風呂回
キャロルたちが止まった宿、サンドサイドホテルには、温泉があった。それも貴族も満足する露天風呂だ。
白い大理石を敷き詰めてできた床、お湯を吐くマーライオンの像、湯船から見える海の夜景。
リゾート地に相応しい温泉施設だ。夜空に浮かぶ月が、湯舟の水面に映って美しい。
「ああ~、茹で上がるのである~」
男湯の一つ、海の見えるスポットでブロッコリーが湯に浸かっていた。
ブロッコリー(食用)を食べる時、茹でるのはもっとも基本な調理法だ。ブロッコリーを茹でて食べる時、マヨネーズを付けて食べるとおいしい。
「いい湯だ。見てください、私が浸かるときの重さで、波がっています。貧乳に見えませんか?」
ブロッコリーの隣には、ブラジャーを数多に乗せている以外全裸の男、パイナインが湯船に浸かっている。
「そうであるな、肌色じゃないのが残念である」
湯船の湯は透明だ。透けた先で、ブロッコリーのムッキムキな両足が見える。ここはミルク風呂じゃないのだ。
「教皇! パイナイン教皇!!」
そこに信徒たちが駆けつけた。彼らの表情は痛く真剣だ。パイナイン教皇が立ち上がって、問いかける。
「何かありましたか?」
「視察をしてまいりました。この男湯と女湯どうやら、柵で隔てている様なのです。つまり、柵さえどうにかすれば、覗きが出来るのです!!」
まるで四本足で走るブロッコリーを見ました! と言わんばかりに、はしゃいで告げる信徒。彼らはちっぱい教団。ちっぱいを覗く気満々だった。
「いけません、我らが信徒よ。ここは公共の場、覗きなど言語道断です」
「お言葉ですが教皇! 我らが開祖、パイレッサーには覗きの逸話が数々あります。パイレッサーはおっしゃいました、ちっぱいを覗いている時、またちっぱいもこちらを覗いているのだ、と。ここでちっぱいを見ず、いつ見るのです!?」
「なるほど、それはもっともな話なのである」
そこにブロッコリーが立ちふさがった。
「だが、吾輩はキャロルに順ずる心構え。見せる訳にはいかぬ」
「くっ!! あの壁の向こうに、真理があるというのに!!」
嘆く信徒。そこにブロッコリーが、手を差し伸べるかのごとく、提案をした。
「勝負だ。ここには丁度、サウナ風呂がある。そこで耐久勝負をしよう。吾輩が負けたらキャロルのちっぱいを覗く権利をやる」
えええええええ!! なんで、私の裸を覗く権利を、あなたが掛けるんですか!? とツッコみが聞こえそうなセリフだった。
「願ってもないこと! いくぞ、ブロッコリー殿に負けるな!」
「うむ、気概はいいのである! 気概は!」
ここに、世紀のサウナ対決が始まる!!
一方、そのころ、キャロルとセラリーも女湯でくつろいでいた。
キャロルは滝行コーナーで、マーライオンから湧きだす湯を肩から浴びている。口からドバー! と吐きだされる湯は、かなりの勢いだ。それをキャロルは平然として受け止めていた。
ああああああっと足つぼマッサージを受けた時の様な、声を出している。かわいい。
その傍の足湯で、セラリーが酒瓶片手に満喫していた。二人は思い思いに湯を楽しんでいるのだ。
「くぅ~、湯に浸かりながらの、冷酒は最高かしら? これぞ癒しだわ」
ビールに引き続き、麦から作った酒を煽るセラリー。その姿はダメなお姉さんそのもの。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っと汚らしい声を上げそうだ。
「……セラリーさん、ふと思ったんですが。あっちの湯には、ブロッコリーさんたちが入っているですよね?」
「そうね、それがどうかしたのかしら?」
「ブロッコリーさんって生えてるんですか? ブロッコリーさんのブロッコリー」
何気ないキャロルの疑問。ブロッコリーのブロッコリー、それすなわちブロッコリーのエリンギに他ならない。まだ十二歳の彼女は、性に頓着していない。例えばパンツ見せてくれと言われて拒否するのは恥ずかしいからで、そこにセクシャルは含まれないのだ。
そしてその疑問を聞いたセラリーにも、セッ! なものは湧かない。単純なる興味だ。
シンプルイズアンサー、生物学としてブロッコリーのブロッコリージュニアがどうなっているのかが知りたい。
「気になる。気になるわ! ブロッコリー君のブロッコリー! もしかしたら風呂なら気を緩くしてぶらんぶらんしているかもかしら!?」
日々日ごろのブロッコリーは全裸だ。されど股からにょっきりにょっきっきはしていない。
だが、しかし! 風呂という癒し空間、マイノリティスペースではどうだろうか。実はどこかに隠していたエリンギを、惜しげもなく晒してるかもしれない。
「いえ、思えば馬鹿な質問でした。忘れてください、セラリーさん」
もうのぼせたかな? と首を捻るキャロル。言葉にしたら、くだらないことを言ってしまいましたね、とクールダウンした。
逆にセラリーはヒートアップだ。彼女は勢いのまま、あろうことか一つの提案をしてしまう、
「これは、覗くしかないかしら? 今なら、ブロッコリー君のブロッコリーが見れるかもしれない。その確率はゼロではないわ」
「……かもしれませんが、最低でもブロッコリーの他にちっぱい教団の人もいるんですよ? 見えますよ? ちっぱい教団さんたちのブロッコリーが」
「構わないわ! そんなのささいな事かしら! というか、私生物学者だから、魔物のブロッコリーとかよく見てきたわよ! そんなものより、学術価値よ!」
「えええええええ!! でもでもダメです! 他のお客さんの迷惑ですから、ダメです!」
「あらあら、大いなる学術の進歩には、犠牲が付き物よ。コラテラルダメージって奴かしら!」
「そんなわけないじゃないですか! ブロッコリーさんのブロッコリーのために犠牲になった人の気持ちを考えてください! だってブロッコリーさんのブロッコリーですよ!?」
わーわーと騒いでいると、男湯と女湯を遮る壁に迫っていくセラリー。電撃で止めるか? とキャロルが思考したところで、セラリーが思いっきり滑った。
「あうっ!」
風呂場のタイルは水で滑りやすい。そこに鈍臭いセラリーウォークが加わることで、スリップを引き起こした。つるっと見事にひっくり返ると、そのまま後頭部を強打した。
「……反応がない。気絶しましたね」
ちょんちょんと頬を突いてみるキャロル。ものの見事に意識を失っている。開いた口がだらしない。
その後、床に寝かせておくのも何なので、キャロルは近場のサウナリクライニングチェアに寝かせて、おまじないていどの回復魔法を掛けておいた。
「そもそもブロッコリーってどうやって増えるんでしょう。そういえば、畑から生まれるといっていたような?」
謎は謎のまま、それはそれでいいっか! の精神でキャロルは考えるのを止めた。冷静に考えれば考えるほど、ブロッコリーは何なのか、ゲシュタルト崩壊していく。これ以上考えるのは、デンジャラスなのだ。
そのころ、男湯の方ではブロッコリーがサウナ勝負で夢想していた。彼曰く、野菜は野菜でしか倒せない。それはサウナも例外ではないとのこと。やはり、ブロッコリーは強い。