066 ふたりの時間
アカネを庇ったゼロは、何故かとても嬉しそうに見えた。
茫然と立ち尽くしているアカネ……。クスクスの位置からは見えにくいようで、俺は大声を出してアカネを正気に戻そうとした。
コジカから教えてもらった『石化』も瞬時に全身が固まる訳ではなく、それでもゼロの胴体には確実にその効果が現われていた。
『ねえ……。ゼロ……、大丈夫だよね?』
震えるような声で問いかけるアカネ。俺もサーヤも答えを出すことは出来ない。
ゼロは元々モンスターだし、どちらかと言うとAIを積んだNPCに近いと思う。そしてNPCは、死んだら生き返らない。
緩慢な動きのアカネに対して、ゼロは黒く太い胴体のヘビ数匹を巧みに牽制していた。
クスクスはコカトリスのコントロールに慣れてきたのか、トリの部分は比較的安定している。
『ウォン!(ご主人さま、一緒に戦おう!)』
『……そうだね、ゼロ』
大きく翼を広げたコカトリスは前方扇状の範囲で、クスクスに強風を叩きつけていた。
その間トリの部分は、大地に足をしっかりと踏みしめている。
ヘビの部分は数匹がゼロとアカネに集中し、半開きの口から出ている牙から雫が滴り落ちていた。
これ以上ゼロに石化が進まないようアカネは抱きしめるように搭乗すると、ゼロは軽快なステップで後方に距離を取っていく。
今が絶好の機会と思い、俺は車椅子の力を解放した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
槍を構えてのチャージは、体感時間としては一瞬だ。
それなのに俺の方を一瞥したコカトリスは、確実に強風の範囲が来るように仕向けてきた。
強風だけだと思っていたのに、そこそこの大きさの黒点のような羽根が通り過ぎていく。
片翼の根元に槍をグサリと刺した瞬間、クスクスにいくつかの細かい傷がついているのが確認出来た。
「キョアァァァァァ」
風圧によって速度が若干減衰しても、俺のスキルは素晴らしい働きをしてくれた。
多分チャージを行う時、周りに干渉して風を抑える効果があるんだと思う。
クスクスも守り重視から攻撃に移り、ムッチリと盛り上がった腿肉――もとい足元を狙っていた。
ダメージが通ったかどうかは分からないけど、教官の教えを忠実に守るクスクスは足を殺しに行ったのだろう。
暴れるトリ部分とは反対に、冷静に広がりだす黒いヘビ達。
そのうちの一匹が俺目掛けて襲い掛かってきたので、バック走行のまま急発進をして凌いだ。
瞬時に各部位にシートベルトが巻かれるのは良いけれど、自由度が減って動きにくくなってしまう。
素早く上半身のベルトを解除していると、サーヤの回復魔法がクスクスに届いていた。
『ゼロ、一緒に!』
『アオォォォン(一緒に!)』
ふわりと浮く黒いヘビの塊の発生元は同じ位置にある。
ゼロの胴体に掴まりしがみつくような姿勢のアカネは、一体になりながらゼロと一緒に光に包まれていた。
ほとんどのヘビがゼロを迎え撃とうと、一斉に噛み付こうとする。
ゼロは避けもしなければ止まりもしない。それは絶対的信頼と、信念を持った最後の攻撃だったと思う。
真っ黒いヘビ達の牙が、ゼロの顔を目掛けて襲い掛かる。
ゼロの特攻とも言える進撃は、絶対にアカネに攻撃が当たらない位置取りだった。
光に包まれたアカネとゼロは、コカトリスの背中あたりで分離した。
まるでヘビの根元を喰いちぎるように、ゼロは渾身の一撃で尾羽に向かって突撃する。
さすが特殊個体のモンスターだけあって、ただの一撃で倒れてはくれない。
そして一部位でも意識を持った個体だけあって、根元が千切れかけても全方向からゼロに向かって牙が襲い掛かっていた。
しかし、その瞬間が二人にとっての絆だった。空から一滴を零しながら、アカネが降ってくる。
『ゼロ、ずっと一緒だよ』
『ウォン!(ご主人さま、嬉しい)』
コカトリスの背骨に向かって正確に降ってくるアカネは、光を纏った渾身の拳を叩きつける。
全身に光を纏っていた時間はきっと一瞬で、他者に魔法を付与出来ない肉体強化魔法も二人をリンクさせていたのだろう。
クスクスは武器を巧みに操り、トリの足部分を器用に地面へ縫い付けていた。
そして俺を見たのが分かったので、最後の攻撃の準備に入る。
『座布団』の魔法を前方に放ち、その直線状を高速でチャージする。
前回は真上に跳ぶことが出来たけど、今回は黒い胴体と紅い顔の境目を目掛けて車椅子の力を解放する。
まるで『百舌鳥の早贄』のように、途中から空目掛けてジャンプする俺は、正確に急所を貫くことが出来た。
小刻みに震えるコカトリスの首から、俺の槍がカラーンと落ちると、クスクスは大きな声で「やったー」と叫んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サーヤが駆け寄ってくる。
クスクスは興奮しているけど、どうやらそういう空気ではない事に気が付いたようだ。
「俊ちゃん、ゼロは……」
「多分、それを一番分かっているのはアカネだろう」
『ゼロ、苦しいよね……。辛いよね……』
『クゥゥン(ご主人さまが無事で嬉しい)』
『嬉しくなんかない! ゼロと出会ったばかりだし、ずっと一緒にいられると思ってたのに』
『……ォッフ(ご主人さまに色々貰った。名前も付けてくれた。……幸せだった)』
寄り添い抱きしめながら、最後の時を看取ろうとするアカネ。
サーヤは俺の隣に立ち、無意識に俺の肩に手を乗せている。
コカトリスが消えていく効果は特殊個体だからか、少し時間がかかっているようだ。
傷だらけのゼロも同じように、命のきらめきが失われていくのが効果によって分かってしまう。
「ねえねえ、終わったんだよね?」
「クスクス、少しだけ待って貰えるか?」
「じゃあ、サーヤお姉ちゃん」
「ごめんね、クスクスくん。今……ねえ、それ何を持っているの?」
サーヤの質問につられて、俺もクスクスを見てしまう。
その手にあったのは小人族が一抱えするぐらいの大きな卵で、見た目に反して相当軽そうに見えた。
「こかとりすの戦利品? 『えんぷてぃえっぐ』だって」
「空っぽの卵? 俊ちゃん、これって何だろう?」
「……空っぽって事は、何かを詰められるんじゃないか?」
「卵・玉子・たまご……。生まれる・生まれ変わる・転生……」
「「転生?」」
「クスクス、それをアカネに渡してくれ。急いで!」
「うん、分かった!」
俺達はすぐ近くにいるのに、アカネとゼロの間に入れないでいた。
ある意味、空気を読めないクスクスがアカネの近くに行くと、『エンプティエッグ』をアカネに渡す。
『アカネちゃん。もしかしたら、ゼロを助けられるかも?』
『本当ですか? サーヤさん』
『ゼロは傷つきすぎたから、その体では無理かもしれないけど……。だから、その卵を使って』
『それって、ゼロではなくなる可能性も……』
『アカネ。可能性に賭けなきゃ、どちらにしろお別れだぞ』
『フェザー先輩……』
『アカネになら分かる筈だ。ゼロには識別番号があるんだろ? そして二人の想いが本物なら、記憶も何とかなる筈だ』
『そんな作り物みたいな話……。ううん、これは私達の物語。……コレ使わせて貰います』
傷ついたゼロが徐々に石化していくのと同時に、命のキラメキは輝きを薄めていった。
その光は名残惜しそうに、アカネの周りを一周すると空気に溶けていく。
アカネはゼロに寄り添いながら、『エンプティエッグ』に光る手を翳していた。
それはまるで『ゼロの帰る場所はここだよ』と導いているようで、徐々に目を閉じていくゼロにとっても心安らかな時間なのだろう。
完全に石化したゼロは、不意にガラス細工の結晶のような輝きを見せ、一瞬のうちに割れて消えてしまった。
その光も『エンプティエッグ』に集まり、アカネは卵を優しく抱きしめながら立ち上がると一筋の涙を見せていた。
『あ、アカネちゃん?』
『サーヤさん、大丈夫です。こんな事で泣いてたら、ゼロに笑われますから』
『アカネちゃん、大丈夫?』
『うん、私は平気だよ』
『アカネ、その卵……』
アカネが抱えている卵は徐々に存在感が薄くなり、胸元に吸収されていったように見えた。
気丈に振る舞っていても、たとえゲームの世界でも、別れとは辛いものだと思う。
うちも犬を飼っているのでよく分かる。同じ時を過ごしていても、両者の間に流れる時間は違うからだ。
ゼロはもういない。
もし卵が孵った時、出てくるのはゼロなのか、そうではないのか?
それはGMにしか分からないのかもしれない。
ただ一つ言えるのは、俺達はここにいる子供達を救えたんだ。
自己満足かもしれないけれど、それだけは誇るべき事だと思う。
「私、もしこの仔が産まれたら『ゼロ』って名付けます』
「気が早いね、アカネちゃん。『ゼロⅡ』とかじゃなくて良いの?」
「それだと、今の仔が『ゼロⅠ』みたいじゃないか」
「アカネちゃん。ぼくね、イズちゃんがいい!」
俺達は周囲を確認した後、この初級者の狩場を後にした。
一回だけアカネが振り向き、つられた俺達はみんなで何もない場所に向けてお辞儀をした。
俺達の仲間にゼロがいた。
頼もしくもあり、愛くるしい狼だった。
ちょっと寂しがり屋なところがあり、それでもアカネの為に尽くしたゼロは、アカネにとって最愛のパートナーだったのだろう。
行動には結果が伴ってくる。それは日常生活でも同じだ。
この経験を忘れるのか、それとも糧にするかは、自身の道の幅を決めるものかもしれない。
「ゼロ、ずっと一緒だよ」
アカネの呟きは、ダンジョンに流れる風と共に消えて行った。




