095 愚者の学び
「キャウン?」
柴犬と豆柴を比べると親子に間違う事はあるけれど、シベリアンハスキーの豆サイズだと、どうしても凛々しさが残るだろう。
ところが目の周りの隈取りがない真っ白なゼロは、愛らしいとしか言いようがない。
それが群がっている羊の中から顔を出したのだから、あざとカワイイにも程があると言うものだ。
「ゼロ?」
「わふ?(ママ?)」
「良かったぁ……。無事みたいね」
「なぁ、こういう場合刷り込みってどうなるんだ?」
「初代ゼロの意識が残ってるかどうかによるんじゃないかな?」
『ぷふぁー』という感じで息継ぎしたようにも見えるゼロが、再び羊毛の海に溺れていく。
そこをザブザブとかき分けるように助けに行ったアカネは、あっという間に二次遭難しているように見えた。
クスクスも無事だったし、ゼロも怪我をしている風には見えない。
モコモコが最後の孵化を助けたと思えば、良い羊たちなのかもしれない。
俺とサーヤは少しの間その光景を眺めていると、四つん這いになったアカネが一人で出てきた。
アカネは体についた砂埃を払うと、両手を重ねて胸に充て目を閉じる。
すると光が満ちていき、一瞬のうちにアカネに抱かれたゼロが登場した。
「アカネちゃん。もう、ずっと一緒だね!」
「ハイ、サーヤさん」
「ゼロも無理をするなよ!」
「わふぅ?(なんだろう?)」
ゼロの鳴き声から何となく意味は伝わってくるけれど、語彙が極端に減った子供のようなイメージだった。
卵の時までは流暢な感じだったのに、子供返りでもしたのだろうか?
『フェザーさん、サーヤさん。そちらは大丈夫ですか?』
『コジカちゃん、こっちは大丈夫だよ。そっちに変わりはない?』
『はい。あっ、えーと、お代わりください』
ウノとクスクスによる毛刈りが完了し、まだ3頭分の仕事しか終わっていなかった。
このペースで作業をしていくと、いつまで経っても終わりは見えてこない。
俺たちで全ての毛刈りを完了させる事は考えていないけど、夕方になれば羊たちを集めて小屋に誘導しないといけない。
牧羊犬もいない今、鐘だけでは……。
「牧羊犬……」
「××……。フェザー、ゼロに出来ないかな?」
「危険はないと思いますが……」
「卵より機動力が落ちてることはないだろ? ゼロできるか?」
アカネはゼロを抱き上げると、超至近距離で何かをお願いしているみたいだ。
その質問に元気に応えたゼロは、下ろされると目の前の羊たちに向かって「わっふ!」と一鳴きする。
すると羊たちが、コジカのいる毛刈りポイントまでのそのそと歩き始めた。
「これ、スキルを使ったのかも?」
「ゼロって元はモンスターだよな? ってことは、モンスターにもスキルがあるのか?」
「それはあると思う。何よりゼロは、その枠組みからも外れてると思うよ」
ビーストパートナーであるアカネは、モンスターと契約して共に戦う職業だ。
ところが今のゼロは、どちらかと言うと召喚獣のようなポジションらしい。
動力や条件がどのようなものかは分からないけど、もう二度とゼロを失う心配はないようだ。
アカネが生きている限り、ゼロは何度も蘇る。
そして子供のゼロは、成長する可能性も残されていた。
「ほら、はしゃがないの!」
「わんわん(おしごと!)」
ゆっくり歩く羊たちの右側に回り込み一吠えしたかと思うと、反対側に回り込んで何もないところで転ぶ。
蝶々が飛んでいる姿をジッと見つめると、招き猫のように片方の前脚をクイックイッと引き、おもむろに飛び掛かる。
その間俺たちはのほほんと見ているけど、脚が止まった羊たちを見てゼロが怒りだす。
「今日は良い休日だよな」
「フェザー先輩、これは仕事ですよ」
「そうか?」
「うん、きっと心の休日なんだよ」
サーヤの言葉が何故かしっくりくる。
俺たちの仕事はバグ探しのアルバイトかもしれないけれど、こんな休日をどこかで求めているような気がしていた。
そろそろ、このゲームのテスト期間が終わる話を聞いている。
製品版に向けてのテストなので、俺たちだけで全てのバグを見つける事は出来ない。
でも、今度は会社の一社員として、このゲームを支えていきたいと思っている。
「これじゃあ、いつまで経っても終わらないな」
「それも良いんじゃない?」
「フェザー先輩。ゼロの足腰が、段々と良くなってきました」
野生の摂理なのか、親バカなのか?
アカネの喜びに水を差すようなことはしない。
この日の最後はゼロが大活躍し、羊たちを安全に小屋まで誘導することが出来た。
ただ難点は、車椅子の後ろでサーヤが鐘をガランガランと鳴らし、何となく耳の奥がグワングワンいっている事だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、三日ほどお世話になった牧場を今日あとにする。
結構な数の毛刈りをした後、周囲に張り巡られた柵の補修も買って出た。
そっちは主に俺とウノで対処し、残りのメンバーで継続して毛刈りをしている。
牧場主も帰ってきて、牧羊犬は無事だったみたい。
最終日には報酬と、豪華な朝食を用意してもらった。
ジンギスカンは馴染みがなかったけど、濃厚なタレと野菜が羊肉と相乗効果をかもしだしていた。
「クスクスくん、ソーセージ食べすぎ」
「もう、アカネちゃん。うるさい」
「嫌われてしまったのぉ。そういう時は、こうじゃ」
「ウノさんがいじめる……」
クスクスの皿には、ウノが乗せた野菜がこんもりとしている。
肉は山ほどあるので、食べる寸前に取れば大丈夫だ。
ジンギスカン鍋の縁にある野菜は、肉やソーセージに比べると人気がない。
それは折角落とした脂が野菜に行き、その旨味を吸いつくすことにあるのかもしれない。
では肝心の肉はというと……。あっ、別腹なんだそうだ。
馬場ファームの馬車も、良い休養が取れたそうだ。
『良い仕事をする為には、良い休息が必要』がモットーらしく、急なルート変更にも付き合ってくれた。
「君たち、もう行くのかね?」
「はい、長々とお世話になりました」
いつの間にか仔犬に従順になっている羊を見て、牧場主は思う所があったのかもしれない。
その視線は何故かというか当然アカネに向けられていて、奇抜な見た目なのにアカネを息子の嫁に欲しいと言っていた。
「アカネちゃんにも春が来たのかな?」
「サーヤさん、からかわないで下さい」
「恋愛占いは得意だから任せて!」
スラスラと、何故かグイグイと迫るコジカは満更でもなさそうだ。
それに反して俺とウノは口を出したりしない。
こういう時の反撃の痛さは身に沁みてわかるからだ。
「アカネちゃん、のこっちゃうの?」
「ううん。まだまだ冒険に行くよ!」
結局、一番の優しさを見せたのはクスクスなのかもしれない。
牧場主はがっかりしながらも、報酬をきちんと渡してくれた。
そして良い仕事をしてくれた御礼として、とある情報を教えてくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゆったり、まったり馬車の旅が始まる。
「温泉かぁ……」
「温泉ねぇ……」
牧場主さんが教えてくれたのは、温泉街の場所だった。
バリアフリーな造りがふんだんに盛り込まれていて、手すりを使えば俺でも入れそうな雰囲気があった。
実際は見てみないと分からないけど、広い湯舟でのびのびと湯治をするのは良いかもしれない。
大分脚の具合も良くなってきたし、普通に立つだけなら結構な時間保てるようになってきた。
手すりを使った移動もそれほど苦痛ではなくなってきたし、このまま順調なら松葉杖も検討材料に入ると先生は言っていた。
「い、いくつか不安があります」
「うん、私もそれを心配している」
コジカは度々、あの大きな塔に近付くのを危険視している。
それはタロットカードの大アルカナの一つ、その名も『塔』が示す不幸についてだ。
タロットカードには、かつて神話で起こった事がモチーフにされている場合がある。
人々が高みを目指し『神々の頂き』を目指した結果、その傲慢さに怒りを覚えて天罰が下された。
世界中に様々な言語がある理由が『バベルの塔』にあるとし、同じ言葉を使って協力しあえないようにしたとコジカは語った。
「あのー、フェザー先輩。多分不安は、そっちじゃないです」
「ん? 違うのか?」
俺の心配を余所に、女子たち三人が固まって脇腹を肘でつついたりしている。
小声で所々しか聴こえないけど、『水着』とか『混浴』という単語が出ているようだ。
ふと、外の景色に目をやる。
クスクスはウノに小声で内緒話をしているみたいだし、サーヤたちの嬌声はスルーするのが得策だと思う。
俺は思わず『わふぅ』と、ため息を吐いてしまっていた。




