100 光陰の星々
「ウノさん、いなくなっちゃったの?」
「クスクスくん、ウノさんはきっと大丈夫よ」
「サーヤの場合も、パーティー会話が届かなかった時があるからなぁ」
「多分、意識を失ってるか寝ているか。ログアウトしてたら、もちろん……」
俺たちはパーティーの状態を見ようとしたら――通常白い文字で表示される名前の部分に変化があった。
ログアウトしてたら、そもそも名前が出てこないのに……。
「ぐ、グレーですね」
「あっ……、もしかして修正された?」
「バグはまとめて直すんじゃないのか?」
「緊急性の高いバグは、優先的に最速で直すんだよ」
サーヤが誘拐されたことにより、システムの裏をついた攻略が出来ることに気が付いてしまった。
それはGMにとって本望じゃないらしい。
そんな事を考えていたら、何気ない仕草でクスクスが絵巻物みたいな像に触れていた。
「ちょっと、クスクスくん!」
「ウノさん、どこー?」
「あれ? 何ともないんですか?」
「もしかしてウノさん、変なスイッチとか押したんじゃ?」
名前がグレーになっているということは、少なくともログアウトはしていないだろう。
そして位置情報を見ようにも、その辺も修正されていて非表示だった。
この分だと、パーティー会話の機能自体届かない可能性がある。
「なあ、サーヤ」
「なーに? ××、フェザー」
「プッ……」
「……サーヤさん。気付いてますか?」
二度目の違和感だけど、クスクスが吹きだした事でさすがに分かった。
俺はため息をもらしたが、サーヤは自然体すぎる為、今回は俺の口から言わない事にした。
クスクスとコジカはペタペタと横長の像を調べている。
「あの、掲示板でも書かれてたみたいですが……」
「何のこと?」
「ある意味、個人情報の話です」
「うん、個人情報は守らないとダメだよね」
サーヤのことはアカネに任せて、俺も像の方に行ってみる。
「何か見つかったか?」
「ううん。ウノさん、どうやってきえたのかな?」
「クスクスくん、多分魔法です」
「そういう魔法があるのか?」
俺たちも魔法を使えるけど、罠として発動する魔法については知らなかった。
コジカはこの世界の学校に通い勉強している。
設置型の魔法については一回だけの物と、条件さえ整えば何回でも使えるものがあるらしい。
「大体屋外の寺社仏閣で、一回だけ使える罠とか張るのか?」
「それだったら、誰かが引っ掛かりそうですよね」
「ウノさーん、オニはこうたいだよー」
「ちょっと、俺も調べてみるよ」
車椅子にブレーキをかけステップをどかし、ゆっくりと立ち上がろうとする。
数歩歩くくらいなら何とかなるし、車椅子に頼ってばかりでは何時まで経っても歩けはしない。
幸いサーヤはこちらに背を向けているから、やるなら今だろう。
立ち上がった瞬間、斧槍を杖代わりにして、数歩先の横長の像まで歩き出す。
コジカとクスクスは場所を開けてくれる為に数歩下がり、像ではなく俺を見守っている。
あれだけくまなく探したんだから、調べる人が交代した所で……。
「ウノさんの所まで連れてってくれ」
「えっ?」
俺は像に触り、願い事を言う。
ウノが神様への祈りは口に出した方が良いと、それも目的達成の為の決意表明なら尚良いと言っていた。
ちょっとした浮遊感と共に、俺の意識は一瞬にして刈られた。
ただ、これがウノへの道に繋がると信じて、身を委ねることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
四方をグレーの石材で囲まれた部屋の中。
何故か中央に祭壇のような物があり、緑色の縄のようなものが巻き付いていた。
その祭壇の上に座っている謎の男性が一人、静かにこちらを見ている。
ただ、俺が会いに来たのはウノだ。
この男がヒントになる事は分かっているが、もし人質になっているなら位置くらいは分かっていた方が良い。
少し目を凝らすと祭壇の奥の方に脚が見えたので、立ち上がって行動に移すことにする。
「……立ち上がれた」
「どうしたんだい? 羽鳥俊介くん」
「ハァ……、貴方はプレイヤーですか? それとも……」
「もちろん、NPCさ」
村人風の優男、ただつくべき筋肉はきちんとついている。
脚を組み両手を組んで、その上に顎を乗せている。
明らかな優位に酔っているのが分かる姿勢だった。
「さあ、何から口に出すのかな?」
「確かに、聞きたい事はたくさんあります」
俺は警戒心を隠すこともせず斧槍を拾う。
石突の部分を床にコンコンと打ち付けて、体を左右にひねりストレッチする。
「随分と余裕だね」
「貴方に言われたくないです」
何故だか分からないけど、この空間は何かが特別なようだ。
裏を返せば相手の思う通りに効果が出る、相手が有利なフィールドでもある。
サッカーやバトミントンとは違い、屋内スポーツではコートの影響は受けにくい。
ただ照明の当たり具合とか雰囲気とか、何かを選ぶ以上有利不利は出てくるものだ。
「ウノさんを返してもらおうか」
「それが君の望みかい?」
「他に何がある!」
「私はみんなに『夢と希望』を与える悪魔さ。現に、君の脚は思う通りに動くだろう?」
「フッ……。最初から悪魔だと言って、願いを言う奴なんているか」
「それは残念だね」
優男が指をパチッと鳴らすと、俺の膝は途端に震え始める。
杖代わりにしていた斧槍のおかげで、かろうじて虚勢を張ることができた。
「うんうん。ワンサイドゲームじゃつまらないよね」
男は祭壇を降りると、また指をパチッと鳴らす。
すると俺の脚に力が戻り、いくつか見えたものがあった。
一つは男の背に隠されていた祭壇には、柄が埋まっていた事。
一つは男がどいた事により、ウノらしき姿が更に確認できた事。
「お前を倒せば、ウノさんを連れて帰れるってことか?」
「こう見えても、私はしがない鍛冶師だよ。そうだなぁ……。よし、君たちが私に打ち勝ったなら、検討してあげるよ」
「微妙な表現も倒せば問題ない」
「あー、怖い怖い。じゃあ行くよ、出ておいで私の忠実なシモベ」
嫌な予感って、何故こんなに当たるのだろう?
男の呼びかけに、ウノがムクリと反応を示す。
祭壇を挟んだ向こう側のウノはまっすぐ祭壇に近付き、柄の部分を握ろうとして逡巡していた。
その瞬間、祭壇に埋まっている物に目星がつく。
あれはウノの体と心がおかしくなってしまった、黒い大剣の柄に違いない。
「そういう事か……。なら、先に本体を仕留める!」
「出来るかな?」
車椅子と立ち姿では、武器を持つ感覚が変わる。
それはシステムによって最適化される筈なんだけど、長い間車椅子に乗って戦闘していたので時間がかかるようだ。
少し不格好だけど大振りな一撃で仕留めようと、走りながら遠心力を使って斧の部分で一刀両断を試みた。
優男は片手を軽く掲げると、斧の切っ先を平然と掴んでいた。
その瞬間、俺と優男の間にウノが割り込んでくる。
若干の安堵とは反対に、腹部に焼け付くような痛みが……。
「さあ、君の願いは叶えたよ」
「ツタエタイコトガアルンダ」
「ウノさんに何をした?」
「さあ? それは彼に聞いてみたらどうかな?」
斧槍を引きながら優男とウノを警戒する。
あの剣に関係する悪魔なら人を操る能力がありそうだし、この場所は相手フィールドの管理下に置かれている。
「ウノさん、目を覚ましてくれ!」
「オレハ……」
「その口調だと、僕の心象が良くないだろうね」
優男は再び指を鳴らすと、ウノの焦点が定まったように見えた。
「ウノさん、大丈夫か?」
「あ……あぁ、フェザー。どうしてここに?」
「ウノさんを助けに来たんだ」
「クッ……、迷惑をかけてしもうたか」
「感動の対面は済んだかい?」
男は再び指をパチッと鳴らす。
一瞬にして何かを発動させているので、それを止める術は思いつかない。
ただ攻撃しようにも、間にいるウノが動かなかった。
「さて、準備は整ったかな? 君たちのダンス楽しみに見ているよ」
「ウノさん、そこをどいてくれ(ウノさん、そこをどいてくれ)」
「それが出来ぬのじゃ(それが出来ぬのじゃ)」
「君の願いと君の願望が叶った空間だよ」
「お主は、何を言っておるのじゃ?(どうなっているんだ?)」
「ウノさん、悪魔の声に耳を傾けてはダメだ(ウノさん、悪魔の声に耳を傾けてはダメだ)」
「さあ、名前を呼んでごらん?」
悪魔との契約――ウノは既に済ませてしまったのだろうか?
優男を守るように立っているウノ、そして俺は腹部に攻撃を受けている。
悪魔と黒い大剣の関係は分からないけれど、ウノは抗いきれずに腕を黒く染めた経験があった。
「名前とは誰のじゃ?(嫌だ、絶対に言いたくない!)」
「おや、おかしいね。君が望んだから彼が……」
「うそだ・ウソだ・嘘だ! 儂が望んだのはフェザーではない(うそだ・ウソだ・嘘だ! 俺が望んだのは羽鳥×××××だ)」
「ウノさん、もしかして……(もしかして、お前なのか?)」
満足そうに大きく頷いた優男は、ウノの背をポンと軽く前に押し出した。
俺との距離が詰まるウノは、何故か短剣で俺に斬りかかって来る。
俺は斧槍の持ち手の部分で受け止め、そのまま弾き返した。
「勝者には望みを、敗者には死を」
「お前は絶対に許さない!(悪魔は絶対に許さない!)」
優男は再び台座に飛び乗り、片膝をついて両手で剣の柄を握る。
すると全身が真っ黒く染まり、まるで俺たちを見るだけの監視者になったように思えた。
「確かに赦されないよな(俺には謝る資格さえない)」
「話は後で聞くから、みんなの所へ戻ろう(今は聴きたくない……)」
言葉とは裏腹に、ウノは攻撃を仕掛けてくる。
どこからどこまで操られていて、どうすればここを脱出できるかは分からない。
そんな事を考えながら攻撃を捌いていると、突如黒い像の目から赤い光線が地面に向けて飛んできた。
まるで焼き付いているように、地面に赤く数字が刻まれる。
その数字も『10:00』から『9:59』へと変化し、謎のカウントダウンが始まった。
脱出口と思えるような、ドアや扉などは存在しない。
吊り天井や針・狭まる床や壁などもないが、このカウントダウンが終わった時に俺たちは終わるだろう。
ある意味死に戻れるゲームなので、そこについては心配ない。
ただ今を逃せば、悪魔を何とか出来る機会は訪れないだろうという事は分かった。
「分かった、決着をつけよう(分かった、決着をつけよう)」
「助かる、本心は儂の口から言いたい(済まない……、羽鳥×××××)」
「「行くぞ!」」
あの時、聴こうと思えなかった事。
あの時、彼を置いて出ていった事。
全てを清算して、彼に手を差し伸べることが出来るのだろうか?
まずは悪魔の手から、彼を切り離さなければならない。




