ブロッコリーロス
小さい山。時刻はランチタイムを過ぎた午後。まだ日が降り注いでいるというのに、彼らはその山の中腹にいた。
ガナッシュとペルカン、そしてガナッシュに吸血鬼に変えられた元海賊たちだ。
ガナッシュは日の下に堂々と立ち、他のものは木の陰で日から逃れていた。
本来、吸血鬼にとって太陽の光は天敵だ。直接太陽光に当たらずとも、不快感を覚えて一刻も早く日から逃れたくなる。
そんな吸血鬼のガナッシュが、太陽の下で無事なのは、強さを求めた結果だ。二千年ほど、日の下に行って焼かれる、木陰で回復する、焼かれる、を繰り返し、致命的な弱点を克服した。超スパルタだ。
「あれがナーハレスの武具がある遺跡か。似た様なものを見たことがある。宝隠し(トレジャーヒドゥン)が作った奴だな」
ガナッシュたちのいる中腹は、崖に面していて、そこから真下に遺跡が見える。ガナッシュは、顎を撫でる。どうするか、考えているのだ。
「唯一の入り口には、冒険者ギルドの見張りが立っていますね。無理やり突破しますか?」
ペルカンが木陰の中から進言する。彼は日の下に行くと普通に焼ける。太陽光を喰らえば一分で全身が灰になるので、険しい顔をしていた。
冒険者ギルドの見張り程度など瞬殺できるが、真昼の今にはやりたくない。
「……いや、それはしない。ペルカン、俺はあのタイプの遺跡の仕組みを知ってるんだ。もし仕掛けが同じだったら……」
そこまで言うガナッシュは次に何をするか、決めているようだった。彼は半分だけ後ろを振り向き、ペルカンと他の吸血鬼に行った。
「ここから、一気に下まで降りるぞ。最下層までだ」
「……どういう意味でございましょうか?」
「このタイプの遺跡はな、下に行くための階段がないんだ。下に行くためには、一番下の階で地面を掘る、これが正解なんだよ。強いていえば、隠し通路を完全密封しているというところか。壊さないと進めない、実にアホが考えそうな仕組みだ」
隠し通路が存在してない。次の階へは、自分で穴を開けろ! つまりはそういうことだ。
そして答えは単純、開ければいい。
「ラッキーなことに、永久シリーズは絶対に壊れん。少なくとも、遺跡を上から下にぶち抜いた程度まではな」
ガナッシュが崖の方へと向かう。付き合いの長いペルカンには次に言うことが分かってしまった。
「一気に下まで降りるぞ。大穴を開けて、一気にな。お前らは俺についてこい。雑魚の露払いをしろ」
そこまで言って、崖から人っ跳びに降りるガナッシュ。
右手首を突き破り、細い血の糸が複数現れる。やがてそれは、刃となり、絡み合う。
何枚もの刃が蠢き、不安定な形を作り取る。ドリルだ。猛烈な回転をする血の刃を重ねてできたドリル。血晶武具の応用の技。必要な道具を血であっという間に作り出した。
そのままガナッシュは加速し、隕石の様に遺跡に衝突する。
轟音。破砕音。岩雪崩の様な音を立てて、一気に遺跡をぶち抜いていった。
「……」
ペルカンから見えるのは、大穴が開いた遺跡の屋根。お前らはついてこいと言われたので、ついて行かなければならないが、そうなると……。ペルカンはため息をついて、影から出ようとする。そこに、他の元海賊たちが声を掛けた。
「お、お待ちを! ここから先は、日の下です。俺達が進めば、死んでしまいます!」
「案ずるな。遺跡の中に入れば、日の光は当たらん。そこまで行くのに肌が焼けるだろうが、この距離なら焼ける前に中に入れる。まぁ、運が悪い奴が死ぬだろうが、構わんだろう。分からったら、遺跡に飛び込め。我が主の命令を実行しろ」
吸血鬼の呪い。血が濃い者に、血が薄い者は逆らえない。ペルカンの命令に、勝手に手足が動き、崖から遺跡へ飛び込んでいく元海賊。
ペルカンもその後に習って、飛び出した。彼は魔術で土の板を作り、太陽光をある程度加減したけど。
***
轟音。破砕音。音が響いたと同時に、それは振って来た。
「……!!」
突然の衝撃、天井を貫いてガナッシュが、一行が休憩していた広場に現れたのだ。
そしてそのまま地面を貫いて、更に下へと下っていく。
「きゃぁああああっ!!」
地面が揺れる、天井から破片が飛んで来る。セラリーが悲鳴を上げ、ブロッコリーが天井からセラリーにとんできた破片を弾くのは同時だった。
「あ、あらあら、ありが……」
そこまでセラリーが言おうとしたところで、地面に大きな亀裂が入る。ガナッシュが開けた穴を中心に嫌な音が響き、亀裂が広がっていく。
そして何を始める間もなく、崩壊が起った。
「ひゃ、ひゃああああ!!」
「剣を壁に突き刺し、落下を防げ! キャロル殿を守れ!」
「私は大丈夫です! それより、自分の心配を……!!」
「まずいな、天井も崩壊しそうである!」
冷静にブロッコリーがセラリーを抱える。そんなところで上を見ると、すでに天井が壊れて、一部の破片が落ちてくるところだった。
砕ける天と地。一気に破壊は重なって、遺跡全体を揺るがす。
***
地の底。太陽の光が上から注ぐも、非常に心細い。ここは第十階層。本当の最下層だ。
「……っ! すまない、助かったぞ、キャロル殿」
崩れた瓦礫の上にパイナインが着地する。天井と地の崩壊に、ちっぱい教団の中で対応できたのは彼だけだ。近くの教徒たちを傍に引き寄せ、降り注ぐ瓦礫をパイスラッシャーで打ち砕き、両手で抱えて着地した。
「いえ、お互い様ですから。無事で良かったです」
パイナインが助けれたのは、二人だけだ。他の信徒たちは、キャロルが守った。
彼女はあの時、咄嗟に金属の杖を使って魔法を使った。紫電を落ちてくる瓦礫や、砕けた地面に纏わして操ったのだ。
それらを巧みに使い、ちっぱい教団たちの頭も守る傘と立てる床を作った。
「うぉおおおお!! ちっぱいがマジかに!」
「殴りますよ!?」
紫電は電気を通さないものも、周りに纏わせることで操ることが出来る。だが、電気の通る水や金属に比べると効率が悪い。
なのでコントロールする瓦礫は自然と近場のになったのだが、それでちっぱい教団をまじかに引き寄せてしまった。隣のちっぱい教徒がはぁはぁしている。キャロルは軽くビンタしておいた。
「ごほうびだ! できれば、ちっぱいで殴って貰えんか!」
「しませんよ!? 今は、緊急事態です。ここにいると、上からさらに瓦礫が落ちてくるかもしれません。崩壊に巻き込まれない場所まで行きますよ」
紫電を纏わせた瓦礫を操作し、浮遊する瓦礫に乗せて、壊れていない箇所まで目指すキャロル。パイナインも両脇に教徒を持ち、俊足で上からの瓦礫を回避しながら、キャロルの後ろに続く。
「……」
ちらりと、キャロルが後ろを振り向いた。ブロッコリーとセラリーがいない。咄嗟のことに、彼らを見失ってしまった。
「ブロッコリーさんたちなら、大丈夫ですよね。先にいってますよ!!」
最後に見た場面では、ブロッコリーはセラリーを抱えていた。黒竜を殴って仕留めるブロッコリーだ、この崩壊でも死にはしないし、セラリーも守ってくれるだろう。
もしかしたら羽を生やしていて、ゆっくりと降りてくるかもしれない。
先に行くのは、キャロルがブロッコリーを信頼しているからだ。彼はブロッコリーで変態だが、やるときやる男。心配はいらない。
むしろしなければならないのは、瓦礫を浴びればただじゃすまない自分の方だ。キャロルは安全地帯を目指す。