003 冒険者ギルド
先生には、助言者として様々な権限と制限があるらしい。
扉が開いて、光の中から沙也加が現れ……。
「……どう……かな?」
「えーっと、羽鳥くん?」
「先生、そこはフェザーでお願いします」
「じゃあ、フェザーくん。……ねっ」
それはまるで、『女性の目一杯のオシャレを、絶対に否定しちゃいけないよ』と言われているようだった。
沙也加には一緒にゲームをするにあたって、俺の怪我のことは考えないで欲しいと話してある。
だから前衛二人になる可能性もあったし、後衛二人になった可能性もあった。
目の前の沙也加は、その姿形から……。プッ……いや、後衛だと思う。
「もう、何で黙ってるの?」
「だって、ぷっ……。あーもう、我慢できねぇ」
「俊ちゃんひどい。変じゃないと思うんだけど……」
「あー、梶塚さん。そこの噴水を覗き込めば、自分の姿を見ることが出来るよ」
沙也加が選択したアバターは、その顔をベースとしたエルフだった。
元々素材は悪くないのに、何故沙也加の姿を見て笑ってしまったのか?
腰まである銀髪に、更に美形になった沙也加は十分キレイだと思う。
だけどエルフ補正なのかスラリとした肢体に、アンバランスなまでに強化された胸は異物としか見えなかった。
俺の前髪が目元を隠しているように、沙也加にも何かコンプレックスが……。
沙也加は周りを見回している。
噴水の近くにはチラホラと人がおり、誰もが外見に関して特別に気を使っている風には見えなかった。
『平服で来てください』の案内に、舞踏会にいくようなドレスを着てきた風なミスマッチをしている沙也加は再び扉に戻っていった。
それからたっぷり十分が過ぎた頃、頑張らない風の沙也加がやってきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ようこそ、やすらぎの里『ラヴェール村』へ」
「ここがスタート地点なんですか?」
「ここは、数あるスタート地点のうちの一つ。初級者とリハビリを主にする村だよ」
「噴水を見る限りだと、街っぽいですが……」
銀髪を肩まで揃え、正統派エルフで胸が少しだけ強調された沙也加――サーヤは、頬に拳をあて首を傾げている。
胸に目が行くのは、俺がそこばかり気にしているからだって?
興味がないと言えば嘘になる。だけど、世界観ってものがあるだろう。
そんな俺の思考は、決して漏れ出たりしない。今は先生の説明を聞く時間だ。
先生の説明では、この村は伯爵領の辺境地であり、隠居した伯爵さまが余生を過ごしている場所らしい。
農村地でありながら、開拓場所も多くある。他領との諍いもなければ、森があるくらいで穏やかな土地だった。
そしてこの森も、大きな危険は孕んでいないようだ。
良く言えば『旅立ちの村』、悪く言えば『得るものがない村』だった。
「では、スキル関連の説明をするね」
「「はい、お願いします」」
最初にスキルを選択する方式ではないようで、行動に伴ってスキルを得られるらしい。
円で選んだ方向性も、必ずしもその形を求めるものではなかった。
スキルさえあれば、鍛冶屋だろうがパン屋だろうが何にでもなれる。
まずは冒険者ギルドへ行くことになった。先生が車椅子を押して案内してくれる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「以上で登録完了です。何かご質問はありませんか?」
三人で噴水から北西エリアに行くと、この村で比較的大きな建物があり、それが冒険者ギルドだった。
近所には冒険者御用達の店が並び、宿と飲み屋通りが繋がっている。
冒険者ギルドには巨大な倉庫と解体場が併設されており、一階は冒険者の為に依頼受領カウンター・掲示板・冒険者登録の場所が、二階は外部依頼受付・応接室など来客向けの構造になっている。
冒険者にはランクがあるらしく、1~10段階に分けられる。
今回俺達がなったのはもちろん10だ。ただこれは見習いも見習いで、その辺の子供でも取得出来るらしい。
本物の冒険者と呼べるのは9からで、9・6・3と三の倍数で何かが解放されるようだ。
渡されたカードは三種類。
一つはアイテムボックスで通常は腰ベルトに挿し、スロットルがある収納につけると拡張機能がつく。
一つはスキル枠で、これも腰ベルトに装着するとスキルがアクティブ化する。
一つは装備枠で、このカードを腰ベルトにかざすと一瞬で着替えが出来る。
三つのカードは一つに纏めることができ、これが証明書としての冒険者カードとなるようだ。
「二人はまず、武器がなくても出来る事から始めようか」
「さっき言っていた、採集や研修ですね」
「フェザーくんはそうだね。サーヤさんは、救護院で修業するのも良いかもしれないな」
「ここで分かれるのですか?」
「RPGとは『役割を演じるゲーム』だからね。同じ行動しか出来ない人達が集まっても仕方ないよ」
どちらかと言うと俺が前衛で、サーヤは後衛だ。
スキルの登録は冒険者ギルドでやる必要があるので、合流場所はここになるらしい。
とりあえずは夕方集合で解散することになった。
俺は午後からある研修に参加する為、ここで待つことにした。
先生はサーヤを救護院まで案内し、そこで魔法の特訓をするようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目の前には強面の教官と秘書風の美人が立っている。
そして俺の右側には、二人の男の子が目を輝かせていた。
痩せ型なのがウールという名前で、がっしりしているのがモールらしい。
時間前に到着した俺達は簡単に自己紹介を済ませ、ギルドの裏手にある校庭のような場所で待っていた。
「貴様らが新人冒険者か……」
「「「はい、お願いします!」」」
「返事の最後にはサーをつけろ。……ん? 貴様も参加するのか?」
「クスノキさまより言付かっております」
「宜しくお願いします。サー!」
「負傷兵か……。どれどれ、資料によると魔法の適正もあるようだが」
「私は前線で戦いたいと思います。サー!」
「では、特別扱いはせん。今から外周を十周してこい。これはあくまで準備運動だ」
「「「イエッサー」」」
走り始めるウールとモール。
俺は車椅子にブレーキをかけ、ステップを外して立ち上がろうとする。
プルプルと腕にかかる力と、不甲斐ない脚の震えが立ち上がることを拒んでいるようだった。
教官は持っている短杖で俺の肩を一突きした。
「お前はバカか! 歩けないなら、限られた能力を活用せよ。自力で、その椅子を動かして十周して来い!」
「良いんですか?」
「貴様に拒否権はない。あるとするならば、それは諦めた時だ!」
「はい、頑張ります。あっ、サー!」
自力ということで、車椅子のスロットルから挿してある【騎乗:壱】カードを引き抜く。
ステップを戻しブレーキも解除する。そして両腕に力を込め、タイヤの外周にある握りを力強く押し出した。
「クスノキさまからの紹介なのに良いのですか?」
「グレイス、貴様は出来ないと思っているのか?」
「正直申しまして、今回の新人達は期待出来ないかと」
「そうか……。では、受付で待っているが良い。次のステージに進むか冒険者カードを返却するか、どちらにしても手続が必要だ」
「承知致しました。くれぐれも、怪我には気を付けてください」
「分かった分かった。さっさと行け」
教官はグレイスを追い払った後ニヤリと笑う。
準備運動では試練にもならないし、そもそも立ち合いの意味はない。
今日が冒険者人生として輝ける一日になるのか、それとも地道に新しい職にありつくのか?
そもそも、その選択肢しかない者達が集まっているのだから、やるしかないだろう。
走り出したら、後は突き進むのみだ。壁なんてあって当たり前。それにどう対応するのかが冒険者の役目だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
快調に走り出した車椅子は、呆気ないほど簡単に躓いた。
学校の校庭のように思えたトラックは、砂利もあれば凸凹もあった。
そこにスピードを乗せて通り過ぎれば、あっという間にバランスを崩すことになる。
ヘッドスライディングをした瞬間、システムメッセージが流れてきた。
《スキル【騎乗】を解放しました》
《スキル【受身】を解放しました》
咄嗟に滑り込んだからか、特に痛みらしい痛みは感じなかった。
腕の力を使いプルプルした下半身を無視して、上半身だけで気合を入れて起き上がろうとする。
既に半周以上の差をつけられているウールとモールが、早くも後ろから迫ってくる音が聞こえてきた。
車椅子に手を伸ばしブレーキをして固定し、這い上がるように乗り込もうとする。
「大丈夫か? フェザー」
「そこ! 休憩するなら最初からやり直しだぞ」
「ありがとう、ウール。構わず行ってくれ」
「悪いな、フェザー。俺達もやらなきゃいけないんだ」
後ろ髪を引かれながら走り出すウールに、モールも懸命に追いつこうとノッシノシと走り去る。
ここで諦めるのは簡単だ。だけど、俺には新しい道を目指す必要がある。
それはどんな形でも良いから、自分を誇れる何かを胸に抱きたいと思った。
恥ずかしがっていては、自信を無くしたままでは何も得られない。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
天まで届かせてやると口を大きく開けた咆哮は、車椅子に乗り込むには十分な雄叫びだったようだ。
ブレーキを解除して、あいつらに負けないようにスピードを乗せていく。
これは散歩ではないのだ。教官は準備運動としか言っていない。
だから俺は、考えながらも全力で走り出す。この一漕ぎは、明日の俺に繋がるのだから。




