3-1
お待たせしました!
奇石が絡んでくる話が始まります。ですがまずは腹ごしらえ、食テロ回です。
そんな感じで第3話、始まります。
スキラの歓迎会が行われた宿塞から数日の移動期間を経て、ヘンデルという街へとやってきたミシラバ旅団の一行は宿屋へ着いたのが夕暮れだった為、荷物を置きすぐに夕食を食べに街の飲食店へと向かっていた。
「結構遅くなっちゃったね~」
「まあ夕飯食うのに困らない時間に着いただけ良かったわな」
「ほっほっほ、ヘンデルが大きな街で良かったですなぁ」
「……僕もお腹空いた」
ヘンデルはミースよりも更に一回り程大きな街であり、この辺りを移動する旅人が必ずと言って良い程立ち寄る栄えた街であった。その理由が街の立地、宿屋の多さや店の営業時間の長さにある。
主要都市である空の都・浮遊都市 アルティスから続く大きな街道へと続き、更にはレプリスやサイリス等の南部方面や、東部へと向かう街道の分岐点に存在するのがこのヘンデルという街である。昔から旅人や商業旅団の多くが必ずと言って良い程、この街で一泊し身体を休め次の街へと旅立つ為、街の関所の開門時間も長くなり、街の各種店舗の営業時間も長くなったとされている。
「こういう関所のある街だと、そもそも開門時間内に街に入れないと近場で野宿することになるし、下手な田舎だったらこの時間でもご飯抜きの可能性があるものね。アタシらも何回かやらかしたわよね、ギンさん」
「ですにゃあ。以前訪れた小さな村だと日暮れには宿屋や飯屋等のすべての営業が終了するという場所もあったにゃあ」
「そ、それは中々に早いですね……」
――――――というかレプリスよりも田舎ってあるんだ……ちょっと意外かも。
マリアローズとギンジの会話を聞き、サイリスやミース、ヘンデルと旅をしレプリスが自分が思っているよりも田舎だった事を知ったスキラにとって、この事実は少し意外であった。
スキラの中で街の基準は全て元居たレプリスである。
今や田舎と思う故郷でも夕暮れに営業終了する店はあったが、酒場や宿屋などは遅くまで営業しているのが基本であった。使用人仲間から近場の村の話は聞いたことはあったが、それでも同じような店があり営業時間も変わらないのであろうと何処かで思い込んでいた為、夜には何処も営業していないという村が存在するという事実はスキラを驚かせた。
「田舎ほど客が来ないって分かると早くに閉めるんだよ、営業していても客が来ねぇからな。今回はヘンデルだったから良かったが田舎、特に冬や天候の悪い日は注意がいるから覚えておけよ」
「目的地によっては事前に調べておいた方が良いよ、本当に」
「分かった、覚えておくよ」
グラズの忠告に続き、ライラは忠告と共に『困った時は<長靴を履いた猫亭>で聞くのが良いよ~』とスキラへ助言した。
――――――何かの時に使うかも知れない知識だ。しっかり覚えておこう。
現状使うか使わないかは分からない知識とはいえ、いざ必要になった際に分からなければ意味がない。ミシラバ旅団の団員達と逸れた時の事も考え、スキラは忘れない様にと何度か脳内で暗唱した。
雑談を交え歩き、様々な飲食店の立ち並ぶ通りに出た頃、ライラはどの店へ入るか団員達に問いかける。どこの飲食店からも調理中、もしくは完成したであろう美味しそうな匂いが道に漂っている。
「それにしても、今日の晩御飯どうする? 何処の店も美味しそうだね~」
「テキトーで良いんじゃねえか? あの辺りとか良い匂いするしよ」
「あの黄色の屋根の店? 確かにお肉の良い匂いがするね~」
グラズが選んだ店は、ザ・街の大衆居酒屋といった見た目をした店であった。大人数の旅人の利用を想定してであろう大きな店舗の窓から漂う肉の焼ける匂いは、それだけで空腹の団員達の心を射止める。
「……ん、良さそうだね」
「ほっほっほ、丁度席も座れそうですし良いですなぁ」
「アタシもここで良いわよ。お腹も空いたし早く入っちゃいましょうよ」
「スキラ殿も良いかにゃ?」
「あ、はいっ」
全員の同意を確認すると、ミシラバ旅団の一行は黄色い屋根の飲食店へと入った。
店の扉を開けチリンと扉に付いたベルが鳴ると可愛らしいウェイトレスが奥から現れ、先頭のグラズに人数を確認し開いている席へと案内をした。
ミシラバ旅団の団員達は案内された八人掛けの長方形のテーブル席に座り、各々何を食べるかメニュー表を見て考え始める。メニュー表をじっくり見つめるもどの料理も美味しそうに思い、悩み過ぎて何を頼むか決められなくなってしまったスキラは、隣に座るギュンターにオススメはないかと問いかけた。
「ギュンターさん、ヘンデルだと何の料理が有名かとか知っていますか? 正直、飲食店にあまり入った事がないのもあって何を頼むか悩ましくって……」
「そうですなぁ……では夕飯ですしカスレイやテリーヌ辺りは如何でしょうか? 特にカスレイは先程通りを歩いている時に美味しそうに焼ける匂いがしておりましたしなぁ」
「カスレイって肉料理なんですか?」
その疑問にスキラの横で静かに一人、メニュー表を眺めていたクロトがぼそりと答える。
「……あれは豆料理だよ。羊肉やソーセージ等の肉類を野菜やサンドマメ、トマトペーストを入れてじっくり煮込んで、それを仕上げにオーブンで焼いたものだった……筈。だから一応豆がメイン」
「ですがしっかりお肉や野菜も入っていた筈ですぞ? 確かヘンデルの郷土料理なんだとか」
「美味しそうですね、その料理」
スキラは想像しただけで無意識に口内に貯まった唾液を飲み込み、喉を鳴らしながら未知の料理へ期待が高まっていた。その様子にギュンターは優しく微笑んだ。
「ほっほっほ、ではカスレイは確定ですな。クロト殿は後は何か頼みたいものはありましたかな?」
「……後は僕はキッシュかな、食べたいのは」
「良いですな、そちらも頼みましょう」
ギュンターはクロトの頼みたいメニューを確認し、三人の頼みたいメニューは決まった。三人の正面では、グラズ達も同じ様にメニュー表を見ながらどれを頼むかと話し合っていた。
「ライラ、このテリーヌとか良いんじゃねえか? 好きだろ、こういうの」
「あ、いいね。美味しそう。皆で分けれるし頼もっか~」
「ギンさん、アタシ折角だしお酒飲みたいな?」
「レディーの誘いは無下に断れませんにゃあ。ならば吾輩も一杯付き合いますかにゃ」
グラズはライラと、マリアローズはギンジと注文内容を相談する。それぞれに頼みたい料理が決まった所でどれを多く頼むか全員で話し合い、決まった内容をグラズがウェイトレスを呼び注文する。
「オーダー良いか? カスレイを七人分、テリーヌ二皿、キッシュ二皿、ムーセイル貝の白ワイン蒸し二皿、コールスローを大盛り二皿、エール四つ、お茶三つで」
「はい、畏まりました~! 出来上がるまで少々お待ちください」
可愛らしいウェイトレスは注文のメモを取り、そそくさと厨房へと去っていく。ミシラバ旅団の団員達は料理が出来上がるのを会話をしながら待った。
◇
暫くするとウェイトレス達が出来立ての料理やドリンクを運んできた。
「エール四つとお茶三つで~すっ」
「こちらカスレイです、器が熱いので注意してくださいね。それと、テリーヌにキッシュに、ムーセイル貝のワイン蒸しにコールスローです。うちのカスレイはとっても美味しいんですよ~」
大きな配膳ワゴンに上部に乗ったドリンクを一人のウェイトレスがテーブルへと纏めて提供し、沢山の料理を二人掛かりでテーブルへと一品ずつ並べていく。八人用のテーブルをあっという間に出来立ての料理たちが埋め尽くす。
「取り皿やカトラリー等、ここに置いていくのでご自由にお使い下さ~い」
「何か追加注文があればまたお呼び下さいね~」
ミシラバ旅団の一行へとニコリと笑顔を向けた二人は、空になった大きな配膳ワゴンを押し去って行った。美味しそうな料理を目の前にしたミシラバ旅団の一行は、もう待てないとばかりに即座に手を合わせ感謝の気持ちを込め挨拶をする。
「「「「「「「いただきますっ(ですにゃ)!!」」」」」」」
各々が食べたい物を好きに取り皿へと取り分けたり酒を飲み始める中、スキラはまず目の前にある表面からグツグツと音が聞こえそうな程熱いカスレイから食べてみることにした。
――――――カスレイ、未知の味。絶対口の中を火傷しちゃうから慎重に食べないと。
熱々なカスレイをスプーンで一口分すくい、ふぅふぅと息をかけ出来るだけ冷ます。まだまだ熱そうなその一口をスキラは我慢出来ず、恐る恐る口に入れる。
「んんーーーーっ!!」
――――――熱っ! 熱いんだけど美味しいっ! 匂いを嗅いだ時点で美味しそうとは思っていたけど、本当に美味しいっ!! お肉の外側はカリッとしてて中はホロホロな感じも凄いし、ペースト状のトマトに他の野菜や肉の旨味が染み込んでいるし、サンドマメもすっごく柔らかくてホクホクしてる!!
じっくりと煮込まれた肉や野菜がトマトペーストに合わさり、そこにしっかりと煮込まれたサンゲンマメのホクホクさが絡み合い優しい食感を生み出すカスレイに、スキラの頬は緩み自然と笑みが浮かんだ。ふとスキラは正面に座るライラとグラズを見ると、二人ともカスレイを食べ同じ様な表情を浮かべていた。
「おいし~~っ!」
「うんめぇな、これ。豆料理って分かってはいても肉の感じが最高だわ」
その一方でコールスローやテリーヌ、キッシュやムーセイル貝のワイン蒸しを食べていたギュンター・マリアローズ・クロト・ギンジも似たような表情で料理を堪能していた。
「このコールスローはさっぱりしていて食べやすいですなぁ」
「あら、ここのテリーヌ美味しいじゃないっ」
「……ここのキッシュ、どうやって作っているんだろ……。美味しい……」
「このムーセル貝のワイン蒸しの味は最高ですにゃ。お酒が進みますにゃあ」
――――――ほんと皆、美味しそうに食べるなぁ。……よし、僕も全部少しずつ取って食べてみよう。
ギュンター達の反応を聞いたスキラは一品ずつ取り皿に取り分け、全ての料理をじっくり堪能するのであった。
スキラのお腹がパンパンになる程満たされ、他の団員達の食事も一通り終わった頃、マリアローズが今回の依頼内容が何なのかと問いかけた。
「で、結局今回の依頼内容って何なの? アタシ達、まだ目的地がヘンデルって事以外何も聞いてないけれど」
宿塞からの移動中、スキラや他の団員達は目的地以外の情報は特に説明されていなかった。
スキラ以外の団員達からすると依頼の説明が遅いのは稀にある事である為、誰かが気にするという事もなくその事を特に気にし、質問をする者がいないままヘンデルへと辿り着いてしまったのだ。もう一つの要因としては、七人での旅を各々が各々なりに楽しんでいたら、あっという間に着いてしまったという部分もあった。
マリアローズの質問にギンジやギュンター、後を追う様にスキラとクロトも同調し質問する。
「そういえばまだ聞いていなかったですにゃ」
「ほっほっほ。確かにそうですなぁ」
「ぼ、僕も聞いていないです」
「……一応目的地にも着いた訳だし、そろそろ説明してくれても良いんじゃない?」
団員達の視線は自然と団長であるグラズへと向かう。グラズは横に座るライラへと視線を向け、木製のジョッキに入ったエールを勢いよく飲み干す。
「……あー、詳しくはお前が説明しろ」
面倒と言わんがばかりにグラズは全ての説明をライラへ押し付ける。その対応に慣れているライラは団員達へざっくりと説明を始める。
「……はいはい。何処から説明しようかな……。ん~とね、今回ヘンデルでの依頼は【奇石】絡みの内容で、私の古い知り合いからの個人的な依頼でもあるんだよね」
「古い知り合い?」
「うん、知り合いというか友人みたいな……? なんて言えばいいのかな、まあそんな感じの人からの頼まれ事なんだよね。でも依頼の詳細は今日はもう遅いし明日しようと思うから、とりあえず【奇石】絡みの依頼だよーって位だけ知っていてくれたら良いかな。そんな訳だから今日はもう依頼の事は忘れて、各々ゆっくり過ごしたり息抜きしてきてよ~」
スキラの問いかけにライラは少し悩んだ後、依頼の説明をするのは明日と告げる。それはこの場でする話ではないという事でもあり、団員達のこの後の自由時間を邪魔しない為の配慮でもあった。ライラからの配慮にそれぞれが喜びを示す中、グラズは二軒目の店を検討しながら団員達へ食後の自由解散を指示する。
「そんな訳だ。お前ら、今日は飯食ったらもう自由行動で良いぞ。俺も飲みに――――――」
「あ、勿論グラズはダメだからね? お手紙いっぱ~~い来てるから。他の皆は自由行動で良いよ、明日は朝食を食べ終わったらグラズの部屋に一旦集合で宜しくね」
グラズの言葉を遮る様にライラは笑顔で迫る。圧を感じる笑みに精神的に逃げ場の無さを感じたグラズは、舌打ちをし恨み言を述べながら視線を逸らす。
「…………チッ……クソがっ……なんで報告書は俺宛なんだよ…………」
「仕方がないよ、"団長様"なんだから。私と大人しく宿屋に戻ってお仕事しようね~」
目の前で繰り広げられる光景に、スキラはなんとも言えない気持ちで見守る。
――――――グラズさん、他の人には厳しいのにライラには逆らえない事多いよなぁ……。そんなグラズさんに指示するって、ライラは猛獣使い……?
グラズからすれば失礼極まりない思考が表情から窺えたのか、グラズは鋭い目つきでスキラを睨み付けた。
「……あ゛? なんだその顔は?」
「ひっ……!? えと、僕は何も思ってないです。す、すみませんっ……」
蛇に睨まれた蛙の様に、スキラは視線だけを逸らし冷や汗をかきながら謝る。その様子を見ていた団員達は、グラズをフォローする様に慰めの言葉や応援の言葉をかけた。
「ほっほっほ。グラズ殿はどんな仕事も上手くこなせて、頼りがいがありますなぁ」
「ですにゃ。吾輩達の信頼するグラズ殿が団長でなければ、このミシラバ旅団は纏まっていないのですにゃあ。それに事務作業もスマートにこなせるなんて、とてもカッコイイのにゃ」
「まぁまぁ。終われば自由なんだから、終わったらアタシ達と飲みに行きましょ?」
「……がんば」
ギュンター達からかけられた他人事感の漂う言葉や煽てる様な言葉にグラズは眉間に皺を寄せ、口元を引きつらせながら怒り気味に不満を口にする。
「……テメェら。こんな時だけ団長団長って言って、煽てりゃ良いって訳じゃねえんだぞ!?」
「あははっ。マリアの言った通り、書けば終わるんだから頑張ろ? ね?」
グラズはライラからの最後の言葉には触れず大きな溜め息を付き、ウェイトレスへ追加のエールを注文し一気に飲み干した。
結局グラズは最後の一杯を飲み切ると二件目に行く事は諦め、渋々宿屋に戻る事となった。最終的に宿屋に帰ったのはグラズ・ライラ・クロト・スキラの四名で、残りの三人はヘンデルの酒場へと消えていったのであった。
◇
――――――新暦783年6の月の7日、っと。こんな感じかな?
食後、グラズ達と共に宿屋へと戻ってきたスキラは纏まった空き時間が出来た為、ギュンターから貰った日記を纏めて書いていた。これまでの出来事を一気に日記に書いたスキラは一度ペンを置き、両手を上げ伸びをする。ベッドの上で読書をしていたクロトは、その様子に気付き声を掛けた。
「……終わったの?」
「うん、一通り。この街に着くまでの事は書けたと思う」
「……そう。なら後はゆっくり過ごしたら?」
「そうだね、もう今日やれる事もないしね」
グラズとライラはそれぞれの部屋で手紙の返事を書いたり事務作業がある為に戻ってきたが、一緒に戻ってきたスキラとクロトは特に今日やらなければいけない事は無かった。お酒を飲む二次会組に付いて行っても楽しめない未成年組二人は特に外でしたい事もなかったのもあり、宿屋でゆっくり過ごす為に戻ってきたのであった。
とはいえ宿屋で出来ることは限られており、何をして過ごすか悩んだスキラはこの自由時間でのんびりと日記を書く事にし、クロトはベッドの上に座りゆっくり本を読むことにした。
――――――旅を始めて実感したことだけれど、本当に宿屋って楽なんだなぁ。ベッドがあるから何も準備しなくても寝れるし、今回みたいに二人部屋でもゆっくり過ごせるし。
ミシラバ旅団の団員となって初めてほとんど何もせず過ごせる夜に、スキラは何もせず泊まれる場所の有難さを改めて知った。今まで旅をした事がないスキラにとっては雨風が凌げる家も、疲れた身体をただ寝転がるだけで休めるベッドも、ある意味当たり前の様に存在していた為である。
そんな生活が当たり前だったスキラにとって、ヘンデルまでの道のりはとにかく旅の生活に慣れる事、文字を覚える事、この二つが最重要の課題となった。
食事の準備や就寝の為のテント張り、【奇動車】に乗っている時間は勉強と、今までの生活とは一変したスケジュールを身体に叩き込む生活。その生活を何日間かしてみて改めてスキラが思う事としては『宿屋最高!』である。何せ一切準備せず眠る事が出来るし、食事も外に食べに行けば済むのだ。
――――――宿塞も場所によってはベッドがあるってギンジさんが言っていたけれど、きっと何も考えずに休める様にって意味もあるのかも……?
日記帳をそっと閉じ筆記用具と共に鞄へとしまうと、机の上のライラから貰った【奇石ランタン】を持ってスキラは空いているベッドへと移動する。
「改めて思ったけれど、宿屋って本当に楽だね。時間にもゆとりがあるというか」
「……まあそうだね。宿塞もだけれど色々楽できるし、宿屋も個室だと今みたいにわりと自由に過ごせるし、大抵ベッドもあるし。いつも集団で居るからだろうけど、たまのこういう日って開放感はあるね」
「あはは……、確かにそうだね。旅ってどこよりも集団生活なんだなって実感したよ」
旅団=下働き以上の集団生活である。この点もスキラにとっては意外な学びだった。
スキラのバニス家での下働き生活も言うなれば集団生活であり、使用人用の大部屋で眠り、朝礼があり、決められた時間までに職業ごとに各々の仕事をする。見知った顔の人達ともう何年もそういった環境であった為、スキラはなんとなく集団生活に慣れている自覚があった。
だが実際旅に出てみると下働き以上に共同作業が多く、一人に慣れる空間や時間というのはほぼ無かった。
移動中は基本常に【奇動車】に乗り、運転手以外の団員達とテーブル周りに固まって座っている状態であり、降りたとしてもテント張りや食事の準備等、誰かと共に行動し作業する事になる。下働きの仕事と違って知らない事が多く、不慣れなスキラは常に誰かに聞いて行動する事がどうしても多くなった。
その為団員になったとはいえ、まだ長くても二週間程しか付き合いの無い団員達との集団生活は、スキラにとってどうしても気を遣う場面が多くあり、新しい環境に馴染むのに必死であった。
「慣れれば……まあ、騒がしい人達だけど少しはマシになると思うよ」
「確かにここ一週間位でちょっとは慣れてきたと思うよ。旅の生活にもグラズさんとか皆の事も、ちょっとずつだけど分かってきたし」
事実、年齢の近いクロトとライラとは話す機会も多く、クロトはスキラの前でも人型で居る事が多くなり、出会った当初より何気ない会話が出来る位には親しくなってきていた。また、ライラとは当初よりも気軽に話せる異性の友達の様な関係になってきていた。
そんなスキラは現在グラズや他のミシラバ旅団の団員達ともコミュニケーションを取ったりし、少しずつ仲間達の事を知ろうとしている最中である。
「そういえばグラズさんとライラ、なんか一杯手紙が来ていたよね」
「あー……基本は定期連絡とか依頼や仕事の話とかだね。二人共、今頃さっきの君と同じで机に向かってるんじゃない?」
「グラズさんは団長っていう意味では分かるけれど、ライラもなんだか忙しそうだよね」
本来であれば三人で夜市に繰り出そうという話もヘンデルを訪れるまでの道のりであったのだが、『ごめんっ! この手紙の返事返さないと流石に出歩けないから明日でっ!』と言い、食後ライラは自室に籠ったのである。その為、三人で出かける約束は明日の夜へと変更になった。
「今回の依頼、ライラ宛に来たって言ってたけれど依頼って個人宛に来ることも結構あるの?」
「……他の旅団は知らないけれど、うちの旅団だと基本はグラズ宛に来るのが基本かな。次位にライラやギンジ宛が多くて、後の団員は滅多に無いと思う。マリアとかギンジはそもそも別行動多いから、詳しくは知らないけれど」
「そっか、マリ姉とギンジさんは別行動多いって言ってたもんね」
ミシラバ旅団内で諜報担当をしているマリアローズとギンジ。この二人は基本別行動が多く、側車付の【二輪奇動車】・通称"バイク"と呼ばれる乗り物に乗って移動しているのだと、ヘンデルまでの道中でマリアローズから聞いたスキラはバイクの姿を情報を頼りに想像する。
「マリ姉の話聞いただけだけれど、バイクってなんだか恰好良さそうだよね」
「……僕、サイドカーに乗せてもらった事あるよ」
「え、ほんと!?」
「うん、天気良い日に乗るのは楽しいよ。でも僕は一度乗ったらもう暫く良いやって感じだったかな、乗り心地は【奇動車】が一番だし」
「そ、そうなんだ……でも気になるな……」
「今度乗せて貰えば?」
「機会があればマリ姉に頼んでみようかな」
クロトが乗ったという話を聞き、スキラは機会を見てマリアローズにバイクを見せて貰い、あわよくば少しだけでも乗せてもらおうと心に決めた。
二人の雑談が暫く続いた。会話が一段落ついた頃、ふとクロトは自分の懐中時計を確認する。気付かぬ内に夜も更け、就寝の時間が迫っていた。
「……あ、そろそろ寝ないとだね。明日も早いし」
「起きられなかったら大変だもんね」
「君にとっては初めての依頼な訳だしね」
「あはは……ちょっと緊張してきたな……」
改めて"ミシラバ旅団に入団してから初めての依頼"である、と言われたスキラは漠然とした不安を感じた。下働き以外のことをした事がない自分に何が出来るのか、スキラには分からないからだ。
「……どんな事でも経験にはなる筈だし、そんなに気負わなくて良いと思うよ」
「ありがとう、クロト」
「…………ん。もう寝る、お休み」
「うん、お休み」
スキラに感謝され照れくさくなったクロトはそそくさとベッドの上に寝転がり、スキラに背を向け布団を被り眠る態勢になった。残されたスキラはランタンの灯りを消し、同じようにベッドに寝転がる。
――――――僕にとって初めての【奇石】絡みの依頼、どんな感じの内容なんだろうか。僕でも何か出来る事はあるのかな……。不安はあるけれどクロトの言ってた通り、気負わない様に出来る事を頑張ろ。明日が楽しみだなぁ、どんな依頼、か……な…………。
カーテンの隙間から街の灯りが僅かに漏れる部屋の中、初めての依頼を想像しながらスキラは眠るのであった。
食テロ、如何でしたでしょうか?
食テロ小説な訳ではない筈なのですが食事シーン絡みを調べたり書いている時、作者はお腹ペコペコになっています。おかしいな。
次回、依頼の詳細が明らかになります。お楽しみに!