004 試練①
永遠に続くと思ったマラソンも、ウールから三度の周回遅れをしてゴールを迎えた。
マラソンと言っても、一人だけ違う種目でエントリーしているみたいだ。
そして完走までに現れたシステムメッセージは、こんな感じだった。
《スキル【騎乗】を解放しました》
《スキル【受身】を解放しました》
《スキル【根性】を解放しました》
《スキル【騎乗】を習得しました》
《スキル【受身】を習得しました》
《スキル【突進】を解放しました》
《スキル【悪路走行】を解放しました》
この状況を見ると、解放と習得があるらしい。
女神像からの説明では、これらのスキルをセットし成長させ、徐々に上位スキルと上位ジョブに仕上げていく。
その為には『チェインポイント』を上手く活用するのが要のようだ。
ウールは体育座りの膝を抱える手を地面に置き、天を仰いでゼェハァしている。
モールは地面に突っ伏したまま自分の腕を枕にして、大きな深呼吸の後咳き込んでいた。
俺は滝のような汗をかきながら、プルプルしている腕をだらんとさせて座っていた。
「貴様ら、訓練はこれからだ。ただ、俺にも慈悲はある。十分の休憩をやるから、身支度を整えてこい!」
「「「ハァハァ、イエッサー!」」」
「では、いったん解散!」
まるで墓場から生まれ出たゾンビのように、ウールが立ち上がりモールに手を貸す。
二人は同じ村の出身らしく、比較的冒険者としての難易度が低く近いこの村に来たようだ。
水場に行こうと誘われたが、俺にはやることがあった。
真の冒険者になる為に、少しでも確率を上げないといけない。
急いで表のギルドに向かい、隅にある操作盤の上にスキルカードをセットし、習得した【受身:壱】をアクティブ化させる。
少しだけ考えて、10Pあるスキルポイントを1Pだけ使って【根性】を習得し、そのまま【根性:壱】をアクティブ化させた。
十分という時間制限があるので、ここで切り上げて急いで戻ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時間ギリギリで間に合って、俺達は教官の前に並んだ。
校庭のようなトラックの一部には、ポートボールコートくらいの広さで枠が引かれていて、今度はそこで戦闘訓練を行うようだ。
教官の隣には金属製の網カゴが置かれており、そこには木製武器各種が入っていた。
ギロリという視線が音で聞こえてきそうだけれど、ここで引く訳にはいかない。
「冒険者としての成功とは何か? 質問に答えよ」
「ウールが回答させて頂きます! それはダンジョンを制覇することです。サー」
「モールが回答させて頂きます! それは名声を上げ、騎士になることです。サー」
二人の回答は、普通に正しいと思う。
でも、新人訓練の時の回答はこれが正しいはずだ。
「フェザーの回答は?」
「はい、回答させて頂きます! それは生き延びること。生きて帰ることです」
ウールとモールが、驚いた顔でこちらを見る。
横目で視線を感じたけれど、伊達にこういう物語を読んできていない。
「まず初めに言っておく、貴様らは等しく無力だ。才能を開花した者は、貴様らの年齢で既に名を馳せている」
「「「……ッサー!」」」
「ダンジョンの制覇・名声を上げる。その前に、貴様らには後がない事を肝に銘じろ。それと、生き延びるだけなら村人の方が楽だぞ」
「「「……」」」
「冒険者としての成功とは、その地区のギルドを富ます事だ。それは領主さまへの貢献になり、国への貢献となる」
「「「えっ……?」」」
「所詮冒険者は、職業の一つにしかなりえない。それは最下層でもあり、高みを目指せる数少ない残された職種だ」
「俺達は、どうすれば?」
「ウールよ、ならば勝ち取ってから考えよ! 武器を取れ! そして、護るべきものを守るのだ」
釈然としない答えだったけど、不思議と心の中にある火種が燃え上がった気がした。
ウールが木剣を受け取り、モールも取りに行く。俺も負けられないので、同じく木剣を取りに行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ウール・モール・俺の順番で横一列に並び、間隔を開けて木剣を正眼の位置に構える。
最初に10回好きなように素振りをし、その後で指導を受けられるようだ。
まずはウールが掛け声を出し、三人でその声に合わせて素振りを始めた。
その間、教官は俺達の周りをゆっくり回る。正直、車椅子の上での素振りは、やれている感がなかった。
「一回一回に本気を込めろ。その上で止まらず、油断せず意識を広く持て!」
「「「イエッサー!」」」
「ウール。貴様は木の剣でさえ重いのか?」
「ノーサー!」
「ならば、もっと筋肉をつけろ。肉を食え! そして鍛えるのだ。だが、必ずしもそれが正解とは限らないぞ」
マラソンを一番に終えた痩せ型のウールは、誰がどうみても筋肉で勝負するタイプじゃないと思う。
素早さを生かしたヒット&アウェイが生きてくるはずだ。
逆にがっしりしたモールも指導を受けていて、大きめの盾を持たされ片手で武器を振るう練習をしていた。
武器を振る時には交代で掛け声を出し、段々と二人には理想形の武器が見えてきていた。
《スキル【剣技】を解放しました》
《スキル【棒技】を解放しました》
《スキル【槍技】を解放しました》
《スキル【斧技】を解放しました》
武器の解放は順調すぎるくらい順調だ。そんな俺に何のアドバイスはなく、素通りしていく教官。
この研修では薬草取りの10級から9級になるにあたり、最低限の体力・攻撃手段か自衛手段・魔法の習得を目標としている。
だから本来の目的で考えるなら、俺に指導しない教官は……納得出来なかった!
「フェザー、何故素振りを止める?」
「教官、俺にも何かアドバイスを貰えませんか?」
「なら問おう。お前はその武器を、どうやって相手に当てるのだ?」
「それは……」
車椅子のスロットルから外した【騎乗:壱】は自動で動かすことが出来るけど、動かすことに集中しないといけない。
足のステップはブレーキ機能がついているし、手を使えば車椅子を動かすことが出来るだろう。
では、どうやって武器を持つのか? 【突進】のスキルを解放したなら、ひき逃げアタックが……槍を構えられたら終わりだ。
「貴様は他の二人より筋がいい。それだけに残念だ」
「じゃあ、何故参加を許可したのですか?」
「負傷兵には敬意を払うべきだ。そして新しい生活の為に、一欠片の未練さえも与えてはいけない」
「俺は諦めない! なら、一撃を与えれば良いんだな」
「フッ……そうだな。だが、それでは貴様が不利だろう。三人まとめてかかってこい!」
「えっ……?」
「どうした、フェザー」
「いや、ウール……」
「貴様ら三人に試験だ。これを果たした時、9級への課題を出そう」
「「そんな……」」
「返事は一つだ」
「「「イエッサー!!」」」
二人を巻き込んだ形になってしまったけど、ウールは二本の短剣を持ちやる気を見せている。
少し渋っていたモールもタワーシールドを選び、片手で剣を振っていた。
俺は槍を選択し、車椅子のスロットルに【騎乗:壱】をセットする。
こちらの武器は全て木製だけど、正直教官にはかすりもしないだろう。
短杖を持つ教官は、リーチに問題があるはずだ。三人がかりで一撃という話だったけど、その攻撃は俺がやる必要があった。
「少し時間をやろう。こちらの攻撃は寸止めだが、致命傷を受けたと思ったら自己申告をしてくれ」
武器を扱うのに、必ずしもスキルが必要な訳ではない。
そして時間さえあれば、武器スキルをセットしてこれる。
7つある枠には届くけれど、今は限られたカードで戦うしかない。
【受身:壱】と【根性:壱】だけでどこまでやれるのか? それでも立ち向かうしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
作戦は単純明快だった。
モールが教官の攻撃を受け流し、ウールが短剣で牽制し、俺が槍で一撃を与える。
それもただ当てるだけではダメだ。きちんと攻撃が届いたと思わせる一撃でないと効果がない。
強面の教官を一言で表すならば、『〇〇ベレー』風の傭兵っぽい男性だ。
まるで軍隊にいたかのような威圧感は、一般生活を送るのに向いてないんじゃないかと思う。
濃紺の上下に、サングラスをしてベレー帽を被ったら……。実際には、サングラスも帽子も被ってはいない。
教官の持つ短杖は、交通誘導で使う棒くらいの長さだった。
「準備は整ったか?」
「「「イエッサー」」」
「では、始めよう。制限時間は日が暮れるか、貴様らがギブアップするまでだ」
「俺達が一本取っても……ですよね?」
「あぁ、期待しているぞ!」
先生とサーヤが来るまでに、片付けたい案件であった。
特に沙也加は絶対に心配する。ゲームの中でまで心配を掛けたくはなかった。
モールを中心に、横一列に並ぶ俺達。
車椅子に乗る俺のことを考えて、初期位置は若干後ろで揃えてもらった。
「ウール・フェザー、準備は良いか?」
「あぁ、頼んだぞモール」
「いくぞ、3・2・1……」
GOの掛け声はなく一斉に走り出す俺達。
それを迎え撃つ教官は短杖を一振りすると、木刀の長さにまで伸びた仕込み杖が誕生した。
うそーん……。早くもリーチの優位性がなくなりつつも、止まることの出来ない俺達は突っ込むしかなかった。




