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099 悪魔の囁き

~ ウノside ~


「見慣れぬ天井じゃ……」


大の字に寝転んで、天井の形をぼんやりと眺める。

何気なく触ってしまった絵巻物みたいな像だけど、飛ばされたのが俺で良かったと思う。


一時期、この世界から消えたいとか、俺の事は誰も認識してないだろうとか思っていた。

それが出来たらどれだけ幸せだろうと夢想したりもした。

逃げ場として選んだこのゲームも、今は仲間に会うのが楽しみで仕方がない。


「明るく元気なクスクス」


まだ子供だというのに、クスクスは少し前まで病を抱えていた。

運動の禁止――遊びたい盛りだというのに、それはあまりにも厳しい制限だった。

それなのに無邪気に接してくれるその姿に、俺はどれだけ救われた事か?


「動物想いのアカネ」


以前独白めいた話の中で、一時期不登校になっていたと聞いている。

つまらない毎日については、少し前の俺が一番理解しているだろう。

今は実家のペットショップを手伝いながら、平行して勉強も頑張っているようだ。


「聞き上手なコジカ」


このゲームはタロットがモチーフになっているようで、コジカはゲームでもプライベートでも女性たちの輪で中心的な存在だ。

ちょっとオドオドした所もあるけれど、きちんと芯を持っており、短い期間でもそれを知る事が出来た。


「前向きなフェザーと、ムードメーカーのサーヤ」


このパーティーは、二人の為にあると言っても過言ではない。

多分リアルでも車椅子生活を送っているフェザーは、どんな場面でも弱音を見せる事がない。

きっと思うようにいかなくて、何度も嘆いた事もあっただろう。


俺は上体を起こして思考を継続する。


どう見てもフェザーとサーヤは恋人同士だろうけど、周りが『くっつかないのが不思議』と言っているので幼馴染の関係だ。

正直、時期が時期ならば『爆発しろ』とか言いたい気持ちはある。

ただ最初の誤解が、俺の個人情報を隠す為に良い具合に働いていた。

多分近い年齢だと言えば、俺の心の中はもっと苦々しくなっただろう。


「俺は……。周りから、どう見られているのか?」


狼獣人であるフェザーは、ゲーム的に言えば利点を生かしていない。

ただエルフのサーヤと二人が並べば、不思議と噛み合っているように見えて仕方がない。

段々と周りのメンバーが、それぞれの役割を見出してきている。

俺はただ隙間に入れそうな職種を選び、レールに乗せてもらっただけだ。


『お前はバカか?』


アイツの言葉が頭の中で、木霊こだまのように繰り返される。

同じ高校に通う同級生の発言なので、単純に学力の話でないのは確かだ。


あの時、俺は思わず膝をついて許しをいた。

その行為を『ダセェ』とか、茶化すような奴じゃない筈だ。


『誰に対して、何について謝るつもりだ?』


そんなの決まっている。

相手チームの要であり、エースであり背番号……。

いや、違う。謝る相手は『羽鳥俊介』だ!


じゃあ、何についてとは?

頭の中に残るのは、多分一緒にいただろう二人の名前だった。


『サヤカ、行こうか?』

『うん、シュンちゃん』


「そろそろ事態を理解したかい? まったく、こんな稚拙な罠にかかるとは……」


背後から男性の声が聞こえてきた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


四方をグレーの石材で囲まれた部屋の中。

学校の教室くらいの広さで、出入口なんかは無かった筈だ。

突然現れた男を確認すると、優男やさおとこ風だけど着痩きやせしてそうな細マッチョタイプの村人だった。


「何者じゃ? と聞くだけ野暮かの?」

「なかなか、取り繕うのが上手いね。ただ、油断しすぎかな?」


男がパチンと指を鳴らすと、部屋の真ん中の床から台座のようなものが競り上がってきた。


「フンッ、腐ってもドワーフじゃ。お主程度には負けはせん!」

「確かに頑健さに於いては負けてしまうかもね。じゃあ、戻っておいで」


男は短いナイフを横薙ぎにするように目の前で振るうと、その止めた地点に見覚えのある黒く禍々しい大剣を片手で持っていた。

余韻よいんを楽しむように静止しているけど、そこに傲慢さや油断は感じられない。


「何故じゃ? それはコビット師の息子さんの……」

「そう、限界まで強さを求めた剣。結局、ゴブリン程度を恐れなきゃいけなかった弱者の剣だよ」

すのじゃ、魅入られるぞ!」

「君が言うのかい? 魔に刺された君が」


魔に刺される? この俺が? 俺は全て、俺の意思・・・・で動いてきた。

多少妥協したこともあったが、俺は俺の正義や信念を貫いて……。


なら俺は、『羽鳥』を傷つけようとして傷つけたのか?

いいや、違う。あの時は何故か手が出てしまった……。


「思い当たる節があるんだね。そう人が無力さを感じた時、神に祈っても・・・・・・救ってはくれない」

「それと『魔が差す』に何の関係が?」

「君はその時、思った以上の力がでなかったかい? そう、まるで悪魔が力を貸してくれたような?」

「後で後悔するような力など要らぬ!」


目の前の男はスマートにわらう。

まるで、『悪魔と契約したんだから、当たり前じゃないか』とでも言いたげな嗤いだった。


「お主を倒せば済む事じゃろう」

「ふっ。君の中に植えられた種は、着実に成長しているよ」

「なんじゃと? ふむ、時間稼ぎか……なら行くぞ」

「信じないなら、それでもいいよ」


両手持ちの剣なのに、それを片手で軽々と扱う優男。

そのギャップに油断しそうになるが、男の変化はすぐに訪れていた。


右手の部分が黒く角質化というか硬質化していく。

これは自身で既に経験していたことなので、すぐに分かった。

ただ少しだけ様子がおかしい。


「コビット師は、お主のそんな姿を見たくない筈じゃ」

「そうなげく父は、どこにいる?」


悪魔の囁きに耳を貸してはいけない。

そこには破滅しか待っていないのだから。


それなのに妙に引っ掛かりを覚える。

まるで俺の事など全て承知の上で話を聞き出し、俺が反芻はんすうしているのを楽しんでいるみたいだ。


「この世界には多くの罪深き者がいる」

「そんな事当たり前じゃ」

「なら、どちらに付いた方が良いか分かるよね?」

わしは迷わん!」


競り上がった台座の周囲から、細いつた乱雑らんざつに伸びて、キュッと絞めるように台座に巻き付いた。


「そうか、君の後悔はもっと深い所にあるんだね」

「後悔などない!」


「君はこんなに悩んでいるのに」

「全てはわしの罪じゃ」


男は剣を持っているのに、何故か攻撃してくる素振そぶりは見せない。

ただ時間の経過と共に、黒い部分はどんどん浸食し、今は肩まで達していた。


「話しくらい聞いても、良いとは思わないかい?」

「黙るのじゃ」


短剣を取り出し、習った歩法で距離を詰め心臓の位置を見定めて……。


「それが君の優しさだよ。分かってくれないのは、世間の方に問題が……」

「うるさい……。煩い・五月蠅い・ウルサイ!」

「君は素直になるべきだよ。その為に力を貸してあげよう」

「あ、悪魔なんかに……」


男はいつのまにか俺の首筋に黒い大剣を添えていた。

ゆっくり剣を動かすと、ツーっと液体が流れるのを感じた。


大勢おおぜいがいる所では、君の声は届かない」

「トドカナイ……」


いつのまにか――意識は混濁しているが、思いの外心地がよい。

まどろみの中、誰かに身を委ねたくなってしまう。


「さあ、君の逢いたい人の名前を言ってごらん」

「アイタイヒト……。ナマエはハトリ×××××」


どこまで起きていたか記憶がない。

そんな眠りは久しぶりだ。


台座の方でカチッと音がしたのを最後に、俺はフェザーたちに小さく謝罪をするしかなかった。

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