096 隠者の照らす先【閑話】
友人Side
世の中バカばっかりだ。
日々を無難に過ごすには、『こう言ったら、どう反応するのか?』を考えなければならない。
たった一つの発言で、世界は敵にも味方にもなるからだ。
だから、時間が許すなら言葉を見直す必要があるし、意識しながら話す癖をつけなければならない。
何より、その言葉が相手に届いているかが重要だ。
だから俺は迷わず言った、『お前はバカか?』と……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あの日、ネットで有名な占い師のアドバイスを得て、俺は『友達』っていう安っぽい言葉に酔って動き出した。
ヤンキー高校の割に部活の強制だなんて、正直頭がイカレテいると思う。
きっと有り余ったパワーの捌け口を運動に回し、問題児の削減でも狙ったんだろう。
幸か不幸か、この学校に通う生徒は運動能力が高い。
体格にも恵まれていて、ある種のオーラを纏っている。
『近付いたら〇すぞ』的な……。
「部活決めたか?」
「そんなん、サッカーかバスケの二択だろ?」
中学まで真面目に部活に取り組んでいない生徒ならこんなもんだろう。
俺は速攻幽霊部員と化し、アイツは生まれ持っての反骨精神で部活に取り組んでいた。
大量に入部希望が集まる花形部活だけあって、去るものは追わなかった。
時々戻ってこないか? とは聞かれるものの、監督の贔屓については目を覆いたくなるような場面が多い。
今時、竹刀を持っている姿が時代遅れで、殴る蹴るは日常茶飯事だった。
それでもそこそこの成績を残している分、学校の上層部ウケは良かった。
話を戻そう。
あの事件以来、一定期間謹慎となったアイツは少しずつ学校に来るようになった。
まるで置物のように微動だにせず、クラスのみんなもいない者扱いをしていた。
ヤンキー高校だって、進学もすれば就職もする。
今回の事件は部活動をしている生徒からすれば、『運がなかった』程度のものだった。
毎回どこかの部活が問題を起こし、一定の冷却期間を経て活動が再会する。
但し今回は、年齢が年齢なら『過失傷害』クラスの破壊力があった。
「おい、待てよ。帰宅部の俺に挨拶なしかよ」
「……ハァ。俺に話しかけるとお前も……」
「俺たち高3だぞ。今更どうなるもんでもないだろ?」
俺の言葉に周りを見回すと、『俺はそんなにバカではない』と目を逸らす奴の多いこと。
つい最近の自分の所業など我関せずな奴ばかりだ。
それでもこの学校は、何故だか縦の結束が強い。
さすがに学校的には使えないコネも、就職に関しては強かった。
「たまには話しながら帰ろうぜ」
「あっ、あぁ……」
この歯切れの悪さで、俺の事を心配しているのだけは分かる。
ただ、いつまでも沈んだままでいては、コイツの一生がダメになってしまう気がしていた。
あの大会は事故だ。現に保険が適用され、コイツは逮捕されていない。
推定:『被疑者』――起きた事故の内容は限りなく黒に近いけど、決して犯罪者ではない。
俺達はまだ高校生だし、この先長い人生を歩まなければならない。
だから一日でも早く復帰する為、帰り道に少しでも情報を仕入れないといけない。
それがコイツの為になるなら俺は出来る事はやるし、バカな事をやったなら叱らなくてはならない。
「手紙はまだ書いているのか?」
「あぁ。……今度会う事になった」
ほら。こんな大事な場面を、危うくスルーする所だった。
罪悪感に苛まれながら、コイツの思考は停止している。
確かに怪我をさせた相手と会うなら、『謝らなくてはいけない』とは思うだろう。
それについては止めようとは思わない。
問題は故意なのか過失なのかだろう。
「それって、一対一ではないよな?」
「あぁ……。多分、示談に向けての準備だと思う」
「ってことは、晴れて無罪放免か」
「そんな訳ないだろ! アイツは、まだ怪我したままなんだぞ」
俺に入って来る情報は少ないものの、相手の状況も聞くことが出来た。
まだ車椅子生活を余儀なくされてはいるが、示談というのはそれも含めた『手打ち』みたいなものだ。
とりあえず現時点の損害に対して金で解決する。
弁護士を通すかどうか聞いたら、思いの外参加メンバーが多かった。
条件は合わせた方が良いらしい。
ところが相手が指定する、学校関係者の上層部はこぞって逃げた。
校長・教頭はもちろん、監督は既にコイツを切り捨てているらしい。
あのやる気があるかどうか分からない、新人教師にどこまで弁護が出来るのだろうか?
「相手は本人と、恩師的な存在と友人も連れてくるんだよな?」
「あぁ……。俺は誰にも迷惑を掛けたくないから……」
「人数は合わせた方が良いんだよな?」
「……」
俺は肩を掴み、こちらを向かせる。
立ち止まったコイツは、まるで迷子の子供のような顔をしていた。
一言『助けて』と言えば、近くにいる大人は気付くだろう。
だけど広すぎる百貨店で置き去りにされたら、通り過ぎる客は避けていくに違いない。
俺は生徒手帳を取り出すと、学校に電話して担任に繋いでもらう。
無理やりにでもその日程にねじ込み、一つでもヒントを拾わなければならない。
少しして担任から、許可の電話の返信を受けた。
条件はただ一つ、『余計な発言はするな』だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
当日、俺は早めに現場に向かった。
担任の教師が言うには現地集合・現地解散らしく、折角の休日に余計な事を……とブツブツ言っていた。
アイツの精神面は心配だったけど、今回はそこをスルーしたいと思う。
相談員に挨拶して、別室に案内される。
そこにあったのは多くの学校から寄せられた動画のファイルで、ファイル名で学校が分からないようになっていた。
「稲垣さん。これ全部持って帰って観たいんですが……」
「これ全部かい? 冗談だろ?」
「この別にされている動画って、これを観て欲しいって奴ですよね」
「そうだね。これだけ観れば、あの時の事は分かるかな?」
俺は鞄から外付けHDを出して、立ち上がって90度のお辞儀をする。
ショートの動画はいっぱい観た。
アイツの過失はそのシーンを観ただけで、十分すぎる程分かるものだった。
その分相手選手のシュートシーンは、脳裏にキレイに焼き付いていく。
「加工しても分かるからね」
「そんな事しません。それと、何か分かった時連絡をしたいのですが……」
「探偵ごっこも良いけど、もう示談直前なんだよ」
「それでも俺は友人を信じたいんです」
この間、一切頭を上げてはいない。
きっと、今日の面談は失敗するだろう。
それについては、確信に近いものを感じている。
全員が揃い相談員の仕切りのもと、議題は流れるように進んで行った。
ロクに生徒も見ない担任による、謎の『スポーツに打ち込む人に悪い奴はいない』説に寒気がする。
理路整然と質問してくる、相手側の恩師を羨ましく感じる。
そして当然訊かれるだろう『故意』か『過失』か?
この質問に『分からない』と答えたのは、ある種の誠実さを感じたが状況的に悪手だ。
素直に『魔が差した』と言うべきか、『覚えていない』が最善手だったと思う。
そうかと思ったら突然立ち上がり、急にその場に崩れ落ちた。
「ごめ……んなさい。ごめんなさい……」
目の前には間仕切りがあり、こちらの行動は一切相手に伝わらない。
「ここで土下座しても……」
向こう側がざわつき、稲垣相談員がこちらに向かってきた。
この辺がタイムオーバーだなと分かってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
帰り道、俺は荷物をもって一緒に帰宅する。
教師はさっさと帰り、俺達は学生服のままこの場を後にした。
「お前はバカか?」
「あぁ、……理解している」
「分からない奴ほど分かったフリをするんだよ。お前は『誰』に『何』を謝罪したんだ?」
「俺は、……相手選手に、怪我をさせた事を……」
「名前は? 結局、怪我をさせたくて怪我をさせたのか? って事だよ」
「……」
こうなる事は分かっていた。
ただあの場で、『コイツは良い奴です』と口で言った所でどうなるものでもない。
そうなると、俺の言葉の信ぴょう性の証明をしなければならない。
結局あの占い師が言ったように、物証であり証人・証拠等、何かはなくてはならなかったんだ。
幸いキーマンを見つけた。
そして捜査の基本とも言うべき現場の映像もだ。
既に起きてしまった事件、願うは減刑というか細い糸を手繰るような作業だ。
それでも俺は信じたい。
それが友人である俺に出来る、【隠者】としての戦い方なのだから。




