船の上のブロッコリー
翌日。フェーリエン諸島行きの定期便は、無事出発し(ブロッコリーが客として現れた船員は除く)今は太陽が反射して輝く大海原を漂っていた。
船はガレオン船で、魔術刻印を刻んで強化した木材で作り上げられている、海の魔物が襲って来ても大抵なら大丈夫だ。
波に揺れながら、進む船。天候も良く、進む速度は快調。
空から船と並行するように、カモメが飛んでいる。どうやら、船に停まって休みたいらしい。
キュエー、キュエーと鳴きながら、羽を広げてやって来る。
そこに! 一つの腕が迫った!
甲板に着陸しようとするさなか、どこからともなく現れた腕にがっちりと掴まれたのだ。
もがいて離れようとするも、圧倒的な膂力の前に離れることはできない。
そのまま口に持っていかれて、ボリボリと食べられた。
弱肉強食、悲しいかな。ブロッコリーとカモメでは天と地ほどの差があるのだ。生態系ピラミッドにも書いてあるカモメが下で、ブロッコリーが上。力関係は完全な上下で決まっている。
「うむ、塩気があってうまいのである。生もまたうまし」
「何食べてるんですか!? 行動と感想が蛮族のそれですよ? まったく、お腹壊しても知りませんからね」
唐突にカモメを食べだしたブロッコリーに反応したのは、横にいたキャロルだ。
良い景色だなぁ~とのんびりしていた所にこれなので、台無しである。もっとも、ブロッコリーに慣れた始めたキャロルはこの程度で動じない。
近くで甲板のモップ掛けをしていた若い船員が、バケツをこぼしていたとしても動じない。君も早く、慣れれば慣れるほど楽になれる。
「そういえば、昨日の夜に吸血鬼が部屋を覗いてたのであるが、何かあったのか?」
「え? ……そうですね、同族なら呪いを解けるんじゃないかと思って、差し迫ったことはあります。どうやら、無理のようでしたが」
吸血鬼は基本的に人間と敵対する種族だ。呪いを解かせるために、戦闘を行って無理やりねじ伏せたことはあった。
伏せさせた吸血鬼どころか、どの吸血鬼でも血の贄餐を解けそうにないと分かって後に開放したが。その時、かなり強い吸血鬼と合いまみえたことは、キャロルの中でも比較的新しい接戦の記憶だ。
「私はそこいらの吸血鬼よりも、よっぽど強いので大丈夫です。それよりもブロッコリーさん、お願いがあるのですが」
「うむ、なんなりと言うがいい。吾輩のパンツが見たいのであるか?」
「違います! というか、パンツ履いてないじゃないですか!? あれ、ブロッコリーさんってもしかして全裸?」
「解放感MAX!! 超気持ちいいのである。キャロルも真似してみてはどうかな?」
「えええええええ!! 待ってください!! まさか、ここにきて変態度が上がるなんて、ロリコンの上に露出狂なんて、救えないじゃないですか!? どうすんですか、このブロッコリー!! このもっこり野郎! 頭もっこり野郎!」
「もっこり野郎はベターではない。お兄さんと呼んでくれ。いや、今日の気分は旦那様かな?」
「呼びませんから!? 変態の呼び名何て、ブロッコリーで充分です! ブロッコリー! ブロッコリー!」
ブロッコリー! を連呼するキャロル。やがて言い疲れて、はぁ、と一息つく。
「それで、ですね。お願いのことなんですが」
「うむ、ブロッコリーダンスの教授であるか? ダンスのコツは、ソウルを体現すること、熱き血潮があれば、それだけで人はダンサーになれる。まずは恥ずかしがらずに、ダンシン……」
「話がそれすぎです! 進まないので、ちょっと黙っててください!! 分かりましたね?」
「はい。吾輩は沈黙のブロッコリーです」
「よろしい。お願いというのは、無茶をしないでほしいという事です」
「無茶を? 吾輩より、キャロルの方がしそうであるが?」
「どういう意味です!?」
海は広い。穏やかな波を見てると、キャロルの心の中に思うことがあったのだ。この言葉は伝えておかなくてはならない。
「私にはお姉ちゃんの呪いを解くっていう明確な目的があります。大切なお姉ちゃんを、見捨てるなんてことは死んでもできません。だから、まぁ……ブロッコリーさんの言う通り、多少の無茶をするかもしれませんね」
ですが、とキャロルは続ける。
「ブロッコリーさんは、無茶をしないでください。あなたにその記憶がなくとも、きっとあなたの帰りを待っている人が、帰る場所があると思います。だから命を賭けるような、無茶をしないでくださいね。約束ですよ」
ブロッコリーが穏やかな顔で話すキャロルを見つめる。
彼女はどこかで、姉を救えないではないかと思っているかもしれない。なにせ、眉唾な伝承にすがっている状況だ。可能性はゼロではないが、ゼロに限りなく近い。
だから、もうすぐ帰らない人になるかもしれない姉と、どこかブロッコリーが重なる部分があると、そう見えるのだ。
大切な人がいなくなれば、誰だって悲しい。それはブロッコリーも例外じゃない。
「……うむ、約束しよう。吾輩は無茶をしないと。だからこちらからもお願いしていいかな?」
「何でしょう? この流れでパンツとか言ったら、海に鎮めますからね? 私は大事な話をしているんですからね?」
「吾輩は勝手にいなくならいのである。何があろうとも、絶対帰って来るのである。だから、キャロルも命を捨てるような無茶はするな。そんな時が来れば、吾輩が助ける。約束してくれないか、キャロルも無茶はしないと」
「……ブロッコリーさん」
不器用ながらも励ましてくれていると、キャロルは感じた。その気遣いを素直にうれしいと思う。
「約束は……できませんね。私結構向こう見ずなんで、お姉ちゃんにもよく危なっかしい無茶をするって言われました。もし命を賭けて、お姉ちゃんの呪いを解くチャンスがあれば、絶対に挑戦すると思います。なので、その前に助けてくださいね。お願いしますよ」
キャロルが微笑む。眩しい笑顔だ。ブロッコリーは満足げに頷いた。首がないので、前に傾く。
「無論である! 吾輩に任せておけ!」
強くブロッコリーが肯定する。
そこにセラリーがおっそい動きでやってきた。動きにくいドレスを着ているうえに、甲板が滑りやすくこけそうなのだ。
「ブロッコリー君、キャロル君。あっちで魔法使い鮪が釣れたそうよ。解体ショーをやってるわ、見に行かないかしら?」
セラリーは二人から離れて、海の生物を観察していた。その時に、船員が魔法使い鮪を釣り上げるところと鉢合わせしたのだ。
「いいですね! 魔法使い鮪は、非常に美味ですよ!」
「うむ、魚は吾輩の好物である! ぜひ実食を!」
「……ショーより食い気なのね。案外二人は似てるのかもしれないわ」
「どこがですか!?」




