023 アカネ【閑話】上
私の名前は近藤茜16歳。
母が経営している自宅兼ペットサロンで、絶賛『自宅警備員』中なんだけど一つだけ問題があった。
それは学校に払っているお金が高額なので、『行かないなら働いて返しなさい』と言われている事。
学校は嫌いじゃない……。だけど、なんだかここが、私の居場所じゃない感が強くなっていた。
時々学校に行くと、クラスメイトはレアキャラみたく歓迎してくれるし、先生は『今日は珍しく全員出席』と普通に接してくれている。
だから私も出席日数を計算して行くようになり、暇な時間は母親に積極的に駆り出されていた。
そんな日常からの逃走も、平日の微妙な時間に行ける場所は少なく、図書館は静かすぎて好きじゃなかった。
そこで『こんな私に出来る仕事なんてあるの?』と、ふと職業紹介場へ行くことにした。
「知力・体力・時の運……か」
求人情報だけなら、家でも見ることが出来る。
それでも現場だけにある熱気は、私みたいに遊びに来ている人とは違う何かがあった。
順調に学校を卒業出来るなら、まだまだ猶予期間はある筈。
だけどやりたい事も分からず、無為に時間を浪費するのは我慢が出来なかった。
仕事を探しても、出てくるのは微妙な条件ばかり。
部活に興味を持てなかった私が、これから長い期間働かなければいけないなんて拷問でしかない。
ほどよく涼んだ後、建物を出る。自転車を押し敷地内を出ると、何処からか視線を感じていた。
キョロキョロ見回してみる。すると怪しいおっさんがM〇Bのようなスーツ姿で、アタッシュケースを持ちながらこちらを見つめていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゲームは好きだし、SNSは勿論やる。
そして開発に関わるアルバイトと聞いて、職業紹介場にないジャンルに興味津々だったのは認めよう。
ただ建物の中には、『不審者情報あり、騙されないように!』という張り紙があった。
問題は思いの外良いお給料だったこと。そして、ゲームの中での過ごし方には干渉されないというのに惹かれた。
未成年の為、家族の同意書が必要になる。
母親はアルバイトには理解があるし、父親は自由業と言っても過言ではない。
ゲームをする環境は会社持ちで、プレイ時間によって給料が振り込まれるシステムだった。
ベータ期間が終わっても機材の返却はいらないようで、実績によって今後の就職も約束されていた。
「……という訳。どうかな?」
「アルバイトは良いよ。で、学校はどうするの?」
「うん、そっちは頑張って行く。少し気まずいから、最初はゆっくりとだけど」
「自分の人生なんだから、目的を持つのは良いことよ。茜が興味を持ったなら、最後まで頑張りなさい」
こうして少し怪しいアルバイト、GFC(Grand Finale Corporation)という会社のゲーム『Spinning a Dream Online』、通称を始めることにした。
汎用性のあるゲームは、『何をするか』が難しい。
このゲームはスキル制らしいので、私は前衛で映える構成でまとめてみる。
問題はアバターで、身バレは出来るだけしたくなかった。では、どうしたら良いか?
種族は人間で良いので自分を映し出すセミオートにして、そこからカラコン・ヘアブラシで全体的に青系統の瞳・髪色にする。
「うっわー、違和感ありまくり」
日本人なので日本人顔は当たり前だけど、アバターの鼻をつまんでビヨーンと伸ばす。
程良い地点で数秒キープ。勢いよく離すと戻ってしまうので、爆発物を扱うようなイメージでそっと離した。
薄い唇を少しだけポッテリにして、淡くオレンジ色が入ったルージュを引く。
段々モデルっぽいイメージに偏りそうになったので、原型が残る程度まで元に戻す事にした。
一言で言えば、パンク系ジェンダーレス。別に性的好みについてはノーマルだと思う。
軽いウェーブがかかった髪の長さは女性にしては短く、男性にしては少しだけ長いくらいにした。
別にゲームの中で恋をする訳ではないので、アバターをこれに決め、突然現れた扉を潜ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
こういうゲームは欧風で『剣と魔法のファンタジー』が一般的だけど、大きな噴水を目の前にグラフィックの素晴らしさに感動する。
最近は情景ばかり追求する、操作を受け付けないゲームが増えてきた。
そんな物なら『映画を見れば良いじゃん』と思うし、今の時代CGが凄くても驚く程の物はないと思っていた。
「うっわー、きれい」
噴水の周りには石畳が敷いてあり、『意外と文明レベルが高いのかな?』と感心する。
よく言われている『難しいのは水の描写』で、急激に噴出される水を見ながら感動を抱かずにはいられなかった。
噴水には石碑があって、『水の街:ウェールデンへようこそ』と書かれていた。
所持金1万Gでスキルポイントは10P。使い方の説明は、石像から大体聞いている。
こういうゲームのセオリーとしては、冒険者ギルドの登録から始まる。
屋外の場合は『何かに追われている馬車を救う』から始まることもあるけれど、プレイヤーの数だけ馬車が襲われてたら事件かな。
噴水の周りにある屋台で肉串を200Gで買い、冒険者ギルドの場所を聞いてみると近くにあることが分かった。
街の中でゆっくり過ごすのも良いけれど、最低限の仕事をするのは吝かではなかった。
「じゃあ、頑張りますか!」
冒険者ギルドでさくっと登録して、話も聞かずに初級者用の狩場に向かう。
ただこのゲームはスキル制なのに、最初からポイントで覚えられないのは問題だと思う。
せめてどんな戦い方をするか、どんな敵が出るのか、どんな報酬が貰えるのか確認するべきだったかな?
佐久間さんは『どんな意見でも聞いてくれる』ようなので、メモを取ることは忘れない。
城壁の出口を潜り、頑張って逃げられそうな距離で周囲を見回す。
家業がペットサロンなだけあって、比較的動物には好かれやすい質だった。
こういう世界のモンスター……よくあるのが最初はゴブリンらしいけど、人型は嫌だけどカワイイのも困るなと少し思ってしまった。
ただ命のやり取りをするゲームだ。そこは割り切って、辺りを慎重に見まわしてみた。
《スキル【観察】を解放しました》
「へぇぇ、こうやって集めていくんだ」
武器も防具もない。
そこそこの服は着ているけれど、最初に出会うモンスターくらい、素手でも負けるような難易度じゃないと思っている。
街から少し離れただけで、風が気持ち良い。濃い森の匂いというか、田舎に来た独特の空気感は正に異世界だと思う。
店のお客さんから『良いドッグランがあったら紹介して』とよく聞くので、もし犬ちゃんも来られるなら……。
「グルルルルルゥ」
「そうそう。犬ちゃん……って、オオカミ?」
シベリアンハスキーを思わせる青い目に親近感を覚えつつ、警戒の声に少しだけ悲しくなる。
お腹が空いているのかな? それとも私が怖いのかな?
この辺に縄張りを示すようなマーキングできる樹や、電信柱は見当たらない。
異世界に電信柱があったら問題だけど、そう言えば広い場所だと、どうやって縄張りを示すか分からなかった。
「大丈夫ですよー。私は怖くないですよぉ」
《スキル【観察】を習得しました》
《スキル【感情感知/犬系】を解放しました》
止まらない警戒の声に、膝をつき目線を合わせる。
家族を大事にするのが犬の個性だ。
そして権威を大事にし、格付けをして役割を把握する。
もしこれが食料を得る行為なら、悲しい結末を迎えるだろう。
「私は美味しくないから。今日は帰ってくれないかな? それとも一緒に遊ぶ?」
「ガウッ……」
まるで私の言葉を理解してくれたように、オオカミはスローモーションで駆けてくる……ように見えた。
私の胸元目掛けて、微笑んでやって来る。
カワイイ奴め、そう思いながらその想いを受け止めようと――オオカミは、私の首元を一噛みしてきた。
一瞬の暗転の後、目の前には噴水があった!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あー、死んだわ」
さすがに素手で、オオカミを相手するのは難しかったみたい。
だけど、あの仔は可愛かったなぁ……。
私の死体が残らないんじゃ、家族へのゴハンにはならなかったか……。少しだけ可哀想に思う。
狩りをするなら狩られる覚悟がいるはずだし、折角勝っても戦利品がないんじゃね。
覚悟が足りなかったと反省しつつ、冒険者ギルドへ向かう。
操作盤でスキルカードに【観察】を登録し、ポイントを使って【感情感知/犬系】を覚えた。
二個しかないスキルでもないよりはマシかな?
ギルドの受付嬢が心配そうに見てきたので、オオカミについて質問をしてみる。
「一匹狼とは珍しいですね。この地区では『サイレントファング』と呼ばれ、隠れて襲ってくるのが一般的です」
「ハグレですか?」
「多分そうかと……、街の外なので衛兵は動きません。かと言って、近すぎず遠すぎずと微妙な距離ですね」
「討伐対象なんでしょうか?」
街の外でも脅威になるのは二足歩行の魔物で、それが集まると討伐隊が組まれることになる。
どこにいるか分からないオオカミは、野良猫くらいの位置付けで『襲われたら残念だったね』程度のようだ。
『サイレントファング』は『森の狩人』とも呼ばれるらしく、主に脚を狙うか首を狙ってくる。
少しダルさは残るけど、あのオオカミを追うには今しかないと思っていた。
外から戻っていないのに、内側から同じ衛兵に挨拶をして出ていく。
入る時の審査は厳しいけど、出て行く人にはそれ程ではないようだ。
さっき出会えた場所に行くと、ノソリとオオカミが現れた。
多分、さっきと同じオオカミだと思う。さあ……、あれ? どうしよう?




