038 これは幼女ですか?
次回更新は今週の土曜日か日曜日を予定しております。
ベッドに腰を掛けていると、サーヤの顔がやけに近い。
そして、アカネとコジカの笑顔も何故か痛い……。
『コホン』とグロッサリアが咳払いして、ようやくサーヤに意識のピントがあったようだ。
慌てて俺の両肩を押して離れるサーヤ。いきなりの攻撃に俺は体をよじって、再びベッドに倒れこむしかなかった。
「なんで?」
「し、知らない!」
本当に訳が分からない。
とりあえずお礼を言って帰ろうかと思っていると、ドアがノックされた。
グロッサリアが「どうぞ」と言うと、やって来たのはオスカーだった。
「オスカーさん!」
いきなりアカネが抱き着いたことで、俺達は次に出す言葉を失ってしまった。
コジカはメガネをクイッと上げているし、サーヤは不承不承ながら俺に手を差し出してきた。
一人でも起きられるけど、差し出された手を振り払うような失礼な真似はしない。
そしてオスカーの後ろから恐る恐る顔を出したのは、まだ幼い女の子だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
元の広い応接室へ行くと、オスカーはドア側に立っていた。
代わりに、グロッサリアの隣には女の子が座っている。
大人しくミルクティーを飲む女の子は、とても礼儀正しい雰囲気をかもしだしていた。
「オスカー!」
「グロッサリアさま、申し訳ございません。ですが、もうタイムリミットでしょう」
「……そうね。フェザーさん・皆さま、話を聞いて頂けますか?」
「私からも頼む!」
緊迫した空気に、今までどこに行っていたのか聞くことさえ出来ない。
あの時どうしてパーティーを抜けたのか? 何故この分院にいるのか?
思考の渦に落ちていると、サーヤが腕を押してくる。
「例の件ですよね?」
「あぁ。是非、フェザーくん達にお願いしたい」
「私からもお願いします」
「でも、俺達初級者ですよ」
「貴方達の誠実さは信頼できます」
「戦闘技術についても問題ないかな? ねぇ、グロッサリアさま」
「えぇ、安心して任せられます」
「オスカーさんに聞いたのですか?」
謎の笑みを浮かべるグロッサリアだったけど、妙な含みがあるように感じた。
グロッサリアとオスカーがどのように繋がっているかは分からないけど、報酬は一人10万Gも約束してくれた。
コジカには『魔術学校』の入学かお金か選べるようだ。どちらにせよ特待生扱いになり、修めたと思ったタイミングで卒業出来る。
オスカーが『スキルのランクが上がるよ』とぶっちゃけると、コジカも悩みだした。
ここまで来ると、依頼を受けないという選択肢がなくなったと思う。
オスカーが言うには、この近くにいるプレイヤーは少なく、NPCは基本的に弱いようだ。
そして『いかにもな冒険者』には頼みたくないらしい。それは、この伯爵領に関することだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
現伯爵領当主は、かなりの人格者らしい。
政略結婚で良いところのお嬢さんを貰ったのが24歳、三人年子で生まれた子供たちは長男・次男・長女になる。
現在40歳なので長男15歳・次男14歳・長女13歳で、領民に愛されながらスクスク成長しているようだ。
「ここからはヒミツですよ」
「一定期間、『禁則ワード登録』させて貰うことになるな」
そんな当主にも秘密があった。
それは18歳の時にやってきた他家の女の子8歳を、ずっと妹のように慕っていた。
この他家の女の子はいわゆる訳ありの子で、とある男爵家の妾腹の子らしい。
基本的に貴族家というのは、相手に弱みを見せないのが普通だ。
しかし敢えて自家の恥を晒し、相手の懐に入る貴族の裏技があった。
この幼女は庭の水やりから始まり、メイドのような仕事をするようになった。
先代当主からは何となく曖昧に説明をされたけど、純粋なメイドをするような者ではないと言われていた。
上手くいけば養女となり、デビューの後は政略結婚の駒になる。
そうならない場合は慰労金をたくさん積んで市井に放逐されるか、この家のメイドで継続して雇うことになる。
「なんか、嫌な予感がするね」
「昼ドラみたいです」
「アカネちゃん、お昼は学校でしょ?」
「そ、そういう話があったような無かったような?」
それはまるで光源氏計画のようだった。
現当主が結婚する中で成長していく幼女。それは少女を経て、段々と大人の女性に華開くように美しくなっていった。
この女性は若くして貴族家との縁談を持ちかけられても断り、貴族の世界には絶対に入りたくないと断言していた。
現当主は10歳も離れた妹同然の女性を案じた。そして相談する中で互いに秘めた想いに気付き、たった一度だけ過ちを犯した。
そして女性は、変化する己の身を考え暇を請うた。
伯爵家としては『新しい人生の門出を祝う用意』はしており、多くの慰労金を持たせて送り出した。
その後起こる悲劇も知らずに……。
滔々と歌うように続けるグロッサリアは、まるで悲劇の女性を演じているようだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
グロッサリアは席に座り直し、となりの女の子に話しかける。
「メルキナ、八歳」
「はい、よく出来ました」
グロッサリアによると、女性はその時に身籠り、市井で暮らすようになった。
伯爵家に勤めていた実績が評価され、保育所のような施設を利用して、最近までシングルマザーとして生活していたらしい。
初年度は多額の慰労金もあり、慎ましい生活をしていれば暮らしていくのに問題はなかった。
これからメルキナも手習いを始めるという所で、流行り病にあい呆気なく命を落としてしまったようだ。
通常なら孤児院へ行き、15歳までに何らかの道に就くのが、この伯爵領のルールとなる。
懇意にしていた近所の女性が、部屋の片付けを手伝うと……。
「これが出てきたのです」
「それって、ロケットペンダント?」
「えぇ……。丁度うちからも手伝いを出していて、怪しい装飾品を不審に思いました」
「それを調べてたのが私で、伯爵家まで辿り着いてしまったんだな」
家紋が入ったロケットペンダント……。
もちろん使用するには、その家の許可が必要になる。
問題になるので家紋入りの物はそもそも作られず、もし作ったとしたら限定品となるのが普通だった。
秘密裏にグロッサリアまで持ち込まれたのが奇跡に近く、隣人も訳が分からないままで済んだらしい。
オスカーが関わったのは、ある意味『予定調和』だと思う。
「それって、本当に流行り病なんでしょうか?」
「コジカさん。どうして、そう思うんだい?」
「実はこっそり占ってまして、『月』が出ました」
「それについては、我々も危惧している所だよ。だから、ここからが依頼なんだけど……」
いつの間に占ったのか? コジカは『月』のカードを出したまま少しだけオロオロしている。
そういえばコジカの占いでは、『十代・ピチピチ・我儘・幼女』・『女難の相』が出ていた筈。
幼女が何歳を差す言葉かは分からないけど、十代はハズレでピチピチは当たり前、大人しそうに見えるので我儘っぽくは見えない。
「なあ、サーヤ。『月』ってどういう意味だ?」
「えーっと……確か満ちるか欠けるか分からないことから、不安な状態とか隠れた何かとか……そういう意味だよね?」
「そうです! もしかすると、どこかに見えない刺客が……」
「はいはい、そこまで。見えない敵を想像すると、動けなくなるからね」
オスカーはグロッサリアの名代として、既に伯爵家当主にのみ事情を説明し、家族には画策をする者はいないと返事を受けている。
親族や家臣、先方の男爵家他の可能性は捨てきれないが、祖父母が暮らす『ラヴェール村』なら健やかに暮らせる筈と話が出た。
俺達への依頼はメルキナの護衛で、片道三日間の距離を護送する。馬車などの手配はオスカーがするらしい。
現時点でメルキナの存在を知っている者は少なく、早くこの街を離れたいらしい。
「フェザー、不思議でしょ?」
「あぁ、反応がないよな」
「ゲーム的な説明とか不都合な内容は、一部のNPCには通じないんだって」
「そうなの! 不思議でしょう?」
「一部、例外はいるがな」
「でも俺達には……。護衛任務だって、この脚だし……」
「その点についても情報は得ているよ!」
「あ~、バレちゃってます?」
サーヤの方に顔を向けると、サーヤは同じ方向に顔を背けた。
何か知らないうちに、よく分からない情報が洩れているような気がする。
多分、助言者仲間に、車椅子の件はバレているのかもしれない。
俺とサーヤが馬車と並走しながら外で警戒し、ゼロも走って追いかける予定のようだ。
御者はオスカーが担当し、その隣には1名分の空席がある。
馬車は人を運ぶ用のが借りられるけど、そこそこの食糧と荷物は持っていきたいらしい。
ちなみに四名まで座れるようだ。当日までに、護衛の人数が増える可能性もある。
『みんな、どうする?』
『私は受けても良いかな?』
『こんなに小さな女の子を、見捨てられません』
『危険の可能性もあるので、私も頑張ります!』
「どうかな?」
「俺達、パーティーとして受けます!」
「是非、お願いします」
移動は明後日の早朝で、それまではここに泊まって欲しいようだ。
門番と一緒に待っているゼロも泊まって良いようで、アカネはとても喜んでいた。
これでメインストーリーが始まってないんだから、このゲームの奥深さを感じる。
問題はコジカの占いが当たるのか? 道中に不確定要素はないか? それだけが心配だった。




