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094 死の逆位置

 コジカが提案する息抜き代わりのイベントは、羊牧場の手伝いだった。


 サーヤの補足によると、大都市圏の首都から二時間圏内にある観光地のような場所で、ジンギスカンとエールが有名らしい。

 俺達はほとんど・・・・未成年なので、エールを目的にはしていない。

 家族ぐるみで経営しているらしく、そろそろ毛刈りをする時期だと思っていたら、牧羊犬が病気になってしまったようだ。


「コジカさん、受けましょう! もう、無償でも良いです」


 感化されてしまったのはアカネで、俺とサーヤはNPCやそのペットも怪我・病気になるんだという感想だった。


 何はともあれ、特に期限もなければ達成する目標数も決まっていない。

 その分報酬も少なくなるけど、遠くまで聴こえる鐘とバリカンセットをいくつか貸してもらった。


 休憩できるログハウスも貸して貰えるらしく、短期の滞在も可能だった。

 主に物資による報酬が出来高払いで支払われるので、無理のないように手伝うのがスタンスだ。


 牧場の関係者からは、『柵があるので滅多な事では逃げない事』『夕方近くには小屋の方に誘導して欲しい事』を伝えられ、それ以外は比較的自由に過ごして良いと言われている。

 ただ、野良のハグレ狼が迷い込んだ事もあるので、その時は冒険者として出来る限りの対応をお願いしたいらしい。


「以上が説明になります」

「はーい、フェザー先輩。既にクスクスくんが走り回っています」

「もう、受けるしかないよな」


 沙也加と動物園に行く約束の前に、みんなで牧場体験も悪くないなと思う。

 問題は見渡す程に広い牧場と、牧羊犬もなしにこの数の羊をどうにか出来るかだった。

 1頭だけ毛刈りの実演を見せて貰った後、牧場関係者は行ってしまった。


 何となくコジカの思惑通りと言うか、まるで休日のお父さんのような気分だ。

 アカネはひび割れた卵を胸元から出すと、そっと地面に置く。

 ウノに抱き止められているクスクスは、羊と追い駆けっこをしたいのか? それとも、モコモコに飛びつきたいかのどちらかだ。


「あ、あの……。提案があります!」

「はい、コジカちゃん」

「サーヤお姉ちゃん、まるで先生みたーい」

「えへへ」


 休日のお父さんもとい、幼稚園の遠足のような気分だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 まだ朝も早く、夕方までかなりの時間がある。

 今回の作戦はクスクスと俺が誘導係になって、アカネとウノを中心に羊を捕獲し毛刈りをする予定だ。

 軌道に乗れば交代で毛刈り体験を楽しめるし、それまでサーヤとコジカが待機する予定……。


「フェザー、私も手伝ってあげるね」

「どうやって……。あっ」


 サーヤはカードを取り出し、車椅子に装着してあるスロットルに差し込んだ。

 レベルが上がっているので、移動に関する主導権を渡すつもりはないけど……。


「まぁ、いっか」


『ダメ?』と聞いてきそうな顔をしているサーヤを無下に扱う事は出来ない。

 俺もなんだか飛ばしてみたい気分だったし、この広い牧場なら多少スピードを出しても怪我をする事はない。


 車椅子のスタンバイが済むと何故か隣にクスクスが立ち、徒競走ときょうそうのスタンディングスタートの構えをする。

 その隣に何故かグルンと回った大きな卵が直立し、その時を今か今かと待っているような気がした。


「位置について」

「ヨーイ」

「ドン!」


 いつの間にか、詠唱が終わった魔法を上空に打ち上げたコジカ。

 突然の爆音に気を取られていると、クスクスとゼロが競争を始める。


「フェザー、GOGO!」

「分かったよ、サーヤ」

「フェザー先輩、頑張ってください」

「怪我に気を付けるのじゃ」

「がんばってー」


 いくつもの応援を受けて、俺達はビリで出発した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 特にゴールがない競争では、誰が一番とは言えない。


 呑気に草をむ羊たちは大小様々だった。

 そしてぬしさまと呼ばれる大羊がいるらしく、その子についてはほっといても構わないらしい。

 どのくらい大きいかと言うと、動物園で見る象やキリンクラスのようだ。


 羊の群れは5~10頭が基本らしい。

 ここにいる羊は何種類かいるらしく、単一の種類でも色付けカラーリングされている羊だった。

 乳白色の羊もいれば茶色の羊もいる。ピンクに水色・クリームや黄緑など、パステルカラーの羊が印象的だった。


「×××ちゃん、アレ!」

「サーヤ。二人の時でも、ゲームの中ではキャラクター名で呼んでくれ」

「だって、動物園の約束……。確かに二人っきりとは言ってなかったけど……」

「それで車椅子の移動にこだわったのか?」


 自動運転できる便利な車椅子で、羊の群れの横をサーっと通り過ぎる。

 その時俺は後ろに立っているサーヤの顔を見ようとしたけど、羊の群れの中から『アハハハハ』という声を聴いてしまった。


「クスクスくんが埋もれてたね」

「まあ、モンスターじゃないようだし、大丈夫じゃないか?」


 小さな群れの外周を回ってたら、右往左往している大きな卵を見つけた。

 ひび割れているので、ちょっとだけ心配になっていたら、1頭の茶色い羊がゆっくりゼロに近付いて行った。


「××、フェザー。大丈夫かな?」

「あれで踏んづけて、大きな生卵が出てきたら……」

「もう十分育ってるんじゃないかな? それより海外の……」

「グロい想像は止めよう。ゼロ、そのままアカネの所に誘導してくれ」


 卵のどこに聴覚器官があるのかは分からないけど、ゼロはグルンと一回すると勢いをつけて転がりだす。

 するとそれに引っ張られるように、茶色い羊がゆっくりと歩き出した。


「あっ、おむすびころりんみたい!」


 羊の群れからクスクスが頭をヒョコっと出す。

 それで本来の目的を思い出したのか、クスクスは前方の羊を驚かさないようにゆっくり追い駆けた。


 その後ろを追うように、四頭の羊が追随する。

 まるでハーメルンの笛吹き状態だと笑みが零れ、俺とサーヤは最後尾を見守りながら、ゆっくり風を感じつつ皆の元へ戻った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ゼロがスピードを落としたので、俺達一行は団子状態でアカネたちがいる毛刈りスペースに到着した。

 アカネはレスリングの対峙姿勢のように、腰を落として両手を前に構えている。


「……ダ〇ソン」


 アカネが急に踊りだした。

 軽快に三歩前進したと思ったら、バックステップも同じだけする。

 何回か繰り返しているけど、羊との距離は縮まっているようには見えない。

 動きがおかしかったのか、羊も警戒している様子はなかった。


 みんなが見守る中、アカネの踊りは続く。

 徐々に前進のステップの歩幅が増していき、羊の真正面に立ったと思ったら瞬時にサイドステップをして首を極めた。


「えい!」


 掛け声と共に前脚を払ったと思ったらグルンと回り、何故かアカネは尻もちをついていた。

 そして抱えられている羊は、驚いたまま茫然としている。


「あー、さっきと同じだ」

「これは難しいのぉ」


 コジカはアカネにスッとバリカンを渡し、なめらかな動きで毛刈りが始まる。

 茶色のモコモコに黒い顔が凛々しかったのに、それはまるでダウンコートを脱いだスケルトンのようだった。


 作業が終わった後、ウノとクスクスに向かってアカネが合図を出す。

 まだ近くには4頭の羊がいる。

 ウノは気配を抑え滑るような動きで胴体に抱き着き、クスクスは飛びつくと羊と一体になっていた。


「ゼロ、次のを探しに行こうか?」

「××、フェザー。私もいるんだからね」


 車椅子を使って機動力を駆使すれば、羊を倒す事は出来ると思う。

 ただ抱き着いて捕獲や、格闘技を使うには俺の脚は……。


 座った状態で目の前に羊を抱かせてくれるなら、俺にも毛刈りは出来るかもしれないけど、そういう役割はみんなにお願いしたい。

 そしてこんな短時間で、パーティーの雰囲気を明るくしてくれたコジカには感謝しかなかった。


「ゼロ、次はあっちの群れを釣ろうか」

「お願いね、ゼロ」


 ひび割れしてるのに、縦回転中も横回転を交えてリアクションしてくれる所は、とても卵には見えない。

 さっきの集団は一般的な色だったけど、今回は6頭くらいいるパステル色な群れだった。


「メェー」

「メェーメェー」


 ちょっと伸びすぎたモコモコは、まるでアフロヘアーか綿菓子を思わせるボリュームだ。


 そんな羊の群れにゼロを先行させる。

 さすがに獣人である俺とエルフが乗った車椅子は、多分羊たちにとって異物であり脅威だろう。

 その点ゼロなら卵だし、好奇心旺盛な個体はそんなに多くは……。


「××、フェザーどうしよう。ゼロが群れに飲み込まれてる」

「落ち着けサーヤ、相手はただの草食動物だ」


 サーヤに平常心を求める事で、俺の心も落ち着かせようとする。

 そうだ、まずはアカネに知らせないといけない。


『アカネ、ゼロが羊の群れに飲み込まれた』

『えっ……、すぐに助けにいきます!』

『ウノさんとクスクスは、そのまま作業を続けてくれ。コジカ、そちらの指揮を頼む!』


 新しい武器である斧槍ハルバードを取り出してはみたけれど、牧場の羊を意味もなく傷つける事は出来ない。

 マップを見ながらアカネを誘導し無事に合流を果たすと、モコモコの塊はまるでレインボーアフロのようだった。

 さすがにモコモコが密集していてモコモコしているなら、モコモコがモコモコすぎてモコモコだ。


「ゼロ、私の胸に飛び込んで!」


 アカネも精一杯呼び掛ける。

 致命的な危険が少ない状況だからこそ、消極的な呼びかけしか出来ないけど、アカネは一度ゼロを失っている。


「ゼロ、お願い!」


 俺とサーヤは顔を見合わす。

 アカネに二度も、ゼロを失わせることは出来ない。


「ゼロォォォォ」


 慟哭とも言えるアカネの呼び掛けに、何故かモコモコの中から「キャン」というカワイイ声と共に、真っ白な豆シベリアンハスキーっぽい仔犬が顔を出していた。

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