5-5 姉妹
エイトは竜人族の女戦士と対峙していた。見た目は茶色の長い髪、そこには二本の角が生えている、目つきは鋭く、胴と腰に濃い緑の布を纏っているだけであった。
いきなりの手荒い歓迎にエイトはすこし息巻いた。
「イリスに会いに来ただけなんだが。」
すでに剣を構えた女戦士を威嚇しつつ、エイトは剣を抜く。そのエイトの所作に女戦士は驚いていた。たかが人間の子供、少し剣で脅せば逃げ帰るだろう。そう考えていた。
しかし女戦士を警戒しつつ、剣を抜くその仕草は歴戦の兵であった。女戦士は俄然興味がわいた。そのせいかすこし笑みが零れる。まずは上段からの真向斬りで様子を見て。
ガツッ、ガリガリガリ。
「なにっ!」
女剣士は声を上げる。初動は女剣士の方が早かったはず、しかし剣が合った場所はほぼ中央である。しかも女剣士は剣を両手で持っている。対するエイトは片手であった。
クロスした剣は鍔迫り合いで悲鳴を上げる。背の高い女剣士は両の手で持った剣を、上から渾身の力で、歯が軋むほどの鬼の形相であった。エイトは片手で、まるで花を愛でるような涼し気な目である。
「お前が言うこと聞かないから、仕方なくやるんだからな。」
エイトがそう言って、空いた左手を少し前に動かす。それだけで無詠唱の麻痺魔法は発動した。女戦士はその衝撃に顔が引きつる。そして、その場に崩れ落ちた。
エイトは岩陰に痺れている彼女を引き摺った。もちろんそれは、通りがかった他の竜人族に見られ、勘違いされてはいけないからだ。決して疚しい下心ではないのだ!
「僕が勝ったから言うことを聞いてくれるのかな?えっと麻痺を解くので大声は出さないでよ。」
そう言うとエイトは、顔の麻痺を解除し会話できるようにする。確かに大声ではなかった。
「貴様、人間、コロス!」
彼女は静かに言う。エイトは無視し問う。
「じゃ質問します、なぜ急に斬りかかった?」
最近、北にあるウルティー連立王国と衝突したこと、人族と緊張状態であること。てっきり白竜様を狙って来たのかと思い攻撃してきた。と言うことらしい。
マクジル王国からイリスに会いに来たと言うと、不在らしい。
仕方ないので長に挨拶したいと言うと、了解を得ることが出来たらとのことだった。
案内されるままエイトは歩いている。時折すれ違う竜人兵士は敬礼している、この彼女はそれなりの地位があるのかもしれない。
そして兵士の詰所で、長の了解を待っている。
*
山の斜面の土を掘っただけの、開口の広い洞穴入り口に円卓と椅子が置いてある。まるでちょっと井戸端会議をする、そんな場所だった。その6脚の椅子が並ぶ円卓の奥に、ちっぽけな老人がいた。
この人が長か、エイトはすぐにわかった。そしてエイトはスタスタと近づくのだが、老人の醸し出す威厳に押され、エイトは肩膝をついて挨拶する。
「お初にお目にかかります、わたくしマクジル王国より来ましたエイトと申します。」
そう言うと老人は、近くの円卓に着座を促した。エイトは木箱に入れ持参したブドウ酒を女戦士に渡し席に着く。
「これは当方で造りましたブドウ酒で御座います。ほんのお口汚しですがご笑納ください。」
老人は初めて口を開いた。
「おお、遥々海を渡って来ていただき、土産まで頂くとは申し訳ないのお。わしはここの竜人族の長をしておる白竜と言う。してこの辺鄙な場所になんの用事かの?」
「はっ、いくつかお尋ねしたき儀があり、参上仕りました。」
すると竜人族の男が白竜様に近づき、耳打ちをした。白竜様は驚き言う。
「なにやら、うちのものが迷惑かけたようじゃな。お役に立つことがあれば、なんでもお答えしようぞ。」
そして、エイトは尋ねた。
死地の原因や、ワイバーン飛来被害の件、ウルティー連立王国のこと、カーママー教など、あらゆることを1000年近く生きている生き字引きに投げかけた。
死地の原因は概ね、此地から一番遠い北東の国、北マウアト教団にある魔石製造工場であること。その人口の魔石を作る工場には高く聳える煙突がある。そこから黒い煙がもうもうと立ち昇るという。
それはまるで大気に汚物を垂れ流してると言うのであった。他では言わないで欲しいのだが、その工場を僕が潰しに行くのをどう思います?と聞くと喜ばしいとの答えだった・・・。
ウルティー連立王国やエインテー帝国は今は多国の集まりに過ぎないという。烏合の衆はそれぞれ2億人とも言われている。今は国内で東西戦争、南北戦争も起こり怖くはない。ただ結束したときはこの世界に大きな影響がもたらされると言う。
カーママー教については、人に神は必要だろう、変わりがないので使っているらしい。ただ、ドラゴニアには竜神が居るとのことだ。
主だった内容はそんな事であった。つまらないこともいろいろ聞いたが真摯に答えてくれた。白竜様の話はとても面白かった。生きてきた歴史が会話をとても重厚で高尚なものにしていた。
エイトはこの面談で白竜様のファンになっていた。
頭を下げ、再会の約束をし、帰路につこうとすると女戦士が俺と戦えという。エイトは呆けた。
(え!!今、貴女のボスと仲良く会話も弾んでいたのに、何言ってるの?)
そして意味の解らないエイトは白竜様を見る。何とかしてほしいと目で訴えると、白竜様が耳元で囁いた。
「300歳を超えた行き遅れじゃが、妻にしてやってくれ。末席にでも置いとけば役に立つぞ。」
と、白竜様は笑って言う。屈折した愛情表現だの、とまた笑う。
「僕はまだ11歳なんですよ。」
と、エイトは言うが、自活してるなら歳とか関係ないじゃろと・・・白竜様は返す。また、キーちゃんに相談しても、
(主、仲間が増えると考えればいいかもしれません。)
エイトはいろいろ折れた。
「何してる、戦え!」
女戦士は、待たされ苛立ち、それを言葉に乗せた。エイトは白竜様の言うことが半ば信じられずにいたが・・・。女戦士に尋ねた。
「名前は?」
「エルドラ・リナレスだ。」
「リナレス!?」
エイトはその姓に驚き、声を上げた。そして続ける。
「すこし白竜様と話させてもらってもいいか?その今後の婚約のことについてだが・・・。」
エルドラの緊張する強張った顔に、喜びが見え隠れする。その落差はとても愛らしい。なんでも自分より強いやつならOKらしい。エイトは結婚の決め方が、簡潔でわかりやすいなと感心した。
そして白竜様にテレストのことを話した。しばし白竜様は絶句していた。
「そうかテレストは生きてたか。」そう言って涙を流す。
「しかもエイトくんと婚約とは・・・。」そう言って汗をかく。
結局、2人を合わせてみればいいと悪い顔をする白竜様だった。場所はここはだめだ、としきりに言う。広くて何もない場所がいいというのだが、嫌な予感しかしないエイトだった。
エルドラに他に婚約者がいるから会ってくれと言い。身支度をさせる。白竜様に挨拶を交わすと、
「言っておらんかったかの、わしの娘じゃ。」
エイトは慌てた。じゃあテレストもエルドラも・・・。白竜様は見透かして言葉を続けた。
「わしはいいと思うぞ。お前さんは面白い。」
エイトは茫然自失であった。エルドラの様子から身支度は、まだまだかかりそうだ。外で待つと告げ階段を下る。
白竜様の静居するエリアは白い、石畳や壁、天井、元からの色なのか、それとも漆喰でも塗しているのか判らないが白が基調だ。
地下水でも汲み上げているのか、造られた小川が流れ、緑もある。そのため涼が取れるのである。
今、ずんずんと外へ走っている。その支配された場所の外は赤だ。赤土、赤い岩、たまに舞い上がる赤い風、それに加えて砂漠のような暑さだった。
*
エイト、テレスト、エルドラは顔を合わせる。
「初めましてエルドラ様、わたくしエイト様の婚約者のテレストと申します。よろしくお願いします。」
テレストはそう言って他人行儀な挨拶をする。
「ん、ああ、俺はエルドラと言う。」
すこし緊張したようなエルドラの顔があった。エルドラも等しく、他人行儀に振舞った。
それきり、二人は押し黙ったままである。姉妹共に強情なようだ。あまりの空気にエイトは居たたまれない。そしてキーちゃんに相談する。
(なるほど・・・。主、大変でしょうが、二人が姉妹として会話するまで、視察でもして様子を見ますか?)
エイトは承諾し、二人に言う。
「少し寄り道して帰りたいんだがいいかな?」
そういうとエイトは地図を開き、説明する。飛行可能時間を聞いたり、降りる場所など確認した。
「じゃあ最初はテレストが竜化してくれるかな?」
そう言って、テレストは竜化し、エイトとエルドラは背に乗った。無言の空の旅である。景色が良いのが救いだろう・・・。
西の大陸、ウルティー連立王国の王都付近の人目につかない山影まで飛び、休憩する。次にエインテー帝国の帝都付近の人気のない森の中、着いた頃はもう夜だった。
「テレストお疲れ様、大丈夫かい?」
「はい、飛行訓練も兼ねてちょうどいい距離です。」
テレストは、すこし疲れているみたいだった。
「じゃあ今日はここでキャンプするから。」
エイトが言うと、エルドラが目だけこちらに向け言う。
「帝都の宿屋とかに泊まらないの!?」
「無理だよ、エインテー帝国は入国審査厳しいんだって、白竜様がそう言っていたから。」
エルドラは納得していないようだが、エイトは無視してキャンプの準備をする。背後からの視線が痛かった。それよりもいろいろ出てくる、エイトの保管庫に興味が移ったらしく、エルドラは凝視してる。
「エ、エイト殿、それはどこから出しているのだ?しかも量が多いな。」
興奮したエルドラが聞いてくる。
「これは僕の保管庫なんだよ、エルドラの荷物も入れとくかい?」
そう言いつつ、エルドラの大きな荷物を入れ、テント、寝袋、ランタン、折り畳みの椅子と机、食器、フライパン、ポット、薪、火の着いた松明など順に出していく。
火の着いた松明の時は、二人は後退りしていた。山菜とキノコを炒め、干し肉を和えた軽い食事を、静かに美味しく食べた。食後には、焚火で温めた珈琲を二人に勧めた。珈琲は、口に合わなかったらしい。仕方なく飲んでいた。
暗闇の中、焚火の音だけがパチパチとたまに鳴っていた。3人はなんとなく重い空気の中、焚火に見入っていた。エイト、テレスト、エルドラの三人は焚火を囲んでいる。
手には珈琲の入ったマグカップと重い静寂。それを破ったのはエルドラだった。
「今日は、いい日だったんだよ!」
エルドラは静かに言った。そして語気を強め、続ける。
「いい日だったのに、なんでお前がいるんだよ!テレストッ!!なんなの、なんであんたがいる?!!!」
エイトはこれからの修羅場を肌で感じていた。




