ。
いいものは持ってるのだが、まだ凡じゃの。」
「私はエイトさんに命を救ってもらってますから、贔屓目なのかもしれないです。」
「キバオウもダハクも言うておったが、殺生は出来んのじゃろ。
非情になれない子供なんだろうよ。
だがな、エイトは王都奪還の前日来て、普通に錬金術してたんじゃよ。」
「「うはははは。」」
アレクは毒婆に釣られて笑った。
「どんだけの玉なのやら、わからんわ。うはははは。」
アレクは思っていた。
(確か、あの時もそうだった。
エイトさんの洞窟の住処に奇襲したとき、大人が35人もいたのだ。
対するエイトさんたちは10人ほどだったにも関わらず、エイトさんは笑っていた。敵の力量を測る力でもあるのだろうか・・・・・・。)
***
「いいかい、これは貴方方の評価なのだよ、日々の取引は全て仕訳され3月末という区切りでもって、この2枚の紙に功績、いや成績として数値化される。
もちろん僕はこの紙によって評価するというわけだ。損益計算書と貸借対照表でね。」
602年4月10日、エイトはエルドラド領の領主館に200名弱を集めた。内訳は執政官6名と街・村の長が90名弱、それに加え経理責任者100名弱であった。
彼はそれぞれ602年3月31日付の1会計期間の財務諸表を持参している。エイトは学校と病院の建造をちらつかせ、それを餌に財務諸表をつくらせたのであった。ここでいう財務諸表は損益計算書と貸借対照表のみである。
また学校は寺子屋以下で先生はキングのゴーレム、病院はキングの回復魔法をするゴーレムが配置された。エイトにすると申し訳なく思うようなインフラの出来栄えなのだがどこも満員らしい。
そして今後も改善の余地のない長は引退してもらった。無論、後継者が有望なら引き継がせることを認めたが、廃爵となるものもいたことが参加者の良い刺激となっていた。
「毎日毎日、様々な取引があるだろう。金銭のやり取りや雇用、移動のための経費、そういった経営活動はすべて仕訳と言う形で記録される。またすべての取引は貸方と借方に同額が記載され、整理し計算すると。
なんと経営成績を示す損益計算書と財産状態いや財産目録とでも言えるような貸借対照表になるんだよ。
いやー素晴らしいね。美しすぎるねぇ、世界には様々なバランスがあるだろう!光と影、生と死、攻守もそうだし、恋愛だってそうだよ、押したり引いたり、そう言うバランスがこの貸方借方にもあるんだよ!
これはまさに聖なるバランスと言えるんだ。
いやー本当にすばらしー!」
参加者は引いていた。陶酔したようなエイトの振る舞いとスピーチに・・・。
「そしてね、これは過去の取引や業績のためだけのものじゃないんだ!判る人はいるかい?」
皆、目が合わないように視線を落としている。
「そかあ、じゃあ仕方ないので僕が言うけどね。指針なんだよ!この財務諸表を見るだけで自分たちのことも理解でき、顧客のことも解かる。
みんなは己を知り敵を知れば百戦危うからず、という言葉は知っているだろう、兵法だしね。」
エイトはあまりの静けさに参加者に目をやる。
すると、参加者の多くはきょとんとしていた。エイトは自分と参加者の齟齬を肌で感じるのだった。
(あれ!?)
そしてエイトはしばし考え言うのだった。
「そ、それじゃあ第一問です。この店では1ケース1000ゼニでジャガイモを売っています、仕入れ値は700ゼニです。人件費は10000ゼニ、販売所の家賃は5000ゼニ、いろいろな販売費に3000ゼニ掛かります。何ケース売れば儲けが出るのでしょうか?」
休憩も含め30分経過した。エイトは戸惑っている、なぜなら先の問題に出した損益分岐点は今回の講習のスタートでしかない。粗利を追及するための製造原価や仕入れ単価を抑える課題、販売費や一般管理費などをいかに突き詰めるかという課題が本題なのである。
結論から言うと、いくら売ればいいのか? それが理解できれば今回の講習は成功なのである。無論そのためには変動費や固定費の区分は朧げにでも理解することも大事である。
またエイトの提唱する全自治区2足の草鞋推進を早期に進めることも視野に入れているのだ。これは全自治区、所謂街や村を中心に産業をしようということである。
街や村の収入、言い換えれば売上高は徴税高がイコールになる街や村も少なからずある。灌漑や天災、魔物スタンピードの時どうする?人道上の配慮からすれば免税することだろう、その時にこそ2足目の草鞋が必要となるのである。
それは個人で言えば狩猟だったり、採取、身売り、酷い話ではあるが子供を売って食いつなぐ親も少なからずいるのである。そんなとき自治区が推し進める産業で稼ぐことが出来れば!労働をし対価を得ることが出来れば!・・・。
「出来ました!」
そう言って手を上げているのは、オリヴィア・リアーノ執政官の一人でタカさんの娘だった。
エイトは、えっ他の5人は・・・。と気付かされ見回すが、うーんうーんと唸っている。エイトは再び頭を抱えるのであった。
エイトはもしやと思い、200名に問いかける。
「この中で四則演算ができるものは挙手してください。」
いなかった。四則演算とは加減乗除である、算術計算で最も基本である足し算、引き算、掛け算、割り算のことなのだ。これはある意味発見でもあった。エイトは思った。
(そこからか!!!)




