門番は見てしまった
魔物対策のために積み上げられた石垣。馬車の出入りで踏み鳴らされた道沿いに進むと、門番がいる入り口に辿り着ける。
今はもう少しで昼といった時間だ。
ポーホールは港町の中でも大きく、大陸外に船が出ている。そのため、一般的な港町よりも人の出入りが多い。中途半端な時間とはいえ、人の出入りは無視できないほどに存在し、騎士たちは門番としてせわしなく働いていた。
もっとも、門番としての作業はそこまで神経質になるものではない。
顔を見て指名手配されてないか確認する、一目で分かる危険なもの(強力な呪いを放つ呪物や、匂いがきつくて街中に入れたら苦情が来そうな物、など)を持っていたら対処すると言った具合だ。
町には魔物を狩る冒険者や、爵位のある貴族も出入りするため、そこまでチェックは厳重でない。明らかには行ったらヤバそうな奴以外は、大抵中に入れる。
「……止まって貰っていいかな? ああ、そこで止まってくれ」
だが、今日初めて騎士は町に入ろうとする人を止めた。遠目に見た時からやばいと思ったが、近くで見るともっとヤバい。
そいつらは二人組だった。片方はまだ年端もいかぬ少女。流れる髪が美しく、頭にかぶっている魔法触媒のヴェールも合わさって、妖精の様な可憐さがある。思わず、騎士がほっこりしてしまうぐらい可愛い。
問題は隣の奴だ。ブロッコリーだ、ブロッコリーだった。
ムキムキなマッチョフットとマッチョアームを兼ね備えた、謎のブロッコリーだ。
本体と思わるブロッコリーは一メートルほど、がにまたに足を構え、腕はだらりとぶら下げている。服や装飾品は一切見に着けていない、全裸だ。
その姿は、どこか深い力強さを感じさせる。まるで大地に芽吹く植物の様な、そんな強さを。
やばい、どうすればいいんだ。それが騎士が率直に思った感想だった。何故、自分がこの入り口担当の日に来たのか、呪われずにはいられない。
ブロッコリーは端的にって、ブロッコリーだった。
「あー、うん。それは何だね? すまないが、教えてくれるか?」
「ふむ、おかしなことを聞く御仁だ。逆に聞かせてほしいのだが、吾輩がブロッコリー以外の何に見えるというのだね?」
「……!」
それは悪魔めいた質問。確かに、騎士の目の前にいるブロッコリーはブロッコリーにしか見えない。こいつは何だと言われたら、ブロッコリーと言うべきだろう。
だが、騎士の知るブロッコリーとは、消して目の前にいる謎の物体ではないのだ。
二足歩行で歩きもしないし、喋りもしない。ましてや、何か皮肉っぽい会話などしかけてくるなどもっての外。
新種の魔物、とでも適当にお茶を濁すこともできたのだろうが、ブロッコリーという見た目の衝撃がそれを許さない。
「ちょ、ちょっと待ってください! 何やってるんですか、ブロッコリーさん! 作戦が違いますよ!!」
その時、助け船がやってきた。いや、天使か。騎士はキャロルの介入に、感謝の気持ちが止まらない。
キャロルはブロッコリーの手を引っ張り、少し離れて騎士たちの方に聞こえない様に何かを話すと、又入口の方へとやってきた。
勘弁してほしかった。一人の騎士が、「ビッグがブレイクしそうだがら、後は任せる!」と逃げようとしたが、他の奴に止められる。こういう時にこそ、連帯責任何て言葉はは役に立つのだ。
「さっきは失礼しました。この子は、従魔です。まだ従魔登録してないので、仮従魔登録してほしいのですが……」
ざわめきが走った。この子は天使などではない、悪魔だ……。
門番たる騎士の役目の一つに、仮従魔登録がある。本来の従魔登録は、テイマーギルドでテストの上、行われるものだ。
従魔登録された場合、従魔の証であるプレートが発行され、それを見に着けることで従魔は従魔として認められる。
原則、生きた魔物は檻などに入れるか、従魔の証を身に着けることでしか、町に入れない。従魔は従魔の証を装備して、初めて街中を自由に行き来できる。
だとすれば、最初に町の中に入るにはどうしたらいいか。
先にテイマーギルドに連絡して、ギルド職員に町の外に来てもらう方法もあるが、一番簡単なのは門番に仮従魔登録してもらう事だ。
門番は従魔が従魔足りえるか、チェックして仮登録する。そう、仮登録する場合、門番がチェックしなければならない。
そして今の対象は……ブロッコリーだ。
「ま、待ってください! この子は賢くて、大人しですから、何も問題はありません。私が保証します。……ほら、あれをやりますよ」
目くばせでキャロルがブロッコリーに合図を送る。すかさず、ブロッコリーがアイコンタクトを返す。了解のサインだ。
「うむ、ごほん」
一息ついて……。
「ワンワン! ワンワオーン! ワウンワウン!!」
ブロッコリーは犬の真似をした。
作戦プロトコル名、捨て犬を偶然拾ったんですけど作戦!! この作戦は、ブロッコリーが犬の真似をして無害を装うことで、従魔足りえることを証明する作戦だ。
キャロルが頭を捻って考えたタクティクスである。
「ワンワン! ワンワ……吾輩は悪い犬じゃないよ……、ワウワオーン」
犬の真似をするブロッコリーを前に、騎士は……動けなかった。理解を軽く超えている。この世界の一般常識に、犬の真似をするブロッコリーは存在しない。
「ワンワオ! ワンワン……。ちょっと、タイム貰っていい?」
固まってリアクションを一切返さなくなった騎士。当たり前だった。
返事がないので、気まずくなったブロッコリーはすぐさまキャロルを連れて退散する。
騎士から少し離れたところで、ブロッコリーは首を横に振った。
「うむ、この作戦は無理がないか?」
「……私もそう思った所です。すみません」
キャロルが昔見た劇の中に、拾った古龍を犬の真似させることで、門を突破する場面があった。それを参考に、作戦を捻り出したのだが、いかんせん今回はブロッコリーが相手だ。
ぶっちゃけ無理だ。冷静に考えなくも、無理だ。
「何、失敗したなら、次に挑めばいい。吾輩に良い作戦がある」