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085 マーケット再び

 いつもは車椅子の後ろに回るサーヤ。それが今日は俺の横を歩いている。

 端正たんせいなエルフの顔立ちが、今日はどこかうれいを帯びているように見えた。

 コンピューターが作った仮の姿アバターなのに、表現力の豊かさはグラフィックの美しさと別問題だと思う。


「あのね、××――フェザー」

「はぁ……、沙也加。どうしたんだ?」

「あー、今沙也加って言った!」

「そこはツッコムのな。今のはわざとだよ、真面目な話なんだろ?」


 俺の言葉にハッとなっているけど、長年一緒にいれば嫌でも分かってしまう。

 冒険者ギルドからマーケットへ向かう道、この辺は昼下がりの微妙な時間帯なせいか人々もまばらだった。

 徐々に生活必需品が豊富な店が増えてきて、マーケットを過ぎると住宅街が多くなると聞いている。

 俺はきちんと周りの状況を見て、沙也加の名前を口に出していた。


「えーっとね、大事な話があるんだ」

「あぁ、それは分かってるから」

「じゃ、じゃあ、今日の夜に……」

「今言えない事なのか?」


 緊張のせいか、サーヤの顔がこわばっているように見える。

 芸が細かいと言えばそれまでだけど、これはかなり覚悟が必要な話になると思う。

 リハビリは思ったより成果を上げているので、そうなると……。


「なあ、みんなの所に戻るか?」

「だ、大丈夫だよ」

「でも、顔が青くなってるぞ……。サーヤは、元気だけが取り柄だろ?」

「あー、××――言ったね! さっきだって口説かれたんだからね」


 確かに沙也加は学校でも人気がある。

 美人とは言えないけど、どちらかと言えばカワイイ系で運動は得意だ。

 勉強だって出来なくはないし、誰とでも仲良くなれる快活な性格なので人気だって高い。

 沙也加を明るくさせるのも暗くさせたのも、俺との距離が近すぎたせいだと思う。


 だけど、まだ傍にいてくれるので、俺は諦めるの止めようと思う。

 まだ大きな声では言えないけど、近い未来には……。


「何、顔を赤くして、そっぽを向いてるんだよ」

「そんなことありませんよーって……、あっ」


 サーヤの視線の先には、一件の洋服屋があった。

 こぢんまりとした店で、人通りの割にお客さんはそこそこいるように見える。


「カレシャツかぁ……」

「ん? ちょっと、気分転換してこいよ。俺はゆっくり移動するから」

「そんなこと言って、フェザーは一人で大丈夫なの?」

「あー……、あの位なら大丈夫だろ? いざとなったら、パーティー会話もあるからな」


 訓練場の闖入者ちんにゅうしゃは、俺達のパーティーなら一人で対処できるレベルだ。

 見た所プレイヤーや危険そうなNPCも少ないし、ユジョーは集団で移動しているので分かりやすい。


 俺達の旅の目的は、ゲームに点在するバグ探しだ。

 だからどこでどんな時間の使い方をしても良いし、最悪この町で起こる事件を解決しなくても問題はない。


 問題はないけれど、それがリセットされる訳ではない。

 軽く捉えても重く捉えても人々の生活は続くし、俺達がいないからと言って世界が破滅する訳ではない。

 しかるべき人々や組織が動き、事態の収束に走ると思う。


「少し気持ちを切り替える時間が必要だろ?」

「そ、そうだね。じゃあパパっと見てきて、すぐに合流するね」


 サーヤはそう言うと、店に向かって歩き出していた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 サーヤと別れた俺は、ゆっくり時間をかけてマーケットへ向かう。

 後付けになるかもしれないけれど、マーケットにいる獣人の種族を確認したいという気持ちもあった。

 獣人を見分けるポイントは、耳と尻尾の場合が多い。

 見た目が獣寄りなら顔を見れば分かるけど、そういう獣人はこの町では少ないらしい。


 端の方にいる衛兵に会釈し、露店が多いマーケットを車椅子で移動する。

 若干、俺に向ける視線が多いような気がするけど、これは『カモ』なのか『客』なのか計りかねているのだろうか?


「らっしゃい、らっしゃい」

「果物なら、うちのが甘いよぉ」


 雑多な商品が混在するマーケットは、どこか観光地の朝市を思わせる。

 午後で人波が少ないとはいえ、マーケットの活気はどこか異世界を思わせるものがあった。


 ここにいる獣人は主に三種類……だと思う。

 甲斐甲斐しくお手伝いをしながら、おこぼれ・・・・に与ろうとする猫獣人族。

 同じように尻尾を見ると、ファサっと少し厚みがあるのが狐系獣人族だと思う。

 よく分からないのがもう一種類で、まだらな模様がある尻尾だった。


「それにしてもサーヤは遅いな」


 怪我をする前はバスケ三昧だったけど、時々買い出しをする時間も必要だった。

 そんな時はサーヤと出掛けるので、買い物に時間が掛かる事は分かっている。

 あまり急かしても機嫌が悪くなるだけなので、お互い自由に過ごしているのが常だった。

 ここでパーティー会話で呼び掛けると、ウノ達にも迷惑が掛かるだろう。


 料理はサーヤに一任しているので、野菜より果物を買った方が良いかなと考える。

 露店とはいえ、活気がある店には客が集まっていた。

 そして猫獣人がさりげなく俺の近くで待機していたので、声をかけて店員との荷物の橋渡しをお願いした。


「はい、荷物です。あの……、昨日はありがとうございましたにゃ」

「あぁ、覚えていてくれたんだな。ここは人が多いから大変だろ?」

「いえ……、大丈夫ですにゃ。『ニャー助』は若いけど、おきておきてなんだにゃ」

「意外と真面目なんだな」


 周囲を見回すと何人かの猫獣人が、さりげなく俺の方を気にしていた。

 俺は受け取った荷物からリンゴを一つ、目の前の女の子に渡す。

 好意からの報酬は、特に問題ないようだ。

 ただ、その他の獣人の目も少しだけ気になった。


「なあ、あの人が責任者だったよな? 少し相談したい事があるんだけど」

「は、はいにゃ! お兄さんは恩人なので最速で行くにゃ」


 猫獣人なだけあって、なめらかな動きであっという間に人ごみの中に消えていく。

 一瞬だけねっとり・・・・した視線と言うか、値踏みされているような視線を感た。

 そちらの方向に顔を向けると、いかにも閑古鳥が鳴いてそうな店を見つける。


 その店は獣人が働いていて、あまり近寄るなオーラを発していた。

 無造作に置かれた何かの草の束。普通の八百屋なら値札がある筈なのに、表示関係は何もなかった。

 近くに行けば鑑定も出来るだろうけど、商売っ気がないのか何故か周囲に睨みを利かせている。

 尻尾は灰色で黒くまだらになっているので、何かは分からないけど猫系獣人のような気がしていた。


「(おにーさん)」


 ふと呼ばれたような気がしたのでキョロキョロ辺りを見回すと、さっきの女の子が手招きしていた。

 俺はリンゴの紙袋を抱えながら、路地裏へと車椅子を進めた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 くたびれた猫耳おっさんとの交渉は、しきりに頭を下げているニャー助によって、呆気ないくらい簡単に終わった。

 ウノの盗賊/宝探し系スキルの取得と言う事で、『ドワーフに、どれだけ学べるかは分からないが……』という条件付きだった。

 ただドスドス走る動きが、猫獣人のようにスムーズに動けるなら問題ない。

 このおっさんにどれだけのスキルが備わっているかは分からないけど、少なくともこれだけの人数を食べさせている実力はあった。


「キャー!」

「何だ?」


 会話も終わり俺が本通りに戻ろうとする頃、明るい方から悲鳴が聞こえてきた。

 袋小路にあるこの暗い場所では、マーケット自体が喧騒に包まれている。


「ここは人気の場所だからな。バカな奴が出ても衛兵が何とかするだろ」

「衛兵……、そうだ! そう言えば、人が消える事件があったと聴いたけど?」

「……確かにうちの子達の中で、何人か戻っていない奴はいるな」

「逃げろ! 急ぐんだ!」


 少し離れた場所で、大きな悲鳴と衛兵の声が聞こえてくる。

 おっさんが何か合図を出すと、壁の上から俺達の様子を眺めていた小さな獣人達が消えていく。

 もしかすると、人攫いが出たのだろうか?

 それとも、ここには来ないと言われているユジョーが?


 おっさんは『後で話そう』と言いながら、塀の向こう側に消えて行った。


 俺は騒ぎの起きている方へ向かう。

 するとそこには狐系獣人の男性が、抜き身の片手剣をぶら下げながらヨダレを垂らして立っていた。

 衛兵は肩を抑えながら、大きな声で避難誘導を行っている。


「ここは誘拐事件の現場だけじゃないのか?」

『えっ』


 何故か一瞬だけ、サーヤのパーティー会話が入ってきた。

 目の前では獣人男性が虚空に向けて、剣を袈裟懸けに乱打している。


『サーヤさん、何かありましたか?』

『フェザーお兄ちゃん、じけん?』

『大丈夫かのぉ?』


 俺は一瞬だけ迷って、事件だけど大丈夫だと説明する。

 とりあえずは、この獣人男性を無力化させないといけないだろう。

 そしてサーヤの事は、その後で考えようと思う。

 俺は複数のモヤモヤを抱えながらも、目の前の相手に集中するべく槍を取り出した。

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