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FLY HIGH アゲイン! ~VRMMO車椅子ランデヴー~  作者: 織田 涼一
1章 翼の折れた主人公(本編はここから)
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007 反撃の狼煙

 教官の一撃と不運によって、俺は車椅子から投げ出されてしまった。

 車椅子は片輪走行の状態から、かろうじて倒れはしなかったけど、遠い場所まで行っていた。

 ただ不幸中の幸いか受身のスキルが発動したことで、怪我らしきものはなかった。

 だけど槍は少し離れた場所にあり、助けに来ようとしたウールが教官に足止めをくらい、モールを救出する為こちらに背を向けた。


「俺のせいだ……」


 ウールの指示を無視し、教官の挑発に乗ってこのザマだ……。

 今の俺は、周りからどう映っているのだろうか?

 何で俺はゲームの世界に来てまで、こんな目に合っているのか……。

 槍に伸ばしかけた手が遠く感じる。それはまるで『もう諦めたらどうだ?』と囁いているように思えた。


 キャラクターメイクの時に、少しだけ耳に入ってしまった気持ち。

 どこか諦めにも似た境地は、垂れ下がる耳にも表れていた。


「俊ちゃん!」


 こんな時にまで聞こえてくる沙也加の声。

 泣きそうな震える声なのに、やけに耳に届く感じは、昔を思い起こさせるものだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 俺と沙也加の関係は、お隣さんで幼馴染だ。

 うちの家族が引っ越してきたことで親同士が仲良くなり、沙也加とはすぐに一緒に遊ぶ友達になった。

 田舎の建売住宅で、両親はまだ若いのに無理して購入したと思う。


 沙也加の家にはバスケットゴールがあり、梶塚家のパパは学生時代にバスケをやっていたらしい。

 その影響か沙也加には、すぐにゴムボールが買い与えられていた。

 練習相手は俺と、うちの愛犬ウーちゃん。シベリアンハスキーの子犬で、最初は玉蹴りしていたのを思い出す。

 加減が分からなく、俺が全力で蹴ったボールをウーちゃんが方向を変え、沙也加の顔面にヒット!

 それからサッカーもどきは、俺達の間で禁止になっていた。


「いっぱい食べてね!」

「いつも、うちの俊介の面倒をみてもらって……」

「いえいえ、こちらこそ。あ、これビールです」

「これはこれは、ご丁寧に……」


 うちには家庭菜園が出来る広い庭があった。

 料理好きな母とお酒好きな父は、庭でたまにバーベキュー的なイベントを催していた。

 父曰く「酔っても大丈夫」らしく、母曰く「経済的」だそうだ。

 そんなイベントによく来てくれるのが、お隣の梶塚家のみんなだった。


 たまに遊んでくれる沙也加パパは俺にとってヒーローで、その話を父にすると落ち込むので、こういう機会は子供心に嬉しかった。

 そして何故か沙也加パパに話しかけると、沙也加が拗ねていたのを思い出す。

 俺にとってお隣の梶塚家は、もう一つの家族のようだった。

 ただ、うちの庭でボール遊びをすると母が……。こういう事ばかり思い出すのは、何故なんだろう?


 公園で遊んでいて上級生にボールを脅し取られた時は、二人して泣きながら帰ったこともあった。

 母に「どうしたの?」と聞かれ、急に恥ずかしくなったのを思い出す。

 あの時はウーちゃんを連れて、沙也加を後ろに守りながらボールを取り返しに行ったのは恥ずかしい思い出だ。

 結局、ボールは公園に落ちていた。上級生達の姿はなく、さすがに持ち帰れなかったんじゃないかと今なら分かる。


「俺って、こんな性格だっけ?」


 小学生から始めたバスケは、最初沙也加の方が熱心だった。

 今も選手としては恵まれていない体だけど、その頃は特に顕著だった。

 がむしゃらに突っ込み、ただでさえない体力を消耗する。

 一つのボールに群がるのは小学生球技のあるあるとはいえ、今思うと相当に努力が足りていなかったのを痛感する。


「羽鳥くん。まずは、シュートの練習をしようか?」


 この時の先生は『明るく・楽しく』をモットーに、上手い子・下手な子を分け隔てなく試合に出してくれた。

 上級生になるとそうもいかないけど、その時の俺は何の間違い・・・・・かブザービートを決めることが出来た。

 その試合では負けてしまったけれど、それから俺のプレイスタイルはガラッと変わってきた。

 実が結んだのはかなり後になってしまったけれど、それはひとえに俺の性格が熱しやすい事に起因していた。


「良いか? 俊介。野球やサッカーもそうだけど、バスケは点を取るスポーツだ」

「はい! 監督」

「人数が少なく、スピードが命の球技。その中の花形に、3ポイントシューターがいる。お前やってみないか?」

「監督。俺、ダンクがしたいです!」


 シュート練習は、やればやるだけ精度が上がるのは分かる。

 レイアップも大事。でもバスケには、大技がありすぎるのだ。

 ダンクシュートやアリウープ。NBAの動きは次元が違っていて、それに魅せられるのは仕方がないと思う。

 シュートエリアでの圧倒的存在感と比べ、3ポイントシュートはスマートすぎるのだ。


 体格に恵まれず、熱しやすい性格。

 そのことを沙也加パパに相談したら、あるホームビデオを見せてもらう事になった。

 それは俺と沙也加が参加した試合で、つたない投げ方なのに何故か入ってしまった、俺のブザービートの場面だった。

 それからの俺は周りをよく見るようになり、その場で一瞬の空気を纏い、シュートを打つ練習をひたすらした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「俊ちゃん、今行くね」

「来るな!」


 砂にまみれて突っ伏していたけど、沙也加の一言で何故か槍まで手が届いていた。

 その瞬間、尻尾がファサっと揺れたのは、俺の意思ではないと思う。


「でも、怪我してるでしょ?」

「大丈夫だ。俺が逆転してやるから、見ていてくれ!」

「ほう……。ここまで来れないようだが、どう逆転するのだ?」


 ウールとモールが懸命に戦っているのに、教官はよそ見をする余裕がありありと見えた。

 俺は沙也加を安心させる為に、顔をしっかり見て言葉を紡ぐ。

 その隣には先生と秘書風の美人が立っていて、先生は春風のような笑みを浮かべていた。

 武器はここにある。後は……、脚をどうにかするしかなかった。


「ウォォォォォン」

「気合や根性で、どうなるものでもあるまい!」

「教官、フェザーはやるって言っていました」

「フェザーが諦めないなら、俺達に諦めるという選択肢はない」

「ならば、見せてみよ。その力をもって……」


 この脚が心許ない以上、頼れるのは車椅子のみだ。

 でも、俺の中から生まれた車椅子は、離れた場所では消すことが出来なかった。

 当然、離れていては動かす事も出来ない。

 なら俺に出来ることは、這ってでも車椅子まで……絶望的な距離に一瞬気が遠くなる。


 ここから教官までの距離と、車椅子までの距離はほぼ一緒だ。

 木槍を支えに膝立ちになっても、ここから立ち上がるのは俺には無理だと思う。

 せめて教官の意識を、二人から離すことが出来たら……。

 俺は最後まで諦めない! そして勝利を引き寄せてみせる!


「ウォォォォォ、ウォォォォォン」

「……そこまでか」

「え……、うそ」

「とうとう、目覚めたようだね」


 カタッ……、トッ……トットット……。

 突如、クルッと反転した車椅子が、静かに動き出す。


「先生、あれって風の魔法?」

「さすが、サーヤさんには分かるか。でも、これはご都合主義のゲームじゃないよ」

「じゃあ、何で無人の車椅子が?」

「それが分かるのは、もう少し後かな? 今は、この奇跡を楽しもう」


 俺は冷静に教官を見つめる。

 もう迷わない、その時が来るまで逆立ちしてでも立ち向かうつもりだ。

『折れない心』――それは周囲に意識を広げていた俺に、一筋の光明を与えてくれるものだった。

 ゆっくりとこちらに無人の車椅子が、段々と速度を上げて俺の方に向かってくる。


 俺の前を通り過ぎようとする車椅子の、まるで暴れ馬のようなスピードに、俺は思わず左手で槍を持ち右手を伸ばした。

 これは馬に引き摺られる、海外の刑罰なのだろうか?

 上下にバウンドするような振動を、右手の力だけで何とか落とされないように踏ん張っていた。

 こんな無理な姿勢で何とかなっているのは、根性のお陰かもしれない。


 《スキル【腕力強化】を解放しました》

 《スキル【曲乗り】を解放しました》


 俺が欲しいのは、足に関するスキルだ。でも、【脚力強化】もありそうな気がする。

 バウンドするタイミングを見計らって、左手で持っている槍を地面目掛けて思いっきり突く!

 多分普通の動きなら、こんな事は出来ないだろうという事がここでは実現する。

 力を籠める所と抜く所のバランスを考え、上手く車椅子に飛び乗る事が出来た。

 俺の意思とは無関係に暴走する車椅子。そのコースは教官を中心に外周をグルグル回るものに変わった。


「早くしないと、二人が持たないぞ!」

「教官。ハァハァ、俺達はまだやれます」

「フェザー、まだ大丈夫だ。ハァハァ」


 考えて車椅子を動かしていないせいか、槍を両手に持ち教官をしっかり見ることが出来た。

 今度は教官の挑発に、気軽に乗ってはいけない。二人の限界は近いけど、機会チャンスはそう多くはないのだから。

 気持ちは熱く・心は冷静に、最後にして最高のタイミングを図る。

 三人の一斉攻撃と俺が突進した時の教官の攻撃は、きっと魔法によるものだ。今までの現象を考えると、属性は土か風に違いない。


「ウール・モール。教官は魔法使いだ」

「なっ……、この強さでか?」

「それで、どうするんだ?」

「呪文の詠唱をさせないようにして欲しい」


 まるでドップラー効果が発生しそうなスピードで、二人にお願いをする。

 暴走する車椅子は更にスピードを上げ、槍を構える為に前のめりになると、まず両足にベルトが巻かれていた

 次いで胴体・両手と巻かれたが、手は引きちぎるようなイメージで振りほどいた。

 すると口元を覆うように、アゴ全体がぐるっと巻かれる。もうGが凄いなんて言ってられない。


 車椅子に刺さったスロットルの【騎乗】に向けて、俺の意思を伝える。

 それは俺に残された、最後の攻撃の始まりだった。

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