0-3(旧: 003)
あの日の出会いから約3年の歳月が流れたとある春の日。
スキラは17歳となり、少年から立派な青年へと育っていた。相変わらずの下働き生活だが、スキラの日常は最近変化しつつあった。
原因は年頃のエドワードの婚姻問題である。
バニス家次期当主エドワードには年下のヘレンという可愛らしい婚約者がいる。ただしヘレンが可愛らしいのは見た目だけで、中身はエドワード並みの理不尽さを兼ね備えていた。彼女が月に一度エドワードとの交遊の為、屋敷に訪れると必ず誰か一人は何かしらクレームをつけられ不当解雇され続けている。
その為、使用人達は次は自分の番ではないかと内心ヒヤヒヤしながら働いている。先月はスキラにいつも良くしてくれていた料理長が、彼女の嫌いな食べ物を出してしまったが故に解雇された。スキラ自身もいつ解雇されるか分からないが、それでもやらなければいけないことは変わらない。
また今日もスキラはエドワード坊ちゃんに難題な命令を下されていた。
今回は『サイリス近くにある、サースの丘で採れるビックコッコの卵で作ったオムレツが食べたい。3日やるから行って採って来いよ。あ、4日目の昼食に間に合う様に帰って来いよ。ヘレンも遊びに来るから必ずだぞ』とのお達しだ。よりにもよってヘレン絡みの命令であった。
その為、スキラは初めて生まれ育ったレプリスを離れ、一人隣街のサイリスを訪れていた。
サイリスとは、レプリスの隣街でレプリスの二倍は大きな街だ。この街は旅人や商人が次の大きな街までの間に立ち寄る場所で、旅で疲れた身体を休めるのに訪れたり、旅に必要な荷物を買い足すにはちょうど良い街である。そうなると隣町であるレプリスに立ち寄る。
レプリスはサイリスの一番近くにある為、レプリスとサイリスを間違って訪れた者や、サイリスの宿が満室だった者が立ち寄り泊まっていくこともある。
スキラは今回の難題な命令をクリアする為に、この街の酒場の一つを目指していた。
サイリスの様な旅人や商人の通行路にある、ある程度大きな街には彼らが仕事を請け負う為の場が設けられている。それが現在スキラが目指している酒場<長靴を履いた猫亭>だ。
<長靴を履いた猫亭>とはその文字通り猫、猫人族が運営する酒場である。
ここには各地に散らばった猫人族が仕事を引き受けてくるものや、各地の酒場で頼まれた依頼が集まる。それを酒場で職を求む者に紹介するというのがこの酒場のシステムだ。それ以外にも各地の情報に酒や食事も提供している為、ここに寄らない旅人は居ない。
スキラは街の中を歩き続け、やっと長靴を履いた二足歩行の猫のモチーフが描かれた看板を見つける。
このマークが<長靴を履いた猫亭>の看板だ。僕は酒場の扉を開け建物内に入る。酒場の中には羽振りの良さそうな商人が昼間にも関わらず酒を飲みテーブルを囲って次の卸し先の話をしていたり、旅団を組み旅をしているであろう者たちが猫人族と打ち合わせをしていたりと、各々の思い思いに過ごしていた。その隙間を縫う様に、小さな猫人族が行き交い働いている。
猫人族の身長は通常70センチ程である。人より小さな彼らだが、人の様に二足歩行で歩く。そのしなやかな身体と身軽さを生かした立ち回りで、酒場を経営している様は愛らしく、種族や性別を問わず評判だ。猫人族は猫の姿をしているだけで人間に近い生活をしている。その為、人の様に服を着ている。しかも全員が着こなしがお洒落である。その理由は生来の彼らの目利きの良さだ。良きものを存分に生かせる形で表現する能力の高い彼らは、その目利きにより行われる仕事の難易度や求職者への提案も的確である。
しっかり仲介料は取られるのだが、彼らのその的確さに文句を言う者はいない。下手に個人で仕事をするよりは確実で安全、何かあった時の保証付きという好条件を提示している為だ。個人で契約し依頼を受ける際、依頼の詳しい情報や安全性は自分で調べなければいけない。例え依頼を達成しても、依頼人が報酬を渡さずトンズラなんてこともある。逆に依頼人から報酬を受け取るだけ受け取って相手がトンズラすることもある。
だが<長靴を履いた猫亭>で依頼する場合、依頼主は報酬金を先払いし、猫人族がその報酬金を預かる。そして適した相手に仕事を紹介し、その依頼の情報や地域の地理や危険性を紹介する。依頼を達成すると依頼主に依頼品を納品後、仕事を引き受けた者は<長靴を履いた猫亭>が依頼主から受け取った報酬金の八割を渡すというシステムだ。二割は紹介料・仲介料として<長靴を履いた猫亭>のものになる。それによって仕事を請け負った者は情報を頼りに依頼に赴ける。依頼主も安心して報酬金を預けることが出来る。
猫人族は情報や信頼性を売りにしている為、間違った情報はほぼ無い為、忠告を守れば安全にその依頼をこなせる。その為の情報料だと思えば、自分で情報をかき集めるより何倍も安いし安全だ。
彼らのこだわりは自らの強く自らの服装や仕事だけではなく食事にもこだわりがあり、彼らが作る料理や酒にも猫人族ならではのこだわりが、どの街の<長靴を履いた猫亭>にも表れているという。
彼らの料理食べたさに大きな街を何個も中継して旅をする者も多い。
スキラは初めて出会うそんな働き者でお洒落な彼らを眺めながら依頼コーナーに向かい、そのカウンターにいる茶色に縞模様の入った毛並みの猫人族に話しかける。
「いらっしゃいませにゃ。吾輩はトラと申しますにゃ」
「えっと、初めてなんだけど。依頼とかって出来るんでしょうか」
「はい。出来ますにゃ。なんの依頼かにゃ?」
「サースの丘のビックコッコの卵の調達を依頼しに」
「にゃんと!? あのサースの丘のですと」
トラは驚いて目を丸くしている。何かおかしなことを言っただろうかとスキラは少し不安になる。
「サースの丘のビックコッコはこの辺りでは『触らぬコッコに祟りなし』という格言がある位、サイズも大きく凶暴なのですにゃ」
「え、そんなに?」
「きっとこの依頼を出してもやりたがるお客人は居ないにゃ。よっぽど報酬が良ければ可能性もありますがにゃあ……」
「と言われても……手持ちはこれだけで」
スキラが今回の命令で渡されたのは宿泊費と食費、入手費込みで5000リルである。どんなに安い宿に泊まっても一泊700リル、それを二泊で1400リル。食事も一食300リル。一日二食しか食べないにしたって600リルを3日で1800リル。合わせて3200リル。残り1800リルだが、これもギリギリな予算計算でだ。依頼料として出せるのは1500リルと考えた方が良い。
スキラが懐事情を説明するとトラは少し唸った後何かを思い出し声を上げる。
「うーん……あ。あの方達が確か今日ここを訪れると言っていましたし、きっと彼らならそれでもやってくれるかも知れませんにゃ」
「彼らって?」
「それは――――」
「はー、つっかれた。マスター飯、飯」
「まだ眠いけどお腹減ったよぉ」
「ほっほっほ、このじじいもお腹が減りましたのぉ。マスター、この老いぼれ達4人にサマーサを」
「クゥーン」
勢いよく開いた扉から入ってきたのは少女を横抱きにしている30代と思わしき男性。その男性に身を任せ眠たげ眼をこする人形の様な暗灰色の髪の美少女。荷物を持った褐色の肌に白髪に髭の年老いた男性に、後ろから呆れる様について来る黒い犬の様な生き物だった。
スキラは彼らの中に見覚えのある顔を見かけ、思わず叫ぶ。
「あーーーー!! ギュンターさんにライラさん!? 僕です、3年前 レプリスで貴方方に助けてもらったスキラです!」
「……おぉ! ほっほっほ。これはこれは懐かしい顔ですな、お久し振りですのぉ。スキラ殿」
「あ、スキラくんだ。久しぶり、また逢えたね~」
スキラの見間違いではなかった。現れたのはあの日スキラを助けた、ギュンターとライラであった。
スキラ達は約3年ぶりの再会を喜んでいた中、ライラを横抱きにしたままの男がスキラを渋い顔で睨み付ける。スキラはその視線に一歩後ずさった。
「あ゛、誰だコイツ。お前の知り合いか?」
「うん、前にレプリスに遊びに行った時に道端でしゃがんでいたの見つけたの。ね、ギュンさん」
「ほっほっほ。あれはもう3年程前の出来事でしたな」
「ライラよぉ、なんでもかんでも拾うんじゃありません! 爺さん時も言っただろうが!」
「別にヤバイものは拾ってないし、見つけてちょっと助けただけだもん。……って、グラズ目付き悪ーい」
ライラは横抱きにしている男・グラズの眉間をグリグリと人差し指で押す。
それを止めいと口では抗議しながらもライラにされるがままでいたグラズは、はあと溜め息を一つつくと素直にスキラを睨むのを止めた。先程までのピリッとする空気とは打って変わって、グラズの纏っていた空気が少し柔らかなものになる。それを察してか、トラがグラズの近くにやってくる。
「にゃにゃにゃ。ミシラバ旅団のグラズ様。お久し振りなのですにゃ。今グラズ殿達に頼みたい依頼がきたのにゃ」
「ああ? 見ての通り今ここに着いた俺らにか?」
「は、はいですにゃ。この彼からの依頼なのですにゃ」
トラはグラズの機嫌の悪さを察知し冷や汗をかきながら、その短い腕をスキラの方に向けグラズたちにアピールする。グラズたちの視線が向けられ、スキラは慌ててこれまでの経緯を説明する。
「――――そんな訳でサースの丘のビックコッコから取れる卵の依頼で。それをやってくれる人を探してて」
「いくらだ?」
「仲介料引いて1200リルですにゃ。如何ですかにゃ」
「ヤ、だね。今来たばっかでこちとらヘトヘトなん……」
グラズが文句を零しているとライラからの視線が気になり口を一度閉ざす。眉間に皺を寄せながら、何か言いたげなライラに問いかける。
「……なんだよ」
「ビックコッコの卵ってオムレツにすると、とーっても美味しいんだって~。食べたいなぁ」
「あのな、お前はさっきまで寝ていたから元気だろうが、俺らはさっきまで」
「――――ね、いいでしょ?」
満面の笑みと共に紡がれた言葉には何故か決定事項の様な雰囲気があり、グラズが拒否出来る雰囲気は一切無く承諾する他なかった。
「あ゛ーもうっ、分かったよ! 今回は悪かったって。コッコの卵だろうが何だろうがお前の望む通りにしてやるから、機嫌直してくれ!!」
「なら引き受けてくれるよね?」
「ああ。お前の望むままに」
「……という訳だから、その依頼はミシラバ旅団で引き受けるけど、みんな良いかな?」
「ほっほっほ。この老いぼれも楽しみですぞ」
ギュンターはウィンクをスキラに向けながら賛成し、足元のクロトは無言で尻尾を振り、賛成を示していた。そんな様子に一つ大きな溜め息をつくとにこにこと微笑むライラを二人掛けの椅子に座らせ、その隣にドスッと勢いよく座り、グラズは横に居たトラに依頼書を持ってくる様に促しそれにサインした。
「にゃにゃ、サインもしっかり書いてありますにゃ。これで契約完了にゃ」
「うちの団員がやるって言ってんだ。少ない料金でやってやるんだ。勿論、お前も働けよガキ」
「えっと、スキラ・フーリエです。僕の名前」
「とりあえずご飯、ご飯。お腹すいた~。トラくん、スキラくんの分も同じの追加でよろしくね」
元気の良い返事と共にトラは厨房へと消えて行った。ライラの正面にある二人掛けの椅子に座ったギュンターに隣に座る様促され、遠慮しながらもその席に座る。グラズがこちらをじーっと無言で観察する様に睨み付けており、スキラは気まずさに目線を目の前の机に落とす。空気の悪さが漂う中、ライラが呆れた様にグラズを一目見てから、スキラを気にかける。
「あー、放っておいていいよ。グラズが機嫌悪いのは今に始まったことじゃないし。ちょっとここに来るまでも色々あったんだよね、色々。スキラくんは元気だった? 大きくなったよねぇ、私はびっくりだよ」
「あ、はい。相変わらず坊ちゃんに振り回されていますが、なんだかんだで元気にやってました。気付いたら身長もあの頃より50センチ位伸びました。お二人は3年前から変わっていませんね。ライラさんは僕と同い年位に見えてたから、もっと背とか伸びてるかと思っていました」
「うっ、私だって伸びたかったけど色々あって成長しないだけだもん。それに多分、というか絶対スキラくんより年上だもん」
いじけた様に頬を膨らませそっぽを向く彼女に慌てて年齢を聞き返す。
「え、僕は今年17歳になったのですが、ちなみにライラさんは……?」
「……今はまだ18歳だけど今年で19歳ですが何か? ずーっと伸びてないけど何かー??」
「す、すみませんでしたああぁ!!!!!!」
スキラはさぁーっと引いていく血の気を感じながら、涙目になりながらテーブルに勢いよく頭を下げ謝る。勢い余りゴツンと良い音をさせながら謝るその姿にライラはふはっと込み上げる笑いを耐えられず、そのまま破顔させて笑う。
「ふふっ。ごめんごめん、謝らなくていいよ。気にしてないし、わざと言っただけだから」
「え、でも、ごめんなさい。僕、何も考えずに……。もしかしてギュンターさんにも失礼なこと言ってしまったかもだし」
「いいっていいって。おでこ真っ赤になっているよ~、よしよし」
「ほっほっほ、ちなみにこの老いぼれが年をとった様に見えないのは、単に年寄りだからあまり老けないだけですぞ」
「ってか爺さんのはその髭や身なりのせいだろ」
そう言ってグラズは呆れた様にギュンターにツッコミをいれた。ライラはスキラのおでこに手を伸ばし赤くなった所を優しくそっと撫で、ギュンターはスキラの頭を大きな手でポンポンと軽く頭に手を当てる様に撫でる。床で寝転がっているクロトも面白かったようで顔を綻ばせ、無言でこっそりパタパタと尻尾を振っていた。
そんなやり取りをしている間に料理が出来たらしく、トラが料理を乗せたお盆を持ってやってきた。
明るく元気な声で「お待ちどう様ですにゃ。五人前、サービスでちょっと多めにゃ」と声をかけると、手際よく料理の乗った大きな皿をテーブルの中心に置き、その後取り皿と水の入ったグラスとクロト用と思われる深めの水の入った皿を4人と1匹の前に置いて一礼し去って行く。
「お、やっとか」
「ごっはん~、ごっはん~。今、クロの分取ってあげるね」
ライラが取り皿に一つ取り、クロトの前に差し出す。スキラとしてはクロトに人間と同じ食事で良いか分からないが、ライラがあげているということは良いのだろう。
「いい匂いですね、これは何て言う料理なんですか?」
「これは"サマーサ"と言ってこのサイリスの郷土料理ですぞ」
ギュンターの説明によると、街を出て西に少し行くと港が近くにあり大量の魚や仕入れ品が手に入り、北にはサースの丘や農場や牧場を営める広大な土地がある為、家畜や野菜も豊富にこのサイリスに集まる。その環境を最高に生かした料理がこのサマーサだという。
サマーサとは、港から届くスパイスや魚と北の農場で採れた豚肉を少量に細かく切った大量の野菜とスパイスを混ぜ、それを小麦粉に水を入れ薄くのばした皮に包み、三角形の形に整えて油でカラっと揚げた料理とのことだ。地域によっては同じものを売っているところもあるらしいが、サイリス魚という白身魚がメインなのがサイリスの特徴だと言う。
「この形も持ち運びや食べやすさを考え、この土地の方々が考えたものなのですぞ」
「へぇー。相も変わらず博識だな、爺さんは」
「ほっほっほ、無駄に歳は取っていないのですぞ」
「さっさ、もう食べようよ。冷めちゃう」
ライラの待ちきれないという言葉に釣られた様に誰のものとも分からない腹の虫が鳴き出す。それを合図にスキラ達は食事を開始する。ギュンターがさっと気付かぬ内に取り分けてくれた皿の上のサマーサを片手で持ち、一口頬張る。その瞬間サクッとした音と共に肉汁と魚の油が口の中に染みわたる。口の中には溢れんばかりの具材の味とスパイシーな辛さが占めていく。
「んーーーーっ。美味い、美味しいです。これ。ピリッと辛いけど、魚とか野菜とかいっぱいで」
「ほっほっほ、気に入って頂けた様で何よりですぞ。相変わらずサイリスのは魚の味が美味ですのぉ」
「俺はもう少し肉が欲しいがな」
「グラズ殿は若いですなぁ」
「俺はまだ若いんだよ、爺さん」
「魚も良いものではありませんか」
グラズとギュンターがそれぞれに具材のこだわりを話し始める。そんな会話を楽しそうだなと聞きながら何故か食べ始めてからずっと無言なライラが気になり、視線をそちらへ向ける。
「美味しいですね、ライラさ――――」
そこにはもきゅもきゅと両手でサマーサを持ち、小さな口を大きく開け無言で食べ進めるライラの姿があった。
無我夢中。そんな言葉が頭を過ぎる。どれだけお腹が空いていたのだろうか、既に手に持っているものは後に三口で無くなりそうだ。最後の数口を食べ、口いっぱいに入っていたであろうサマーサをしっかりと咀嚼してごくんと飲み込んでからライラはふはぁと少し息を吐き、幸せそうな顔で言葉を紡ぐ。
「あーー……生き返るぅ……ほんと美味しいね」
「お腹空いてたんですか?」
「ここ3日何も食べていなかったからお腹減っていたんだよね、その前も色々あって食べてなくってさ~」
「3日っ!? なんでそんなに食べていなかったんですか!?」
3年前出会った彼女は、大人ですら5個で良いベネットを約30個近く買い込み完食していた。その時別腹とすら語っていた程の大食漢であるライラが3日も食べていないことは、スキラからすれば異常事態に聞こえた。
「まあ寝てたからね。ついさっきまで」
つい先程までとはもしかしてこの<長靴を履いた猫亭>に入って来る直前だったのではないか。入って来た際、目元をこすっていたことを考えると、スキラの予想はあながち間違っていないと思われた。だが、それまで三日間眠っていたなんて、何があったら3日も眠り続けるのだろうか。少なくてもスキラは3日も飲まず食わずで眠り続けたことはない。
「そういう病気……みたいなものだから気にしないで。ただ眠っちゃうだけなんだ。でも起きるとお腹が空くんだけど、寝起きなんだから身体に悪い~あんまり多く食べるな~って怒られるんだよね」
「うーん、寝起きにいっぱい食べるのは確かに体に悪いと思いますが」
「ほっほっほ、スキラ殿の言う通り。ライラ殿、2個までで止めるのですぞ? 身体の機能もまだちゃんと起きておりませんでしょうし」
「うー。もっと食べたいのにーー。グラズのせいでぇーー!!」
「うるせっ!!大人しく大事に残りの1個食べろ!」
「晩ご飯、いっぱい作ってよね!」
「あー、わかってるって。文句言ってねえでさっさと食え、ほら!」
ポコポコと両手で隣に居るグラズの二の腕を殴るライラに、適当に相槌を入れもう片方の手で大皿からサマーサを一つ取りライラの口の前に差し出す。それを不満そうにも口で受け取りグラズを殴るのを止め、両手でサマーサを持ちもぐもぐと再び食べ始める。それを見てグラズはふっと口元を緩め食事に戻る。
――――――なんだろう、この二人の関係は。まるで親子の様な、いやそれよりも近い関係の様な。
二人のやりとりをぼーっと眺めていたスキラに、突然ギュンターが目の前にサマーサを持った手を差し出す。
「早く食べないと無くなってしまいますぞ?」
「え、あ、はいっ」
「あれはいつものことなので、気にする必要はないですぞ? グラズ殿はライラ殿に甘いのです」
は、はあ。と何とも情けない返事をしながら、ギュンターからサマーサをもう一つ受け取る。なんだかんだ会話をしながら食べていたから気付けなかったが、全員が最後の一個に口をつけている様だった。スキラもそれに合わせる様に黙々と食べる。食べ終わり少し経った頃、グラズが残っていた水を一気に飲み立ち上がり先に歩き出す。
「行くぞ」
グラズの一言にそれぞれが返事をし立ち上がり、まるでその言葉を待ちかねていたかの様にグラズの後を追う。スキラもそれに合わせ自分の荷物を持ち彼らの後ろを遅れないよう付いて行く。ギュンターが会計をしているのを横目に、スキラはライラに片手を引かれながら酒場を後にした。
※2024/07/04 表記の修正や見やすい様に改行等、行いました。