1-1(旧: 007)
やっと第1話突入です。
少しずつ奇石が絡んできます。
スキラとミシラバ旅団の活躍、お見逃しなく!
緑豊かで広大なサースの丘の一所。
きっとのほほんとした空気漂い大小の家畜が点在する平和な場所だろう、ビックコッコも少し大きなだけで人懐っこい可愛らしい生き物だろうとスキラは思っていた。
だが、実際はこの辺りで一番恐ろしい場所だった。
「た、助けてええぇぇ~~!!!!!?」
――――――僕は逃げ惑う。迫り来る巨大なコッコの群れから逃げる為、僕は全速力で走っていた。
◇
話を戻すこと1時間と30分程前、スキラとミシラバ旅団一行はサースの丘に辿り着いた。
ジョセフィーヌを降り近くに敷物を敷き、サース・フースの宿で作ってもらったサンドイッチで軽く昼食を摂った。食事をしながら景色を一望する。スキラは同じ屋敷に仕える使用人仲間から、この場所は広大な野原に美しい草花で有名な場所だと聞いていた。
確かにコッコのサイズさえ標準であれば綺麗な景色なのだが、いかんせんコッコのサイズが大きい。移動中窓から見た景色では白い花でもあるのかなとすら思ったのだが、近くで見れば白いモフモフとした巨大な羽毛の塊だった。花なんて可愛らしいものじゃなかったのだ。
道理でビックコッコという名が付く訳だとスキラは内心納得する。ビックコッコの身長は軽く二メートルもあるのだから。
食事を終えたスキラはギュンターと共にビックコッコを近くで見る為、ジョセフィーヌが停めてある丘から少し下る。
「……なんというか、モフモフの白い毛玉みたいですね」
「ほっほっほ。小さいコッコも似た様な見た目ですが、大きいと中々なものですなぁ」
~ビックコッコとは~
サースの丘のみに生息する成長し過ぎたコッコの総称。ふわふわモフモフの丸いデフォルトが特徴。大きさは通常の成体コッコが3~40センチ程なのに対し、ビックコッコの成体は2~2.5メートル程する。
卵に至っては3~40センチ程の大きさはあり、通常のコッコとビックコッコの卵がサイズがほぼ同等である。雛鳥の内は黄色の毛が生えているが成体になる際、白い毛に生え変わる。年に二度毛が生え変わる為、生え変わりの時期に落ちている毛はそのまま収穫され、紡いで毛糸にしニットやマフラーに加工され売られていく。本体も肉は余す所なく調理でき、骨はアクセサリーやナイフ等の加工品を造れる為、別名:万能コッコとも呼ばれている。ただしビックコッコは凶暴な為、扱いには十分な注意と専門知識が必要とされる。
先程、車内でギュンターから見せてもらった図鑑でそう書いてあったのを思い出す。
――――――この大きさのコッコの面倒を見ている畜産農家の方は世話が大変だろうな。それならうちの坊ちゃんの世話の方が人間な分サイズ的にも楽なのかな。
ビックコッコのサイズで文句を言うエドワードを想像し、思わず吹き出しそうになる。そんなスキラの元へ農家で卵を貰えるか確認に行っていたグラズとライラが戻ってきた。
「近付くと危険だから、あまり飼い馴らすこともしてねえんだとさ。しかもアイツら野放しにしといた方が美味い卵を産むんだと。んで、怪我を負っても自己責任でいいなら好きに卵持ってけってよ」
「おじさんだけじゃ収穫出来なかった今朝の分がまだ残っているんだってさ~」
自分達で収穫する分には良いよとの許可が下りてしまったことに、スキラは内心少しだけがっかりする。やはり何が何でも卵を手に入れなければいけないらしい。
ビックコッコの群れの中央付近には巣と思わしき枝や葉で作られた物が伺える。スキラはあそこまで行くのかとごくりと唾を飲み込み、覚悟を決めて取りに行く。よしっとやる気になった所で、ふと大事なことを聞いていないことに気が付く。
「そういえばどうやって卵を回収するんですか? まさかあの大きな巣にこの格好で素手で採りに行ったりしませんよね?」
「あ? 何言ってんだよ。採りに行くしかねえだろ、他にどうやって卵を手に入れるんだよ」
「え、何かビックコッコ専用の道具とか対策があるのかなって……」
「んなもんねえな」
「……………………マジですか」
――――――やばい。本日二度目の死を早々に覚悟せねばならなくなった。
この人は何で「何言ってやがるんだ」みたいな目で僕を見ているんだ。むしろ僕の方が何言っているんだとつっこみたい。気付けば少し離れた所に居るライラは楽しそうにビックコッコの雛鳥の上に抱き着く様に乗っかって遊んでいるし、クロトとギュンターさんも近くでその様子をのんびり見ているし……。なんでミシラバ旅団の団員はこうも呑気なんだ!?
せめてビックコッコに襲われずに卵を貰う方法を聞いていないのだろうかと思い、スキラはグラズにビックコッコと仲良くする方法がないのか質問する。飼う人がいるのだから一応懐いてもらう方法もある筈だと踏んだからである。何かを思い出したらしいグラズの言葉通りに動けばきっと大丈夫だろうと信じ、スキラはグラズが指示する通りに動いた。
「そうだな、あのじいさんが言うには確かコッコの喉辺りを触ると」
「こうですか?」
「怒り出すらしい。前に息子だかがそれをやって大怪我したんだとよ」
「…………ほえ?」
クエーッコココココッ!!!!!!!!!!!!
高らかに目の前にいたビックコッコは見事な鳴き声を披露した。
先程までは少しばかり警戒されていただけだった。だが今は『どこ触っているのよ、変態!!』とでも言いたげに怒りを露わにしている。あからさまに目の色が変わってしまった。一匹が鳴いたことにより、他のビックコッコ達もスキラを一斉に凝視した。一方のスキラは何が起きたのか理解出来ず頭の中が真っ白になり、完全にフリーズしていた。
「おい馬鹿っ、避けろ!!」
「へ?」
グラズの呼び掛けに反応した所で、目の前にいたビックコッコが鋭いクチバシをこちらに向け襲い掛かってきていることに気付く。反射的に逃げねばと思ったスキラは真っ直ぐ走り出した。
それから暫く走り続けて今に至る。
「うわぁ~~ん!? 助けて下さいグラズさーーーーんっ!!!!!!」
「おー、良い眺めだな」
「ふざけてないで、本当に助けて下さいぃぃ。お願いしますーーっ!!!?」
「そうだな。お願いします、グラズ様って言えたら助けてやるよ」
「お願いしますぅ!! グラズさまぁーーっ!!!!」
よく出来ましたと呟き一人悪い笑みを浮かべたグラズは、ギュンターとクロトに大声で指示を出す。
「仕方がねえな、助けてやるか。爺さんっ」
指示を聞き、始めにギュンターが動き出す。
ギュンターは自分のコートの右ポケットから一冊の本を取り出す。本をパラパラと開き、細い目で眺めながら目的のページを探す。見つけ出したギュンターはそのページを開いたまま本に語りかける。
「ほっほっほ。やれやれですなぁ。……では、本日の舞台はこれにしましょうかのぉ。【空想世界のひと時・空より】」
そうギュンターが言った瞬間、彼の持つ本が橙色の光を放った。
光と共に彼の周りの景色から徐々に大空へと変化していく。上は勿論横も足元も全てが青く、白い雲が辺りを流れ始めた。自分は今空中に居るのだろうか、そんな考えと共にこれって空中だったら地面に落下するのではという考えが思考を巡る空間である。
気付けば思考よりも体が先に反応し、動揺しその場で体が固まってしまったかの様に動かなくなる。襲い掛かって来ていたビックコッコも同じ景色が見えている様で驚き、慌てた様子で必死にパタパタと翼をバタつかせながら逆方向に走って逃げて行った。スキラは腰を抜かしてしまい、その場に息を切らしながら崩れ落ちる様に座り込んだ。そして息を整えながら今起こっていることの説明をギュンターに求めた。
「は、はぁ、っはぁ……。な、なにが、一体何が起こったんですかっ。それにここは空の上ですか」
「ほっほっほ。ここは大空の世界【空想世界のひと時・空より】。誰もが子供の頃夢見る上空ですぞ。安心して下さい、この能力は空想物ですのでちゃんと地面は存在しておりますし、元の場所から移動してはいませんぞ。まあ"奇跡"が起こったとでも思っておいて下さい」
「相変わらず【スカイ】はなんもねえな。風強えし」
「ほっほっほ、心地良い風ではないですか」
――――――能力ってなんだろうか。いや、それ以前に本当にここは先程まで居た場所なのだろうか。
言われてみれば、足元の感覚は元の地形のもので少し傾斜のある地面のままだ。見た目だけが何らかの形で変化しているのだろうか。
恐る恐るスキラは足の感覚を意識したまま立ち上がる。しっかりと地面に立っている感覚はあるものの、今まで感じたことのない爽やかで力強い風が地上に立っているという現実を曖昧なものにさせる。まるで幼い頃、空を飛びたくて高い塀から飛び降りた時に感じた一瞬の浮遊感を思い出す。人間である限り空を飛ぶことは出来ないが、もしかしたら宙を舞う鳥達はこの様な感覚を日々感じているのだろうか。空に囲まれているという非現実を世界を脳は幻覚だと否定するも、精巧な感覚を感じているせいで五感は現実だと肯定していた。
脳内でこれは現実だ。いや、非現実だ。と騒がしく論争が始まる。スキラは未だ気持ちの整理が追いついておらず半分パニックのままだった。そんなスキラを置いて、グラズとギュンターはのんきに何やら語らっていた。
「では、後はお二方に任せますぞ」
「ああ。ライラ、今の内に……っていねえぇぇぇぇぇぇ!!!?」
「はて、何処へ行かれたのか……。そういえばビックコッコの雛の上で遊んでおられましたなぁ」
「はあ!? ならアイツは今」
「ほっほっほ、きっとビックコッコと共におられますのぉ。クロト殿、すみませんが迎えに行ってもらっても良いですかな? こちらもすぐ向かいますので」
頭を抱え天を仰ぎ苦悩するグラズを放置し、ギュンターが片目を閉じてウィンクしながらクロトに向かって頼み事をする。スキラがクロトの居る方に向き直った時にはその場にクロトの姿は既に無く、緑色の光の粒子が僅かに光を放ちながら宙に消えていくだけだった。
◇
その頃、ライラはビックコッコの雛鳥と共にビックコッコの巣に居た。
スキラがビックコッコに追われる前、ライラはビックコッコの雛の上に抱き着く様に乗っており、スキラが親鳥を刺激した際の鳴き声を聴いて驚き母鳥と巣へ逃げ帰った為、巣へ一緒に来てしまったのだ。
遠くにはギュンターの展開した【空想世界のひと時・空より】が見えたが、ライラの現在いる巣からは少し遠そうだった。巣に身を乗り出し様子を窺っていたライラにビックコッコの雛鳥は擦り寄る。モフモフとした幼鳥特徴の黄色の毛が心地よい。
「気付けば一人で巣まで来ちゃったなぁ。まあ皆その内に来るよね」
「…………なんか気持ち良さそうだね」
ぬっとライラの影から現れたのはクロトだった。クロトは影から抜け出るとライラを見つめ直し擦り寄る。近くで急に現れたクロトの存在をビックコッコ達は気付いているも、同じ獣の為か気にしていない様だった。むしろ好意に思ったのか雛鳥達がクロト達の元に近寄っていった。
「あ、クロ。いらっしゃ~い」
「どうも。グラズとギュンじいが心配していたよ。これからどうにかしてこっちに来るみたい」
「でも、どうやってくるんだろ?」
「…………知らない」
この依頼中スキラの前ではクロトと会話をしていなかったのもあり、ライラはクロトとの会話を楽しむ。
クロトは狼の姿をしているが本当は会話が出来る。だが彼は見ず知らずの人前で話すのは稀で、今日はスキラがいる上に全体行動を取っている為、彼の声を聞くことは無いだろうとライラは思っていた。クロトは呆れた様な不安を滲ませた声で呟く。
「あの残ったメンバーはある意味不安しかないな、僕は」
「あはは……確かに」
「ギュンじいとグラズだし大丈夫だと思うけどさ」
「ん、あー……なんかダメそうな気がするよ?」
ライラは苦い笑みを浮かべながらグラズ達の居る方へ指を指す。クロトもライラの様に巣から身を乗り出しその方向を目を凝らし窺うと、そこには何故か黄色の鳥の着ぐるみを着たスキラが居た。
◇
「本当にこの恰好なら大丈夫なんですか……?」
「ほっほっほ。母性本能を刺激すればきっと近付くことも可能ですぞ」
「きっとお前のその姿を見りゃあ、お前のこと雛だと思って可愛がってくれんだろ。お前が怒らせたんだから、お前が責任取って行ってこい」
――――――あの不思議な空の世界から解放された僕は、今何故か黄色い鳥の着ぐるみを着ている。ギュンターさんは真面目に言ってそうだし、グラズさんも悪い笑みを浮かべながら行けと言ってくるし……。それに従っている僕といい……あー、何やってるんだろう僕は。
スキラがビックコッコを刺激した為、ビックコッコらは警戒態勢に入ってしまったらしく、こちらが彼らの縄張りの付近は警戒領域と化し近付こうとしただけで、唸る様な低い鳴き声で威嚇している。
そこでグラズとギュンターが奇動車から持って来たのが、この黄色のヒヨコの着ぐるみだ。ビックコッコの雛鳥に似たふわふわの毛が特徴の黄色の着ぐるみを着て、彼らに仲間だと思わせ近付く。それがギュンターの提案した作戦である。
――――――何故ジョセフィーヌに鳥の着ぐるみが積んであったのだろう、何用だろうか。いや、それより本当にこんな作戦で成功するのだろうか。僕の心中は複雑だ。
「ほっほっほ。とりあえず動きや鳴き声を真似してみましょうか」
「は、はい。えーっと、コーコケコ」
「恥ずかしがんな」
「うぅ……コーコケコッ!!!?」
「動きも良い感じですぞ、そのまま近づいてみて下さいな」
ギュンターの指示に従い、スキラは少しずつ巣に近づいて行く。相手は鳥とはいえ、不審者でも見る様な目で見られるのは、悪い事をしているみたいで嫌なものである。もう少し、もう少しと一歩踏み出した時、何かを疑ったのか一匹のビックコッコがスキラに近付いて来た。立派なトサカを持つビックコッコは首を傾げ、こちらの様子を窺っている。
「クェーココッ?」
「コ、コケー……」
ビックコッコは何かを語りかけてきている様で、此方が反応しないのは不自然だろう。スキラは相手の鳴き声に合わせ何となく会話の真似をしてみる。言語が違う為、雰囲気での会話であり勿論勘である。違うことでも言ってしまったのか、そもそも会話が通じなかったのだろうか、真実はどちらでも無いかも知れない。どちらにしろ相手を刺激した様であった。
「クェーコココッ!」
「ひっ、ひぇっ!?」
甲高い鳴き声と共に両翼を広げ、立派なクチバシがこちらに襲いかかってきた。
短い悲鳴と共にスキラはまた全速力で逃げる。しかも今度は着ぐるみを着ている為、腕や足の可動が制限され走りにくい状態である。グラズとギュンターも今度は近くに居た為、一緒に追いかけられてはいるが服装の差もあり二人の逃げ足の方が明らかに早い。
必死に二人の後ろをスキラは追いかけるように走る。だが、目の前の二人はまだ軽く走っている様で必死さの無い会話のトーンで打開策を練っていた。
「おい、じじい。どこまで逃げりゃいいんだ」
「ほっほっほ。彼らの警戒領域から出てしまえば多分大丈夫でしょう」
「なら走るか」
「ほっほっほ、風が気持ちよいですのぉ」
「そんな、呑気なぁ~~」
走り続け彼らの警戒領域を出るとビックコッコはぴたりとこちらを追うのを止めた。
だがその頃には着ぐるみも所々破かれ、元々着ていた中の服も穴が開いたりする程ビックコッコに突かれていた。目の前の二人はあまり息も切らさず無傷で、スキラとしては何か不服な気分であった。
※2024/04/02 誤字修正しました。
※2024/07/04 表記の修正や見やすい様に改行等、行いました。