070 名無しの容疑者【閑話】下
英雄は目指さない……。
それは俺が課した、ゲームの中での過ごし方だった。
この世界では反省をするだけなので、種族やスキルもどうでも良いと思っている。
貰ったカードキーでとある施設に入り、俺はベッドに横たわるとゲームの世界へダイブした。
巨大な女神像を見ながら宙に浮かんでいる扉の一つを潜り、この世界で過ごす分身を作成する。
選べる種族はいくつかあるけど、もし誰かに会ってしまった時の為に、なるべく俺と分からないようにしたかった。
最終的に残ったのが獣人族とドワーフで、誰が見ても区別がつかないだろうドワーフを選択した。
「戦いは関係ないから……」
生産者寄りにポイントを割り振り、俺は新しい世界に飛び込むべく、出来たばかりの扉を潜った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
扉を潜った先には、小さなポンプ式の井戸があった。
その出口には幅広のタライがあり、子供達がバシャバシャと布地を踏んでいる。
俺の視線は子供達より、若干高いくらいだった。
「キャァァァァ」
「何か出てきたぁぁぁ」
「逃げろぉぉ」
俺は呆気に取られて、何が起きているのか一瞬分からなくなった。
すると急に、胸の辺りが締め付けられるように痛み出す。
苦しい……。
何故だか息が、上手く吸えな……い。
「ようこそ、ウノさん。……って、大丈夫?」
「ヒュー……、あ゛あ゛ぁ……」
「ちょっと、これを口に当てて。ゆっくり深呼吸をして」
何なんだ……、このゲームは……。
あの男は安全なゲームだと言っていた筈だ。
正直痛みは少ないけれど、何故だか無性に苦しかった。
とにかく急に現れた、オーバーオールに麦わら帽子を被った女性の言う事を聞くしかないだろう。
奪うように紙袋を取り、口をつけて大きく深呼吸をしていると、次第に呼吸が安定してきた。
イラッとしながら女性を睨みつけ、問いかける。
「お前、このゲームの関係者か?」
「ええ、調香師のレイカ。助言者よ」
「こんなゲームを発売するのか? 考え直した方が良いんじゃないか?」
「残念ながら、私達は協力会社側なの。言ってみれば、アルバイトをしている貴方と変わらないわ」
「チッ……」
大人の口の上手さは、最近嫌と言うほど味わったばかりだ。
ただ、この女性に文句を言うのは少し違うと思う。
何より、苦しい状況を救ってもらったばかりだ。
「俺は、このゲームを楽しむつもりはない。その上で……」
「えぇ、聞いているわ。なら尚更、この村の村長にクチをきいて頂きましょう」
差し出された手を見て一瞬迷い、追い越してから振り返る。
子供っぽい反応すぎたなと思いながら、この世界はおろか現実世界でも仲間がいない事を思い出した。
ズキンと胸に痛みが走り、慌てて手を当てると後ろから背中を叩かれた。
「何すんだよ!」
「ウノさんは、演技が下手ね。ゲームの基本は役割を演じるよ」
「わぁったよ。『早く案内せい、儂は疲れた……』、これで良いんだろ?」
不意に笑うレイカに、俺は少しだけドキリとしてしまった。
これからしばらく、ここで過ごす。場合によっては、高校を辞める選択も考えていた。
『政治家は気軽に入院出来て良いな』と思いつつ、俺には未来を語る資格はないかとレイカの後をついていった。
人口50人程度の小さな村落で、俺達は比較的大きい屋敷の前に到着した。
レイカは村長と気軽に話していて、俺の事をくれぐれも宜しくと言っていた。
ただ村もそれほど豊かではないので、それに見合った労働をしないといけないらしい。
軽く話し合った結果、村外れに住んでいる元鍛冶師の老人、コビッドの世話になることになった。
「じゃあ、コビッドさん宜しくね」
「あぁ、任せてくれ。レイカちゃんに頼まれたら、嫌とは言えないからね」
「お、お願いします」
こうして俺は、奇妙な異世界田舎暮らしを始めることになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゲームの世界とはいえ、異世界なら色々なものが魔道具とかで何とかなると思っていた。
最初にやった事と言えばシーツの洗濯であり、乾くのを待つ間に室内の掃除を行った。
ファンタジーで埃が溜まるとか、正直訳が分からない。
これだけ溜まれば体にも悪いし、何より作業性も良くないだろう。
「おぬし、何処から来たんだ?」
「儂は……」
「言いたくないなら、無理に聞こうとは思わん」
見た目で言うならこの状況は、老人と小さい老人の会話だ。
ただコビッドからは、全身に秘められた見えない筋肉と言うか、隠しようもない鍛冶師としての迫力が見て取れた。
俺は種族的に身長が低く筋肉質だ。
白髪交じりでブラウンの角刈りの髪に、もみあげからアゴヒゲに繋がるラインは少し自信がある。
ただ少し老けた加工をしたので、老輩のドワーフに見えている筈だ。
コビッドの仕事は、主に日常品のメンテナンスだった。
包丁の研ぎ・鍋の補修・たまに樽などの箍を作っている。
俺は水汲みや家の周りの雑草取りをし、その見返りに食事にありつく。
ただ多くの場合、近所に来ているおばさんからの差し入れであり、豪華な肉料理なんかは出てこなかった。
「なあ、コビッドさん。それだけ腕があるなら、剣とか作らないのか?」
俺は一度だけ聞いた事がある。
その答えは「ドワーフの目から見て、そう思ったのか?」だった。
正直、包丁や鍋を見て良さが分かるほど、俺の目は肥えていない。
ただ村のみんなの信頼度と妙に気を遣っている姿を見て、口に出してしまった言葉だった。
日も暮れ薄明りの家の中、コビッドと俺は向かい合わせで飯を食う。
リアルに戻ればこれ以上美味い飯が出るのは分かっていながら、俺は囲炉裏に吊り下げているような鍋から粥を盛り付ける。
ここでの暮らしは、まるで山奥での修業のようだ。
粗食は心を清らかにしてくれるようで、黙って向かい合っているだけで、何か通じているような気がしていた。
「昔は剣も打っていたよ……」
コビッドがボソリと呟く。
今俺がお世話になっている部屋は、息子が生きていた頃のものだと教えてくれた。
それはどこにでもありそうな、極々普通のすれ違いの話だった。
技術を求める息子、基本を大事にするコビッド。そして都会に出て夢破れ、戻ってきた息子の話だった。
「開けてはならぬと言った所に、今も仕舞っておる」
この村は極端に、働き手である男性が少ない。
それは近隣から来る、獣等の脅威にさらされているからのようだ。
国・領主と頼る相手はいる。ただ申し出ても望みがなく、兵役で男手も取られてしまう。
その為コビッドの息子は、より斬れる剣に魅入られていった。
「斬れすぎる剣は、己をも傷つける」
「それの何がいけないんだ? 強い武器なら、多くの者を守れるだろう?」
コビッドは、何故か悲しそうな目をしていた。
きっと同じような質問を、息子から受けたのだろう。そして息子は、この村を出て行った。
息子が亡くなった原因は、夢破れて村に戻って来た時に、村の子供が行方不明になって単身捜索に出たらしい。
その時ゴブリンの集団と遭遇し、子供を逃がす時間を稼いだものの、運悪く相打ちになったようだ。
「立派な最後だったんだな……」
「最後までバカな奴だった」
コビッドは食事が終わると、明日から仕事を手伝うように言ってきた。
俺も話を振った手前、納得がいくまで付き合うつもりでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日課の水汲みを終えると、早々に仕事の手伝いに入ることになった。
屑鉄・鉱物・インゴット等の素材を運び込み、コビッドは道具の説明から丁寧に始めてくれた。
特別な炉に火を入れる……。これぞファンタジーかという雰囲気に、何故だか俺の心が踊りだす。
「物作りは心だ。道具を制御すると言っても、道具には心がある」
「その心意気で作れということなのか?」
「分からないなら、まだ良い」
俺はコビッドの指示に従い、いくつかスキルを覚えながら手伝いをこなしていく。
コビッドは迫力があるけれど、技術に年齢が追いついていない感じだった。
それでも俺に何かを見せるように、丁寧に分かりやすく心を説いていく。
それが何日も何日も続き、ある時俺は相槌を貰った。
決して、一人前の証と言う意味ではないと思う。
ただ向かい合って槌を振るっていると、コビッドの気持ちが少しずつ分かっていくように感じた。
ある時防衛用の剣を打ち、俺は代理で村長宅に納品に行った。
すると村長は驚いた顔をして、「そうか……」と一言だけ口にした。
「この剣をどう思う?」
村長の問いかけに、俺は少しだけ考えこんだ。
この世界では、武器らしい武器は見ていない。
刃物で言えば、せいぜい包丁くらいだ。
「コビッドさんは、心を籠めて作りました」
「そうだな……。なら、それで良い」
俺は訳も分からず、……ただ、妙な胸騒ぎだけがしていた。
お世話になる家まで鈍足でダッシュすると、何故か近所のおばさんが作業場で屈んでいた。
作業場で横たわるコビッドの頬を布で拭い、その姿はまるで長年の苦労を労わっているようだった。
「な、何が……」
「コビッドさんは旅立ったんだよ。鍛冶師としてね……」
おばさんはテーブルに置いてあった手紙を差し出してきた。
そこには『いつまで居ても構わない事』『今のお前なら、あの場所を開けて良い事』が書かれていた。
コビッド家の『開かずの倉庫』を開けると、数々の武器や防具が置かれていた。
おばさんが言うには、世に出せない息子との共作が仕舞われているそうだ。
その中で気になったのは、『錆びた一般的な剣』と『黒く禍々しい両手剣』だった。
錆びた方は、コビッドの息子が最後に持っていた剣らしい。
息子を亡くした瞬間、鍛冶師としてのコビッドは亡くなったんだという。
そして両手剣の方は息子が出ていく前に創り出した『最高傑作』で、親子が仲違いした『いわくつきの剣』だった。




