089 止まった時間
新年のご挨拶代わりの更新となります
エンディングに向かって頑張りますので、皆さまに楽しんで頂けたら幸いです。
物語のお姫様は森の奥深くで、七人の小人に囲まれ眠りについているという。
「ウノさん、一つ言っても良いですか?」
「あまり聞きたくないんじゃが、素直に頷いておこう」
既に戦意喪失しているメイドを下がらせて部屋に押し入ると、お姫様ベッドに手首・足首を縛られたサーヤが暴れていた。
口にも何かを貼られているみたいで、『ムグググ』と女性にあるまじき声を出している。
天蓋付きのベッドでギッタンバッタン暴れているのは、正統派エルフとは思えない醜態だった。
「助けないって選択肢は……?」
「……無しじゃな」
「ハァ、メイドは牽制しておきますので……」
「仕方がないのぉ」
解体ナイフを取り出したウノはサーヤの元へ行き、「危ないから動かないように」と声をかける。
それでも、興奮しているサーヤの動きは止まらない。
声が出せないせいなのか、それとも捕まっていたのが解放される安堵感からか?
『落ち着けサーヤ! パーティー会話なら出来るだろ?』
『×××ちゃん……。あっ、そうか!』
『少し大人しくして欲しいんじゃが……』
足首・手首の戒めをウノが解放すると、サーヤは口のテープのような物を剥がし俺に向かって駆けてくる。
以前、ゼロとの出会いをアカネに聞いた事がある。
お互いライバル関係だったらしく、アカネは迎え入れる体勢で待っていたのに、スローモーションで喉笛を噛みに来たらしい。
いま同じように見えるサーヤが少しだけ怖かった。
「×××ちゃーん」
「止せ、落ち着けサーヤ」
俺は槍を構えているし、車椅子に乗っているから抱きとめるのも難しい。
ウノからは『諦めるんじゃ』という、冷めた目が帰って来た。
一瞬の葛藤から素早く槍を手放し、車椅子にブレーキをかけながら衝撃に備える。
絶対に動かない自信があったのに、気分はまさに壁ドンだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
壁を背にしながら、太腿の上で俺の名前を連呼するサーヤの頭をなでる。
名前は音には出ていないけど、不自然な間は明らかに俺の名前だろう。
「そろそろ落ち着いたか?」
「ぐすっ……んぐ。もう……、ごわがったんだがらぁ」
さっきまで全力でギッタンバッタンしていた、海老の本音だろうか?
大抵の海老は食べられてしまうので、そう考えると仕方がないのかもしれない。
ウノがメイドを目で抑えてくれているし、段々と階下が騒がしくなってきた。
「あー、取り込み中の所悪いんじゃが……」
顔を上げたサーヤがウノを見て、『何で邪魔するの?』みたいな顔をしている。
本当にウノには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
この状況なら撤退の一択しかないだろう。
それでもサーヤの気持ちが収まるまで、両掌を合わせて拝むように頭を下げるしかなかった。
少しして雪崩れ込んできた増援は思いの外多かった。
特に貴族家ではないこの建物も、多分どこかの成功者の持ち物の筈だ。
それを差し引いても突入してきたと言う事は、決定的な悪事の証拠を掴んだのだろう。
生憎、サーヤに関しては冒険者なので、どこまで保護対象なのかは分からない。
「みんなは冒険者ギルドに報告しておいてくれ」
合流したハワードとアナライズにそう言われると、俺達は重い足取りのままギルドに向かった。
事件としてはこれでほぼ解決のようで、後は事情聴取と事件の裏取りで時間がかかるらしい。
帰り道、アカネからは謎の獣人の存在を聞き、クスクスからは「たのしかったぁ」と感想をもらった。
肩越しに抱き着いてきたクスクスは夜でも元気で、その後サーヤが車椅子を押したいと宣言するので任せることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿に戻ると、順次ログアウトしていく。
マッサージを受けながらその様子を見届けていると、サーヤは「今日だからね」と一言告げて現実世界に戻っていった。
今日一日、とても長い日だったように思えたが、俺と沙也加にとってはこれからが本番かもしれない。
このタイミングで大事な話という事は、多分バスケットボールで起こった事件についてだろう。
「はぁ……、脚さえ何ともなければなぁ」
「何を言ってるんだい? こんなに早く結果が出て、まだ可能性も残ってるのに」
「先生、松葉杖は……」
「まだ早いかな? 色々筋トレしてるのも知っているけど、その分バランスがね」
先生の発言は、優しくも厳しい現実を示していた。
俺にはこの先、バスケットボールをやりながら上を目指す人生の選択肢があった。
具体的に言えば、大学や社会人バスケといった道だ。
さすがに本場で活躍出来る体や素質はなく、ああいう世界は努力だけで何とかなるものではない。
沙也加の父親は俺達にとって師匠なので、進路については両家で筒抜けの状態だった。
少し落ち着いた頃に聞いた話では、補償とは可能性と確実に得られたであろう利益について求めるものだ。
脚がピクリとも動かない時期の俺はかなり荒れて、相手選手を恨んだこともあった。
このゲームを始めて俺は、少しずつ色々考えるようになっていた。
「深刻そうな顔をしているね」
「背中越しでも分かるのですか?」
「筋肉は嘘を吐かないからね」
「そう……ですか」
「基本的に医療従事者は、『確実に治る』とは言ってはいけないんだ」
「はい」
先生はスーパードクターなのに、出世街道から外れてしまっている。
その話を踏まえた上で、俺の脚は確実に治ると太鼓判を押してくれた。
それは今迄のリハビリも然ることながら、気持ちの持ちようが多分に作用しているらしい。
俗にいうイップスに近いものであり、正しい感覚を取り戻したら歩くのはすぐのようだ。
ただそれを意識すると途端に不自然になってしまうので、今迄言えなかったらしい。
「筋肉も徐々についてきたし、マッサージの効果は確実に表れているよ」
「じゃあ走っても?」
「何事も『急いては事を仕損じる』からね。無理だけはしちゃダメだよ」
いつもは眠りに落ちてしまうマッサージも、今日は聞き逃してはいけない話題だった。
うちも隣の家族も、この事を知っている上で今迄言わずにいてくれたようだ。
「もし心にわだかまりが残っているなら、まだその時期じゃないのかもしれないね」
「先延ばしにした方が良いって事ですか?」
「君の事件はナイーブなものだからね。ひと一人の人生を変えるものでもあるし、君の人生は変ってしまったからね」
「まだ答えは出せていませんが、前向きに考えていきたいと思います」
俺はすっかりほぐれた体を左右にねじり、先生に挨拶してログアウトをする。
きっと沙也加が待っている筈だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お隣同士の俺達の家で何か話があると、梶塚家にあるバスケのゴールポストの下に集まるのが常だった。
いつもはバスケの師匠である沙也加の父親が一緒にいるはずなのに、今日は沙也加一人がボールを持って立っていた。
俺は車椅子を器用に操りながら、ゴールポストに近付いていく。
沙也加はこっちに来ようか躊躇っているみたいで、その間に俺は沙也加の元へたどり着いた。
「……急に呼び出してごめんね」
「らしくないなぁ。今回のは俺の……」
「ごめんなさい! 私、今迄隠していた事が……」
「なんか今日は謝ってばかりだな。大丈夫、全部聴くよ」
沙也加は手持無沙汰にしていたボールを一回ダムと弾ませる。
そしてゆっくりと、今迄俺が知らなかった経緯と送られてきた手紙について教えてくれた。
「手紙の内容は『会って謝りたい』だって……」
「中身を読んだのか……」
「これは俊ちゃん家充てに届いて、みんなで相談したんだ」
「あ~、悪い。そういう意味じゃなくてだな」
どうやら気を遣わせてしまったようだ。
沙也加は静かな怒りを堪えながら、それでも説明責任を果たすようにポツリポツリと話す。
鞄に詰められた手紙は、学校一通・顧問一通・当事者からは十通を超えていた。
確かに、あの出来事は故意に違いない。
ただ、今迄俺が反則を一回もしていないかというと、そこまで清廉潔白ではなかった。
今回はその一回が悪質で、結果事件と呼べるような大きいものになっただけだ。
「会って話す必要が出てきたって事だよな?」
「うん。それでパパは、前を歩けるように一区切りをつけた方が良いって」
「……そうだな。その意見には賛成――って、何でそんな顔をしてるんだよ」
「俊ちゃんは赦せるの? 謝ったって、俊ちゃんが失った時間は帰ってこないんだよ」
アスリートの選手生命は思いの外短い。
バレエやスケート・水泳選手は若い頃に才能が開花しやすく、選手生命は早くに終えてしまう。
花形である野球・サッカーの選手だって、30代で輝きを失う事が多い。
沙也加の憤りは、もしかすると父親の事もあるかもしれない。
俺達は小さな頃から、『怪我だけは気を付けるように』や『フィジカルには限界がある』と言われていた。
沙也加は早くに区切りをつけ、俺を応援してくれる方に回ってくれている。
だから俺は沙也加の分も頑張ったし、結果に繋がるようガムシャラになって得点を稼いだ。
「なあ、沙也加」
「説得なら聴きたくない!」
「良いから聞けよ。俺達ここで、交代でシュートを打ってたよな?」
「……うん」
まだまだ小さな頃、俺と沙也加は見上げる程のゴールポストに向かってシュートを打っていた。
あまりに高いので沙也加が泣き出し、低くしようとした沙也加の父親に向かって俺が『下げないで』と懇願したらしい。
「ボールが回ってこない時の悔しさ、届かない目標への挑戦は、俺達がいっぱい知っている筈だよな」
「あの頃はムキになってたよね」
泣き笑いのような彼女の視線は、更に遠くの星空に向いている。
「一つのボールを奪い合う、点を取り合う、仲間と称え合う。あの出来事は、ムキになった延長線上にあるとは思えないか?」
「私達は子供じゃないよ!」
「いや、子供だったんだよ。あの時、躱してパスをする選択もあった。そしてラフプレイが得意なチームだと気付いていた」
「じゃあ、何で俊ちゃんだったの?」
「エゴ……だったのかな?」
「エゴ?」
「正直、当人にあったらどんな反応をするかは分からない。でも、師匠はいつも言ってただろ?」
「「試合終了後には、お互い称え合う握手を……」」
俺の『時』は、あのコートで止まっている。
なら前を向き、時間を進める為にやるべき事は?
「じゃあ、私も一緒に行く!」
「はぁ……、言い出したら聞かないんだろ?」
「もちろん。パパも一緒だからね」
「分かったよ。但し、沙也加は口を挟むなよ」
この約束が、どこまで守られるかは分からない。
ただ俺達の『時』を進める為、現実世界ではやらなければならない事が残っているようだ。
沙也加は俺の後ろに回り込み、車椅子のハンドルを握った。
満天の星、俺達の目標は案外近い場所にあるのかもしれない。




