075 呪い蓋旅
俺とサーヤとアカネが見守る中、ウノは大剣でゴブリンを貫き大樹に張り付けにしていた。
レーネアスは尻もちをついていて、茫然としている。
村人達には脅威でも、俺達から見ればたかがゴブリンだ。
槍で串刺しにしたゴブリンも、アカネが絞め落としたゴブリンもトドメを差してある。
「なあ……、あれって普通のゴブリンだったよな?」
「うん。矢も普通に刺さったし……」
「初めて人型のモンスターを倒したショックでしょうか?」
『あっ、クスクスくん。レーネアスくんは見つけたよ!』
『ちぇ……』
サーヤは先手を打って、クスクスの不確定要素を排除していた。
これで時間は稼げるし、後はレーネアスを連れて帰るだけだから問題ない。
ところが危険は去ったというのに、レーネアスは急にガクガクと震えだした。
「えっ……」
驚いた声をあげたのはアカネだった。
見ると何故か卵を抱えている。
「どうしたんだ?」
「フェザー先輩、急にゼロが……きゃっ」
優しく抱えていた卵が急に振動を始めると、中からカリカリカリカリと引掻く音が聞こえてくる。
まるで爪でも研いでいるかのような振動に、俺とサーヤは釘付けになった。
「……ウァァァァァァァ。あ、あ……ぁ」
今度はレーネアスの悲鳴が聞こえてくる。
アカネに卵を仕舞うように話し、俺はレーネアスを回収しにいく。
何故か意識を失ったみたいだけど、怪我とかの外傷はきっとない筈だ。
動きが止まっているウノの事も心配だし、サーヤはすぐ後ろから一緒についてきてくれる。
程よい広さがある森の中。
ただ、ゴブリンもいれば狼もいる森だ。
子供達がいなくなったという事件で、いつまでもこんな場所にいるのは問題だった。
村の大人達を安心させる必要があるし、村の冒険者としてウノの復権も……。
「フェザー先輩、サーヤさん。気を付けてください!」
不意に大声を出したアカネに、俺とサーヤが振り返る。
その瞬間、バキッという音が前方から聴こえ、再び前を向くと緑色の物体が飛んできていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
広い間隔で槍を両手で持ち、前方に突き出す形で障害物をガードする。
車椅子はまるで予見していたかのように、飛んでくる物体を後退と半回転することで受け流し、サーヤは器用に避けていた。
「ふぇ、フェザー大丈夫?」
「今、どっちか迷っただろ?」
「合ってるから良いじゃない!」
「フェザー先輩、サーヤさん。前です、前!」
前と言ったって、前方にはウノとレーネアスしかいない筈だ。
周囲を見たって敵らしい敵は……。
「ウノさん!」
「サーヤ、様子が変だぞ」
どうやらさっき飛んできたのはゴブリンのようで、前方にはウノがこちらを向いて棒立ちしている。
大きな両手剣を震えながら持ち、何故か両腕が真っ黒に染まり顔面蒼白で泣きそうな顔をしていた。
「な、……んで……ぇが」
「ウノさん、戦闘は終わったんだ。もう安全なんだぞ」
「フェザー、ウノさんの名前の色がおかしくなってる。まだハッキリ変わってないけど、危険な色に……」
「グッドマンでさえ普通の色なのに、何で何もしてないウノさんが変わるんだよ!」
お互いに自己紹介したプレイヤーの名前は、通常青色で表示される。
NPCの名前は黄色で、犯罪歴があるような敵やプレイヤーは赤色で表示されるのがこのゲームの特徴だ。
今のウノさんの名前は紫色……、これは絶対にバグだと思う。
「アカネ、ウノさんを取り押さえる事は出来るか?」
「はい、大丈夫かと……」
やってきたアカネが俺の横に並び、サーヤは少し下がってウノを見据える。
何かから攻撃を受けての行動なのか、それとも異変が起きているのかは分からない。
ただ禍々しい両手剣がこちらに向けられており、見える範囲で両腕が角質化して黒くなっていた。
それはまるで歪に溶けた蝋燭のようで、ゲームに出てくる暗黒騎士を思わせるものだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「フェザー、気を付けて!」
サーヤの言葉と共に、俺は車椅子の力を解放する。
ショートチャージでも、ウノの持っている剣を跳ね上げるくらいは出来る筈だ。
見た所、スキルもセットしていないような初級者だ。
多少腕にダメージは出るかもしれないけれど、正眼で震えているウノの握り手目掛けて槍で突撃する。
槍がウノに当たると思った瞬間いきなり剣先が下がり、ブルブルと震えていたウノの腕がピタリと止まる。
そして数歩動いたウノは半身になり、短いモーションで斬り落とそうとすると、チャージのエネルギーと相殺するようにお互いの武器が大きく弾かれていた。
その隙に駆け出したアカネに向け、ウノは素早く片手で剣を進行方向に置き牽制する。
「なにが……」
「ウノさん、誰かに攻撃されてるんですか?」
「お、お前達の仕業じゃないのか?」
「その剣を離してくれれば、俺達もウノさんを攻撃しません」
「さっきから、何かおかしいんだ……」
「いいから、剣を離してください!」
「俺の手が勝手に動いてる……。離そうとしても離れないんだ」
「フェザー、もしかして呪われてるんじゃ?」
ふと転がっているゴブリンを見てみると、腹部に大きな穴が開いているにしてはグロくない。
何より干からびたような雰囲気があり、血痕が一切ないのが印象的だった。
「ウノさん、いったん死に戻りしてみないか?」
「それで治るのか?」
「正直分からない。でも呪いなら、解いてくれる人に心当たりはある」
「……分かった。抵抗はしない!」
見た感じだと、積極的に誰彼構わず攻撃を仕掛けている感じではなかった。
普通に考えれば、一番危険なのはレーネアスだ。
多分、意識を失っているのが良かったんだろう。
その代わりに俺達が攻撃対象となっていた。
少し離れただけで、元の気弱なドワーフに逆戻りだ。
ただ見かけに騙されて近付いた瞬間グサリでは、どっちが先に死に戻りするか分からない。
最低でもレーネアスを無事に連れ帰り、その上でウノに起きた異変をなんとかしないといけない。
明らかに怪しいのは、あの大きな両手剣だ。中ボスの素材を使って作った槍と、同等以上の破壊力を秘めていると思う。
「アカネ、時間を稼げるか?」
「はい、フェザー先輩」
拳に光を灯したアカネは、ゆっくりウノに近付いていく。
あの状態になると、相手の武器を素手でガードすることが出来るようだ。
相手の技量と武器の性能に依存しているようで、どちらかに天秤が傾けばダメージを負う方が決まるらしい。
俺は車椅子のタイヤを最大限に逆回転させ、ある一箇所に向けて『座布団』の魔法を放り投げる。
中距離で攻防しているウノとアカネは、お互いに善戦していると思う。
そこに向けて片輪だけ魔法を踏むようにチャージをかけると、俺の予想通り片輪が浮いたまま大きくカーブを描き出した。
それがウノへの死角からの攻撃になり、鈍足なドワーフの動きは一瞬だけ遅れることになった。
それでも反応したのは奇跡的な動きだったと思う。腕だけの異常かと思いきや、何かしらの信号が全身へ命令しているのだろう。
「痛いのは一瞬だからな」
「ガァァァ……」
脇腹を掠めた槍の穂先は、それでもウノの分厚い胴体を抉り取っていた。
その瞬間、今度はアカネが低空飛行のように胴体へタックルし、そのまま伸びあがってウノの顎を目掛けて頭突きをする。
仰け反ったウノはそのまま倒れ、アカネは座り込んでウノの両腕を脛で抑えこんでいた。
俺とサーヤはウノに近付き、少しだけ両手剣を見てみる。
「サーヤ、足で剣を踏むのは無しな」
「何で分かったの?」
推定【呪いの剣】をどうにかしようとするのは良いけれど、動けないドワーフの片方の手に握られている剣を、踏んで離そうとするのは正直いただけない。
サーヤがウノに対して警戒心マックスなのは仕方がないけど、こうなってしまってはウノもこの村にいられないだろう。
だから、この先の事を考えなければいけない。
「儂の事は良い。トドメを刺してくれ」
「なあ、サーヤ。こういう場合って、どうしたら良いと思う?」
「フェザーの時は実害がなかったから……。多分だけど、この剣以外装備出来ないとかじゃないかな?」
「腕の感覚がもうないんだ。一思いにやってくれ!」
軽く見回しても、敵らしい敵は見当たらない。
そしてウノが懇願している以上、苦しみは一瞬で済ませた方が良いと思う。
問題は、ウノがリポップした場所の安全確保だった。
『フェザーお兄ちゃん、サーヤお姉ちゃん、アカネちゃん。みっしょんこんぷりぃと』
『クスクス、頼みがあるんだけど聞いてくれるか?』
『うん! こんどは、ぼくもまぜて』
『井戸とタライがある、あの場所で待っててくれないか? 今ウノが行くから』
もしウノが暴れた時に、暴走を止める役割をクスクスにお願いする。
そして準備が整った時、ウノにはリポップしてもらった。
ずっと目を閉じている姿は修道者のようで、震えながらも妙に悟りきっている姿は年齢を感じさせるものだった。
個人情報の話が出たので、あまりリアルを詮索するのは良くない。
リポップしたウノの腕は普通の色に戻り、茫然としている姿のまま待って貰う事になった。
レーネアスはアカネが背負い、俺達は村に戻っていく。
問題はレーネアスが、ウノの何を見たかということだ。
場合によってはレーネアスが目覚める前に、ウノを連れて旅立つ必要があるのかもしれない。




