037 サーヤの気持ち③
フェザーが呪われていると分かってから、正直私は焦っていたと思う。
最近、随分と大人しくなっちゃった隣人に苛立ちを感じながら、それ以上に降りかかる災いを心配していた。
それなのに俊ちゃ――フェザーは淡々とゲームにのめり込み、どんどん前を歩いていく。そんな前向きなフェザーに転機が訪れた。
それは解呪する為の紹介状を書いて貰えるようで、私達は新しい街を目指すことにした。
初級者がスタートするこの村では、何もかもが優しく出来ていた。
その分金策なんかが難しかったけど、二人で協力しながら短期間で準備し、出発の手はずを整えることが出来た。
先生から同行者というポジションを貰い、正式に私の立場が確立出来たんだと思う。
バグを一つ見つけ、フェザーと一緒にタンデム走行を楽しんだのは嬉しい誤算だった。
「ねえ、ちゃんと聞いてる?」
「……」
掌の上にいる水の精霊さんは、コクコクと頷いていた。
この世界の精霊はどこにでも存在することが出来るし、認識しようとしなければいないも同然だった。
エルフは精霊との親和性が高い。一定の魔力を捧げると同じ効果を得られる古代語魔法とは違い、精霊魔法は扱いが難しかった。
この世界では精霊同士の対立関係や優劣など無くはないらしいけど、今の所特に大きな問題は起きていなかった。
「そういえば、あの時は怖かったなぁ」
「……?」
「私が、うっかり猪に見つかっちゃって。フェザーが車椅子で割り込んでくれたの」
「……!」
「危険な事しちゃダメだって? うーん、この世界はこの世界で楽しみたいんだよね」
「……」
「うんうん。でも、水の精霊さんも気付いてたでしょ? 私達を追って、風の精霊さんが遊んでいた所」
『ラヴェール村』から水の街『ウェールデン』を目指す最中、私達は車椅子で爆走していた。
時速40kmで走ったとして、走行中はフロントガラスも無ければ振動もなかった。
全てはフェザーのスキルの恩恵だけだと思っていたけど違ったみたい。
スピードによる風は? 声は? 寒さは? この辺は、後を追ってくる風の精霊さんに関係あると思っていた。
フェザーには、『後ろから何かが追ってきている』と話してある。
嘘は言ってないし、『何が』とも言ってはいない。時々撮影をしていて、その情報は書庫に保存してある。
もしかすると狼獣人は私達エルフと同じく、特定の精霊に好かれやすい性質なのかもしれないと思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
新しい街での出来事……、『水鳥の憩い亭』の話は良いよね?
だって結局ツインだったし、二人きりで泊まった事実はない訳だし。
確かに朝起きて「おはよう」は言ったよ! だけど、それだけの関係だった……。
後で伴ちゃんに相談しても良いかな?
この街では二人の人物にあった。
一人は青髪のパンクなアカネちゃんで、一人は助言者のオスカーさん。
アカネちゃんは悪漢に絡まれて可哀想だったけど、それを止めたのがオスカーさんだった。
助言者にも色々あって、見守るだけのプレイスタイルに驚いたよ。
結局アカネちゃんは自力で跳ねのけたけど、その後のテンションとゼロの登場で仲良くなったんだ。
そういえば、プレイヤーだけが感知出来るハラスメント警告音……。
あの音がハラスメント警告音だったなんて……。鈍感なフェザーは昔の事なんて、すっかり忘れている様子だった。
私は顔が真っ赤になっていたと思うし、また正統派エルフらしくないって言わかと思うとヒヤヒヤものだった。
「問題はアカネちゃんが、フェザーを撫で慣れてるんだよね」
「……?」
「ゼロと一緒だって? 確かにウーちゃんベースだからね」
それからアカネちゃんの金欠をなんとかしようと、ダンジョンに行くことにした。
出てきた敵はサンドゴーレムで、アカネちゃんの戦闘技術は素晴らしかったしゼロとのコンビネーションも良かった。
そこではいつもと違う戦利品が出たみたいで、冒険者ギルドを少し騒がせちゃった。
でもこれはバグとかじゃなく、どちらかというとアカネちゃんの動きの方がバグだったかな?
それからオスカーさんが合流して、またダンジョンに潜ることになった。
その間に神殿の分院に紹介状を渡して、解呪の為の繋ぎも取っていたよ。
グロッサリアさまは優しそうな女性だったけど、ちょっとお茶目なところがある芯の通った人ってイメージだった。
シスターマリアの先生に当たる方で、この分院を束ねる方みたい。
「……」
「うんうん、それで今度はコジカちゃんね」
大きな収穫を得た帰り道、その夜はフェザーのマッサージをするだけの予定だった。
まさか街灯があるとはいえ、こんな夜道に辻占いをするプレイヤーがいるとは思わなかった。
いくらタダだと言っても、初めてあった余所のプレイヤーには、どうしても警戒心を抱いてしまう。
フェザーは優しいから、その優しさにつけこむ相手は……私が占い好きって覚えていてくれたことに思わず沈黙してしまう。
たまに見るインチキ占いでは、人の不安を煽ることがよくあると思う。
『悩みがありますね?』――悩みがない人っている?
『家族が病気に罹ってますね?』――年齢を見て、親世代だったら病気の一つや二つくらいあってもおかしくない。
だから、この占い師が言う『女難の相』に腹が立った! バンビーノさん――伴ちゃんだったら、そんなことは絶対言わないから!
「……」
「結局、伴ちゃんでした……」
こうなると信頼度の分だけ、占いの結果が現実味を帯びてくる。
よりにもよって『女難の相』とか……、しかも幼女って何?
幼馴染だから分かるけど、俊ちゃんに幼女趣味はないよ! きっと……、多分……ないよね?。
以前から色々と、伴ちゃんには相談に乗って貰っていた。
そして今回のカードは珍しく、『運命の輪』だった。
コジカちゃんもアカネちゃんと同じく、ゲームを始めたばかりで上手くいってなかったみたい。
オスカーさんは見守ってばかりだし、それもアカネちゃんの方を担当していると思う。
そんなコジカちゃんからの申し出は、当たり前の要望と同時に勇気を垣間見た気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アカネちゃん・オスカーさん・コジカちゃんが仲間になったら、後はフェザーの呪いを解くだけだった。
その為の準備はしたし、きちんと作戦は練りに練った。
それなのにフェザーはまた、単独行動をしたいと言い出した。
確かに足場の関係とか移動の関係とか、フェザーが担当した方が良いことが多いと思うけど……。
「……」
「オスカーさんに後押しされたから、今回は止められなかったよ」
今回の戦いは、正直難易度が高いと思っていた。
それでもオスカーさんが協力してくれると思ったから、勝算はそこそこあると考えていたのに……。
ゴーレムの事が頭からすっかり抜け落ちていたのは、私の考えが足りなかったと思う。
それでもオスカーさんが抜けた穴は大きかった。
対ロック鳥戦で、アカネちゃんの活躍は目を見張るものがあった。
ある意味、最初の受け流しから最後の止めまで、アカネちゃんの独擅場だったと思う。
心配していたコジカちゃんも役割を務めあげ、フェザーから称賛の言葉を貰っていた。
私へはいつも塩対応なのに、二人には随分優しいんじゃないかな? やっぱり幼女も……。
「……?」
「幼女っていうのはね、このくらい身長で幼い女の子のことだよ」
水の精霊さんは首を傾げていた。
人の区別が難しいのかもしれない。
オスカーさんが戦闘から離脱した後、どういう訳か消息を絶ってしまった。
軽いイメージだったけど責任感はあるので、消えたままって事はないと思う。
先生に会えれば確認は出来ると思うし、きっとひょっこり戻ってくるに違いない。
戦利品である『ロック鳥の羽根』も大量に手に入った。
早速私達は約束を取り付け、フェザーの解呪に立ち会うことにした。
戦利品の分配とかで一悶着あったけど、これに関してはフェザーに折れてもらった。
お金で揉めるのは良くあることらしいけど、誰が多く受け取るかの押し付け合いは珍しいと思う。
武器を買ったらかなりお金が無くなっちゃうのに、そういう所は誠実すぎると思う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お茶目なグロッサリアさまは、フェザーの緊張を解く為に色々と話しかけていた。
徐々に緊張が解けてきた頃、私とコジカちゃんは急に手伝いが必要と言われてしまった。
その言葉を聞いた瞬間、これから行われる解呪の知識が降りてくる。
慌てているコジカちゃんに『大丈夫』と伝え、私はフェザーの解呪の手助けを是非したいという気持ちになった。
フェザーの胸元に置かれた、真っ黒で大きな羽根。
コジカちゃんがその羽根の上に光の魔法を置くと、羽根が苦しそうな動きを始めていた。
薄っすらと目を開けているフェザーは、詳しい状況が分かっていないに違いない。
光によって炙り出された綱状の呪いが、仲間と思っている羽根に巻き付いて助けを求めているようだった。
「……」
「うんうん、風の精霊さんも見てたよね?」
心配そうに見ている風の精霊さんをジッと見て、私は少し赤みかかった乳白色の羽根を準備する。
グロッサリアさまの指示で、この羽根を光の上に載せるだけのはずが、風の精霊さんが私の耳元までやってきた。
私だけに聞こえる声で、『助けてあげて』とお願いしてくる。そして『協力するから』という言葉をグロッサリアさまに伝えた。
全ての呪いが黒い羽根に移り、グロッサリアさまがOKの合図を出す。
ひらひらと舞い降りる白い羽と、ふわりと浮き上がる黒い羽は、お互い風にもてあそばれるように浮上していく。
「アカネちゃん、お願い!」
「はい、サーヤさん」
アカネが窓を開けた瞬間、風の精霊さんが二枚の羽根に向けて大きな風を叩きつけた。
薄目を開けていたフェザーの目がゆっくりと開かれる。
そこに向けて、インプリンティングをするように顔を近付ける。
「おかえり、フェザー」
「何だよ、サーヤ。ずっと、ここにいたじゃないか」
「フェザーさん」
「フェザー先輩!」
「あーもー! ただいま、サーヤ!」
まるで『これで良いんだろ?』と言いたそうな顔に、私はもう一度「おかえり」と静かに微笑むのだった。




