058 藻掻きと足掻き②
馬車での旅は順調に進んでいる。
俺達はクスクスが撮影した映像を見ながら、二日間の二人の特訓の話を聞いていた。
限りなく足を広げ、アメフトの突進のように片手をつくアカネは、やる気満々だ。
それを正面から受け止めようとするクスクスは……、というか幾つカメラを設置して切り替えているのだろう?
低空飛行のように勢いのあるダッシュをするアカネでも、クスクスの身長的には絶好の位置で迎撃することが出来る。
落ち着いてシールドバッシュをしたクスクスは、アカネの顔面を強打してしまっていた。
「あの馬鹿……」
クスクスは多分、褒めて欲しくて教官を見たのだろう。
カメラは一斉に教官に向かったが、教官は目頭を押さえていた。
「何で?」
「クスン……クスン」
「えっ? 何で?」
教官の反応に違和感を覚えたクスクスは、次にアカネの異変に気が付いた。
吹き飛ばされたアカネ周りの雰囲気が、ズーンと黒く沈んでいるように見える。
そしてアカネを目視したクスクスは、驚きを隠せていなかった。
このゲームの最大ダメージは、『タンスの角に足の小指をぶつけたくらい』に設定されている。
だからいくら顔面を強打されたところで、目の前で蚊に血を吸われそうな所をパチンとしたくらいにしかならない。
クスクスの「何で」は、『痛くない筈なのに、何で泣いてるの?』なんだろう……。
「アカネちゃん、可哀想……。ねぇ、俊ちゃん」
「あっ、あー。……まあな」
「何で? ねえ、何で?」
「もう、止めてください」
こちらのアカネはアワアワしながら、映像の前で見えないように精一杯遮っていた。
そして映像は強制的に終了となった。その後サーヤの提案により、この映像のお蔵入りが決定した。
納得いかなくて不貞腐れているクスクスは少しすると、ジャーンと言いながら次の映像を出してきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
仲間内で騒いでいる分には、他の乗客は関与してこない。
基本的に馬車の旅は日数がかかり、辺境地なら盗賊などの心配は限りなく少ない。
夜間の警護を手伝うことで格安の旅をゲットした俺達は、昼間は比較的自由時間を過ごしている。
もちろん昼間でも何か起きたなら、安全の為に立ち向かうつもりだ。
クスクスの元気さに引き摺られている俺達は、特にやることもないせいか次の映像を観る事にした。
一つ言えるのは、クスクスのカメラワークと編集技術の異常さだ。
引き込まれる作りをしているのは本当に凄い。
後は何が良くて何がダメなのか? 道徳であり常識であり、人との付き合い方を学ぶ必要があると思う。
「あっ、これも撮ってたんだ」
「ふふ~ん、凄いでしょー」
外での模擬戦から一転し、映像は教官が指導する座学の場面だった。
主に肉体強化魔法の話をしており、その他には古代語魔法についても説明していた。
この教官、海外の〇〇ベレーのような衣装と体つきをしながら、純粋な魔法使いだったと記憶している。
確かに守ってもらいながら魔法を使うよりかは、ある程度自衛しながら魔法を使えた方が良い。
クスクスの戦闘技術の多くは、教官からの直接指導らしい。
だから『粘土細工』という土属性の魔法も、指導の賜物だったのだろう。
サーヤから聞いた限りでは、小人族の魔法の適正は普通のようだ。
素早さに特化したカワイイ存在がメインで、器用さもあるので軽戦士か斥候などに向いてると言われるのが一般的なようだ。
「この世界では、魔力をどう扱うかによって成長の方向性が変わってくる」
「はーい、きょうかん。めいそうって出来なくても魔法は使えるよ」
「直観的に使えるタイプは無理して覚えなくて良い。アカネも、そのタイプのようだが……」
「でも、瞑想すると魔力を感じ取れるんですよね?」
「ふむ、考えが凝り固まっているようだな。先ほどの戦いで、貴様は何故地面に手をついた?」
「それは……、何だか地面が語り掛けてくるようで……」
「無意識の行動か……。魔力とは世界を司るシステムの一つだ。ある時は精霊、ある時は神々の啓示を意味している」
「ウォッフ(ご主人さま、頑張って)」
お座りで一緒に受講していたゼロの一吠えで、アカネは落ち着きを取り戻したようだ。
慣れないながらも目を閉じて集中するアカネ。
ソワソワしているクスクスはアカネと教官を見て、真似をするように目を閉じる。
今いるメンバーで魔法を使えないのはアカネだけだ。
そして魔法が苦手な人ほど、肉体強化魔法の適正は高い傾向にあるらしい。
場面が変わり、再び実践講義に移っていた。
教官対アカネとクスクスの模擬戦で、珍しく教官がクスクスを攻めていた。
俺がウールとモールと一緒に挑んだ時は、どちらかというとカウンタータイプだったと記憶している。
短杖で殴りかかる姿は、どこからどう見ても魔法使いには見えない。
「どうした、クスクスよ! 貴様はそんなもんか?」
「さー、のーさー!」
「クスクスくん、本当に意味分かってるの?」
「うーん……、考えてたら負けちゃうよ」
徐々に押されているクスクスは、『サヌゲントン』戦で見せたノックバック攻撃とダッシュを封じられていた。
サポートに入るアカネも、短杖持ちと素手ではハンデがありすぎる。
アカネはモンスター戦特化――特に小型の四足獣に強く、対人戦ではその実力を十分に発揮できないタイプだろう。
明らかに格下の相手ならまだしも、同等以上となると厳しいのかもしれない。
一箇所で釘付けになりつつ、攻撃をいなしているクスクスも辛そうだ。
戦闘を教え込んだ教官なら、クスクスの弱点など十分に分かっている事だろう。
種族としての利点を封じられた今、クスクスはただダラダラとダメージを受けるしかなかった。
そんなクスクスを助けようと、アカネは少し距離を取ってクラウチングスタートの構えをする。
「フェザーさんのように、遠くから一気に!」
「貴様も奴から学んだか。なら、見せてみるが良い」
「まだ……まだ終わってないよ!」
「ふっ、貴様も休ませはしないさ」
教官の猛攻を、クスクスは意地と気合で迎え撃つ。
盾を上下左右に展開し、その隙間を『粘土細工』で埋めると、攻撃を捨て防御一辺倒になる。
そうなれば『自由に攻撃してください』と言っているようなものだ。
アカネの腰が浮く。そして四足獣の獰猛さを見せながら、教官に向けて低空飛行のようなタックルを試みた。
「クスクスくんを、いじめるな!」
「ほう……」
走り出したアカネは教官に集中していた。だから地面に起きた小さな変化にも気が付かなかった。
アカネが大声を出した事でクスクスは一瞬振り向き、その隙に教官から強力な一撃を盾の上部に受けていた。
小さい体に大きな盾。バランスは最高に悪いけど、クスクスは相手が強敵なほど燃えるタイプだ。
感が良くイタズラ好き。そして地面の変化にも気が付く視野の広さも兼ね揃えていた。
「アカネちゃん、地面」
「えっ……、うん!」
ダッシュしたアカネの足元では、地面に小さな変化が起きていた。
あれは俺の車椅子を転倒させた魔法だと思う。それは二人の連携によって見破られていた。
若干反応が遅くなったのは仕方がない。ただ、あのまま足を踏み出してたら、グキッとなっていたはずだ。
アカネはダッシュのスピードを維持したまま、少しだけ隆起した地面を踏みぬいた。
体のバランスを崩しているにも関わらず、その瞬間アカネは更に加速した。
何と言ったら良いのだろうか? 前方に走りながら、側宙するような感じだ。
「なあ、これって……」
「うん、良い子には絶対見せられないね」
撮影しているのは、この映像を観せられないような子供だ。
ただ、良い子かどうかは置いておこう。
クスクスはアカネの攻撃を成功させたくて、体勢を崩しながらも大声をあげて己を鼓舞している。
後ろに倒れそうな足元にはアカネのスタートを見た影響なのか、クラウチングスタートをする時の斜めの足場が出来ていた。
「アカネちゃん、ドーンってやっちゃって」
「アアアアアアアアア」
「クッ……」
ふとアカネの攻撃が、クスクスのシールドバッシュで迎撃された場面を思い出す。
俺の渾身の一撃も、結局教官の短杖と拮抗して終わりだった。
本当に魔法使いかと思うような教官だけど、その実力は折り紙付きだと思う。
ギリギリまで溜めた教官の短杖に、アカネはその身を投げうって突進していく。
「見てられない!」
「サーヤ、何で俺の目を塞ぐんだ」
思わず身を乗り出していた俺の目を塞いだサーヤは、両手の中指と薬指を広げてくれた。
『迎撃される!』と思ったその瞬間、アカネの両肘から拳の先まで淡く白色に輝きだす。
跳びながら手首を交差して短杖を受け止め、自身で回っているのか転んでいるのか分からない回転のまま教官に突っ込んでいた。
回転によって短杖は絡め取られ、ダメージを軽減しようと半身になった教官は、少しだけ巻き込まれて押し倒されていた。
超接近戦なら、アカネの独擅場だった。
瞬時に教官を抑え込んで無力化し、その上にクスクスが覆いかぶさって、二対一の模擬戦はアカネ達の勝利で終わった。
何度も覆いかぶさったクスクスが、後で教官からゲンコツをくらったのも、しっかり撮影されていた。




