ブロッコリーVSガナッシュ
紫電が走る。赤と黒の雷が走る。
ナーハレスの武具が鎮座していた部屋は、本来の姿を大きく変えていた。どこもかしくも、破壊の痕跡。地面は抉れ、壁には穴があき、天井は崩壊している。
ガナッシュとの攻防は熾烈を極めた。不死性に任せた単純なごり押し。やってくるのは血晶武具で剣や鎌を飛ばす攻撃と血の魔術陣から放たれる呪いの雷が身を焼こうとするのみ。
だが、それだけでキャロルとちっぱい教団たちは追い詰められていた。
物量は正義といわんばかりの攻撃は、シンプルゆえに強い。
「やぁあああああ!!」
キャロルが辺りのものを所かまわず巻き込んで、瓦礫の竜巻を作る。ガナッシュの血晶武具を粉砕し、さらに吸い込んでいきながら、ガナッシュ自身を抉る。
「こざかしいぞ、雑種!!」
右半身をミンチに変えた直後、爆発が起きて瓦礫と紫電を吹き飛ばす。ミンチになった血を用いた魔術陣からの自爆だ。人間なら、使った本人も即死だが、吸血鬼の王たるガナッシュには関係ない。
そこにパイナインが飛びかかった。のこった左半身を、パイスラッシャーでみじん切りにする。あっという間に、吸血鬼のミンチとみじん切りが完成するも、ガナッシュにとっては致命傷にならない。
「おおおおおおお!! ちっぱい最高!!」
魔力をこめて斬撃を拡張するパイナイン。さらにミンチとみじん切りが細かく潰れていく。
だがそれも、ガナッシュの不死性の前では無意味。パイナインの渾身の斬撃を受けても、平然とガナッシュは蘇る。
「落ちろ、忌々しいクラインクラインの末裔がっ!!」
血の一滴から蘇ったガナッシュが剣を用いてパイナインに斬りかかる。
「ぐっ!!」
血晶武具ならば、パイナインのパイスラッシャーでたやすく砕いて斬り捨てられた。だが、その一撃はパイスラッシャーを弾き飛ばし、肩から腹へと大きな傷跡をパイナインに切り刻んだ。ガナッシュが持っていたのは、プルンティングだった。
プルンティングはパインナインが持つパイスラッシャーと同じ永久シリーズ。ずっと前線でタンク役とアタッカー役を繰り返し、スタミナが減ったパイナインには、その一撃を防ぐとことが出来なかった。
「パイナインさん!!」
パイナインの身を案じて、思わず叫ぶキャロル。目の前で致命傷負ったパイナインが地面に崩れる。
「に、逃げてくだされ、キャロル殿」
呟き、そしてパイナインが倒れて気絶した。勝ち目がないとパイナインはとうに悟っていた。それでも戦っていたのは、逃げる暇さえなかったからだ。それを今伝えるということ、それは戦うことすらできなくなったことを表す。
すでに、他のちっぱい教団たちは地に伏している。残っているのはキャロルだけだ。
「くっ、う、うぉおおおおおお!!」
キャロルは逃げる選択肢を選ばなかった。ここで逃げれば、自分は助かるかもしれない。だが、ガナッシュと戦ったちっぱい教団たちは止めをさされて死ぬかもしれない。
この戦いはガナッシュがキャロルに目を付けて始まったものだ。巻き込んだ自分がおめおめと逃げ出すなんてことは出来ない。キャロルは最後の力を振り絞り、金属の杖をとう投擲した。
紫電を纏った金属の杖がガナッシュの胸に突き刺さる。
それは避雷針であり、電極であり、マーカーだ。
「丸焦げになれ!! 吸血鬼ぃいい!!」
残った全ての魔力を紫電に変えて、金属の杖にぶち込むキャロル。キャロルの紫電、それ自体は威力が低い。だから海水や瓦礫を媒体にして攻撃力を高めていた。
これは最後の手段だ。相手の体に紫電を流し込み、体内を内側から破壊し、そして紫電で相手自体を媒体にして攻撃する。この技は魔力の消耗が大きい。本来なら割に合わない攻撃だが、最後の一撃としては上等な威力だ。
「ぐ、ごおおおおお!!」
ガナッシュが紫電を直に受けて、叫ぶ。中から紫電が突き破り、血が外に出ることを紫電が逃がさない。
再生しては破壊し、再生しては破壊する。
「くっ、はぁ……」
キャロルが膝をついた。魔力切れだ。魔力が欠乏したことによって、猛烈な吐き気と、倦怠感がキャロルの身を包む。
前方で金属が地面に落ちる音がした。キャロルが前を向くと、ガナッシュが自分の胸に刺さった金属の杖を引き抜いた後だった。
「劣等種の分際で、よく頑張ったと褒めてやろう」
疲労困憊のキャロルと違い、ガナッシュは余裕を浮かべている。悠々と歩き、キャロルの傍に近寄って来る。
「2008回……俺を殺した数だ。中々できることではない。だが、俺を殺すにはあと二ケタ足りなかったな」
吸血鬼の王たるガナッシュは力を求めること固執する生き物だ。これまで、幾多の戦いを越えて、力を伸ばしてきた。
その最たるものが、不死性だ。ガナッシュを命換算すると、約二十万。単純に数えれば、二十万回死ねる。二千回の死は、ガナッシュにとって小さい傷だ。
「もっとも、消し飛ばしていいなら、こんなに死にはしなかったがな。お前を贄にするためとはいえ、下等種如きによく怪我を負わされた物だ」
その言葉にキャロルはどうしてようもない絶望感を覚える。ガナッシュが手加減していたことは薄々感づいていた。彼の実力なら、遺跡を丸ごと吹き飛ばすのも簡単ということに、戦いの最中に気付くぐらいのことはできた。それをしなかったのは、ただ単にこれを狩りと見ていたからだ。獲物から食べる部分を取れなければ、狩りの意味はない。
勝てない。手加減されて、その上で完全な負けだ。キャロルはその場から立とうとするも、疲労と絶望感が重なって動けなかった。
距離にして二歩前の所で、ガナッシュがキャロルの前に立った。
「お前は宣言通り、贄にしてやろう。お前の姉と同じようにな」
ガナッシュの手の平に、太い杭が現れる。キャロルはそれを知っていた。血の贄餐。
姉を苦しめ、死に至らせる呪い。
大きく、ガナッシュが杭を振るう。そのままキャロルの胸に突き刺そうとして……吹き飛んだ。
「ぐぉおおっ!!」
衝撃のままにガナッシュが後方へと吹き飛ばされ、壁に激突してめり込む。
キャロルがその様子を呆然と見つめて、ふと上を見上げた。
そこには見知った顔があった。いや、なかったけど、あった。緑色のアフロみたいなあれだ。
そう、あれである。
「遅くなったであるな。不甲斐ないことに道に迷っていた」
ムキムキマッチョな四肢、一メートルほどの緑黄色野菜的な胴体。後ろを見ればセラリーが立っていた。ドレスの下の方が濡れているが血ではないようだ。
キャロルはもう二度と会えないかと思っていた顔を見て……顔はないけど、思わず口を開いた。
「来てくれたんですね……ブロッコリーさん」
「違うのである!」
「ええっ!? 違うんですか!?」
「ブロッコリーではなく、お兄さんと呼んでほしいであるな!」
「えええええええ!! 待ってください!! いま、いまそれ言うことですか!?」
「そうであるな……お兄さんではなく、たまにはお兄ちゃんというのも捨てがたい。だが、やはりダーリンと呼んでもらうべきであろうか」
「い、いや、違います! そういう意味じゃありません! ここはほらもっと、違う相応しい言葉が、ほら、ほらぁあああああ!!」
「うむ、パンツ見せて貰ってもいいかな?」
「ああああああっ!! 見せませんよ! 見せませんよ、このブロッコリー! このブロッコリーがっ!!」
ガナッシュが壁から這い出る。そして自分に一撃を加えてきた相手、ブロッコリーを見て混乱した。ちなみに、ブロッコリーはペルカンの自爆を食らったが、当然の様に無傷だ。
「……なんだ、こいつ。いや、なんだこのブロッコリーは? なんだ、何だお前!? いや、そういえばペルカンがブロッコリーだのなんだの、頭のおかしいことを言っていたな。お前が……ブロッコリーか?」
「その通り、吾輩がブロッコリーである!」
どうみてもブロッコリーだが、それを認めたくない様なブロッコリー的存在を前にして、ガナッシュは口を閉ざす。
どうすべきか、ガナッシュは理解が追い付かない。何だこいつ? それが彼の心の中の思いだ。皆、そう思ってる。
「ブロッコリーさん、あいつが私のお姉ちゃんに呪いをかけた吸血鬼です」
「なるほど、そうであるか。色々、吾輩の妹……嫁がお世話になったであるな」
「違います! 違いますから! どっちも違いますから!!」
ブロッコリーが辺りを見渡す、そして大体ここで何が起こったかも理解した。
ブロッコリーが、ざっと一歩を踏み込む。それを見て、キャロルはブロッコリーがガナッシュと戦おうとしているのを悟る。
「ま、待ってください! あの吸血鬼は強すぎます。私たちじゃ勝てません。ナーハレスの武具も呪いを解決するものではなありませんでした……ここはちっぱい教団の皆さんを回収して逃げましょう」
実際に戦ったから分かる。キャロルにはガナッシュに勝てるビジョンが見えない。このままでは、全滅する。そんな思いからの提案だったが、ブロッコリーは軽い調子で返答した。
「いや、それはしないである。そもそも、この状況、とてもラッキーだ。逃げるなんて、とんでもない」
「え? ラッキーですか?」
「うむ、だってそうだろう? ここであの吸血鬼をぶちのめせば、キャロルのお姉さんの呪いは解ける。単純明快でいいではないか」
まさか、この吸血鬼に勝つつもりなのか。いや、ブロッコリーさんならもしかして……そんな希望をキャロルは抱いた。いつだってブロッコリーはブロッコリーだ。
今はその背中がとても頼もしい。
「まさかとは思うが、その戯言が実現するとでも思っているのか?」
ブロッコリーの言葉に、不快感を示したのは、ガナッシュだ。ブロッコリーが何か、考えても彼には分からない。しかしそんなことはどうでもいいことに気付いた。
敵は敵だ。殺すべき相手は殺せばいい。吸血鬼的思考。殺せば解決、それでいいじゃない。
ガナッシュはブロッコリーを見つめて、攻撃的な笑みを浮かべる。
「ブロッコリーだか何だか知らないが、俺の前に立ちふさがるなら殺すまでだ」
「うむ、シンプルで言いであるな。遠慮なくぶちのめせるのである」
ブロッコリーが拳を引き締める。ガナッシュが相手を睨みつける。
「今ここで、呪いを振り払う。キャロルのおねさんを救うのである。吸血鬼、ぶちのめされる覚悟はいいか?」
「ほざけ、下等種の雑種が。今日の晩御飯にしてやる。俺じゃない、そこらの犬のな」
両者が前に飛び出した。ガナッシュが血晶武具で体に幾多の刃を生み出す。追突する、ブロッコリーとガナッシュ。
血の剣がブロッコリーを襲うが、ブロッコリーはそれをガードもせずに受け止める。体に一切の傷を作ることなく、ブロッコリーが血の剣を弾き、返しに拳をガナッシュにお見舞いした。
顔面から拳を受けたガナッシュが、血を吐き散らしながら後方に激突する。
「サラダの時間だ!!」
ブロッコリーVS吸血鬼の真祖。ここに珍勝負が開始された。
戦いは圧倒的だった。一方が傷つき、もう片方は無傷。これはそういう戦いだった。
「ブロッコリー!! 貴様ぁあああああ!!」
血晶武具で出来たドリル。呪いが込められたそれは、赤黒い雷を纏い、ガナッシュから射出される。
貫通力を極限まで高めたそれは、山三つを貫いて余りあるリーチと威力を保有していた。だが、ブロッコリーの前では歯が立たない。
手で蠅でも撃ち払うかのように、吹き飛ばされる。
「ぐぉぉおおおおおお!! なぜ、なぜ効かない!?」
ガトリングガンのように、槍が乱射される。その嵐の中をブロッコリーはいともたやすく突撃し、真正面から受け止め破壊する。そのままダッシュでガナッシュを殴りつけた。
ただの拳。だが、ただの拳ではない。神がかり的な威力に調整された一撃は、一回でガナッシュの命を千ほど削る。
すでに一万回殺されたと同等のダメージをガナッシュは受けていた。
「死ね、消え去れ! 雑種、下等種、劣等種がぁあああああ!!」
一方的な戦いに、すでにガナッシュには余裕がない。相手との差が大きすぎた。遠慮なく攻撃をしているにもかかわらず、キャロルやちっぱい教団たちを巻き込まない様に調整されて戦われている。それは強さについてプライドの高いガナッシュには、この上ない屈辱だ。
「うぉおおおお!!」
血で出来た球体の魔術陣が展開される。三千の魔術陣からなる大魔術だ。中に赤と黒の雷の雷球が現れ、待ち時間もなく発射された。
呪血大砲塔と似ているが、威力が桁違いだ。光の渦は海に打ち込めば、数時間大穴開ける威力がある。
「ふんっ!」
ブロッコリーの拳で、時間と空間が砕ける。その威力は留まることを知らず、大魔術を正面から撃ち下して、ガナッシュを打ち砕いた。
さらにダメージは加速する。再生に数秒をようしたガナッシュの腹に、ヤクザキックが炸裂した。内部に乱反するダメージが、千を超える命をたやすく殺す。
「くそっ、こんな、こんなふざけたブロッコリー、ブロッコリー? に俺が負けることなどあってはならんのだ。ふざけ、ふざけやがって!!」
全ての血が震えた。地面や壁にへばりついた無数の血。今まで幾度となくミンチにされ、みじん切りにされた時に、散らばった物だ。その全てが、一滴も残さず呼応している。
そして吸血鬼の血は、媒体となる。呪いがこもった血は、吸血鬼の真祖となれば、一滴でドラゴン一体全ての血を超える価値がある。
鈍く、黒く、呪われた光が血から生み出された。
「地獄の谷より招来! 名は黒い太陽! 与える役目は、我が敵の滅び!」
血を媒体にした召喚術。血の力を失い、ただの血となったものを、再利用するガナッシュの奥義の一つ。
血が空中の一か所に集まり、赤黒い塊ができあがる。それを上書きするように中から黒い太陽が現れた。
錆びた刃、腐った死体、共食いする昆虫、黄色の粘液、燃える血。それらが集まった球体が黒い太陽だ。
黒い太陽はバラバラのパーツで出来ている。形を組み合わせ、作り出したのは、竜巻だった。
キャロルの作った瓦礫の竜巻と同じだ。ただ威力違いである。この黒い太陽は、触れた者に数多の疫病と死の呪いを振りまく。物理的な威力もすさまじく、黒竜程度なら一瞬でミンチにする。さらに、周りのものを巻き込んで体の一部として利用できるのだ。
「気色の悪い奴である。ふんぬぅうう!!」
一国の王都を一撃で滅ぼす威力を持つ、黒い太陽。それを真正面から、ブロッコリーは拳で迎え撃つ。
黒い太陽とブロッコリーの追突。国すら平気で滅ぼす一撃と、ブロッコリーの拳の一撃。
一瞬の均衡すらなく、相手を打ち砕いたのはブロッコリーの一撃だった。
気合のいれた一発は全てを破壊していく。
「不可能破壊の破壊者!!」
拳を受けた黒い太陽のパーツが連鎖的に壊れていく。破壊の連鎖。疫病も死の呪いも、全てが破壊されていく。何故ならこの一撃は、壊せぬ者すら壊す、ブロッコリーの一撃だからだ。
『―――――――!!』
黒い太陽が声にならない声を上げて消えていく。塵ひとつ残らず、黒い太陽は消滅した。
「……俺の奥義が、いともたやすく」
ガナッシュが呆然とした顔でブロッコリーを見つめる。先の一撃はブロッコリーにしてみても、疲れる者だったらしい。少し汗をかいていた。マッチョな肢体から一粒の汗が地面に落ちる。
だが、それだけ。それだけのなのだ。ガナッシュの全力で、ブロッコリーは無傷!
キャロルたちVSガナッシュでもここまでの差はなかった。絶望的な差を前に、ガナッシュの顔が歪む。
「ふざけるなぁああ!! なぜ、なぜ勝てない! こんなふざけた生き物に!! お前は、お前は何なんだぁあああああ!?」
「吾輩はブロッコリーである!」
叫ぶガナッシュに、ブロッコリーの拳が突き刺さる。二人にはそれが最後の一撃になることが分かった。
「ブロッコリー!! 貴様は、地獄に落ちようとも俺が必ず殺――」
「吸血鬼が下で、ブロッコリーが上。これが自然の摂理だ」
「ぐぁあああああ!!」
爆散! 血が爆発し、木っ端微塵にガナッシュが散る。最後の一撃は、あっさり味だった。




