065 代償
軍風見鶏目掛けて車椅子の力を解放する。
槍を持った車椅子でのチャージは、表面積と言うか圧倒的な質量があるので、パーティーメンバーは大きく場所を空けてくれる。
「いっけぇぇぇぇ」
クスクスの邪魔にならないコースで地面からすくい上げるように、軍風見鶏に向けて一直線に進撃する。
すぐに追撃出来る位置にいる、アカネとゼロはとても心強い。でも、この一撃は外さない!
見た目は大きいだけの、ただの軍鶏だ。黒く細マッチョなボディーとは裏腹に、こちらに向けた赤い顔は驚きに溢れていた。
しかし『貰った!』と槍の穂先が当たる瞬間、軍風見鶏を包み込むように小さな竜巻が発生した。
竜巻の効果により、軍風見鶏の姿が見えなくなる。
俺の槍はかろうじて届いていたようで、竜巻の所々に赤い滲みが出来ていた。
ただ腕にかかった感触から言って、致命傷には程遠かったと思う。
全てを撥ね退ける風というよりかは、超近距離を巻き上げる風のように感じた。
「フェザーお兄ちゃん。これ、どうしよう?」
「少し離れて待つか……」
「あっ、女の子が戻ってきました」
「クゥーン(退屈……)」
この風の魔法は、守る為の行動なのだろうか?
局地的なのでほっといても害はないと思うけど、軍鶏に合流されると厄介なことになってしまう。
さっき逃げ切った女の子はこの現象に驚いているのか、武器を下ろしているクスクスの所に来て話しかけた。
「お兄ちゃん達も『卵泥棒』ですか?」
「僕たちは正義の味方をしてるんだ!」
「うーん、分からないけど頑張って! わたし、こんなに卵を取れたの初めて」
「へぇぇ……。ねえ、見せて見せて」
明らかに緊張感が無くなってしまったけど、クスクスはカメラ操作に余念がないのが分かる。
アカネはこのくらいの年代の子供達が好きなのか、女の子の成果を見たいとはしゃいでいた。
ところが急にゼロが唸り声を上げる。俺達にとっては牙が丸くなった犬でも、一般的に見れば命を落としかねない狼だ。
アカネはゼロを睨んで黙らせると、女の子に『大丈夫だから』と安心するように話しかけていた。
『俊ちゃん!』
『分かっている。ちゃんと見てるから』
サーヤは距離を取っていて、パーティー会話で俺へ注意を促してきた。
確かに戦闘中と言えば戦闘中だし、このままずっと続くようなら戦い方を考えないといけない。
ただアカネの【個体識別/小型動物】というスキルで判別できるようになったので、探し当てるのは問題がないと思う。
クグツパーティーが軍鶏を退治すれば、安全に卵を収獲出来るのに……と思わなくもなかった。
そんなことを考えていたら、女の子がアカネに卵を見せていた。
「ウゥゥゥゥゥン(何だか嫌な臭い)」
「ゼロ、お座り!」
「ねえ、本当に大丈夫?」
「ゼロはおりこうさんだから、大丈夫だよ……多分」
肩掛け鞄から取り出した卵を笊に乗せ、女の子は『真っ白い卵・薄茶色の卵・薄緑の卵』の3つを見せてくれた。
1個の大きさは両方の掌でお椀の形を作るくらいで、目玉焼き一つ作るとしても十分な量だろう。
アカネは『凄い成果だね』と女の子を褒め、クスクスは『変な色!』と軽く突っついていた。
ゼロは怒られないくらいの低い唸り声を上げている。
『俊ちゃん……。何だか、嫌な予感が止まらないんだけど』
『確かに、このままじゃどうにもならないよな。アカネに状況を見て貰うか?』
『そうだね。アカネちゃん、アカネちゃーん』
『はいは~い。サーヤさん、呼びま……』
ピシッ……
「えっ、何で?」
「ウォン!(ダメー)」
女の子が大事そうに持っている卵の一つに、不意に亀裂が走る。
普通に見ても、有精卵か無精卵かの区別はつかない。
だけど、この卵の大きさは一般的らしく、このタイミングで割れるなんてありえないようだ。
ゼロが笊に向かって飛び掛かり、宙に投げ出された卵のうち白と薄茶はアカネが辛うじてキャッチした。
瞬時にキッと睨むアカネと反対に、薄緑の卵が粉砕するように割れ、そこから緑色の塊が女の子目掛けて飛び出していた。
「しーるどばっしゅ」
女の子を押しのけるように割り込んだクスクスは、その緑の塊に円形盾をぶつける。
するとその緑の物体は元々何かの集合体だったらしく、分散し弾き飛ばされていった。
あの小さな竜巻の方に向かって……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ゴォォォォォ」
「シャァァァァ」
「ケキョォォォ」
一つの卵に大量に入っているもの……。
実際は一つに見えるけど、多分それを包む膜みたいなのが塊になって、卵に見えていただけかもしれない。
考えられるのはカエル、……はオタマジャクシだから違うか。カマキリ・ヘビ……。
不意に『ウロボロス』の名前が頭を過る。
「アカネ、あの竜巻の中を見てくれ」
「フェザー先輩、今はゼロにお説教しないと!」
「それは後にしてくれ、良いから早く!」
「もう……、後で叱っても分かってくれないんですよ。えっ、何で……」
『アカネちゃん、状況を教えてくれないかな?』
『はい、サーヤ先輩。沢山の識別番号があります。軍風見鶏はもちろんですが、その他にも……』
『ゼロは竜巻を警戒してくれ。クスクスは女の子を遠くに連れてって』
『えっ、どんどん減ってきて……。あっ、軍風見鶏の識別番号が歪んできました』
一向に鎮まる気配が見えない小さな竜巻から、激しい重圧を感じ始めていた。
段々と紅く染まっていくその竜巻が、蝋燭の最後の灯を強く燃え上がらせるように上空へ巻き上がると……。
『俊ちゃん、逃げよう……』
『何で大きく……」
『これって……、コカトリスって言わないか?』
体長が三倍ほどになり成人男性くらいの大きさになった軍鶏は、禍々(まがまが)しささえ携えていた。
両の翼を広げ威嚇するポーズを取ると、背後の尾羽から数匹の真っ黒いヘビが浮遊するように広がりだす。
その動きはまるで、神話に出てくるメデューサのようだった。全方位にある視野は、ゼロのこともきちんと捕捉しているだろう。
『ボスです、フェザー先輩』
『今ここで放置したら本末転倒だろう。ダメで元々、やれるだけの事はやるぞ!』
『はい!』『もー、しょうがないなぁ』
アカネから卵をもぎ取ったクスクスは素早く女の子に渡し、その手を引っ張って遠くに連れて行っている。
幸い女の子は遠くまで逃げられたし、こちらに近付いてはこないだろう。
戻ってきたクスクスも危険を察知したのか、円形盾を大きく変形させ『粘土細工』の魔法で補強していた。
新しい魔法の効果なのか踵部分の土が若干盛り上がり、前傾姿勢できっちり迎え撃つ姿勢を取っている。
アカネは再度拳に光を灯し、風を斬るようにシャドーボクシングを始めていた。
どう考えれば軍鶏から、あの大きさになるのだろう?
そして後付けで尻尾や羽が生えるとか、インチキにも程があると言うものだ。
これも後でGMコールしてやると心に誓い、第二形態の試合開始の合図をした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
気合の入ったクスクスの大声は、まるで俺達全員を鼓舞するようだった。分かりやすい正義は、時として心地よい。
『子供達をいじめる人は悪だ!』、それは誰にでも受け入れられるだろう。
人が相手でもモンスターが相手でも、クスクスにとっては変わらないらしい。
「あははははは!」
この笑い声さえなければ……。
アカネもまだクスクスに良い所を見せようとしているし、ついついゼロへの指示が疎かになっている。
『ゼロは、後ろのヘビを警戒してくれ!』
『しゅ……フェザー、それは……』
『このままじゃダメな気がする。サーヤも気をつけろよ』
『うん……。そうだ! コカトリスって、普通のゲームでは危険だったよね?』
クスクスは目の前のコカトリスに夢中で、盾を上手く使って捌いていた。
アカネはNPC達に感情移入するくらいだから、ゲームにはそれほど詳しくないと思う。
コカトリス……。『バジリスクと似たようなモンスターだったよな』と思うけど、すぐに特徴が出てこないマイナーさがある。
じゃあ、後ろに広がったメデューサみたいなヘビから何か……。
『フェザー、クスクスくんが押されてる』
『えっ?』
先ほど繰り返していたジャンピング突っつきが、この巨体でやると風圧と嘴の両方に押されていた。
アカネは少し横にずれ側面から攻撃しようとしているけど、数匹のヘビによるコンビネーションで近付けないでいた。
『ヘビか……、みんな毒に注意してくれ!』
『フェザーさん。それも恐いですが、石化に注意です!』
『え? コジカちゃん?』
『はい、せめてここから応援させてください』
パーティー会話だから届いたのだろう。
遠方地で魔法を学んでいるコジカから、コカトリスの注意事項を聞くことが出来た。
それは襲い掛かるヘビからアカネを守るために、ゼロが身を挺して庇った瞬間だった。




