1-1 止まない雨
よろしくお願いします。
彼らは、毎日飢えていた。
満腹になったことは、過去にあったのだろうか、記憶にはない。今年の冬が長引いてるせいでいつも以上に悪劣だ。備蓄した食料も、底を尽きかけている。
本来であれば、月が替われば春が来る。というのが定説だ。
春一番が吹き、暖かい空気が流れ込む。雪は解け、土に陽が当たり、種まきの季節が来る。それが随分遅れている。
「ずっと雨も少ないだろ、しかもよお、門番達も言ってたから間違いないと思うぞ。」
「じゃあその死の大地ってのが、近づいてるって言うのか?」
「北に逃げろって言われても、俺らは無理じゃねーかよ・・・」
「まあ、そうなるよな。はは、門から出られないやつは、ここで死ねってことだ。」
そんな自虐的な話しをする大人もいた。特に事を起こそうとするものはいない。彼らはデスゾーンという場所にある、廃墟で暮らしている。昔は国もあり、街もあったそうだが今は跡形もない。
偉い人達は、みんな北へ逃げた。と聞いた。
その元凶は死の大地だと言う。その死の大地を含む危険地帯のことをデスゾーンと呼ぶらしい。
南から脅威が迫っているのだ。これは迷信でも無ければ、脅しでもない。南の死の大地はだんだんと勢力を増している。
その死の大地に飲み込まれると、生きているものすべて、人間も動物も魔物だって死ぬ、そして土は生命を失って草木は枯れ果てる。
今にここも飲み込まれるのさ、最近はそんなこともよく聞くようになった。
この大陸の一番南にあるデスゾーン、ここから逃げるには道は二つだ。大陸を北上するか東西に広がる海だ。
北への道を遮っているのは高い壁だ。行く手を阻むように高く立ち、永遠かと思うほど東西に延びている。何人も通さない、そんな意思を、重厚な壁が物語っている。
北が無理なら、海になるのだが、海に棲む魔物はとても強い。それを乗り切れる船など、どれほどの金を積めばいいのだろうか。
今では捨てられた街とか、罪人の街と呼ばれている、正に流刑の地である。
***
いつも朝は日の出とともに始まる。10数人の子供が釣瓶を取り合う。凍るような井戸の水で顔を洗い、口を漱ぎ、グイの実を口に放り込む。
グイの実は秋に採ったものを塩に漬けて備蓄している、濃い赤で親指の爪ほどの大きさだ。口に入れるとややしょっぱい。一齧りで口の中に酸味が広がり、目が覚める。
そのうち控えめな甘味が広がり、とても美味しい。でも美味しい時間はすぐ終わり、後には種が残る。その種を味が無くなるまで舌で転がす。何も考えずただ口内の異物を弄ぶ。
彼はそんな頭の中が真っ白な時間が嫌いではない。
最後に味の無い種を奥歯で割る。すると酸味と苦みで朝食は終わる。
「いいかお前ら!水が尽きると3日、食料が尽きると3週間!これが生死の境だ!」
「走れ走れ、まだ2週間はいけるぞ!!がははは。」
ゲン爺、60歳を超えているのだが筋肉は衰えていない。元軍人というだけあって鍛えられている。神父に筋肉は要らないだろ、と思うのだが、必須の処世術である。と彼は言う。
ゲン爺は夕食の時に話をする。子供たちが好きなのは魔物の話だったり戦争の話だ。しかしゲン爺の話はいつも生きるために虫を食べたとか、自分のおしっこを飲んだとか・・・。
究極のサバイバルだった。
そんな話を聞いた後は、固い固い黒パンも、肉の破片と野菜のクズが泳ぐスープもとても贅沢だと子供たちは感じるのだ。
(詐欺なのか!あーあれかマインドコントロール。)
このゲン爺の教会だがお布施やお祈りをする人は皆無である。専ら孤児院であり、ぼちぼち治療所である。
そんなゲン爺の口癖は、「これも、生きるためだ。」である。
ゲン爺は、捨てられた子供たちの親でもある。
(狂ってやがる。)
そんなことを考えながら、走っているのは、教会の周りを周回している10数名の子供の中の一人、年長組のエイト、10歳だ。
シルバーの髪に生気のない顔、背は130センチやや痩せ気味、はなから姓も名もなく、エイトという名前も上着に数字の「8」が書かれていたことから、そう呼ばれ始めた。
ちなみにゲン神父のことをゲン爺と呼ぶのは、エイトを含めて数人であった。そして、今日の走り込みが終わる頃、立っているものは、いつも通り、誰もいなかった。
「いいかお前ら、戦いのイメージをしろ!殴られたあと、攻撃を受けた直後、どう動くかそれが大事だ。」
と、言いながらゲン爺は防具の上から1発殴る。
1発殴ることが試合開始の合図だ、しかしそれは子供たちにとって重すぎるパンチだった。すでにほぼ全員がその時点で、及び腰になっている。
ゲン爺曰く「尻尾を巻いたら終わりだ、逃げ腰でもいい震えててもいい立て!立つんだ!そして、ファイティングなポーズ!それが大事だ」
(・・・えっと、わけわからん。)
エイトはいつもそう思っていた。
ゲン爺の目にはファイティングなポーズに映ってるのかも知れないが、エイトから見るとカエルがヘビに睨まれて、竦んでいるようにしか見えなかった。
(この修行に、良い効果があるといいな。)エイトは思った。
「だいじょうぶか!」
と言いつつ、ゲン爺は、鬼の形相で自慢の筋肉ボディな巨漢ごと体当たり、吹っ飛びそうな子供を、ごつい腕で抱きかかえ回復魔法を唱える。
この体当たりで意識を飛ばした子も何人かいる。顔の腫れ、鼻血、擦り傷、切り傷、打ち身に捻挫、なんでも治してくれる。ほとんど自分で怪我させて、自分で治す。
汗臭いゲン爺に抱きかかえられるのは、マジきついのだ。安らぎである癒しの場がこのようなことで、トラウマにならないことをエイトはいつも祈っていた。
「エイトは付いてこい!他のみんなはこれで終わるので、汗を拭いて座学にしろ。」
ということでいつものように一人だけ、川沿いの先にある滝で、魔法の訓練がある。
と言うのも攻撃魔法を使えるのがエイトしかいない。全世界でも攻撃魔法を使える人間は減る一方である。
魔素はほとんどの人が体内に宿している、その中で魔法を使えるのは千人に一人、攻撃魔法になると一万人に一人、という希少さだ。
エイトが使うことが出来るのは水系である。水弾、水槍、水壁、水霧、津波などだ。初級魔導師にしては多彩なのではないかと、エイトは少し自慢に思っていた。
あとゲン爺と一緒に居るせいか光魔法が発現した。そのときエイトはもしかすると僕は天才なのか?と秘かに思った。
「なあ、なあなあゲン爺、水槍や津波も撃ってみていいか?」
(使えるようになれば派手で恰好が良く、ダメージも期待できそうなんだが・・・。)
「五月蠅いぞ、糞餓鬼。言われたことだけやれ!あと俺のことはゲン神父様と呼べと何度言ったら・・・。」
(なのに答えはいつもこれだ・・・。)
ということで訓練している一つ目は水弾、出来るだけ素早く詠唱し、出来るだけ小さい水弾を作る。ゆっくり10を数えて、なるべく早く、なるべく遠くへ着弾させる。
二つ目は攻撃魔法でもないただの水球、
指示された形状で指示された方向へ動かす・・・
「はいはい、水魔法を三角錐で右上ね。」
「次は、球体にして、左下と。円柱で中央っと。」
(やってることは解るんだけどね、魔法操作の向上と魔法の発生位置を正確にして同士討ちとかの事故回避よねぇ。わかる、わかるんだけど、地味なんだ・・・。)
エイトはこの同じことの繰り返しの訓練をすこし不満に思っていた。
***
(今日はずっと雨が降っている。昨日の夜からずっとだ。雨が降ると一段と寒い、春はまだなのかな?)
(赤茶でぼさぼさ頭、同い年のグースはずっと泣いている。男のくせに。
いつもみんなに偉そうに言って怒っているハナさんも、ワンワン泣いてるし、それ以外の子は、隣の子が泣いてるから釣られて泣く子もいる始末、年少組は泣き疲れて寝てる子もいる。)
(「五月蠅い」と言いたいが我慢だ。
隣のグースには「鼻水がつくからこっち来るな」と言いたいが我慢だ。)
ゲン爺の葬式も終わって、墓に埋められた。
(あーみんな泣き出しちゃったよ。なんか僕も今日一日水の中にいるみたいだ。人の声とか全然聞こえないや、ぐおんぐおん言ってるだけだ。なんか疲れた。帰って寝よう。全然眠れないな。)
眠れないエイトはいつの間にか滝の前に来ていた。
思考は止まっているのにいろいろな映像がエイトの頭を駆ける。
(ゲン爺の顔か・・・なんで魔法を教えてくれてありがとうって、
なんで剣術を教えてくれてありがとうって、なんで、なんで、、、)
しばらくすると、湧き水のようにエイトの目から涙が溢れだした。
(いつも言いたかったのに、僕は、)
そんなことを考えていたら、涙が止まらなくなった。
お読みいただきありがとうございました。