1-2(旧: 008)
一方、その一部始終を見守っていたビックコッコの巣に居るライラとクロトは各々の感想を述べていた。
「何してんの、あれ……」
「あはは、あれじゃグラズ達こっちには来れなさそうだね~」
「流石にこの作戦は無いわー」
「だねぇ。スキラくんボロボロだし」
ライラ達がいる巣の中からですら、スキラの着ている着ぐるみがボロボロになっていくのが遠目に窺えた。
この調子では何時になったらこちらに合流出来るか分かったものではないし、誰かが大怪我をする可能性が高い。このまま放っておいたら見ていて飽きない様なことをまたやるのであろうが、流石にそれでは日が暮れてしまう。一応これは依頼、期限がある。そう考えたクロトはライラにこちらから戻ることを視野に入れ、提案する。
「面倒だし、僕らからあっちに合流しようよ」
「うーん、でも折角なら卵貰ってから帰んなきゃだよね。お願いしてみようかな」
「……お願いしてくれるのかな」
「大丈夫、大丈夫」
そう言うとライラはこの巣の親鳥であろうビックコッコの前に立ち、ライラを覗き込む様に頭を下げているビックコッコの頬を優しく撫でる。その行為を気持ち良さげにビックコッコは受け入れる。
クロトはそれでも警戒していた。もしライラにビックコッコが襲い掛かった場合、今どうにか出来るのは自分だけだからだ。ビックコッコが彼女にそんなことをする筈が無いということも、クロトは十分以上に理解した上で影を意識し気を張る。そんなクロトにライラは一度振り向きニコリと微笑むと、ビックコッコに視線を合わせた。
「こんにちは。私はライラ。私の仲間達が騒がしくてごめんね。あのね、スキラっていう子がね、どうしても卵が必要なの」
「コココッ」
「そう、あのさっき貴方を怒らせちゃった子。ごめんね、そこ触られたくなかったんだよね」
「クェーココッ」
「ん、ありがと」
ライラがビックコッコと語り合う光景は、端から見たらありえない光景だろう。
何せビックコッコは鳴き声のみで会話しているし、ライラは人の言葉を話している。つまり言語が違う。きっとあの金髪の青年ならこの光景にまた目を白黒させ驚いたのだろうな。いや、自分が人の言葉を話す姿を見ただけでなりそうだなと思いながらクロトは未だ話を続けるライラを見守る。
「クエ―ッコココッ」
「え、卵も貰って良いの? ほんと? ありがとう!」
ビックコッコはライラの頬に擦り寄る様に自分の頬を当てると、雛鳥を連れてこの場を離れて行った。どうやら話が付いたらしい。ライラはクロトの元にスタスタと早足で近寄り、ぼふっと勢い良く抱き着いた。
「いやぁ、何とかなって良かった~」
「え、何も考えて無かったの?」
「うーん、スキラが怒らせちゃったしダメかもなぁって思ってたところもあってさ」
「はぁ……。グラズじゃないけど、あんまり僕はライラに無茶して欲しくないんだけど」
「ごめんごめん」
心配していたんだけどと呆れて溜め息をつくクロトにライラは少し体を離し、気まずそうに笑いながらクロトの頭を優しく撫でる。その掌の感覚が心地良くて思わずクロトの喉から声が漏れる。モフモフと言わんがばかりに撫でるライラに、クロトは心地良さに酔いしれ身を委ねる。
暫く柔らかい毛並みの感触を楽しんだライラは立ち上がり卵を見た。先程のビックコッコ達が去った巣には3~40センチ程の卵が数個あった。1個か2個程貰っていくとしても、流石に身体の小さなライラが持つには大きく1人で1個持つのがギリギリであろう。例え持てたとしても重さに不安があった。1個ずつ運ぶには時間がかかってしまうだろうし、運んでいる途中で足元が見えず転んで卵を割ってしまっては元も子もない。
グラズ達を呼ぶのも手だが、先程のこともあって警戒されている彼らは呼び辛い。呼んだとしてもあまり大人数で住処を訪れられるのはビックコッコも嫌だろう。
脳裏で多数のアイディアを出し最良の案を思い付いたライラは、クロトに実行する為の必要な情報を確認する。
「さて、どうしよ。卵を運ばなきゃだけど……クロのいつものやつで運べる?」
「まあ【影狼】でなら運べなくもないけど、流石にこの姿でその大きさは無理。人型になれば行けるけどさ……」
クロトの歯切れの悪い反応にライラは何を言いたいのか納得する。
きっとあの姿をスキラに見られたくないのだろう。だが他に運ぶ手段もない。暫く考え込んでライラは別のルートを提案する。
「ならジョセフィーヌのとこに一気に行くのはどう? あの場所なら3人の居る場所より丘だし、見られる前に狼の姿に戻れるし」
「まあ直線でグラズ達のとこに行くと遠いから2回影を移動しなきゃだし、ジョセフィーヌのとこならギリギリ5メートル以内にあるし見られないだろうから、それなら良いけどさ」
現在居る位置はサースの丘の西側付近で、東側に居るギュンター達との距離は直線で6メートル程。その中間部より上に2メートル程行った北東の丘にはジョセフィーヌが停まっていた。グラズ達が丘を意識していない今、丘へ移動しても気付かないだろうとライラは考えたのだ。
「じゃあそれでお願いっ」
「はいはい」
クロトは先程の様に己の体から緑色の光の粒子を放つ。
光に包まれ次に現れたクロトの姿は黒い四足歩行の獣の姿ではなく、二十代手前の黒髪の青年の姿だった。クロトはライラに近くの1個の卵に抱き着く様に指示すると、ライラの背後から卵とライラを包む様に抱き着いた。女性に背後からとはいえ抱き着くという行為が恥ずかしくて、クロトはそっぽを向きぼそっと言い訳を呟く。
「…………これでしか運べないんだからね」
「ふふっ、可愛いなぁ」
「あーもう集中させて。行くよ、【影狼・移の壱】」
今度はクロトと共にライラと卵も光を帯び、影に吸い込まれていった。足場の影が広がりクロト達を優しく包み込む。瞼をそっと閉じたライラが次に瞼を開けた時には、既に奇動車ジョセフィーヌの影に居た。一度に運べたのは卵1個だった為、ライラはもう1個卵を取りに行くようお願いする。その為、クロトはもう一度一人で【影狼・移の壱】を発動し、卵を採りに戻った。
ライラが頼んだ理由は聞かずともクロトは検討がついた。依頼分は一個だが、折角苦労したんだし皆で晩御飯に食べたいと思っているのだろう。クロト自身もビックコッコの卵の味が気になっていたし、ライラの願いも叶えられる為一石二鳥の考えである。それにミシラバ旅団の団員は美味しいものに弱いのだ。
数分も経たない内に新たな卵と共に戻ってきたクロトは影から出ると卵の安全を確認し、また光を放ち獣の姿へと戻る。それを少し残念そうにライラは見ていた為、クロトは気まずさを感じ居心地が悪くなる。
「そんな顔で見て何かあった?」
「クロのその姿も好きだけど、折角人型になったのにそっちに戻っちゃって残念だなぁって」
「…………アイツとの依頼が終わったら、近い内にまたなっても良いよ」
「ん、楽しみにしてる」
そう言ったライラの表情は先程のしょんぼりしたものとは違い、いつものご飯を食べている時や自分を撫でている時と同じ顔で幸せに満ちていた。喜びのあまり抱きついてきたライラに、クロトはグラズ達に声を掛ける様に促す。
「さ、彼らを呼んであげなよ。あのままじゃグラズかギュンじいがまた何か起こすよ」
「あ、そうだね。まずいまずい。おーいっ、こっちこっち~。こっちだよ~っと」
ライラの声に反応したスキラ達はジョセフィーヌの前で待つライラ達の元へと向かった。
◇
スキラは驚いた。驚いた所ではない。
急に姿を眩ましたクロトと、先程まで軽く六メートルは離れた巣に居た筈のライラがいつの間にか奇動車ジョセフィーヌの前まで戻って来ているのだ。それもスキラ達の目には触れずに、時間もかけずに瞬時に。実は彼らに化かされているのだろうかとも思ったが、この人達が自分を化かして得することもないだろうし、そもそもそういう人じゃないのは短い付き合いだが分かっていた。
聞きたいことが山程あるが、とりあえずライラとクロトが無事で良かったとホッとする。
その気持ちはスキラだけではなくグラズやギュンターも同じだった様で、ギュンターはほっとこっそり息をつき、グラズはライラの頭を大きな手で少し雑に撫でながら怪我をしていないか確認していた。
「……無事か」
「うん、大丈夫だよ~。楽しかった」
「そうか」
少しだけ頬を緩めるグラズにライラはニコニコとご機嫌であった。
――――――先程まで頭を抱え苦悩の表情を浮かべていた位グラズさんはライラを心配していたのに、怪我をしていないと聞いて安心したのかな。
「あ、そうそう。これ貰ってきたよ~」
「あ!! もしかしてそれってっ」
「"ビックコッコの卵"、だよ」
キリッとした表情で巨大な卵を紹介するライラにグラスとギュンターは拍手し、スキラはポカーンと大きく口を開きその場に固まった。
自力であのビックコッコの元から帰ってきただけではなく、まさか卵までも手に入れて戻ってくるなんてスキラは考えていなかったのだ。
「スキラを最初に追っかけていた子がね、困っているって話したらくれるって言ってくれて。お言葉に甘えて貰ってきたの。運ぶのはクロに手伝ってもらったけどね」
「ほっほっほ。ライラ殿もクロト殿も大活躍ですな」
「あのコッコが!? というかクロトが運んだのっ!?」
「ちゃんと2個確保してるから、晩御飯も完璧だよ。グラズとギュンさんの手料理、楽しみにしてるね!」
「何食いたいんだよ」
「オムレツとか、プリンとか色々~」
分かったと短く返事をしグラズはギュンターと共に巨大なビックコッコの卵を1個ずつ持ち車内へ運んでいった。その様子を見て動揺していたスキラも慌てて運ぶのを手伝う。ギュンターが持つ卵を一緒に運びながら心の中で先程の会話を思い出していた。
――――――それにしても、グラズさんがご飯を作るのか。意外だな。
「お前、俺が飯作れねえって思ったんだろ」
「へ!?」
間抜けた声が出たスキラの顔をグラズは睨み付ける。思っていたことを的確に当てられドキッとしたスキラは冷や汗が止まらない。グラズは眉間に皺をよせ、顔から不機嫌を全開に醸し出していた。
「この旅団は飯当番があんだよ。運転もだが。なんでも見た目だけで決めつけてんじゃねえぞ、ガキが」
「は、はひっ!!」
恐怖のあまり思わず声が裏返る。背筋をぴっと伸ばし少し震えるスキラの姿を見て、グラズは思わずぷはっと吹き出した。
「ふっ。お前ビビり過ぎ」
「グラズ殿がわざと脅す様な真似をするからですぞ? あまり若者を苛めるのは感心しませんのぉ」
「あー、わりぃわりぃ。だが、あんま見た目だけで判断すんなよ。世の中お前が見えているもんだけが全てじゃねえんだぞ。俺よりじいさんの方がよっぽど変人だったりするし、下手したら悪人かも知れねえぞ?」
「え、そうなんですかギュンターさんっ」
「はてさて、どうですかのぉ」
卵を3人でゆっくりとジョセフィーヌの倉庫にあった特殊な木箱の中に丁寧に入れ、ほっほっほと髭を擦り笑うギュンターにグラズは肩に腕を置き今夜は飲もうぜと誘いをかけていた。
確かに見た目だけで言ってしまえば、この二人が仲良くしている光景もまた見た目だけで判断出来ない事の一つだろう。年齢も離れ性格も異なる2人だが、なんだかんだ心は通じ合っている様に見える。
一体彼らはどんな仲なのだろうか。
――――――今日一日で気になることがいっぱいだ。食事時にでも色々聞いてみようかな。
※2024/07/04 表記の修正や見やすい様に改行等、行いました。