079 マーケットの歩き方
朝からケチがついてしまったようだけど、表に回ったら冒険者は自然と集まっていた。
事情を知らなかったとはいえ、こうなると情報不足と対応力不足としか言いようがない。
「全ての事件を解決するなんて出来ないさ」
「それでも俺達は、やるべきことをやる!」
「はい! やれる限り、やってみます」
「あぁ、期待してるさ。頼んだぞ、フェザー」
聖騎士ハワードに3人が訓練に参加することを伝えたので、改めてギルドに申し込まなくても良さそうだ。
そうなると、今日一日ぽっかり空いてしまうことになる。
「この後、どうするか?」
「明日は動けないと考えて、情報収集が良いかな?」
「はい、はーい! くんれんしたい」
「もう、クスクスくんは。明日があるでしょ?」
「でもでも、ウノさんもしたいよね?」
「ふむ。このスキルでは心許ないのじゃな?」
言葉足らずなクスクスの提案に、ウノはその心情を素直に読み取っていた。
ウノがセットしたスキルは【剣技】【槌技】【頑強】【観察】【熱耐性】【鍛冶/手伝い】の6点だ。
俺が初級者訓練に参加した時と比べたら雲泥の差だけど、どちらかというと偏りが激しいかもしれない。
そして真面目なウノは【盾】の習得も目指すだろうから、その分戦闘系に偏ることになる。
この世界には、テイマーズギルドがない事は知っている。
それなら盗賊ギルドはどうだろうか?
情報収集に特化した団体ならありそうな気がする。
後、何気に気になったのは、ウノの持つ【鍛冶/手伝い】のスキルだ。
【家事手伝い】の誤植なのかもしれない。
「ウノさんには、夜の酒場で情報を集めて欲しかったけどなぁ」
「儂が酒場じゃと?」
「ドワーフなら、お酒強そうですよね」
「フェザー。明日訓練だし、まだ日が昇ったばかりだよ」
「それなら、もう一つのギルドを覗いてみませんか?」
「うん! ぼく、ここのギルドきらーい」
「町の様子を見るのも良いじゃろう」
色々相談した結果、サーヤは物資の調達をしたいということで、二手に分かれることにした。
アカネは当然のように俺とサーヤを組ませ、アカネとクスクスが責任を持ってウノの面倒を見るらしい。
「ウノさん、二人を宜しくお願いします」
「えー、ちがうよ。ぼくがめんどうをみるんだよ」
「はいはい、クスクスくん。じゃあ、今日は一日自由行動にしましょう!」
取り残された俺とサーヤはお互い見つめ合うと、いつものコンビかと買い物に出掛けることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「八百屋にパン屋さん、乾物屋さんに行って……」
「食べ物ばかりだな」
「だって仕方ないじゃない。みんなが喜んでくれると、頑張れるっていうか……」
「はいはい、サーヤさまに感謝だな」
まだ早い時間なだけあって、朝からマーケットも盛況だ。
店を構えている店舗もあるが、屋台のような形態がほとんどだった。
茶色い紙袋とか瓶詰めのトマトソースなど、厳密に言えば技術レベルで考えてしまう物も存在する。
このゲームは現実世界で提携している会社が多く、無茶をしなければ結構美味しいものが出来上がるようだ。
異世界に行って不味い不味い言うとか、味噌・米・醤油を求めて初めから頑張ることがないだけ有難いと思う。
「気をつけろよサーヤ」
「うん、分かってる。衛兵さんがいるから大丈夫だと思うけど……」
買った荷物は俺の膝の上に置き、次の買い物までには収納に仕舞いこむ。
その一連の動作はNPCには知覚出来ないようで、急に荷物が消えても驚かれる事はなかった。
俺は何食わぬ顔をしながら、さりげなく周囲を警戒する。
普通のマーケットに見えても、そこかしこに良からぬ事を考えている者はいた。
正確に言えばスリを企む者、買った物を盗もうとする者・おこぼれに与ろうとする者達だ。
どれも子供が多く、町中に溶け込むには問題ない服装なのが特徴的だった。
「ねえ、あれって獣人だよね」
「あぁ、猫系かな?」
この世界の獣人はまるっきり人間に見える者から、あきらかにその動物としか見えない者までいる。
何種類かの氏族がいると思うけど、子供達は比較的人間に近い姿をしていた。
「はい、お婆ちゃん。オマケしてもらったよ」
「そうかいそうかい。じゃあそれは、お嬢ちゃんが持っていきなさい」
「ありがとう!」
言葉巧みに騙す子供もいれば、上手く商品の一部を受け取ることに成功する者もいる。
全体的に活気があり、店側が苦情を出さないと言う事は、上手く共存しているのかもしれない。
すぐに分かる衛兵姿の他に、幾人か目つきの鋭い人もチラホラと見える。
これが衛兵側か子供の関係者かは分からないが……あっ、子供の一人がサーヤにぶつかってきた。
「キャッ……」
「わっ……」
お互いに持っていた紙袋が落ち、中の商品がバラけてしまった。
こういうちょっとした時、車椅子の俺は無力さを感じてしまう。
根菜類の袋だったので、ダメになることはないと思うけど……。
「サーヤ、大丈夫か?」
「うわぁ、ごめんなさいごめんなさい」
「えっ?」
サーヤにぶつかった猫系獣人の子供は、いつの間にか強面のおっさんに、後ろの襟元を掴まれてぶらさげられていた。
その光景を茫然としながら見ていると数人の子供が集まり、落ちた野菜を紙袋に素早く回収していた。
最後にサーヤに押し付けるように渡すと、潮が引くように子供達はいなくなっていた。
騒ぎが原因なのか、ピピーと笛を吹きながら衛兵がやってくる。
するといつの間にかおっさんと、猫獣人の子供の姿は消えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
活気がなかった冒険者ギルドと比べて、衛兵のやる気はそこそこあった。
騒ぎに駆け付けた衛兵は、すぐに俺達に何があったかを聞いてきた。
「大丈夫ですか? お金や物を盗まれてはいませんか?」
「紙袋の量からして大丈夫だよな?」
「うん。ちょっと、ぶつかっただけですから大丈夫です」
「そうですか……。マーケットではご注意ください」
『何に』と言わない所を見ると、逮捕する率は少ないのだろう。
実際問題、俺達の荷物は盗られる可能性が何回もあった。
逆に何で盗らなかったのかが不思議だった。
衛兵が去っていくのを眺めていると、曲がり角からこちらを手招きしている影を発見した。
「どうする? サーヤ」
「お誘いなら、乗ってみるのも良いかも?」
荷物を収納に入れ、武器はすぐに出せるように両手は空けておくことにした。
サーヤは俺の車椅子を押しながら、ゆっくり曲がり角を目指していく。
ちょっとずつ遠のいていく手招きは、すぐに陽の届かない袋小路に続いていた。
周囲の気配は6人以上いるという感じがする。
でもそれは気配を消しているというよりかは、見えない集会というか井戸端会議レベルだった。
「××――フェザー、こわぁーい」
「俺はサーヤの学習能力が怖いわ! 戻るなら今だぞ」
「え~……。あの位の子供に負けるようじゃ、冒険者なんてやってないよ」
「それもそうだな」
奥に奥にと続く道を進むと、やがて地面に蹲っている影を見つけた。
よく見ると、さっきのおっさんと猫獣人の子供だった。
「あれは何かな?」
「もしかして土下座か?」
「お兄ちゃん・お姉ちゃんごめんなさい!」
おっさんががばっと上体を起こし、同じように猫獣人の子供も頭を上げる。
すかさずおっさんが猫獣人の子供の後頭部を掴み、再びグイッと頭を下げさせていた。
「「どういうこと?」」
「俺達はこうした生き方しか出来ねぇ。だから通報されても仕方がない」
「ごめんなさい」
「だがな! 体が悪い人や、弱い奴はターゲットにしねぇ。それをコイツは破った」
おっさんは再び、頭を地面に擦り付ける。
よくは分からないけど、この世界にもルールがあり、それを破るのは良くないと言っているようだ。
そして当然通報しただろうと思っていた所、俺とサーヤが庇った形になったらしい。
塀の向こう側から顔がヒョコヒョコ飛び出て来て、「ごめんなさい」「ごめんにゃー」の合唱が始まる。
その事は問題ないんだけど、何故かすすり泣く声まで聞こえてきた。
「分かってるな、ニャー助」
「はい、元締め」
「お前一人に苦しい思いはさせないさ。俺は左腕を斬り落とす」
「えっ、え?」
「ちょっとちょっと、俺達に被害は何もないですよ」
「そうです。これからは、こういう事をしないと誓ってもら……」
「それは出来ない。俺達が生きる為には……」
会話の行方を見守っていた子供達は一瞬静まり返っていたが、またすすり泣く声が聞こえてきた。
これはどんな儀式なんだ……。正直言って、俺達を呼んでまでやるべき事ではないと思う。
「分かりました! 今回は、えーっと……貸し1にしておきます」
「俺達が罰を負わなくて良いと?」
「他の件は知りませんが、この件に関してはそうです。困った事があったら頼むので、それで相殺しましょう」
「俺達が覚えているとは限らないぞ」
眼光鋭くこちらを見たおっさんの髪の毛がもぞもぞ動いて、ピンと両猫耳が立ち上がった。
ネコミミおっさんとか誰得なのだろう? あっ、サーヤが地味に喜んでいるみたいだった。
これだけ義理堅いんだから、貸し1で済ますのは問題ない。
今回は仲間の結束というより、集団でのすすり泣きが心臓に良くないと言う理由だった。
おっさんは何かあったら、『ニャー助』の名前を出すと良いと言っていた。
俺とサーヤは自己紹介し買い物を終えた後、静かにマーケットを後にした。




