076 ドワーフの変容
俺達は猟師小屋でレーネアスを囲んでいた。
ラミレスは村長に事情を説明した後ここに合流したが、意識を失っているレーネアスを冷ややかに見ていた。
ウノとクスクスは、現在一緒に行動している。
腕の変色がなくなった事・剣を手放せている事が大きく、その足で村長に旅立つことを報告する。
そして一旦家に戻り、必要な物を用意してから出立するつもりだ。
このままではウノが危険因子になりかねなく、その一部始終を見たレーネアスが何を漏らすか分からない。
「ここで得られた情報は秘密にしたい」
「レーネアスが迷惑を掛けたんだから、俺に異論はありません」
「問題はレーネアスくんが、どうするかだよね」
「彼の信頼度は、どのくらいなんですか?」
今回村の損害は0であり、レーネアスと家族は村長から厳重注意を受ける事になる。
ただ年齢的にも本格的に働く年になるので、村を飛び出さない限り畑仕事に従事することになるだろうとのこと。
結局村の損失は、ウノという鍛冶仕事が出来る可能性があったドワーフを手放すことだった。
「責任感はあったみたいだけどな……」
「ガキ大将なんて、小さな村にはいらなかったんですよ」
「ラミレスくんは、レーネアスくんに言う事をきかせられる?」
「俺が責任をもって何とかします。それよりみなさん、二人を助けてくれてありがとうございました」
ラミレスは急に立ち上がり、90度で腰を折るように深々と御礼を言った。
同じ村で育った以上、『ロロンを助けてくれて』ではなく、『二人が助かった事』に意味があるのだろう。
現在クスクスとウノは、村外れに待機している。
この話が終わったら二人は先行して村を出て、俺達は後を追う手筈になっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ペチペチと少し強めに、レーネアスの頬を叩いたサーヤは少し怒り気味だった。
窓を乗り越えて俺の事を起こしに来るような、幼馴染特有のラブコメ的展開は今まで経験したことはない。
それでも、「うーん、もう少し……」と返答するレーネアスは、ある意味大物になると思う。
業を煮やしたラミレスは、そんなレーネアスのお腹を軽く踏んずけた。
「ぐげぇ……」
無事に起きたレーネアスは、少し咽ながらラミレスのことを軽く睨んで……シュンとしていた。
この状況を見れば、自分のした悪事がバレたんだろうと誰でも気が付くだろう。
年下の幼い子供まで巻き込んだんだから、言い訳のしようがない。
「レーネアスくんで合っているよね」
「あ、あぁ……」
「あぁ……だと? それが恩人に対する態度か?」
「……ごめんなさい。……なあラミレス、ロロンはどうなった?」
「ロロンくんは無事だよ。私達が助けたから」
「それで君が見た全てを、俺達に話して欲しい」
レーネアスは自分のしたことを後悔しているような沈痛な面持ちのまま、ロロンと待ち合わせした所から語りだした。
二人は合流するとロロンに先頭を歩かせ、森の奥の方にある目的地の方に歩き出した。
レーネアスがゴブリンに気が付いたのは、行程の半分を過ぎたころだった。
自分一人なら逃げ切れると判断し、ナイフを投げてゴブリン達の注意を惹いたようだ。
二匹いたゴブリンは最終的に三匹になり、持ち前の素早さと器用さで姿をくらませると樹に登ることに成功した。
樹上でやりすごし機を見て逃げようとした所、救援が来たので気が大きくなってしまったらしい。
持っていたもう一本のナイフで落下しながらトドメを刺そうと思ったが、あまりの迫力にやられてしまったようだ。
尻もちをついた状態でゴブリンを貫く大剣を見て、二度目の衝撃を受けていた。
「それで?」
「うん、急に怯えたように見えたけど?」
ゴブリンの腹部を大剣で貫いたウノは、顔面に喀血をまともに浴びていた。
『俺だって、あの剣があれば……』の言葉は、レーネアスの精一杯の強がりを見た気がする。
その証拠に、急にガクガクと震えだしていた。
「なあ、ラミレス。ウノってドワーフはどこに?」
「お前には関係ないだろ?」
「アイツはヤバいんだ。村のみんなに、すぐにでも知ら……」
「それを決めるのは、この人達だ。大体お前は気絶してたんだから、証言が確かなものかも分からないんだぞ」
レーネアスは強く目を閉じ、眉根に皺を寄せた。
こちらからでは分からない何かが、レーネアスに不信感を与えたのだろう。
大きく一度深呼吸をしたレーネアスが続きを話してくれた。
顔に血を浴びたウノは、そのまま停止していた。
ただゴブリンは、ウノの一撃では屠れなかったらしい。
「ゴブリンは何故か動かなかった。いや、動けなかったんだと思う」
「どうしてそう思うんだ?」
「多分、剣を通して血を吸ってたんだ。あの禍々しい大剣が、紅く脈動しているように見えた」
「剣が血を吸うなんてありえないだろ?」
「ラミレス、俺は見たんだ。そして大剣を握っている両手が、徐々に黒ずんでデコボコしだした」
「それだけで震えたのか?」
「顔にかかっていた血が、紋様のように変化したんだ。あれはきっと……、悪魔だと思う」
レーネアスは自分の発した言葉に、どこか疑いを抱いているように感じた。
こちらからは見えなかったけど、確かに顔に血の跡は残っていなかったと思う。
そして軽々と飛んできたゴブリンに、異常とも思える膂力。
干からびたゴブリンの状態を考えると、強ち間違った証言をしているとは思えなかった。
『なあサーヤ、この世界に悪魔っているのか?』
『それは分からないよ。世界観で言えば、いてもおかしくないかな?』
『サーヤさん、悪魔が出たんですか?』
『あっ、コジカちゃんやっほ! そうじゃないんだけど、そういう事件があってね』
『うーん、もしかするとタロットの【悪魔】のカードかもしれませんね』
『それって、【吊られた男】と同じ感じか?』
『はい! 22枚ある大アルカナの一つですね。誘惑とか魔が差すとか、正位置では悪いカードです』
『とりあえず参考にはさせて貰う。ただ、今回は剣が怪し過ぎるからなぁ』
初級者が持つような剣ではなかったし、そもそもあの時ウノは震えていた筈だ。
年齢不詳な所はあるけれど、いきなりハードモードでやるのはベータテストではないと思う。
ラミレスはレーネアスに、ウノの事を悪く言うのは止めようと提案した。
もし本当に『悪魔に魅入られている』なら刺激をするのは危険で、判断を間違えて村人を危険にさらせないだろう。
そして仮にも自身を助けに来た人を悪く言うなら、この村は誰の助けも呼べなくなってしまうと説明した。
渋々納得するレーネアスに、ウノの事は俺達が責任を持って面倒を見ると約束をした。
「そういう事なら……」
「いなくなったからって言うのも無しだぞ」
「分かってるって。俺は気を失ってた、何も見なかった……だろ?」
サーヤはまだ信用していない感じだったけど、これ以上はどうにも出来ないと思う。
ウノは武器を離すことは出来たようだけど、捨てることは出来なかったようだ。
自分の時の呪いは、死んでも治らなかった。
では武器を手放し、両腕も普通の状態に戻ったウノは完治したのだろうか?
まるで信用出来ない。そしてウノは、このゲームに入る理由があると辞めるつもりもないようだ。
俺は合流出来ていないコジカも含めて、ウノを正式にパーティーに招くか決を採る。
『私は反対! パーティーには入れないで、同行だけで良いと思う』
『ぼくはいーよー。ドワーフって、つよそうだし!』
『私は大勢で協力した方が良いと思います。動きに幅が出そうですし』
『わ、私は、みなさんにお任せします』
『しゅ――フェザーはどう思うの?』
『今のサーヤを見ると心配だなぁと……。いっそ禁止ワード登録しとくか?』
『しゅんちゃんを?』
『クスクスに言われると結構ショックだな。人名のシュをパーティーの禁止ワードに登録するぞ』
平行してサーヤには、全ての会話での禁止ワード登録をして貰う。
それはつまり、ウノをパーティーに招くという事だった。
仕事ではなくゲームを楽しむつもりもないのに、ゲームの世界から離れることを躊躇している。
それは誰の目から見てもおかしく、ある意味ウノに興味を抱いた理由の一つだろう。
もう一つは年配者なら、若者が率先してゲームの楽しみ方を教える義務があると思う。
将来運営会社に勤めることが決まっているので、今のうちからユーザー獲得に向けて行動するべきだと思った。
『じゃあ改めて言うな。ウノさんの希望も聞くけど、俺はパーティーに招きたいと思う』
『××――フェザーがそう言うなら……』
『サーヤさん、そろそろ本当にマズいかと』
『だって、禁止ワードになったら言い放題じゃない? ×××ちゃん、×××ちゃん』
『はぁ……、これが知的で美形なエルフかね?』
『ちょっと! 美形は美形でしょ?』
『そ、それをフェザーさんに聞くサーヤさんってスゴイです』
『サーヤお姉ちゃんはびじんだよ』
『ありがとう、クスクスくん』
『私はノーコメントで。この卵を温めて、早くゼロに逢いたいです!』
リアルで直接事情を聞いているコジカは、ゼロについて質問したりはしない。
ゲームの中の勉強も順調らしく、早く合流したいと言っていた。
問題はこの後の進路で、俺達が知っている呪いを解ける人は一人しかいかなかった。
そもそも呪いではないかもしれないし、場合によっては『狐憑き』みたいな奴かもしれない。
俺達の知識によれば『呪い』はかける者・物がいるらしく、何もしないで呪われることはないそうだ。
まずは対象の特定と条件を知る必要がある。明らかに呪いにかかっている状態でなければ診せられないだろう。
俺達が出掛けた後、ラミアスはレーネアスを連れて村長宅へ行くみたいだ。
こちらは御者さんに別れを告げ、徒歩での旅になると思う。
村外れでクスクス・ウノと合流すると、老ドワーフは一言『迷惑をかける』と頭を下げた。
思いの外真面目な性格なのかもしれないと、俺はクスリと笑った。




