092 サーヤの気持ち⑦
俊ちゃんに全てを話した後、話し合いの場までトントン拍子に進むことになった。
フェザーからパーティーメンバーに、その日は自由行動になることが伝えられている。
この町に向かっているコジカちゃんを待つ間、それぞれ個人的にやることもあるからね。
『フェザー先輩、その日はサーヤさんとデートですか?』
『まぁ、そんなところだ』
『××……、フェザー!』
『ねえ、アカネちゃん。でーとって、なーに?』
『それはね……』
『ウォッホン。儂らの事は心配せず、楽しんでくるのじゃ』
『あ……あぁ。ウノさん、本当なら訓練に付き合いたかったんだけど』
『気にするでない。良い師を見つけ……のわぁ』
ウノさんの叫び声に、みんながくすりと笑う。
特訓の最中に別の事を考えるから……。
最初、ウノさんのパーティー参加を拒んだけど、言葉遣いの割にお茶目だし真面目だった。
あの頃はゲームの世界でも、悪い人ばかりに出会ってしまって……。
一番ナーバスになるはずの俊ちゃんを差し置いて、私が沈み込んでる訳にはいかない。
コジカちゃんは馬車で移動中の筈だけど、反応がないってことは馬車に酔ってるか意識を手放したのかもしれない。
学校でもグッタリしていて、『これもGMコールするんだ』って死んだ目をしながら言ってたよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
学校が休みのある日、私とパパは俊ちゃんを車に乗せてとある場所へ向かっていた。
現地では貸し出し用の車椅子があるので、少し距離があっても問題ない。
「俊ちゃん、ポッ〇ー食べる?」
「……。ん? 何か言ったか?」
「何でもない。パパ、目的地まで後どのくらい?」
「ゆっくり走って一時間くらいだよ」
若干遠回りをしているのか、パパの運転は考える時間をあげているようだった。
パパがセッティングしたのは、多くの関係者を集めて一回の話し合いで済ませること。
こちらの申し出に異論は出ていないと聞いているので、具体的には示談に向けての事前の話し合いになるみたい。
治療費については大会の保険の他に、両校とも保険に入っている。
後は相手の出方次第で民事の可能性もあるけれど、それについては俊ちゃんに一任されていた。
目的地に着くと、私達は小さな会議室に通された。
先方も同じように別の会議室に通されているようで、その後に集まって話し合うみたい。
「今回は相談員が二名、法的な立場として、それぞれサポートします」
「宜しくお願いします」
「お願いします」
「あの、向こうにもサポートがつくんですか?」
こちらを担当する香取相談員は、話を円滑に進める為サポートにつくと教えてくれた。
相談員は三名で一人は裁判長のようなポジションに立ち、公平な立場で話し合いに参加するらしい。
現実問題として事件としては扱われておらず、当事者同士が未成年で治療費も保険で賄われている。
日本は法治国家なので、受けた不利益は『ハムラビ法典』みたいには出来ないし私刑も禁止されている。
私達は試合のビデオを観ながら色々な事を話していた。
香取相談員の質問は主にパパが答え、俊ちゃんは最近では忘れていた沈んだ表情を見せていた。
「大丈夫かい? 気分が悪いようなら……」
「いえ、大丈夫です。ちゃんと会議には参加します」
最後の場面の前にビデオは止められ、私達の聞き取りは終了したと思う。
このビデオは多くの学校から提供された物の一つで、関係者はこの件についてかなり憤慨していると聞いている。
ところが相手校はどこ吹く風で、短期間の部活の休止を宣言しただけで済ませたみたい。
後で聞いたらその休止もテスト期間を含めたもので、学校自体まるで関係ないというようなスタンスだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時計を見た香取相談員が、別室への移動を促した。
私達は移動を開始し、会議室の前で香取相談員がドアを押さえ、私は車椅子を押して入室する。
相手は既にいるようで、先方のサポートの稲垣相談員をはじめ、担任の教師・当事者・友人Hが来ているようだ。
友人Hは私が参加したことによる人数合わせのようなもので、パパは監督・校長・教頭等の責任者クラスを求めたらしい。
木目の会議テーブルの間を挟むように磨りガラスがあり、相手の顔を確認することは出来なかった。
「それでは、みなさんの声を聴かせてください」
議長を務める最後の相談員の言葉と共にそれぞれの紹介があり、私達は先程の質疑応答のように答えを繰り返すことになる。
先方の話で気になった箇所はいくつかあった。
最初に気になったのは担任による弁護で、『真面目な子』や『スポーツに熱心に取り組んでいた』という当たり障りのないものだった。
学校としては『本人も認め反省もした』とし、既に退部届を出したのでバスケ部としても関係がないらしい。
「そんな!」
「わ、私は学校の意思を預かって来ただけです……」
おどおどした担任は、当事者を切り捨てた証なんだと思う。
そして擦りガラスの間仕切りを挟んだ、正面から時々聴こえる舌打ち。
私の発言はパパや俊ちゃんから許されていないので、もしかすると向こう側の相手も同じなのかもしれない。
そして一番気になったのは『害意』で、当事者の答えは「分からない」だった。
もし後ろに弁護士がついていたなら、『魔が差した』『怪我をさせるつもりはなかった』等の答えが出たと思う。
「分からないって、どういう事かな?」
「止めなきゃ負けるって分かってた。そして彼を止めるのは、俺の役目だった」
俊ちゃんのチームは、基本的には特色のないチームだった。
その分、相手に合わせて臨機応変に戦術を変えられ、アタリが強い相手チームを嫌がって3Pシュートを増やしていった。
オフェンスにディフェンスに、両チームは接戦だったと思う。
そしてマンツーマンディフェンスの時、マークする選手を決めるのは一般的だった。
「あくまでゲームの中での不幸な出来事なら、そう言っても構わないんだけどね」
「あの時、俺は……。俺は……」
「事故の時の記憶が曖昧になることは、よくあるかと……」
「稲垣相談員。誘導のような発言は慎むように」
相談員同士でも言い合いがあるんだ……。
そして俊ちゃんの発言は限りなく少ない。
やっぱり、どこか悪いのかもしれない。
もしかしたら、あの時のように……。
ずっと重かった室内の空気が、更に一段階重さを増したように思えてくる。
すると急にガタッという音がして、呻き声のような言葉が聴こえてきた。
「ごめ……んなさい。ごめんなさい……」
「ここで土下座しても……」
「ごめんなさい……、ごめんなさい」
「おい、お前だけのせいじゃないだろ?」
「おっ、俺が怪我をさせたんだ。取り返しのつかない事をした」
稲垣相談員が立ち上がって間仕切りの向こう側へ歩いて行く。
香取相談員は先方が興奮しているので、とりあえず退室しましょうと促してきた。
パパは何かを言いたそうだったけど……。
「沙也加、行こうか?」
「……うん、俊ちゃん」
そう返事をすると、パパも諦めて会議室から出る事になった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
帰りの車の中、俊ちゃんは窓の外をずっと眺めている。
いくら脚の具合が良くなってきても、現実問題として今歩けていない。
ましてや、プレイしていた頃を思い出させるような場面を観て、平気な訳がなかった。
「折角、機会を作って貰えたのに……」
「気にする事ないさ。それより気分はどうかな?」
「はい、なんとか……。緊張しすぎたのかな?」
「気分転換に、色々始めてみれば良いよ」
「もう少ししたら、車の免許を取りたいなって思っています」
「それは良いね。沙也加、最初の助手席は誰にも渡しちゃダメだよ」
「もー、パパってば。デリカシーがない!」
何となく体裁を取り繕うような話題も、さっきの話を払拭するには足りなかったみたい。
これで、もし目の前に当事者がいたなら、俊ちゃんの心はどうなってしまうんだろう?
いくら『試合終了後には、お互い称え合う握手を……』と言われたって、相手と車椅子の俊ちゃんでは位置が違う。
どちらかが手を差し伸べないと、それが叶うのは難しいんじゃないかな?
当初、許すつもりに見えた俊ちゃんに、絶対に赦さないと誓った私。
でも今、私と俊ちゃんの心は揺れ動いていると思う。
最終的に『お金』で解決するしかない現状に、私は声を大にして「そうじゃない」と叫びたかった。
「いっぱい迷惑をかけたから、沙也加の好きな所まで乗せていくぞ」
「ほんと? じゃあ、動物園に行こうよ!」
気を遣うべき相手に気遣われて、ちょっとだけ嬉しくなってしまった。
今日進展があったとは言いにくいけど、明日を楽しみに出来る日々って、とっても大切なんだなって思う。




