015 ファンタジーのお肉
三人で草原エリアに到着した。
草原と言っても生えている植物は一種類でなく、緑・黄緑・白く小さな花が咲く場所に分かれている。
吹き抜ける風にサラサラと大きく揺れるのが緑色の草で、多分道になっているのが黄緑色の植物の所だろう。
グラデーションになっているようで、所々混ざっている様はまさに草原で、行ったことがないのにモンゴルを思い浮かべていた。
「うわぁ、気持ち良い風」
「ここに肉食獣がいたら、俺達ひとたまりもないだろうな」
「点在している岩を遮蔽には出来るけど、豚は逃げ足に定評があるからね」
「先生、あれがそうですか?」
ここでの標的は豚で、安全性を考慮するなら群れから逸れた桃色のメス豚か子豚が狙い目だ。
四本足での体高は1mいかないくらい。かなり離れた俺達から脚は見えず、呑気に草を食んでいるようだ。
そこは小規模ながらも水場があり、水を飲んでいる豚もいれば水浴びを楽しんでいる豚もいた。
オスである黒豚は、距離があるのに睨みを利かしている。ハーレムを形成していて、仲間を守る自信があるのだろう。
俺達の中のルールとして、助け合いながらも自分で出来ることは自分でやると決めていた。
車椅子で押されながら移動するなんて、ただの観光でしかない。
少なくとも移動に関して言えば、サーヤより早く動ける自信があった。
「ちなみに黒豚のオスは、雑魚を狩りすぎると出る特殊個体だよ」
「強いんですか?」
「どう強くなるかは分からないけど、確実に強いよ! 特にハーレムの頂点に立つからね」
「たくさんの女の子を囲うなんてサイテー」
「動物なら、強い子孫を残すのに必要だろ?」
「あー。俊ちゃん、そういう願望があるんだ」
「そんな訳ないだろ」
「怪しいぃー」
段々とサーヤの発言が現実寄りになっている。
ジト目で返すと咳払いをするあたり、狙って『俊ちゃん』と呼んでいるのかもしれない。
俺達は豚と緊張感がギリギリ発生しない距離で談笑しており、段々とあちら側の警戒が薄くなっていく。
水浴びをしている豚はまるでカバのようで、浮いているのか泳いでいるのかは分からないけど、水深はそんなにないようだ。
「じゃあ、さっきの作戦通り。フェザーくんが追い立てて、こちらに誘導する」
「私と先生が退路を塞ぎ、俊ちゃんが……」
「サーヤ!」
「フェザーが槍で止めを刺す」
俺がセットした【アクロ走行:壱】は【騎乗】【突進】【悪路走行】【空中機動】【曲乗り】が一つになった最上級バージョンであり、この車椅子の性能と相俟って様々な動きに対応してくれている。
基本的に宙に浮いているので地面の障害は無効だし、直線的な加速はかなりのものだった。
そして、スキルの使い方は何となく分かっている。俺はタイヤの外側にある取っ手を握り、ゆっくり後ろ側にスライドさせた。
「変わった動きをしているね」
「俊ちゃん、前進は逆回転だよ」
「良いから良いから」
動かそうと思わなければ動かない。それは手動でも自動でも変わらない。
逆向きのスライドを終わらせると、ゆっくり車椅子を前進させていく。
トコトコと歩くようなスピードでは、豚達の関心を引くことは出来ないようだ。
それでもオスの黒豚は顔を上げ何かを合図したのか、周囲は少しずつノソノソとアクションを始めていた。
「う~ん。フェザー、上手くやれるかな?」
「まあ、失敗しても良いじゃない」
走り出した俺は、徐々にスピードを早足程度に上げていく。
問題は集団で子供達を守った場合だ。
オス豚を中心に約20匹の集団を形成している団体から、一斉攻撃を受けることになる。
そうなったらサーヤ達を巻き込まず、キレイに散ろうと思っていた。
「ブッフゥゥゥゥゥゥゥ」
「警戒の声かな?」
仕掛けるならこの距離だ。
まだ反応が分かれている今なら、混乱によって散り散りになる可能性もあるだろう。
出発前に後ろに回していた力を、今こそ解放する。
体感では分かっていても、あの動作の意味がどうしても理解出来なかったけど、全ての原理を知る必要はないと思っている。
右手に持った槍の手首の辺り、左手も足首も一瞬のうちにベルトが巻かれ、最後に腰が固定される。
暴れ馬のようにウィリーしたかと思うと、キュルルルルと音を立て着地と共に急加速を開始した。
「うっわぁ、懐かしい。チョロ〇だ」
「先生、それって何ですか?」
「ミニ〇駆の前に流行ったおもちゃだよ」
「へぇぇぇ」
宙に浮いているはずなのに、砂煙を上げている。
多分これで地面が傷ついていないとなると、専用の映像効果なのかもしれない。
体感としてはギュンと音がしたかと思うと、その音を置き去りにして黒豚を目指して急加速している。
爽やかな風だったのに、今は息苦しささえ感じている。
黒豚は『ピギィィィィィィ』と、大きく嘶いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
小警戒から大警戒に変わったのか、黒豚の嘶きにより桃色のメス豚の動きが慌ただしくなった。
そして肝心の黒豚は怒気を孕んで睨みつけてきて、体高が1mくらいしかないのに、1.5m位の球形に変形した。
ターゲットは勿論俺だ。黒豚は『逃げる』という選択肢を取らなかったようだ。
槍を手すりの高さで構え突撃を掛ける。相手は俺を引き潰すつもりのようだ。
車椅子に乗っていては、正しくダメージが伝わりにくい。
だけど、それを補える程のスピードがあるはずだ。
この感じは正にビリヤードだ。高速で動く8番ボールのど真ん中を槍で突く!
「くっ……」
「ピギィィィィィィ」
槍と拮抗した黒豚は、回転の勢いを利用して槍を下に巻き込み、跳ねるように大きく俺の後方に飛んで行った。
俺は勢いに巻き込まれるようにスピンし、黒豚は着地した後まるでマッセのように、大きく曲線を描いていた。
初めての邂逅は互角。黒豚は一瞬姿を元に戻し、『プリィィィィィ』と叫んでいた。
それが終わると横回転を始め、再び球形に戻っていく。そして、先生の大きな声が届いた。
「フェザーくん、GO!」
「はい!」
黒豚には目もくれず、当初の予定を思い出す。
大分近付いた水場を見るとメス豚と子豚達は、まるで夜逃げでもしそうな程慌てふためいていた。
一瞬だけ振り向くと、黒豚はその場から動かずに回転を続けている。
目が回らないのかなと思ったけど、豚の名前を冠しているだけあって、多分大丈夫なのだろう。
「これじゃあ、まるで盗賊だよなっと」
極僅かに残ったメス豚と子豚を目掛けて、車椅子の速度を上げる。
こんな時でも呑気に水場から上がり、ブルブルブルッとしている子豚もいた。
何匹も狩れる訳ではない。そして大部分の豚の集団は、回転しながら黒豚の方に集まっていた。
ターゲットをロックオンしたら、後は接敵距離に入るだけだ。
「プギィィィィィィ」
キョロキョロしている子豚の足元に槍を突き立てる。怯える子豚、ニヤリと笑う俺。
遠くでは音を立てて走り去る集団に、目の前の子豚は絶望の色を濃くしたように見えた。
逃げようとする子豚、回り込む俺。シチュエーション的に悪役っぽいので、早く二人には合流してほしかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戦闘は、あっさりするほど簡単に片付いた。
基本的に戦闘への参加は極力しない方針の先生は、子豚の退路を塞ぐように盾を構えて陣取っていた。
サーヤは杖を構えて一方向を塞ぎ、残りの範囲を俺がカバーする。メインで戦うのは、もちろん俺だ。
一度だけ俺の槍を避けた瞬間バウンドした子豚は、俺の胸元目掛けて跳んできて肩を掠めて逃げようとした。
その瞬間サーヤが水魔法を放ち、ブルブルブルッとしている間にグサリで終わった。
《スキル【槍技】のレベルが上がりました》
豚っ子一匹いなくなったで水場で、俺達は収納に入った戦利品を確認する。
子豚だけど、『ローリングロックのヒレ肉』×1・『ローリングロックのロース肉』×2・『ローリングロックのもも肉』×2とブロック状の肉が竹の皮みたいなものに包まれて、紐で結ばれている状態でゲットした。
「サーヤ、良いよな?」
「もちろん! 先生、これも持って行ってください」
「うーん、これは受け取れないよ。これは売って、二人の今後の為に使おうよ」
「でも……」
「良いから良いから。呪いも治さないといけないしね」
「そうだった! ねえフェザー、大丈夫?」
サーヤは設定を思い出したのか、急に俺のことを心配しだした。
別に痛くも痒くもないので、その心配は無用だと思う。
どちらかと言うと、村で起きているかもしれない異変の方が心配だった。
その為には聞き込みなどをして、シティーアドベンチャーも体験しないといけないと思う。
初めての戦闘は、良い感じで終わることになった。
狩りが上手い印象がある猫系肉食獣も、毎回毎回上手く狩れている訳ではない。
それを考えれば、俺達の初めての戦いは大成功だったと言える。
この後ウサギの肉以外の物を、冒険者ギルドへ売却しようと思う。
その後は恒例のリハビリが待っていた。




