050 作戦開始
作戦会議が終わりギルドを出ると、クスクスはすぐにゼロに気が付いた。
アカネが「撫でて大丈夫だよ」と言ったので、恐る恐る匂いを嗅がせてから撫でにかかる。
「おうちで犬を飼ってるの?」
「ううん、うちはネコちゃんだよ!」
このペースだと間に合わないかもしれないので、ゼロに抱き着いたクスクスを、そのまま運ぶことにした。
熊に乗った金太郎のように、後半は凛々しく乗りこなしている。
しきりに謝るレイカは保護者ぜんとしていたけれど、クスクスのハシャギようは見ていて清々しいものだった。
ギルドでは少し気になる所があったのに、今はそれほどでもない。
俺達は通い慣れたダンジョンに到着すると、簡単に作戦を確認する。
ここで気持ちを切り替えて、ついでに装備の確認も行った。
特出すべきはクスクスの装備が革を基本にしながらも、鎖鎧になっていたことだ。
脚を生かす戦い方ではなく、盾職としての動き。こればっかりは見てみないと、何とも言えなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これはひどいな……」
「ウール達がやってた頃は、こんなじゃなかった?」
「あぁ。少なくとも出入り口は、こんなにひどくなかった」
穏やかで長閑な狩場の筈が、今ではもぐら叩きゲームな感じになっている。
臆病な豚と好戦的なウサギ。それが力関係のせいか、ウサギが逃げ回ることになっていた。
多少隠れる為に使える草むらから、ウサギが飛び跳ねてくる。
その下では球状の豚達が、縦横無尽に転がりまくっていた。
「とりあえず、連携の確認をしようか?」
「クスクスくん、いける?」
「うん、サーヤお姉ちゃん」
「じゃあサーヤ、適当な奴を弓で釣ってくれ。クスクスは来た敵を引き付けて欲しい」
「うん! 分かった」
大きく下がったウールパーティーとレイカを確認し、飛び跳ねたウサギをサーヤが弓で狙う。
今回はコジカやアカネやゼロも待機組なので、まずはクスクスの力量を見定めたかった。
こちらを格下と見たのか、一匹のウサギが垂れた毛を逆立てて飛び掛かってくる。
その角にも似た攻撃をクスクスは盾の中心でピタリと止め、俺を見たので槍でザクっと処理をした。
「これで良いの?」
「クスクス君、何ともない?」
「うん、アカネお姉ちゃん」
「そんなぁ、お姉ちゃんだなんて……。もう一度言ってごらん」
「アカネちゃん、キャラ変わってない?」
アカネはパーティーの中で最年少だったので、メルキナの一件から面倒見の良いポジションだと思ってたけど……。
ふとアカネの優しさに、大丈夫だよなと妙な心配が湧いてくる。
二人とも成人ならば、本人の……いや、こういう考えをする時点で問題なのかもしれない。
クスクスは自分の役割をきちんと果たしてくれたし、レイカもギルマスも止めるような事はしなかった筈だ。
俺達はボスを目視出来る距離まで近付こうと相談し、ゼロに案内してもらって移動することにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
広範囲に広がった戦線で、ウサギエリアを侵していたのは混乱していた子供達だったようだ。
そして目の前に繰り広げられている縄張り争いは、本人と妻達によるものだと推察される。
「豚ですね」
「豚だな」
「アカネちゃんは違いが分かる?」
「ミニブタなら分かるんですが……。でも、犬猫じゃないと難しいなぁ」
アカネの発言に、ゼロは小さく『犬じゃない』と抗議していた。
二匹の黒豚の間に、十匹ずつのメス豚が一直線に整列している。
しかもただ整列しているだけではなく、いつでも飛び掛かれるように、ずっと回転しているから恐ろしい。
比較的安全な場所から俺達は見ることが出来、レイカは左側が王者『アゴゥ』で右側がチンピラ『サヌゲントン』と教えてくれた。
「でも、何でオス同士で直接やらないのかな?」
「『私の大事な人を傷つけさせない』って感じじゃないかな?」
「「へぇぇぇ」」
「何、その反応? コジカちゃん、アカネちゃん」
「えーっと、レイカさん。あれに突っ込む訳じゃないですよね?」
「あぁ、うん。ここからなんだけど、多分乱戦に突入するのね」
「はい」
「その状態から、第三の刺客を投入するわけ」
レイカは試験管っぽい瓶に入った、ピンク色の液体を見せてくれた。
どうやらフェロモンのようなものらしく、それで乱戦を更に激化させるようだ。
その上で、ある程度の豚を引き付け間引き、どちらかの黒豚を処分して撤退する。
こちらのパーティーに入っているレイカとクスクスだけど、二人を守るのはウールパーティーで、俺達四人とゼロは黒豚討伐部隊だ。
「俺がメス豚達を引き付けましょうか?」
「だ、ダメだよ!」
「何でサーヤが止めるんだ? 車椅子の速さは知ってるだろ?」
「知ってるけど……、危険なんだよ!」
ここはゲームの世界だし、危険を考えていたら何も出来やしない。
そもそもクスクスを、危険なポジションに持ってくること自体危惧している。
それを思えば、この中で適任は俺しかいないと思うんだけど……。
「フェザーさん。ここは私とクスクスに任せてくれないかな?」
「僕、ちゃんと出来るよ!」
「レイカさんが、そう言うなら……」
「ねえ、私の時は反論したよね?」
ウザ絡みしてくるサーヤを、コジカとアカネが宥めている。
ゼロがアクビをしていたけど、正直俺も真似したいくらいだ。
ウール達は緊張しながらも、静かに行方を見守ってくれている。
リアルの人格を反映しているのか、その精巧すぎる反応に思わず関心してしまっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戦況が動いたのは、それからすぐだった。
メス豚達が回転しながら目前のメス豚を挑発し、まるでベーゴマのように狭いエリアでぶつかり合う。
ぶつかっては弾け、ぶつかっては弾けしているうちに、徐々に戦場が拡大していった。
どっしり構えている『アゴゥ』に、煽り運転のような挑発をしている『サヌゲントン』は対照的に見える。
女たちの戦いと、男たちの睨み合い。クスクスは「行ってきまーす」と言うと、その中心に向かって駆け出して行った。
「あっ……、行っちゃった」
「アカネ、緊張感を持ってくれ」
「あっ、はい!」
「ゼロは帰ってくる時のサポートを頼む。みんなは手筈通りに!」
クスクスの判断で盾だけ持って駆け出したけど、正直俺も反応が遅れそうになっていた。
それでも散歩にでも行くような緊張感のなさに救われながら、俺はリーダーとしての役割を思い出す。
クスクス周囲には、いつの間にかピンクの煙が纏わりついていた。
多分あれがレイカの作ったフェロモンの代わりになる香料で、後はどれだけあの二匹から引き剥がせるかにかかっている。
「いやっほー!」
「おい、黒豚の注意を引きすぎるなよ!」
「あーぁ、まさに小人族だね!」
「あれはキャラじゃなく、性格の問題だよな?」
黒豚から遠くメス豚からは近い距離を疾走しながら、クスクスは楽しそうに縦横無尽に駆け回っていた。
戦っているメス豚同士は一瞬止まり、その後目の前の敵と戦う物もいれば、クスクスを追いかけだす個体もいた。
動かない『アゴゥ』に、『サヌゲントン』はオラオラの範囲を拡大し始めている。
合計20匹近くいるメス豚から、器用に5~6匹を引き連れたクスクスは、俺達から少し離れた場所へ陣取った。
「じゃあ、こっちは任せて」
「大丈夫ですか? レイカさん」
「私も救護院に勤めているのよ。回復は任せて」
「俺達は、このまま待機するぞ」
レイカはウールパーティーを連れて行くと、まずは落ち着いてクスクスの動きを見守っていた。
どうやらクスクスに惚れたメス豚はいないようで、回転しているメス豚が代わる代わるクスクスへ体当たりを試みている。
小人族のクスクスと回転しているメス豚が戦っている姿は、見た目的に心臓に良くない。
肩幅くらいのボウリングの玉が、ジャンプボールのように強襲しているのだ。
普通に考えれば、その勢いにのまれて押し倒されてしまうと思う。
「ねえ、何で回り込んで攻撃しないの?」
「そういえば、そうだな……」
「わ、私も知りたいです」
「えーっと、多分だけど……」
「ウォン!(ねえ、まだ?)」
アカネの立てた仮説は、レイカの作ったフェロモンが正常に効いていた場合だ。
動物の中には、『屈服させてから、惚れさせる』というという手段を取るものもいるらしい。
強さは獲物を捕る力に直結し、ひいては子孫の生存率に影響を与える。
また、強い個体をかけ合わせることにより、高みを目指す生存本能のようなものが働くようだ。
だから正面から挑み・破れ、『好き!』となるらしい。
大きなソファに沈み込み、白いガウンを着て肩を抱く黒豚……。
さすがハーレムを形成するだけあって、どんな物語よりラブコメしてやがる。
今のクスクスがその状態の可能性があり、ある意味切り取ったこのグループが恋人候補になるようだ。
「でも、次から次へと攻撃されたら……」
「盾も小さいし、技術だけじゃなぁ……。あっ!」
戦況が落ち着くのを待っていると、『サヌゲントン』が動き出した。
お互いの取り巻き達は目の前の敵に夢中で、『アゴゥ』は不動の構えだった。
そして『サヌゲントン』は、ターゲットをクスクスに定めたようだ。




