<スキラの日記 0~2>
これはスキラが【第2話】冒険のはじまり と【第3話】の間に文字を覚え、3-1で書き記した日記。
<スキラの日記 0>
初めまして、と始めるべきか。
未来の読み返した自分に語りかけるのなら久し振り、というのが正しいのだろうか。
人生初めての日記のスタートに書き記す言葉が見つからないのは、ある意味凄く僕らしいのかなと書きながらに思う。そもそも日記ってこんな書き方で良いのだろうか? よく分からないな。
でも最初の一ページ目くらい、格好つけて書いたって良いじゃないか。僕の日記なんだし。
……こんな事を書いてしまっている時点で格好つかないのでは、という言葉は言わないでほしい。僕も少し思っているから。
こんな格好良い見た目の日記が、僕の初めての日記で良いのだろうか。
少し勿体無い気がしてしまったが『使わない方が勿体無いでしょ』とクロトに言われたので、書く決心をし恐る恐る今書いている。
そうだ。始まりにぴったりな言葉をこの間聞いたので、ここに書いておこうと思う。
『日記とは想いを記録し綴るもの』、この日記帳をくれたギュンターさんが言っていた言葉だ。
これから始まる旅がこの一冊の日記帳で収まる内容の旅なのか、はたまた一冊なんて直ぐに書き終わり次の日記帳が必要になる程の長い長い旅なのか、僕にはまだ分からない。
ライラとの出会いから始まり、僕が予想だにしていない事なんていくらでも起こりうるのだから。
あの頃の僕の日常は、下働きとして必死に生きていただけだった。
変わり映えしない日常だったが生きる事には困らず、坊ちゃんに振り回される生活。それが彼らと出会うまでの僕の日常だ。今考えてみると、随分狭い世界しか知らなかったなと思う。
あの日、約三年前にライラとギュンターさんと出会っていなければ、あの日僕はどうなっていたか分からないし、坊ちゃんからの命令が無ければ僕がサイリスを訪れる事も無かっただろうし、ミシラバ旅団があの日<長靴を履いた猫亭>へ訪れなければ、あの再会は無かっただろう。
まさに『出会いとはじまり』という言葉がぴったりな運命的な出会いだった。
運命って素敵な言葉な筈だけれど、その後に起こった事を考えると僕の運命って実はこの先過酷で波瀾万丈なんじゃないか……? いや、考えるのは止めておこう。きっと良い事もある筈だ。
この先どんな事が起こるのか、どんな場所に行きどんな人に出会うのか、未来の事は分からない。
それでも僕はこのミシラバ旅団で起きた出来事、立ち寄った街の事、そこで出会った人達の事を少しでもこの日記帳に残していこうと思う。まだまだ知らないミシラバ旅団の仲間たちの一面なんかも、ここに書いて残していきたいな。
そしていつか誰かに、僕が感じた一部だけでも伝えてみたい。
…………なんて格好つけた文章でこの旅路の日記のスタートを切ることにする。
(新暦783年 6の月の7日)
◇
<スキラの日記 1>
一ページ目で恰好付けたは良いけれど、何から書こうか……。
そうだ。最初のページより前の出来事になってしまうが、このページにはとりあえず僕がミシラバ旅団に入団するきっかけとなった話から書くべきだろう。折角なら順を追って残しておきたいしね。
最初の旅になったこの出来事を、僕は『ビックコッコ事件』と名付けることにした。
タイトルがあった方が振り返りやすいし、今後も何かしらタイトルを付けて日記を書いていこうと思う。
初めてレプリスの街から出たきっかけの出来事であり、ずっとお世話になっていたバニス家のお屋敷やレプリスから離れるきっかけとなった話だ。
本来であれば、『別れと旅立ち』とか格好良いタイトルを付けたい所だが、それより強烈な印象を与えたビックコッコの名を借りる方がしっくりきたので、この名前だ。
ビックコッコには追いかけられたり攻撃されたりしたせいで、僕にとっては軽いトラウマものの存在になってしまったが、彼らの卵で作られた"プリン"というデザートは絶品だった。すっかり気に入ってしまったと話したら、ギュンターさんが他の卵でも作れるからまた機会があれば作ってくれると言ってくれた。楽しみだ。
プリンで思い出したけれど、ミシラバ旅団と居ると本当に美味しい料理を食べる機会が多い。
<長靴を履いた猫亭>で皆で食べたサマーサや、サース・フースの宿塞で食べたご飯も美味しかったけれど、あの日のグラズさんお手製のパスタもオムレツもプリンも、本当に美味しかった。
すっかり食べ物の話になってしまったが、話を戻そう……。
この時点で少しの荷物と体一つで団員となった僕だけれど、旅に出れるという夢が叶う嬉しさも勿論あったが、この先本当にどうなるのだろうかと内心凄く心配していた。……というか正直、訳も分からず付いて行ったというか流された、みたいな部分は無くもなかった。
でも、坊ちゃんにお別れを言えたのは良かったな……。また会える日は来るのだろうか?
あの日、旦那様が最後に旅の支度にと金子を下さったのも正直とても有り難かった。……それが無ければ本当の一文無し一歩手前だった。全く無かった訳ではないけれど、僕の所持金だけでは絶対足りないのは目に見えていた。本当に有難かった。
レプリスを離れたその晩。
野宿塞をした時にミシラバ旅団の目的は聞いたけれど、実際【奇石】ってなんなのだろうか?
【万能鉱石】と言われているとか、【奇石病】とか。
表面上の名前くらいは知っているけれど、実際どんなものかと聞かれたら今の僕には分からない事ばかりだ。【奇石】に関しても今のところは、照明くらいしか利用した事はないけれど便利だなぁ位の認識しかない。この旅団で旅をしていく内に深く知っていく事になるのだろうか。
野宿塞の日といえば、グラズさんが憧れの人だったという僕にとっては少し悲しい事件もあった。
憧れの【アルティスナイトの英雄譚】に出てくる英雄・アルティスナイト。
彼に憧れて夢見た冒険だったけれど、実際のモデルになったグラズさんを見ていると『なんでこの人をこんなに綺麗な英雄に描いたのか』が少し、いやかなり気になった。実際の人物との差が凄い。グラズさんってちょっとおっかないし。作者さんに聞いてみたいレベルだ。
その点、ライラは【巫女】と言われても、グラズさんの様な衝撃はなかった。確かに可愛い女の子だなとは思っていたけれど、巫女様だとは思わなかったという位だった。
実感がないからだろうか、まだ一緒に旅をしている少女がこの世界にとっての重要人物だとは思えない。一緒に食事をしたり話したりしているとただの女の子だなと思う。僕は【巫女】という言葉は知っていても実際は何をしているのだろうか?
そして今の僕はミシラバ旅団で雇うという形で一応団員となり、借金も肩代わりしてもらっている身だ。僕の右の前腕に宿塞った【奇石】を特殊だとライラは言っていたけれど、一体何が特殊なんだろうか……。この【奇石】が突然現れた日から特に何の反応も異変もないけれど、一体【奇石病】ってなんなんだろうか……。
……うん、まだまだ勉強する事がありそうだ。
このままではこの日記に分からないばかり書くことになってしまう。
まだよく分からないけれど、こんな僕でも何か役に立てる事があるのかもしれない。
出来るだけ彼らの恩に報いたい。頑張ろう。
(新暦783年 6の月の7日)
◇
<スキラの日記 2>
ここまでの出来事を文章の練習も兼ねて一気に書いてみたけれど、日記って一気に書いて良いものなのだろうか? ……まあ、僕の日記だから良いという事にしよう。僕しか見ないし。
だって仕方がないじゃないか。
一応言い訳をしておくと、日記を貰ってからこの日記を書くまでの間にも時間が経過しているのだ。この日記は、次の依頼先の"ヘンデル"という街の宿屋で書いている。
日記を貰った当時の僕は、文字という文字をロクに書けなかった。
それも旅の道中で皆が教えてくれたからやっとここまで書けるようになって、スタートを切る事が出来たのだ。いつも文字を教えてくれるライラやクロトには本当に感謝している、本当に有難い。
……すっかり脱線してしまったが、話を戻そう。
『ビックコッコ事件』までを前回までの内容とするならば、その後の宴までの出来事は『冒険のはじまり』と言ったところだろうか。
初めて訪れた商業の街"ミース"。
レプリスやサイリスって本当に小さな街だったのだなと思う位、大きな街で沢山の人で賑わっていた。これより大きな街があるとギュンターさんに聞いたけれど、それってどれくらい大きい街なんだろうか? 一日では見て回れないくらいなのかな、楽しみだ。
この街で初めて会った猫人族のギンジさん。
聞いている此方が少し恥ずかしいと思ってしまう言い回しが多いけれど、好きなものを素直に好きと伝えているだけらしい。買い物の時の話から彼がどれだけミシラバ旅団を愛しているのかは少し伝わった気がする。クロトとは犬猿の仲みたいだけれど、良い猫人だ。
その後の宿塞で出会ったマリアローズさん。
マリ姉は見た目が派手だ。髪の色もだけれど、露出度の激しい服を着ていたり、胸が大きかったり……と、とにかく過激な印象なとってもアクティブなお姉さんだ。普段はギンジさんと二人で別行動している事が多いらしい。
ミシラバ旅団の中で、女性はライラとマリ姉の二人だけ。
見た目や年齢・性格面でもタイプが違いそうな二人だけれど、意外にも結構仲が良さそうだった。グラズさんとギュンターさんもだけれど、この旅団は歳が離れていても仲が良いなと改めて思う。
宿塞と言えば、クロトが人型になったのも驚きだった。
物凄いイケメン。イケ狼が正しいのかな? クロトに聞いたらきっと嫌な顔をされそうだから聞かないけれど、どちらにしろ綺麗な顔立ちで羨ましいくらいだ。同性で歳も近いし、クロトとはこれから良い関係を築きたいな。友だちになってくれるだろうか。
ここ数日でライラとクロトとは歳が近いのもあって、結構話したり勉強をみてもらっている。二人共、僕が間違っても優しく教えてくれるし、教え方も上手い。ギュンターさんもだけれど、この旅団は博識な人が多い気がする。
いけない、話がまた脱線してしまった。話を戻そう。
この日、ミシラバ旅団の皆に本当の意味で歓迎された、大切な歓迎会。
正直、マリ姉とギンジさんには会うまでは歓迎されるか不安もあった。知らない間に団員になった新人に、二人共とても優しくて驚いたし、サプライズパーティーを企画・準備してくれたライラ達にも感謝してもしきれない。ご飯も凄く美味しかった。
皆が用意してくれた沢山のプレゼント。
グラズさんからの【旅団員証】と財布と折りたたみナイフ。ライラからのショルダーバッグと【奇石ランタン】。ギュンターさんからの万年筆やインク、この日記帳とその他の勉強道具。クロトからの【万能水筒】とお手製救急セット。ギンジさんからの素敵な衣服と裁縫セット。マリ姉からの懐中時計とお守りのネックレス。
ギンジさんから貰った服たちは貰ったその日から着ているし、ギュンターさんからの勉強道具は絶賛活躍中だし、他の贈り物も日頃から大切に使っている。
貰ってから数日が経ち、改めて皆センスが良いと思う。旅をする様になって改めて思ったけれど、どれも日常で必要なアイテム達だし、全部使い勝手がしっかり考えられていると実感する。
皆の想いが詰まった素敵なプレゼントを、この歓迎会を、僕は一生忘れないと思う。
(新暦783年 6の月の7日)
日記というものがこうやって単体で出てくる小説というのは、少し珍しいかも知れません。
けれど、これはスキラの辿った旅路。やはり彼の感想は必要だと思うのです。
また一話進むごとに彼の日記が書かれるでしょう。日記も楽しんで頂けると嬉しいです。