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奇石奇譚  作者: 紫藤まり
【序章】 出会いと始まり
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0-4(旧: 004)

  街の北出入り口を目指し歩みを進める中、スキラは今更ながらの疑問を投げかける。


「そういえば、サースの丘までって何で行くんですか?」

「俺らの愛車で行くに決まってるだろ。あんな田舎道歩く気になんてぜってぇなれねぇ」

「じゃあ、街の外まで一旦出てから召喚し(よば)ないとね~」

「…………よぶ?」


 サイリスからサースの丘までは徒歩で行けば、ここからなら軽く一日はかかる場所にある。


 —―――馬車で行くにも馬の休憩を考えると二十時間はかかるであろう場所まで、彼らは何で行くのだろうか。


「うちのジョセフィーヌは良い子だよ。ちゃんと連れてってくれるから、安心して?」

「え、あ、はい。そのジョセフィーヌって……?」

「説明するよりは見た方が早いかもですぞ」



 その言葉通り、説明を聞くより見る方が早かった。街の北出入り口から少し街道を歩いた所で少し離れていてねとライラに声を掛けられた。少し離れた所まで駆け足で行ったライラは鞄から小さな模型の様な物を取り出し、何かを念じると地面に置いた。暫くするとその物体は黙々と煙が立ち始め、その煙が散る頃にそれは正体を現す。


「こっ、こっ、これってっ!?」

「ほっほっほ」

「これがうちの愛車、ミシラバ旅団の愛するジョセフィーヌちゃんだ!」


 そう言って現れたのは緋色に輝く大きな四輪車だった。一瞬馬車かと思ったが車の前方に馬は繋がれていなかった。代わりに中がよく見える大きな窓が車体に備わっており、想像よりも二倍近く車体は長かった。その窓の奥には人一人用の座席が用意されているのが正面の窓越しにだが確認出来た。


「こ、これがジョセフィーヌ?」

「そ、ジョセフィーヌ。かわいいでしょ」

「い、いや。可愛いというかただの巨大な四輪型馬車では……?」


 一般市民の移動手段と言えば徒歩か馬車だ。馬車は各町にある馬車屋に頼んで決して安くはない運賃を払い目的地まで運んでもらうこととなる為、基本の移動手段はどうしても徒歩になってしまう。一部のお金持ちは自分専用の馬車を所有している。スキラの仕えているバニス家もその例に漏れず馬車を所有している。


 そして馬車の荷台には二輪型と四輪型という二種類の型が存在する。


 二輪型は人や小さく軽い貨物を運ぶのに利用し、四輪型は二輪で運べないものや長期間の旅行をするときに利用されている。二輪型は馬一頭、四輪型となると馬が二頭必要になる。


 その為、馬車屋は基本二輪型馬車しか置いていないし、お金持ちでも四輪型を持っている人はこの辺りの地域にはあまり居ない。必要な馬が多いと馬ごとに面倒を見なくてはならず、餌や体調管理などに莫大なお金がかかる。しかも馬車と馬、両方を持っているところはほとんどない。馬車だけ持っていて馬は持っていないというのが多い。理由としては馬車は替えが必要ないが、馬は途中で替える必要が出てくるからだ。


 馬は生き物故に一日に走れる距離が決まっているし、途中でケガをしたり体調を崩したりした場合はその地点で替えなくてはならない場合がある。急いでいるときや、回復が見込めない場合などがそれにあたる。その為、馬は馬車屋から借り、駄目になったらまた馬車屋で別の馬と交換する。これを繰り返し長い距離を進んでいくのが基本とされている。こういった事情から馬二頭分の費用が必要になる四輪型はあまり利用されず、一頭分で済む二輪型が広く利用されているのである。


 つまり目の前にある四輪型は貴重かつ高価なものなので維持費が相当かかる。


 この人数で旅をしているのだから馬車の容量は多くなくてはいけない。だから四輪型なのは当然だろうが、これに乗って長い間旅をしているということは相当なお金持ちということになる。


 そう、スキラが仕えているお屋敷よりも。少し考えただけでもスキラは冷汗が止まらなくなっていた。


「えっと、馬が二・三頭必要なはずですけど、ちゃんと借りてきているんですか……? もしまだなら今借りてきますが……というか、皆さんどれだけお金に余裕があるんですか……?」


 ――――――ま、まあ、酒場の依頼で稼げる額が相当大きいなら納得なんだけど……でも本当にお金はあるのか?



 止まらない冷や汗を袖で拭きながら恐る恐るスキラは財布の中身を確認する。念のため馬を借りれるだけのお金があるか見てみたが、所持金では馬一頭も借りられないことを改めて確認する結果となっただけだった。財布の中身に虚しくなりながら軽い財布をこそこそとポケットに閉まっていると、ライラは衝撃の一言を述べる。


「馬は必要ないよ、この車(ジョセフィーヌ)には」


 スキラから「へっ」と拍子抜けな声が漏れる。驚きで危うく財布を落としそうになった程にスキラは驚いた。馬がいらない馬車。いや、それではもはや馬車ではない。というか坂道を落ちていくことしかできないただの大きな荷物という認識だからだ。


「馬車でもなければ、荷物でもねえぞ」

「あれ、声に出してました?」

「ああ、駄々漏れだ。動揺しすぎだ」

「す、すいません」


 スキラのジョセフィーヌへの態度に不満を持ったグラズはスキラを凄い形相で睨み付ける。そんなグラズとは裏腹にギュンターはニコニコしている。


「これは【奇動車(きどうしゃ)】というものですぞ」

「キドウシャ?」


 ギュンターは未だ理解出来ていないスキラに丁寧にゆっくりと説明を始めた。この白銀の四輪車は【奇動車】と言って馬に頼らなくても人や荷物を運ぶことのできるものだという事を。そしてなんとも技術の発展は早いもので、【奇石(きせき)】の力を使って動くという事を。


 これまで【奇石】を使った日用品はランプや街灯等の照明に使う位しか、バニス家で下働きをしているスキラの身近には存在しなかった。スキラ当人からすればレプリスは大きな街と認識しているが、この世界の五大大陸に存在する都市からすれば世界地図にギリギリ名前が載るか載らないかのレベルの小さな田舎街である。


 世界の主要都市では日々【奇石】による技術発展が行われているが、構想から開発、様々な実験を経てからの実用化には多大な時間がかかる。実用化してからも更に世界の隅々まで浸透させるには大量の年月と費用がどうしてもかかる。【奇石】自体の出現から6年程の歳月で、世界の隅々まで浸透しているのはギリギリ照明としての技術だけであった。


「スキラ殿は【奇石】を使った物を見た事や使用したことはありますかな?」

「僕は屋敷の照明が【奇石照明(きせきしょうめい)】を使っているのでそれに明かりを灯す位ですかね。他の物は見た事もないです。でもあの照明を付けるとなんかどっと疲れるんですよね」

「ほっほっほ、疲れるのは体内の【マナ】を使うからですな。【奇石】が使われた物を使用するには生物の体内に巡る生命エネルギーである【マナ】を使用するのです。使うと倦怠感が現れたりするのは、生存本能が使い過ぎを忠告しているのですぞ」

「じゃあ使い過ぎれば」

「眠りにつくか、下手をすればそのまま死ぬ可能性も無きにしも非ずですぞ?」

「怖っ!?」

「ほっほっほ。毒草でも使い方を変えれば薬となる様に、どんな便利なものも使い方を間違えれば己に牙を剥くこともあるということですな。【マナ】は眠りにつけば回復するものですし、一日に本能の忠告を無視して使い過ぎなければ問題無いですぞ」

「そうだったんだ……。知らなかったです、気を付けます」


 知らずに【奇石照明】や【奇石】を使った他の道具を使い過ぎていたらと考えただけで背筋がゾッとした。使用する際は注意しようと心に決めたスキラはギュンターの説明の続きを真剣に聞く。


「【奇石】が発見され、ここ数年で【奇石】による技術革命が五大都市を中心に行われたのです。未だ五大都市にしか存在しない技術も多いのですからなぁ。その中でもこの【奇動車】という技術はその中でも未だ知らぬ人が多いですな。大きな【奇石】と特殊な水の入った容器が車体に埋め込まれており、それを【奇石回路(きせきかいろ)】と呼ばれる導線で車体全てに巡らせる様に繋ぎ、エネルギーを循環させ動くのですぞ」

「特殊な水って何なんですか?」

「この特殊な水というのは【マナ(すい)】ですな。【奇石(きせき)】の力のを引き出す源であり、先程話した生物の体内に必ず流れる【マナ】エネルギーと同じ性質を持つということで【マナ水】と呼ばれているのです。その【マナ水】に満たされた【奇石】に外部から別の【マナ】を与える事で内臓された【奇石】は反応を起こし【奇動車】の燃料となるのですぞ。それを【奇石回廊】と【奇動車】内蔵の設備で循環させ、車体全てを動かす動力となるのです」

「は、はあ……?」

「ほっほっほ、思考が追い付かないと言った所ですな。スキラ殿がお屋敷で使っているという【奇石】照明の技術の進化版の様なものなのですがな。【奇石照明】も照明同士を繋ぐのに【奇石回廊】が使われていますぞ」

「そ、そうなんですね」

「後々詳しく知っていけば良いのですぞ。まだ【奇動車】は開発段階の技術ですし、まだまだ改良の余地があるそうですからな」

「何処で開発段階の物なんて手に入れたんですか?」


 それ以前に開発段階の物とはいえ、この【奇動車】はいくらするのだろうか。きっと一生下働きをしていても買えない様な金額だろう物をミシラバ旅団はどうやって手に入れたのだろうか。ミシラバ旅団の誰かがお金持ちか、よっぽどやばい仕事を引き受けたりして手に入れたお金で買ったか、何処かから盗むか位しかスキラには思い付かない程のものであった。


「グラズ殿の知り合いから買い付けたものだそうですぞ。このじじい、その辺りの事情はあまり詳しくは知りませんが盗んだ物では無いので安心して下され」

「そうなんですね、ちょっと安心しました」

「確か技術開発協力依頼を受けているらしいですぞ? 実際の使用感や改善点を上げて一般化する為にと伺いましたなぁ。今の【奇動車】は動かす為には常に操縦者は手首に【奇石回路】を繋ぐ為のバンドを装着し、集中しながらハンドル操作する必要があるのです。あの前についている窓から見える椅子がある場所が運転席で、走ったり止まったり曲がったりをそこに人が座り操作するのです。この旅団ではグラズ殿かこのじじいが交代で運転しておりますな、当番制ではありますが。稀にクロト殿が運転することもありますが」

「クロトってあの、犬なんじゃ……?」


 四足歩行の黒い犬の様な動物。それがスキラの知るミシラバ旅団のクロトである。四足歩行の大きな犬がハンドルを握って運転するなんてどう想像してもありえないのだ。ギュンターはスキラの疑問の意味を理解してか知らずかその話をさらっと終わらせ、【奇動車】の説明に戻る。


「当番の比率が低いだけでクロト殿も運転なさいますぞ。ちなみにこれは開発中の【奇動車】の中でもミシラバ旅団の使用するジョセフィーヌは一番大きく最新型のものですぞ。なにせこの【奇動車(ジョセフィーヌ)】の中で寝泊まりは勿論、簡単な調理が出来る様に設備が整っていますからなぁ」


 自慢気にギュンターが鼻を高く上げ「ほっほっほ」と笑っている。


「確かこの型の【奇動車】は最大八人まで乗る事が出来るよ。中は広い造りになっていて、寝る部屋はベットもあるし十分スペースも確保されているよ。ご飯食べたりするテーブルや椅子もちゃんとあるよ。倉庫も大きいから食料の保管も心配ないし」

「ほっほっほ。この【奇動車】に使われている【奇石】には認識阻害の様な機能があるので、他の方に驚かれにくい様になっておりますな。車体が大きいので街外れでしか走れないのが難点ですが」


 いつの間にかスキラの横にやって来たライラが補足してくれたが聞けば聞くほど現実味が無くなってくる。この大きな車の中に調理スペースがあってテーブルとイス、そして八人程が生活出来るだけの食糧が入る倉庫、そしてベッドまでが備わっているというのだ。【奇動車】が一般化されればもう家がいらなくなってしまうレベルの設備である。もうスキラのキャパシティーを軽く超えた次元の会話となっていた。


「とりあえず中入ろ、そうしたら全部分かるから」


 ライラに手を惹かれ未知の世界へと足を踏み入れる。【奇動車】の中は想像よりも広々としていた。窓も数か所に大きく備わっており外の光も十分届いている。入って正面に食卓テーブルとそれに添うようにして長椅子が用意されており、その右側には簡易的な調理スペースとトイレや別の部屋へと繋がる扉があり、左側には運転席に繋がる扉があった。


 日々生活している家をギュッと凝縮したような空間がここには広がっていた。ここで彼らが揃って食卓を囲み、談笑し旅を楽しむ光景がスキラには想像出来た。


 スキラはこれから何をしたらよいのかわからずあたりを見回す。一通り見て回るのがいいのか、大人しく長椅子に腰かけておくべきか。頭を悩ませているとライラがグラズの背中を押し、運転室に押し込む。


「じゃ、グラズ。サースの丘までよろしくね」

「はあ!? なんで俺が運転しなきゃならねえんだよ!」


 不満が全身から滲み出している。それもそうである、先程までの話からすると一度運転席に付き舵を握ってしまうと目的地に着くまで拘束されてしまう。途中で休憩をとるにしても一時間や二時間くらいでは止まらないだろう。身体を拘束された挙句、集中力を維持し続けるというのはどんな感覚なのかスキラには想像もつかなかった。


 だがライラは「当り前じゃん」と笑顔で言い放ち、無慈悲に運転室の扉を閉める。グラズはライラの強制力に負け、呆れた様子で「はあ……」とため息をつきながらも大人しく愛車ジョセフィーヌを運転するのであった。


※2024/07/04 表記の修正や見やすい様に改行等、行いました。

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奇石の四輪車。 奇石は なるほど そんな使い方を。 世界の仕組みが徐々に見えてきました。 奇石をめぐる冒険が 始まりそうです。
奇動車ジョセフィーヌ、すごくイイ! 中で寝泊まりや料理もできるなんて、キャンピングカーみたいなイメージですよね(*'ω'*) ジョセフィーヌの説明の流れで奇石やマナのことが分かりやすく説明されてて、…
 愛車(召喚)……"ジョセフィーヌ"どんなのだろう?大きな動物??なんて思ってたら!まさかの本当に、愛車(四輪型馬車)!  そして、さらに!!ここで「奇石」に繋がるのですか!  "奇石"の力、生命の…
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