040 見えない呪縛
水曜日目標でしたが、少しだけ早く仕上がったのでアップします。
次回は土日のどちらかに更新予定です。
※週二本を予定しておりますが、予告なしに増減することがあります。
分院の中庭で、掌に納まっている『風の精霊』を見つめ、俺は何とも言えない感情を抱いていた。
それはまるで、心の中を見透かされているような? それとも、全てを悟って慰められているような?
『嬉しさ・悲しさ・畏怖・諦観』と、俺は『風の精霊』に向かってどんな表情をしているのか不安になる。
「君が、『風の精霊』……さん?」
「……」
コクリと頷いた『風の精霊』はふわりと宙に浮くと、指で銃を形作り俺のおでこを撃ちぬいた。
強力なデコピンを受けたような衝撃に、少しだけ車椅子が後退する。
衝撃の割には、ダメージはそれほどでもないと思った。
一瞬何が起きたか分からない俺は、茫然自失な状態だった。
「俊ちゃん」と呼ぶサーヤがこちらに来そうになり、それを『水の精霊』が引き留めていた。
コジカはオロオロしていたけど、『水の精霊』がサーヤに続いてコジカまで引っ張っていた。
さっきまで悪戯していた『風の精霊』は、どこか真面目な顔をしているように見える。
サーヤとコジカはダメ押しとばかり、突風に煽られ中庭から強制的に退出させられていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
広い中庭に、『風の精霊』と二人っきりになった。小さな精霊なのに、表情はとても豊だ。
いたずらっ子のようなヤンチャなイメージが、一瞬にして真面目な顔に変貌する。
それは厳しく指導してくれる沙也加の父のようでもあり、優しく見守る小学生時代の監督のようでもあった。
こんな時に、自分の父親の顔が浮かばないなんて……。色々なサポートは感謝してます、いや本当マジで!
そんな気持ちがない交ぜになりながら、俺は『風の精霊』をジッと見つめた。
「なあ、何がしたいんだ?」
「……」
まるで自分でやっておいて、『大丈夫か?』と聞かれているような感じだ。
何故か『風の精霊』の気持ちが、ダイレクトに脳に伝わってきているように思える。
「大丈夫も何も、お前がやったんだろ?」
「……(しけた面してちゃ、大切な人が心配するぞ)」
「言い方が説教じみてるなぁ。お前に、俺の何が分かるんだ!」
「……(ずっと見てたからな)」
まだゲームを始めてそれ程でもないのに、ずっと見ていると言われてしまった。
もしかすると、GMが監視目的で放ったものなのか? それとも言葉の綾なのか?
まるでアメリカンジョークの後にお手上げだと言うような、両手を広げて少し浮かす動作をしている。
とりあえず、魔法を覚えるきっかけになりそうなので、『風の精霊』の言葉を待った。
「……(ズバリ言う、君は無理してないか?)」
「無理……。ゲームを楽しむなら、多少の無理は……」
「……(そういう事を言ってるんじゃない。胸の内に吐き出せない、どす黒いものがあるだろう?)」
「お前、本当にAIか?」
精霊ならもっと『お花畑』とか『噴水』とか、楽しくなるイメージを連想させて欲しかった。
いきなり俺の内面に切り込んで、『YOU、内面にあるどす黒いもの、全部出しちゃいなよ』って、そんな簡単に言えるものではない。
そもそも『どす黒いもの』を抱えている前提って、失礼にも程があると思うんだけど……。
確かに『自由に動かない脚』や、その原因を作った『アイツ』には言いたい事はある。
でも、それはゲームに持ち込むべきではないし、今は考えないようにリハビリも頑張っている筈だ。
「……(精霊という存在だけど、そう聞かれたら答えはYESだね)」
「何か、反応がバグなんじゃないか?」
「……(そう報告してくれていいよ。ただ君の呪いは、『本当の意味』で解けてないんじゃないかってね」
「いや……。体は軽くなったし、問題ないと思うけど……」
「……(そう……。そう思うなら良いや)」
「何が言いたいんだよ」
「……(本当の意味で前を向けた時、それが君の勝利になることを願うよ)」
「これは?」
俺の手の中にいた『風の精霊』は、再び風の塊に戻っていく。
まるで「俺を制御してみろ」というような挑戦的な行為に、体の中から何か違ったものが抜けていく感じだ。
これが魔法なのか……。『勝利を願う』と言っておきながら、まるで『勝てるもんなら勝ってみろ』と挑発しているようだった。
球形を保っていた筈なのに、主導権をこちらに委ねだしてから形状を保てなくなってくる。
螺〇丸の修業なら、漫画の世界でやって欲しい。こんなに暴れん坊な風の塊、握り潰しても良いくらいだ。
魔法を覚える機会を一つ失うのは正直痛い。それでも理不尽に降りかかってくる災いには、撥ね除ける力を持っていたい。
あの時俺は焦っていた、そして苛立っていた。基本的に、ミスをどれだけ少なくするかが大切なのがバスケだ。
交互に点を取りあう中で、基本的に同レベルなら点差は拮抗する。攻め方・守り方はチームの特色がものを言うだろう。
『強みを生かす・弱みを消す』戦い方は監督・チーム・学校によって異なり、俺達は主に2つのパターンを使い分けていた。
点差が開いた時、敵の冷静さを乱す役割は、3Pシューターである俺に圧し掛かっていた。
「だけど、それとこれとは別だ!」
「……(恨んでないのかい?)」
「うるさい・ウルサイ・五月蠅い!」
「……(まだ未練があるのかい?)」
精霊の姿から風の塊になったのに、まだしつこく俺に問いかけてくる。
握り潰そうとすると、反発するように一回り大きくなる。
捻り潰そうとすると、反発するように一回り大きくなる。
魔力を使い果たしたコジカの事を思い出しながら、ここは負けてはいけない所だと決心した。
「俺は諦めない! この足で歩いてみせるし、プロになれなくてもバスケは続ける!」
「……(そう、それが君の答えなんだね)」
気合を入れていた為、いつの間にか目を瞑っていたようだ。
風の塊の質感が段々と変わっていく。それは少し前ではあって当たり前の物で、俺にとってなくてはならない物だった。
ゆっくりと目を……見開く。見慣れた茶色というかオレンジの塊は、俺の手の中に確かにあった。
車椅子に乗りながら、一回だけバウンドさせてみる。ダムッという音と共に、跳ね返ってくる懐かしい感触。
座ったまま3Pシュートを打つように、いつもの構えをとってみる。
放物線を描くと思っていた軌道は、残念なくらい弱々しいシュートとなった。
ポンポンポンと、バウンドが弱くなった先には『風の精霊』がいた。
「見る影もないな」
「……(今の君の本気を見たよ)」
「いつか、自由自在なシュートを見せてやるよ」
「……(心までは折れてないようだね。じゃあ、契約でもする?)」
コクリと頷いた瞬間、俺の顔面を目掛けてボールが飛んできた。
咄嗟に差し出した右手でワンハンドキャッチする。
あくまで悪戯好きで挑発してくる『風の精霊』だったけど、何故か悪意とは程遠い存在だと感じることが出来た。
今は無性にバスケットゴールが欲しい。あの日以来触っていなかったボールの感触が、懐かしさを呼び起こしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
《スキル【精霊との対話】を解放しました》
《スキル【精霊との対話】を習得しました》
《スキル【精霊魔法/風】を解放しました》
《スキル【精霊魔法/風】を習得しました》
『風発生』
『風弾』
『風の精霊』が消えると、サーヤが体を横に曲げて覗き込んで来た。
その下から同じように、コジカも体を曲げて覗いてくる。
更に下からは『水の精霊』が……。二人と『水の精霊』はゆっくりやって来て、俺の前に並んだ。
「あのね、フェザー」
「サーヤ、芝居してただろ?」
「どどど、どうして分かったの?」
「サーヤさん、驚きすぎです」
「それで……その、どうだった?」
「あぁ、無事覚えられたよ」
「本当に? この短時間で?」
「サーヤが画策したんだろ?」
まるで覚えられたこと自体が奇跡のような言い方に、俺は少しだけムッとしてしまった。
残り少ない魔力を練り、MPを捧げる。胸の前で『風弾』を作り出すと、サーヤに向かってパスをした。
ポスっとサーヤの腕に収まるボールは、ワンバウンドさせた瞬間消えてしまった。
「フェザーって、本当に凄いね」
「どうしてだ?」
「だって、スキルをセットしてないで使えたんだよ。使えるか使えないかで言えば、使えるんだけど……」
「じゃあ、おかしくないじゃないか」
「基本的にスキルで使えるのは情報系で、急に言葉が喋れなくなったりするとおかしいでしょ?」
「急に魔法が使えなくてもおかしくないか?」
「それは、一度でもセットしたことがある人が言う台詞ね。フェザーは違うでしょ?」
「そういえば、そうだよな。それで、『水の精霊』まで共犯者なのか……?」
俺の言葉に『水の精霊』は、首をプルプルと横に振っている。
あくまで主犯は『風の精霊』らしく、サーヤとコジカは『水の精霊』のお願いに従っただけのようだ。
もうすぐ日も暮れるので、夕食後はこの神殿の職員によるマッサージを予定している。
その話も助言者のネットワークからなので、特別な謝礼は必要ないようだ。
明後日の早朝には出掛ける予定なので、今日は早めに就寝し明日に備えなければならない。
槍の引き取りはオスカーが担当してくれるので、俺達四人とゼロはここから出ることは出来ない。
サーヤは明日も、「魔法の訓練をしよう」と提案してきた。俺はそれを了承し、代わりに別の提案を申し出た。
隣の梶塚家にはバスケットゴールがある。そして、夜間照明も完備されていた。
「少しだけ、シュート練習したいなって……」
「うんうん。私も付き合うよ、俊ちゃん」
「ハァ……フェザーだって言ってんだろ、沙也加」
「あの……、やっぱり私お邪魔じゃないですか?」
「……」
コクコクと頷く『水の精霊』と、オロオロしているコジカを見てプッと吹きだし、俺達は施設の食堂へと向かった。
久しぶりに持つ現実世界のボールは、俺にどんな夢を見させてくれるのか?
少しの不安と大きな期待を抱きつつ、3Pのフォームで空想のボールを夜空へと放った。




