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奇石奇譚  作者: 紫藤まり
~5th anniversary 記念SS~
23/23

~5th anniversary 記念SS~

――――――これは何処かの世界線で起きた物語。

 満月へと至る前日。


 ポストを覗くと貴方(わたし・おれ)宛に一通の藤色の封筒が届いていた。

 送り主の名を確認すると『紫藤(しとう)まり』とサインされており、驚きで目を見張った。その名前は貴方(わたし・おれ)の愛読するファンタジーWeb小説【奇石奇譚(きせききたん)】の作者の名だったからだ。


 某小説投稿サイトでファンタジー作品を読み漁っていた時、偶然この作品に出会ってからずっとひっそりと応援している。一時期連載が止まって続きがもう読めないかと不安にもなったが、二年程前から連載が再開した思い出の作品でもある。


 最初の頃はひっそりと読むだけで恥ずかしくて感想が書けなかったのだが、作者本人がSNSで『良かったや好きだけの感想でも嬉しい』と書いていたのを見かけ、勇気を振り絞り初めての感想を送ったのをきっかけに感想を書き、その返事を本人からもらったりとやりとりをする様になった。最初はたどたどしかった感想も最近では、たまに推しへの愛や物語への想いが溢れ出し熱量高めな感想へと進化したが、当時と変わらず不定期な更新を毎日今か今かと楽しみに待っていた。


 そんな作品の作者を名乗る人物からの手紙に一ファンとして興奮を隠しきれず、部屋の中に入ると急ぎ封筒の端をハサミで切り落とした。


 封筒の中からは一枚の白いポストカードと、蒼い花が描かれたステンドグラス風の金色の栞が入っていた。

 白いポストカードの本来住所が書かれている筈の裏側には何も書かれておらず、表側には丁寧な文字が書かれており、貴方(わたし・おれ)は慌ててその内容を確認した。


『奇石奇譚を愛する方へ。この手紙が届いたという事は貴方は中々な奇石奇譚好きですね。いつも読みに来てくださりありがとうございます。日頃のお礼になるかは分かりませんが、そんな貴方にちょっとしたプレゼントを送ろうと思います。今日眠る際に同封の栞を枕の下に置き、奇石奇譚の物語を思い浮かべて寝てみてください。これは今宵だけの特別なおまじない、本日限定ですので注意してくださいね』


 ポストカードにはそれだけしか書かれていなかったが、推しの作者からのメッセージと思わる事や、今夜限定と言われるととりあえず試してみたくなるのが人間って言う生き物である。試すだけならタダだからだ。


 忘れない様に貴方(わたし・おれ)は栞を枕の下へと置くだけ置いてから、夕食の準備を始めた。夕食を食べ終わると素早くシャワーを浴び明日の支度をし、早めに眠りにつく為ベッドへと入る。


 ポストカードに書かれていた内容が嘘か本当かは分からないが、もしかしたら何かが起こるのではないかと幼い時の様に純粋にワクワクしていた。嘘だったら嘘で、作者である紫藤さんに真偽を確かめれば良いだけである。


 貴方(わたし・おれ)は眠りに着くまでポストカードに書かれていた通りに、【奇石奇譚】の事を考えた。作中に出てくるスキラやミシラバ旅団の事を、街並みや食テロ描写を。まだ投稿されていないこれからの先の物語を想像しながら、彼らの冒険譚を脳内で思い浮かべた。


 ウトウトとしていたまでは意識があったが、気付けば貴方(わたし・おれ)は深い眠りへと誘われていた。







 とある日の事。


 スキラは突然ライラとクロトに"とある場所"へと呼び出された。何故か暗号の様に書かれたその置き手紙を頼りに、特に何の用事とも言われず謎の場所へと呼び出されたスキラは、謎の扉を開けその部屋へとそっと入った。


「――――――あ、来た来た。いらっしゃ~い」

「……思ったより遅かったね」


 窓はないが温かみを感じるクリーム色の様な色味の壁が広がる部屋の中には、備え付けのキッチンだけではなくテーブルやソファー等の家具も少しばかり設置されており、ライラ達は四人掛けのテーブルの椅子に座っていた。スキラは空いている椅子に座り、置き手紙の内容に口を尖らせ抗議する。


「だってこの暗号みたいなの分かりにくかったんだもん……。というかライラもクロトも何かあったの? そもそもここは何処なの?」

「ふふふっ。実はね、今日は私達三人にって"とある方"から依頼が来ているのだよ。この場所はその方が用意してくれた場所なんだよ」

「……三人宛だったから他の団員達には内緒でここに集合したって訳。バレたら煩そうだしね」


 スキラの手に持つ手紙にも謎の暗号文だけではなく、『他の団員達に気付かない様に』と注意書きがあった。その為、スキラは知恵を振り絞り一人でこの暗号を読み解き、なんとかここまで来たのであった。


「その"とある方"って誰の事なの……?」

「あれ? スキラ、今日が何の日かも知らないの?」

「……まあ普通分からないよね。でも君は分かっても良いと思うけれど……」


 スキラの問いかけに逆にクエスチョンマークを浮かべるライラは、何かを計画しているのか普段よりウキウキしており、クロトもいつもより少しテンションが高そうであった。


「スキラ、今日は私達にとって、とっても大事な日だよ~」

「……なんて言っても"奇石奇譚(きせききたん)の連載開始から五周年"だからね」

「…………あっ!! そういえばそっか、もうそんなに経つんだね」

「主人公のスキラが忘れちゃダメでしょ~」

「…………まあ実質休載期間もあるし、五年目って感じもしないかもだけれどさ」

「そ、それは言ったら作者さんが泣いちゃうよっ」


 なんと本日は"奇石奇譚・連載開始日"。作者の休載期間も込みで、とうとう六年目に突入しようとしていたのである。


「折角だし、何か日頃の感謝を読者様に出来れば良いよね~という事で作者さんが計画し、その手伝いにと呼び出されたのが私達年少組三人って訳だよ」


 ライラは一枚の手紙をスキラへと見せる。そこには『緊急依頼です。今晩この世界の18時頃、この部屋へ読者様を招待します。今晩来る方は貴方達の事が大好きな方です。今回はスキラ、ライラ、クロトの三人でお迎えをし、読者様への感謝を作者の代理として伝え、是非貴方達の冒険譚を話してあげてください。おもてなしの方法は任せます。あ、でも他の団員には秘密でお願いしますね』と書かれていた。


「な、成程……。なんでこんな呼び出し方なのかや依頼なのは理解出来たけれど、何をしたら良いんだろうね。僕らに出来る事って何かな? 日頃の感謝の気持ちを伝えるとか……? うーん……」


 三人は自分達に出来る事を思案する。今は昼過ぎだがこれから何かをするのであれば準備もしなければならない為、考える時間は限られていた。暫くの沈黙の後、クロトはぼそっと自分のアイディアを告げる。


「……記念なんだし無難にパーティーでもすれば良いんじゃない? 読者様、この部屋に来るんだし」

「あ、確かにそれいいね! ならケーキとか何かプレゼントも用意しようよ~」

「後は何か部屋の飾り付けとかしてあっても良いかもだよね、お誕生日会的な感じの」


 それぞれがパーティー案を出しどんなものが必要か、どんなケーキや料理を買うかと話し合う。


「……じゃあ三人で買い出しに行こうか。ケーキとか色々買いに」

「行こう行こう~」

「早く買って帰って、読者様が来るまでに用意しなきゃだね。頑張ろうっ」


 話が纏まった三人は楽し気に街へと買い出しに向かった。







 街へ買い出しに行ったスキラ達三人は無事買い出しを終え、謎の一室を飾り付けお客様を迎える準備を無事終えたのは夕方であった。


 その際宿屋に一瞬だけクロトが戻り、グラズ達には三人でご飯を食べたり夜店を見てくると告げてきた為、三人は心置きなく準備に集中する事が出来た。何も言わずに長時間街からいなくなれば大騒ぎになる可能性もあるからである。


「――――――ふぅ、終わったね」

「高い所の飾り付けありがとうね、スキラ」

「ううん。僕はただ飾り付けただけで、飾りを作ってくれたのはほとんどクロトだから」

「……適材適所だよ、まあ」

「クロトもお疲れ様~。こっちの料理の準備も完璧だよ~」


 ライラが立つキッチンから漂う出来立ての料理の匂いに、スキラとクロトのお腹がぐぅと鳴る。既に日も暮れており、彼らのお腹はペコペコであった。


「ふふっ、夕食はもう少し待ってね~」

「さ、流石にお客様が来る前に食べないよっ?」

「……まあ、もう来るでしょ。もう時間になる」


 支度を終え四人掛けのテーブルセットを三人で囲み、今か今かとゲストが来るのを待つ三人のいる部屋のドアからノックの音が響き渡る。スキラはその音に慌ててドアへと向かい、そっと扉を開け笑顔でゲストを部屋へと招き入れた。







 貴方(わたし・おれ)は何処かへ向かっていた。


 暗い道をランタンを片手に持ち、何故か枕の下に置いた筈の栞をもう一方の手に持ち歩いていた。此処が何処だかも目的地も分からない筈なのに、何故かこの先を真っ直ぐに行けば良い気がした。


 黙々と暗い道を進むと遠くに灯りが見えた。灯りまで歩いて向かうとそこにはぽつんと青い扉があった。片手に持っていた栞はその扉の向こうへと溶け込み消え去った。


 貴方(わたし・おれ)は扉をそっとノックした。少しの沈黙の後、室内から現れたのは金髪の癖っ毛を一つ結びにした青年で、知り合いではない筈なのに何処か見覚えがある気がした。青年は笑顔で出迎え、貴方(わたし・おれ)を部屋へと招き入れた。



 室内は何処かアニメの様なファンタジーみのある見た目をしていた。

 キッチンも昔の海外キッチンの様だったり、壁は温かみを感じるクリーム色の塗り壁で、室内の家具は木製品が多く貴方(わたし・おれ)の居た時代との違いを感じた。ランタンを預け四人掛けの一番奥の空いている席へと案内され座ると、金髪の青年は目の前の席に座り話しかけてきた。


「とりあえずようこそ。こんな所まで遥々来てくださり、本当にありがとうございます」

「今日は私達三人だけだけれどゆっくり寛いでいってねっ」

「……飲み物何が良い? アップルジュースかお茶もあるけれど」


 隣に座っていた黒髪の青年がキッチンへと向かい数種類のドリンクを出し、貴方(わたし・おれ)へドリンクを提案した。黒髪の青年は貴方(わたし・おれ)が選んだドリンクをグラスに静かに注ぎ入れ、貴方(わたし・おれ)の前に置いた。全員分のドリンクを用意し、黒髪の青年が着席すると貴方(わたし・おれ)の正面へと座った金髪の青年は改めて挨拶をした。


「急に招待されて驚きましたよね。あ、まずは自己紹介ですね。……改めまして、僕はスキラ、スキラ=フーリエです。隣の彼女はライラで、貴方の横に座っている男性がクロトです」

「一応初めまして、かな? 私はライラだよ~。いつも読みに来てくれてありがとうね!」

「……クロト、です。……えっ……と、感想やいいねもいっぱい僕らにも届いているから……その……ありがとぅ…………」


 その名前は【奇石奇譚】に出てくる登場人物達の名前であった。状況を読み込めてはいなかったがとりあえず戸惑いながらも三人の自己紹介に合わせ、貴方(わたし・おれ)が名乗る。貴方(わたし・おれ)の名前を聞いたスキラは、瞳を輝かせ此方を見つめていた。


「わっ! いつも読みに来てくれる人ですよね!? いつも読みに来てくれてありがとうございますっ!! 感想の事も聞いてますよ!」

「……ちょっと。そんな勢いよく話しかけるからゲストの人も驚いちゃってるよ」

「あははっ、目の前に自分たちの話を読んでくれている人が来ちゃったらそうなっちゃうよね~」


 呑気にその様子に笑うライラや呆れた表情を浮かべるクロト、瞳を輝かせ此方を見ているスキラ。どう見ても貴方(わたし・おれ)の目の前には日頃読んでいる【奇石奇譚】のキャラクター達が居た。


 最初見覚えがある気がしたのは、作者がたまに某SNSサイトに載せたイラストで見たからであったのだ。特にライラの容姿は作者の某SNSサイトの画面や某小説サイトにも載っていた為、一番見覚えのある顔であった。


 作中に容姿の記載はあったが、ほとんどが想像で補ったものであった貴方(わたし・おれ)にとって実物のライラとクロトの美少女・美少年度合いは凄かった。現実の世界でならアイドルやモデルになれる程の整った容姿であった。そういう意味ではスキラは普通の青年という感じではあったが、とても優しそうな顔つきの青年であった。


 三人の顔を順々に見つめながらも驚きで声が出ない貴方(わたし・おれ)は、やっとの思いで一言発した。


「……ん? 本物かって?」

「本物と言えば本物だよね、私達」

「僕らも作者さんからの緊急依頼で今日貴方をお招きするっていう事で、この場所に集まったんだよ」


 三人に本物かと問いかけると、彼らはきょとんとした表情を浮かべながらそう語った。戸惑いの隠せない貴方(わたし・おれ)の様子にライラは指を口元に当て、内緒とアピールした。


「しぃー……。今日は"特別な日"なんだからこれ以上詮索しちゃダメだよ。まだ此処に居たいでしょ?」


 その言葉は何処か諭す様に優しく告げられ、貴方(わたし・おれ)はこれ以上今が現実なのか夢なのか、目の前の彼らが本物で偽物なのか考えるのを止めた。これ以上考えたら()()()()()()()()()()()()気がしたからだ。話を切り替える様にライラは立ち上がり、キッチンへと向かった。


「さて、と。今日はね、沢山料理を用意したんだよ~。今運ぶねっ」

「あ、僕もテーブルに運ぶの手伝うよ」

「……今日は君の為にパーティーの準備をしたんだ。折角だし楽しんでいってね」


 貴方(わたし・おれ)は改めて周りをよく見渡すと、壁には『祝・奇石奇譚五周年!!』と書かれ横断幕と折り紙の様な紙で作られた物で装飾が施されていたり、花瓶には見た事のない花が飾られていたりと、お祝い感のある部屋に仕上がっていた。飾り付けをじっくりと見ていると、コトンというお皿が置かれる音と共に、出来立て特有の温かで美味しそうな匂いが漂う。目の前のテーブルへと視線を動かすと、そこには沢山の出来立ての料理が並んでいた。


「……これで一応全部かな」

「デザートは別に用意してるから、そのつもりで食べてね~」

「まずは乾杯しましょっか。さ、グラスを持って」


 スキラに促され、貴方(わたし・おれ)は先程クロトが注いでくれたアップルジュースの入ったグラスを掲げる。乾杯の音頭に合わせカツンとグラスを軽く合わせ一口飲む。爽やかな甘酸っぱさが飲みやすくもう一口、もう一口と飲み進める。


「美味しい?」

「……気に入ったのならまだあるから、ゆっくり飲んでね」


 そんな貴方(わたし・おれ)の様子を見てライラはニコニコとしながら問いかけ、クロトはぼそりとおかわりも出来ると告げた。目の前に座るスキラも微笑ましそうに見つめられ、貴方(わたし・おれ)は少し恥ずかしくなった。


「冷めないうちに料理も食べないとね。ライラ、今日のメニューは?」

「んとね、スープパスタにサラダ、パンに串焼きにオムレツに……後はデザートって感じだよ。スープパスタは前にギュンさんが作っていたやつの再現をしてみたんだ~」


 ライラのメニュー説明を聞き、貴方(わたし・おれ)は作中に出てきた料理だと直ぐに分かった。それはよく深夜に読んで食テロされていたメニュー達であった。


「好みが分からなかったから、折角ならこれが食べたいかなってメニューを揃えてみました~」

「……読んでたら食べたくなるメニューだもんね。美味しいし」

「流石にサマーサとかは作る暇がなかったから、わりと普通なメニューになっちゃったけどね」

「それでもだよ。あの短い時間でこれだけ沢山の料理を作れるなんて凄いよ、ライラ」


 スキラは隣に座るライラを褒める。どれだけ支度の時間があったのかは貴方(わたし・おれ)には分からないが、それでも四人分以上の量を品数多く作るのが大変なことは分かる。貴方(わたし・おれ)は沢山の料理や部屋の装飾などの感謝を伝えた。


「ふふふっ。いっぱい食べてってね?」

「ライラのご飯は美味しいんだよ」

「……取り分けた、どうぞ」


 クロトはそそくさとスープパスタやサラダ等を取り分け、貴方(わたし・おれ)の前へと置いた。貴方(わたし・おれ)は見た目は何処か現代に似た料理達を一つずつ味わって食べ始めた。


 まず初めに食べるのはサラダである。

 それもただのサラダではない、まるで作中のサース・フースの宿屋で出てきた様なポーチドエッグのトッピングされたサラダであった。トロリと半熟の黄身や木の実か何かのドレッシングがかかったそれは新鮮で素材の味も良く、モリモリと無言で食べてしまう味であった。


 次に手を伸ばしたのはスープパスタである。

 ライラが作ったのはビックコッコ事件の回で、スキラがバニス家への帰り道の場面で夕食として出てきたギュンターお手製スープパスタの再現であった。容器も再現している様で作中に書かれていた深めの丸い器に盛られていた。まだ温かなクリームスープパスタをフォークで絡めとり、少し息をかけ冷ましてから食べる。


 作中では『ミルクの濃厚な味わいと香辛料による風味付けが絶妙にマッチしているだけではなく、しっかりと野菜やお肉からの出汁も出ており、スープだけでも美味しい代物である』と書かれており、何度もお腹を鳴らしながら読んだ部分であったが、本当にそんな味であった。パスタという手軽さ的にも再現できるのならば、あちらの世界でも再現して食べたいレベルである。


 勿論、薄めに切り皿に盛られた小さなクルミの混ざったパンに木苺のジャムを付けて食べる時には、【奇動車(ジョセフィーヌ)】内でスキラ達が朝食として食べたシーンを思い出し、半月形の大きなオムレツを食べる時にはサース・フースが一望できる小さな丘で団員達が晩飯を食べるシーンを思い出しながら味わった。どの料理も文章では読んだ時からこんな味なのではと想像していたが、実際の味は想像より美味しく感じた。


 勿論、食べながら語られる冒険譚も最高であった。作中では描かれない細かなエピソードが散りばめられたその会話を、貴方(わたし・おれ)は心を躍らせながら聞いた。



 全てを少しずつ食べ腹八分になり食事の手が落ち着いてきた頃、改めてスキラ達は貴方(わたし・おれ)にお礼を告げた。


「改めてになっちゃいますが、本当にいつもありがとうございます。こんな形ですがお礼を直接伝えられてよかったです。それに僕、最近読みに来てくれるだけでも嬉しいのに、僕らの事推しって言ってくれる人が実際こうやって居てくれて本当に凄く嬉しいんです」

「君だけじゃなくってね。スキラ推しです、グラズ推しですって最推しを教えてくれる人もいるし、ミシラバ旅団のみんな大好きですって言ってくれる人もいて私もとっても嬉しいよ」

「……それぞれの形でいつも伝えようとしてくれたり、陰ながら応援してくれたり、その全てがうちの作者さんや僕らの応援になっているよ。……ありがとう」


 スキラ、ライラ、クロトの三人なりの言葉で沢山の感謝を伝える姿に、貴方(わたし・おれ)はそれだけでこの作品を好きになって本当に良かったと改めて感じた。


「さて、デザート持ってくるねっ!」

「……あ、ドリンクも出さないとか。僕ドリンク出すよ」


 そう言ってライラとクロトはキッチンから締めのデザートとドリンクの準備を始める。ガサゴソという用意する音を聞きながら、貴方(わたし・おれ)はスキラと冒険の話をしながら待った。


 少しの準備時間の後、ライラは両手でホールケーキの乗った皿を持ち、クロトは新しいドリンクの入った瓶を持ち戻ってきた。


「じゃじゃ~ん! ケーキだよ~」

「……これはちょっと良いジュース。ケーキに合うから一緒に飲もうよ」

「折角だからケーキの上の蝋燭の火を、息を吹きかけて消してもらえますか?」


 ライラがテーブルへ皿を置くと、スキラはマッチでケーキの上の蝋燭(ろうそく)に火をつけ、それに合わせライラとクロトは近くの照明替わりのランタンの灯りを暗くした。スキラの提案に従い、貴方(わたし・おれ)は少し薄暗くなった部屋の中で息をふぅーと吹きかけ蠟燭の火を一気に消した。貴方(わたし・おれ)が一気に火を消すと何故かスキラ達に拍手された。


「僕たちの住む世界では、ロウソクを一気に消すと願い事が叶うっていう言い伝えがあるんですよ」

「他にも色々言い伝えはあるんだけれどね~」

「……何か良いことがあるといいね」


 貴方(わたし・おれ)の住む世界にも似たような言い伝えがあると告げると『そちらの世界と此方の世界って何処か似てるんですね。旅で行ったら面白そうですね』と、スキラは未知の世界を想像したのか楽しそうであった。


 ライラが周りのランタンの明るさを戻し、クロトが持ってきたジュースを注いでいる間にスキラはケーキを切り分ける。ケーキのサイズは大きく、四人で食べきれるのか怪しいなと貴方(わたし・おれ)は思ったが、ライラに『絶対おかわりいるでしょ?』と何かを見透かされたかの様な言葉が返ってきた。


 八分の一ずつカットされたショートケーキの様なケーキと、新しく注がれた香りの良い葡萄ジュースに貴方(わたし・おれ)だけではなく、三人も早く食べたそうな表情を浮かべていた。


「さ、早く食べましょ」

「このケーキね、今居る街のオススメのケーキ屋さんで買ってきたんだよ~」

「……そのジュースも、貴重なものなんだってさ」


 そんな雑談を交えながら食べたケーキは何処か現代で買うケーキより素材の味が豊かで、ふんわりとしたシフォンケーキの様なスポンジにかかるクリームも濃厚だが後味があっさりしており、真ん中に入ったベリー系に似た味のフルーツジャムが甘酸っぱくてとても美味しかった。


 作中に出てきたグラズとクロトが買っていたシフォンケーキの場面を思い出しながら、一口ずつ味わいながら食べたいく。ライラの予言通りおかわりをしてもう一切れケーキを食べる位、彼らと食べるケーキは今まで食べた中で一番美味しく感じた。


 貴方(わたし・おれ)は食べながら、あのシーンはこう思った、あのシーンは想像しただけでお腹が空いたと告げたり、今日居ないグラズ、ギュンター、ギンジ、マリアローズについて語ったり、食後も話に花を咲かせた。



 楽しかった時間はあっという間に過ぎ去り、刻々と終わりが迫っていた。


「……もうそろそろかな」


 クロトが少しだけ寂しそうに終わりを告げた。貴方(わたし・おれ)はふと自分の手を見ると、何故か透け始めていた。手だけではなく全身透け始めており慌てる貴方(わたし・おれ)に、ライラは『落ち着いて、まだ大丈夫だよ』と声を掛けた。


「作者さんが言うには、完全に消えちゃったら帰れなくなっちゃうんだって。だからそうなる前に来た道を辿って帰ってねって」

「そういう事らしいです。寂しいですがこれでお別れですね……。このランタンを持って、来た道を戻ればちゃんと帰れるそうです。道中、気をつけてくださいね」

「……またね」


 スキラは来る時に持っていたランタンを手渡し、三人は貴方(わたし・おれ)を扉の前まで見送ってくれた。


 青い扉を開けるとそこには来た時と同じ様に、また暗い空間が広がっていた。

 片手には来た時に持っていたランタンを持ち、もう片方の手には帰る際ライラから『これ、プレゼントだけれど絶対にぜーったいに、開けちゃダメだよ?』と言われながら渡された一つのプレゼントボックスを持っていた。


 暗い空間を黙々と歩く。来た時と同じようにただ真っ直ぐと。

 歩いているとふとした瞬間に手渡されたプレゼントボックスを開けたい衝動にかられた。だがライラが真剣な表情で念押ししてきた事を思い出し、貴方(わたし・おれ)は開けたい衝動を振り払いながら突き進んだ。


 どれくらい歩いたかは分からないが歩みを進めると、眼前に僅かな灯りが見えてきた。その灯りに向かい歩き、明るい空間に足を踏み入れた瞬間に貴方(わたし・おれ)の意識は遠のいた。







 翌朝。


 いつものアラームが寝室で鳴り響き、重たい瞼を開ける。眠気はまだあるが、あの夢のお陰か何故か少しスッキリとした目覚めだった。


 とても楽しかったけれどあの夢は一体なんだったのか、あれは本当にあのポストカードと栞が原因だったのか。


 貴方(わたし・おれ)は枕の下に置いた筈の栞を確認する。枕の下にも無く布団を除けても無く、まるで栞なんてものは存在しなかったかの様に消えていた。栞が消えた事に驚き貴方(わたし・おれ)は昨日届いたポストカードを確認する為、居間へと慌てて向かった。


 昨日来た封筒もポストカードも栞も実は全部夢だったのではないだろうか。何処からが夢で何処からが本当だったのだろうか。


 そんな不安を抱えながら居間のテーブルの上を確認すると、そこには昨日見た封筒とポストカードがしっかりとあった。間違いなく自分宛に作者から届いた証拠である。


 ただし、ポストカードの内容だけは昨日見た時と変わっていた。


 昨日の時点では招待状の様なメッセージが書かれていたがその文章は消え、代わりに『いつも読んでくれてありがとうございます!!』というメッセージと共に素敵な写真の様な再現度で描かれており、まるであの時間の一部を切り取ったかの様なイラストであった。



~5th anniversary 記念SS~ Fin.

挿絵(By みてみん)

 ※転載、使用・AI学習禁止(Do not reupload my art.Do not use my art for AI training.)

こんな世界線もあったら良いなと思い、5周年記念としてショートストーリーを書かせて頂きました。

作者の拙いイラストですが、キャラクターの雰囲気だけでもお伝えしたく今回載せました。

(スキラ、ライラ、クロトだけで描くのは限界でした。笑)


ちなみにサラダは0-6、オムレツは1-3、スープパスタは1-4、クルミパンは1-5で出てきたものを再現したメニューでした。ケーキの食感は2-3でグラズが買ったシフォンケーキの様なケーキでした。


詳しくは、今回は活動報告にて色々語らせてもらおうと思います。

まだまだ奇石奇譚の物語は続きますので、今後とも応援宜しくお願い致します…!

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― 新着の感想 ―
最新話まで読了しました! スキラくん、かわいすぎませんか……!? 一生懸命で、人の気持ちに敏感で、でもちょっと抜けてて。そんなスキラの目線で描かれるミシラバ旅団の日常が、ほんと心地よかったです。 仲間…
奇石奇譚の連載五周年おめでとうございます!٩(*'▽'*)۶ 作者さんから読者へのお手紙から始まり、ちょっとメタ視点のようだけど読者を作品世界に連れて行ってくれる素敵な魔法のようなSSだったと思います…
あまり文を書くのが得意ではないのでこの好きな気持ちを表現するのが難しいです。ご容赦ください・・・ 5周年おめでとうございます! 私は当時からの読者ではないですが、すっかりこの物語の虜になっております。…
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