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071 事件の予感

 長いようで短かったこの土地も、旅立ちの時を迎えた。

 ギルドからの依頼も果たし、報告もきちんと済ましてある。

 サブマスは認識しているNPCのようで、事前に動画を提供した後で面会すると、難しい表情を見せていた。


「基本的に、ダンジョンを改変するのは難しいんだよね……」


 プレイヤーは死ねばすぐに、登録してある噴水の場所へ再出現リポップする。

 特にダンジョンではコアに意思があり、上手く冒険者を集めて栄養に変換しているというのが通説だった。

 それは冒険者という素体だけではなく、『喜怒哀楽』や『欲』までも利用しているらしい。

 そのエネルギーはコアが管理し、適切な形でダンジョンへ還元されているようだ。


「フェザー、どういうこと?」

「あの緑の卵はダンジョンの意思ではなく、別の――第三者が関わっている可能性があるってことかな?」


 あの戦闘中に一瞬よぎったのは、『ウロボロス』という団体の存在だった。

 他にもグッドマンなど、どこで何をしているか分からないプレイヤーもいる。

 冒険者ギルドとしても調査には出るようだけど、俺達はそこまで関わらないことにした。

 すぐに馬車の手配も取れ、一回だけクグツの朝礼と終礼を見たくらいだ。


「サーヤお姉ちゃん。次は、どこに行くの?」

「うーん、しばらくは田舎道を走る感じかな?」


 そんな他愛もない話をしながら、俺達はこの地を後にした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 馬車の移動は、本当に何もない。

 その何もなさがクスクスには新鮮なようで、まるで電車の椅子に逆方向で膝立ちしながら外を眺める子供のようだった。

 前回の道中と少し違うのは、アカネが太ももの上に大きな荷物を置き、その上に毛布を掛けて撫でているところだ。


「どう、アカネちゃん?」

「はい、少し落ち着けました。ゼロの事を考えながら、こう胸に手を添えたら出し入れ出来るようになったんです」

「アカネ、悪いけど馬車を下りたら……」

「はい、迷惑はかけられませんから」


 その姿はまるで妊婦のようで、慈愛に満ちた表情をするアカネは、クスクスとの距離感覚も正常に戻って来たらしい。

 クスクスはクスクスで、「ねえ、いつ産まれるの?」とまるでお兄ちゃんにでもなるかのようだ。


 一時期、義憤ぎふんに駆られたクスクスをなだめるのは大変だった。

 ゲームとはいえ『死』というものを教えるのは、俺達にとって荷が重い。

 一応、保護者は助言者メンターのレイカが担当してくれているけど、何故か俺達に丸投げ状態で最近は姿を見せなかった。

 先生は労いの言葉を掛けてくれるけど、助言者メンターの立場からするとあまり関われないらしい。


「アカネ、体を大事にしろよ!」

「俊ちゃん、変なの」

「お、おかしいか?」

「おかしくはないけど、この卵は温める必要もないんだよ。時がくれば産まれるんだから」


 いつ産まれるかは、サーヤには分からないようだ。

 何はともあれ、卵から元気で産まれて欲しいと思う。


 ~


 馬車での旅も飽き始めた頃、今日の夜についてサーヤに質問をする。

 この世界、旅をする人は限られた人のようで、特段野営を嫌がるような人は少ない。

 それでもベッドで寝られるのは幸せなことのようで、護衛料分が値引きされている俺らの立場は周りのお客に左右される。


「ここからだと、ちょっと迂回したところにある『ファーノ村』かな?」

「みんなは何て?」

「御者の人は『休憩が出来るなら何処でも』だって。お客さんも、今回は乗り気ではないみたい」

「サーヤさん的には、どうですか?」


「うーん。こういう所の村だと、宿もなければ特別なご飯屋さんもないんだよね」

「それって、どうなるんだ?」

「一般的には、村長さんの家に泊めて貰う感じかな?」

「ねえねえ、そんちょうって強いの?」


 たまにクスクスは、強さで相手を計ることがある。

 そこに善悪は関係なく、社会的弱者や守るべき相手は、きちんと正義の心を持って対応する。

 その関係を理解出来れば良いのだけど、リアルの年齢的にはこれから学んでいくのだろう。


 結局ギリギリまで様子を見て、村に寄るか考えていた夕方頃、前方に怪しい人影が見えたと報告があがった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 念のためアカネとクスクスを残し、俺とサーヤの二人で人影に近付いていく。

 陽動の可能性もあるので、盾職が残れば時間を稼げる筈だ。

 黄昏時たそがれどきとはよく言ったもので、逆光で何かを振っている人物は多分若い……。


「おーい!」


 近付くにつれて分かった事は、弓を持っているのは少年で、服には血が……。


「大丈夫か?」

「えっ? あっ、はい!」

「ねえ、どうしたの? 何かに襲われた?」

「えっ? えっ?」


 状況がよく把握できてないけど、怪我とかしている感じではなかった。

 服のシミも、古い血が落ちていないだけかもしれない。

 この少年の名前はラミレスというらしく、この街道を通る商人――正確には護衛に用があったみたいだ。

 街道を通るなら街から街・村から村など時間が計りやすいようで、緊急性がそれほど高くない事案が発生しているらしい。


「とにかく、村に来て欲しい!」

「ねえ、しゅ……フェザーどうする?」

「……そうだな。馬車での旅も飽きてきたし、俺達の旅の目標は……」

欠陥バグ探しだよね」


 メインのシナリオは進んでなくても、NPCが暮らしていれば事件イベントは起きる。

 しかもラミレスの職業は狩人見習いのようで、あながち根拠のない事件ではないようだ。


 馬車に戻り、ラミレスも乗せて『ファーノ村』へ向かう。

 御者の他にも『馬場ファーム』専属の護衛もいるので、俺達が途中下車しても問題はない。

 ただ安全第一で行くので、それについては満場一致で村での休憩が決まった。


 村に入ると、ある程度分散して休むことにした。

 俺達のパーティー以外は村長宅でお世話になるようで、こちらは案内された村の外れにある猟師小屋で休むことにした。

 ラミレスの師匠は家が別にあり、ラミレスは小さい頃から通っていたらしい。

 そして近所の家から食事を分けてもらうと、ラミレスが二人の子供を連れて猟師小屋に戻って来た。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 事の始まりは数年前、成人ギリギリ手前のラミレスがまだ小さかった頃。

 この村は度々、外敵に襲われる地域だった。

 ある時は狼の襲来であり、ある時は熊――だけど、その時は何かがおかしかった。

 弟分であるルークと妹分であるリーンが近くにある森に入り、大人達が気付いた時にはかなりの時間が経っていた。


「この村は、かなり貧乏なんだ……」


 森の恵みは、時には子供達に栄養を与えてくれる。

 大人が一緒に行くと取り上げられるし、そもそも成人男性が少ないので森は『禁忌』とされていた。

 それでも冒険がしたい年頃の少年少女には、森は魅力的に映っていた。

 だから危険を考えずに入ってしまった。


 結果的にルークとリーンは助かり、ラミレスが先導して連れ帰ってきた。

 その時に一人の男性が亡くなり、後に鍛冶師のコビッドの息子だと分かったようだ。

 このコビッドの息子の活躍により、ゴブリン数匹は倒したが最後は相打ちだったらしい。

 誰が悪い訳でもないが、ラミレス達三人は大目玉をくらったようだ。


「僕は見たんだ!」


 興奮冷めやらぬ感じで、ラミレスが続ける。

 最近ラミレスが見たのは足跡で、それはゴブリンのに類似していた。

 ところがその日は師匠は同行しておらず、雨を挟んだせいで追跡もままならくなったらしい。

 過去に行った前科がある以上、大人達のラミレス達を見る目が厳しかった。


「それなら、僕がやっつけてあげるよ!」

「えーっと……。クスクス君って、僕より年下だよね?」

「私達は冒険者だよ。クスクスくんは若く見えるけど、強いんだよ!」

「サーヤ、どう思う?」


「何か最近、陰謀めいた話が多いよね。ねえ、ラミレスくん。最近、村に何か起きなかった? 誰か来たとか」

「あっ、私知ってる!」

「僕も僕も! あの小さいおっさんでしょ?」

「小さいおっさん?」


 タイミングとして、ここ数か月の間に現れたのは髭面のおっさんらしく、話を整理している中で分かったのはドワーフのようだ。

 その人は来てから少しずつ村人の中に溶け込むようになり、最近そのドワーフを世話していた人が亡くなったらしい。

 そして縁というか関連性というか、ドワーフを世話していたのが昔の事件の関係者で鍛冶師のコビッドだった。

 それからドワーフの奇行が始まった。妙に閉じ籠る時もあれば、突然現れることもあったようだ。


「絶対、怪しくない?」

「そうか? というか、やっぱりドワーフとエルフは……」

「そんなんじゃなく、嫌な予感がするんだよね」


「フェザー先輩、とりあえず少し調べませんか?」

「うん! ゴブリンは僕がやっつけるんだ」


 クスクスは楽しそうにしているけど、俺達は冒険者だ。

 基本的に依頼がないと動いてもメリットはないし、タダ働きは事情によっては受けるけど基本的にするものじゃない。

 現実世界とゲームの世界では、動機は違っても行動理念は間違ってはいけないと思う。


「『馬場ファーム』の人も少し休憩するって言ってたから、それまでは良いよね?」

「そうだな。じゃあ、村の案内をしてもらうって事で良いかな?」


 これが俺達に出来る最大限の譲歩だ。

 一度先生から、『悪意には気を付けるように』と言われたことがある。

 この世界でも色々と因縁が出来たようで、それはしがらみとも言えるのだ。


 パーティーリーダーとして、危険に飛び込む事は出来ないけど俺達は冒険者だ。

 この世界にどう関わっていくか? それは俺達のスタンスを確立するものでもあると思う。

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