2-3(旧: 015)
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今回はグラズとクロトパートです。
ライラとギュンターがプレゼント選びに夢中なその頃、グラズとクロトは商店が立ち並ぶ通りを歩いていた。
歩いているとは言ってもスキラへのプレゼント探し中である為、二人は横目で店や商品を見ながら何か良い物はないかと探している最中であった。ある程度周辺にどんな店があるか把握した頃、ぼそりと呟く様にクロトは横を歩くグラズに話しかける。
「…………ねえ。グラズは何あげるの、今回」
「あー、なんだろな。お前こそ何やるんだよ?」
「色々見て悩んだけど、現実的なのは救急セットと水筒かなって思っているんだけど……どう思う?」
「良いんじゃね? ぜってぇ持ってねえだろうし」
すれ違う人々には、大きな黒い犬と少し柄の悪い白いコートの男が共に歩いている様に見える為、グラズが独り言を言っている様に見えるだろう。だがグラズはこの状況に慣れている事もあり、気にせず会話を続ける。
「あ、俺はあれにするか。財布。丁度良いだろ、贈り物として」
「……良いんじゃない? バニス家で貰ったお金もそのまま布袋に入れていたし」
「あんな、ただとりあえず金が入る様に縫いました、みたいな布袋じゃ金貯まんねぇからな。財布は良いもん持っときゃ貯まる」
「格言みたいな事言うね」
「アルティスだとそう言うんだよ、親が子供に財布をプレゼントする時に」
グラズの故郷である空の都・浮遊都市 アルティスでは、親が子供に"良い財布"を贈り物として渡す風習がある。それは値段であったり素材や価値として良い物、もしくは家族の手縫いで作られた物等、様々な意味での"良い財布"であった。そしてその財布を渡す際、『財布は良い物を持っていればお金が貯まる』と教え、代々"良い財布"を持つ習慣を身に付けさせていた。
信憑性は定かではないが親が子供に"良い財布"の話を教えながら贈り物として渡す風習は、子供たちにお金の価値を考えるきっかけになったり、物を大切にする精神が身に付いたり、お金の使い方への意識が変わる等の利点があるとされていた。その為、空の都・浮遊都市 アルティスでは未だにそういう昔ながらの風習があった。
「お前の所でもあるだろ、そういうの」
「あるね。残り物には福がある、とかそういうのでしょ」
「それそれ。実際、いつまでもあんな布切れに金入れてたら簡単に盗まれるだろうし丁度良いだろ」
スキラの今財布代わりにしているのはバニス家で支度金として貰った金子が入った布袋であった。それは財布とは呼べないただの布袋であり、近い内にほつれたり穴が開く可能性も高い。
「だったらあっちに商業旅団の天幕っぽいの見えるし、そこ見てみる?」
「そうだな。だがその前に早く人型に戻ってこい。流石に店の中じゃ不審過ぎるわ」
「はぁ…………仕方がないね、ちょっと待ってて」
クロトは路地裏にそっと姿を消し、数分も経たずしてグラズの元へと戻ってきた。しかしその姿は黒い狼の姿ではなく、二十代手前と思われる黒髪の青年の姿で現れた。ジト目で此方を見る青年にグラズは率直な感想を口に出す。
「相変わらず人間の姿でも、仏頂面だな。お前は」
「うっさいよ。……早く行こ」
「可愛くないガキだぜ、全く」
「失礼な。というか、グラズに可愛いなんて思われても気持ち悪いだけだよ」
憎まれ口をたたきながら二人は、スキラのサプライズ歓迎会用のプレゼント探しという目的を果たす為に店を探し歩く。
先程とは別の意味ですれ違う人に見られるようになったが、グラズにとってはこの視線すら日常茶飯事な為、気にせず青年姿へとなったクロトの横を歩く。近くで二人の会話を聞いた者がこの場に居れば口の悪い男達という印象を抱くだろうが、遠目から様子を窺う女性やすれ違う女性達からすれば思わず二度見する程、クロトの容姿は優れていた。
クロト・オオガミの容姿を一言で言うならば、眉目秀麗であった。
中性的で神秘的な美しさすら感じる整った顔立ちに、色白の肌とは正反対な柔らかで真っ直ぐな黒髪、その隙間から覗く新緑を思わせる緑色の瞳。髪型は一般的でありながらも前髪は長めであり、右サイドの髪のみ少し長く、その毛先を纏める様に金色の髪飾りで束ねているのが特徴的である。そんな彼の服装は青みを帯びた紫色のマントの中に、黒のカットソー、黒いボトムス姿と全体的に暗い印象であった。
年齢的にはスキラより一つ上で今年18歳になったばかりの彼は、まだまだ若いが年齢に似合わず落ち着いた雰囲気を醸し出す人物である。一見冷静沈着で寡黙なだけと思われがちだが、初対面の愛想は基本誰に対しても悪く、細身で男性としてはあまり背は高くない方でもある。だが、道を歩けば第一印象の見た目の美しさだけで好む女性はとても多かった。
自分に向けられる視線を遮る様に、クロトは紫色のマントのフードを深く被る。
「ほんと何処だろうとモテモテだな、これだから最近の若い娘達は大人の魅力ってのを分かってねえなあ」
「相変わらずそんなにモテたいの、グラズは」
「そりゃあモテる方が女の子と話せて楽しいからな」
そう悪い笑みを浮かべ堂々と語るグラズも、本来であれば種類は違うがイケメンの部類に入る容姿をしていた。ただ残念な事に日頃横にいる事の多いライラやクロトという人外的に容姿端麗な存在がいる為、その存在が霞むのも無理はなかった。
グラズ・メストリウム。
まだ30代前半だが既に30台後半並みの貫禄があり、少し老け顔の男らしい顔立ちをした彼の容姿は、珈琲の様な暗い茶髪に血の様に赤く鋭い瞳をしていた。服装は赤色を好み、赤い襟付きのシャツに白いコートを羽織り、黒いボトムスの足元からは白い靴が自己主張している。
耳にはピアスとイヤーカフを、右手にはブレスレットや指輪を身に付けたりとお洒落を好む彼だが、左手の甲には現在【奇石】が存在する為、片手のみ包帯や指先のない手袋で隠していた。その他にも襟足の長くしている事や前髪を半分あげた髪型もお洒落を意識しているからであり、見た目に気を使っているのは一目で分かる出で立ちである。また、身長も高く筋肉がしっかりとついた体は男らしさを感じさせており、余裕のある大人の色気を醸し出していた。
更に彼はメストリウム公爵家の長男であり、元は アルティスで聖王に仕える聖騎士の一人でもあり、かの有名な【アルティスナイトの英雄譚】の主人公でもあり、現在ミシラバ旅団では団長でもある。つまりは財力・身分・顔・剣の腕もあり、それだけで本来モテる要素ばかりであった。
ただしライラと出会い、彼女と共にいる事が増えてからは見ず知らずの者に『ライラと付き合っている、もしくは幼女趣味なのでは?』と影で囁かれるようになり、女性の影は遠のいていた。実際ライラの側にいる様になってからは、自ら言い寄ってくる女性(ロクでもない企みのある人間)を遠ざけていた部分もあるので否定は出来ないのだが、それでもグラズは酒と女(面倒でないタイプの女性限定)は純粋に楽しむ分には好むタイプであった。
クロトとしても身長や体つきなど男として憧れる部分もあるが、如何せん口が悪く酒と女が好きな"グラズ"である為、素直に憧れていると認めたくないの心境である。
「ナンパなら他所でやってよね。ほら、さっさと行くよ」
「へいへい」
つい"ナンパ"と口にはしたが、クロトはグラズがナンパをする気がないのを知っている。
彼にとって一番の大切な存在は『ライラ』であり、どれほど大切に想っているか日頃の様子を見ているクロトや他の団員はわざわざ口に出さずとも分かっている事であり、わざわざ怪しい女性に話しかけその存在に危険が及ぶ様な事は絶対しないという事もこの数年で分かっている為だ。
そういうグラズの愛情深い面や仲間想いな面も理解しているが素直に褒め言葉が言えないクロトは、何も言わずスタスタとグラズの横を歩いた。
◇
天幕通り。そこは街の中でもフリースペースの様になった場所であり、管理人に使用料を渡せば誰でもスペースを借りる事が出来、そこで商品を売ったり取引する事が出来る場所だ。基本的には交易の盛んな街にのみあるフリースペースで、商業旅団や専門の卸し業者が一時的に場所を借り、滞在がてら自らの持つ商品を販売している。二人が入った天幕は商業旅団が一時的に店を出している場所だった。
「いらっしゃ~い! 我々はトラット旅団、商業専門旅団さ。兄さんらはどこかの旅団か?」
「俺らはミシラバ旅団ってものだ。アンタらどっから来たんだ?」
「俺たちは アルティスから一度 アルクスを経由して、スブリム川沿いを南下してきたところだ。武具や鉄製の道具なんかは多く仕入れてあるぞ。後 アルティスで仕入れた保存食なんかもオススメさ」
短剣や長剣、ナイフ、装飾品、茶器や茶葉、携帯用の保存食、水筒、石鹸、食用油等、トラット旅団が各地で仕入れてきた物品が天幕内にずらりと並んでいる。
「良いナイフ、仕入れてんな」
「兄さん、良い目利きだな。そこら辺の品はアルティスで仕入れたんだ」
グラズが手に取ったのは、折りたたみナイフだった。旅人向けに作られたナイフであり、刃の長さは10センチ程だが、ロープを切断したり野宿用の薪や枝を割ったり出来るほど頑丈であった。素材もハンドル部分は木製で握りやすいデザインとなっており、刃はステンレスで硬度や耐久性に優れ、錆に強い素材で出来ていた。更に持ち運びの安全性を考えて、ナイフ収納するケースまで付いていた。
グラズはそのナイフの使い勝手や触り心地を気に入り、プレゼントに追加することを即決した。
「とりあえずこれだな。後、財布は置いて無いか?」
「それならこっちに何点かだがある、こっちのはどうだ?」
「おお、良いもん仕入れてんじゃねえか」
トラット旅団の筋肉質の男は、グラズとクロトを雑貨が置いている場所まで案内する。その中でも二つ程手に取り、グラズへ紹介する。
彼が手にしていたのは、巾着型の財布とがま口型の財布だった。
巾着型の財布は丈夫だが柔らかな布製で、硬貨や紙幣を一カ所に入れるタイプのものだ。財布の口が広い為、硬貨が多い人が持つ分には取り出しやすく使い勝手が良いタイプのものである。巾着自体には一つ一つ刺繍が施されており、本体の布地自体の色も豊富だった為、どの色でどの刺繍の巾着型の財布を選ぶかという色選びの部分も悩ましい品であった。
もう一方のがま口型の財布は一見ただの革製のがま口財布に見えるが、よくよく見ると二つ折り財布の小銭入れ部分ががま口になったタイプの財布であった。日頃紙幣を使わない場合はがま口として、紙幣を使う際は二つ折りとして利用できるタイプのものである。種類としてはレンガ色やキャメル、マスタード色の財布の三色展開であった。
要領で比較するなら巾着型の方が硬貨が入る。だが紙幣を折って入れなければならず、紙幣を入れた際に硬貨を取り出しにくいというデメリットが存在した。逆に紙幣を折らずに入れられ、紙幣と硬貨を分けて入れる事が出来るという面ではがま口型の方が優れていたが、巾着型より硬貨が収納出来ないというデメリットも存在した。
「こっちの巾着財布はのは職人が一つずつ刺繍を入れていてな。布地の色も刺繍の柄も本当の一点ものさ。逆にこっちの革製のがま口は色の種類は少ないが、経年変化で色味も変わってくし味わいも出る。好みが分かれる品だが、どっちも俺的にはどちらもオススメさ」
「クロト、お前ならどっち選ぶ?」
「え、僕? ……僕ならがま口の方かな。巾着の方が今使っている布袋には近いけれど、財布らしさっていうとがま口の方が良いと思う。ただの僕の好みだけど」
「ならこれだな」
グラズが迷わず手にしたのは、マスタード色のがま口型の財布だった。
「なんで黄色?」
「あ? アイツの髪の色に似てるじゃねえか。まずは落とさねえ様に目立つ色の方が良いだろ」
「成程ね」
クロトは脳内でスキラを思い浮かべる。確かに彼の髪は金髪であり、その中でも黄色味の強いをしていた。まだ付き合いの浅いミシラバ旅団の団員にとって、スキラが何色を好きなのか分からない今、選ぶ基準は現状の身なりの色合いや選ぶ人側の好みでしかない。
グラズからすれば『スキラ=金髪』という印象しか今のところないのだろうと、クロトは内心察する。実際クロトもスキラの印象は『ヒヨコみたいな頭の背の高い年下』位の印象しか今のところはない。
「その革財布はうちと付き合いのある<ティグリス商会>から融通して貰った物でな、間違いなくクオリティーも良い。話を聞く限りこれは誰かへの贈り物だろ?」
「ああ、うちの新しい団員用のな」
「ははっ! いいな、そういう歓迎の儀。うちは団員証の受け渡しと酒盛りで基本終わる」
「うちは人数が少ないからな。何かしら理由付けして宴会開いてるだけだ」
実際、ミシラバ旅団はイベントごとを全力で用意し楽しむ団員の集まりであり、誕生日や年間行事の日は何かしら宴会を開きプレゼントを用意する事が多い。何でもイベントごとはやれる範囲で全力で楽しむ、それがミシラバ旅団の方針でもあった。
「良い団長だな、ミシラバ旅団の旦那。これも何かの縁だ、値引きしてやるよ」
「おっ、サンキュー。ついでにコイツの探しもんも見繕ってくれねえか?」
「おう任せろ。何が欲しいんだ、ボウズ」
「……なんか薬入れとかない? 後水筒とか」
「あるぞ、ちょっと待ってな」
トラット旅団の男はそう言って、奥にあった大きな木箱ごとクロトの前へと持ってきた。
「この辺りの品はどうだ? 少し前にキバナの村で丁度仕入れた民芸品なんだが、あの村は薬草の産地で薬も薬入れも仕入れてきたやつなんだが。まだ加工していなものも入ってる筈だ」
「ちょっと見せて」
「おう。取り扱いだけ注意してくれよ」
クロトは木箱の中にびっしりと入った中身の入った薬瓶や空の薬瓶、種類ごとで袋分けされた薬草、薬入れになるケース等を順々に見ていく。その中にはクロトが欲しかったドクダミやヨモギ、オオバコ等の薬草や、【バラアロエ】という貴重であまり販売されていない物まで入っていた。
「【バラアロエ】なんて珍しいね」
「お、その価値が分かるのか。若いのに凄いな」
「なんだそれ、普通のアロエと何が違うんだ?」
「分かりやすく言うと、これは熱帯地域に自生する一般に販売されているアロエの親戚みたいなやつ。【バラアロエ】は言葉通り薔薇の様な形状をしていて、薔薇でいう花びらの所だけ色が変わってるんだ。で、その色付いた部分に一番価値がある。他の緑の葉は他のアロエと一緒なんだけど、色付いた所には他のアロエより高濃度の成分が含まれている。つまり薬にするならこの色が付いた所を使う方が良いってこと」
薔薇の形状に似たアロエ、それが【バラアロエ】である。
熱帯地域に自生しており、成長過程で養分を貯め込む性質を持っている。蓄えた部分は色が変色し、薔薇でいう花弁に当たる部分が赤く染まる為、【バラアロエ】と名付けられている。一部の熱帯地域でのみ自生している事や、一定の大きさで赤く綺麗に色付いた物のみ採取される為、採取頻度は少なく市場に出回る数は限られていた。
「これ、頂戴」
「売っても良いが加工できるのか? うちでやっても良いが、待ってもらうし少し値が上がるがどうする?」
「加工は大丈夫、自分で出来るから。これでも僕、薬師だから。後、ドクダミとかあの辺りの薬草もちょっとずつ貰っていい?」
「あいよ。薬入れはどうするんだ?」
クロトは再び木箱の中を覗き、自分が望むサイズの薬入れを探す。木箱の中にあったアルミニウムで出来た軟膏入れを見つけ、手に取りじっくり見定める。蓋はそれぞれに模様が入っており、容量は20ミリリットル程入る代物である。
「じゃあこの七つ。後そこの空の薬瓶も三つ」
「はいよ。おい、これと……あとこれな、包んでおいてくれ」
蓋の模様が七種類違う物を選び手に取り、トラット旅団の男に手渡す。男は他の団員を呼びつけ、手渡された軟膏入れをその団員へ渡し、更にクロトが指を指した先にあった空の薬瓶を三つ手に取り、包む様にと指示を出した。
「後は水筒欲しいんだけど……」
「じゃあ、こっちだな。この辺りのが旅人向けの商品だ」
「ほーん。良いのあるじゃねぇか」
男に案内されグラズが一番最初に手に取ったのは、ステンレスで出来た【奇石】を使った水筒である。
水筒の蓋部分がコップになるタイプの物で水筒の底は二重底になっており、その中には小さな【奇石】が二つ入っている。一つは保冷用で一つは保温用の【奇石】が収められており、中の飲料に合わせて使用する事が可能になっている。水筒自体はシンプルなデザインの物だが、オリジナルの水筒カバーで個性を発揮していた。
「【奇石】を使った水筒だな、これ」
「その通り、これは【万能水筒】だ。アルクスで仕入れてきたものなんだが、なんと【奇石】を使って温度管理が出来るっつう水筒でな、これを一度でも使っちまったら普通の水筒になんて戻れねえ一品だ」
「確かに便利だからね」
「お、ボウズも使った事あるのか?」
「うちの旅団は皆使ってるよ。じゃあこの水色のやつもお願い」
「そりゃあ凄いな」
クロトが選んだのは水色の水筒カバーの付いた【万能水筒】で、水色の水筒カバーには幾何学模様の刺繍が施されている一品であった。クロトとしてもスキラの好みが分からないのもあり、グラズの様に黄色のものにしようかと悩んだが、デザインがクロトの好みではなかった為選ばれなかった。
「……あ、この缶も良いな」
「こんな缶ケース、何にすんだ?」
何か他にも良い品物がないかと見ていると、一つの長方形のブリキ缶のケースがクロトの目に留まる。そのケースは長方形でヒンジ付きの蓋が付いた物で、深さがある為先程クロトが選んだ軟膏入れや薬瓶を入れても余裕のあるサイズだった。洒落っ気はないが凹凸も少なくシンプルな一品である。クロトは脳内で包帯やガーゼを入れる事も考慮し、それを手に取る。
「救急セット入れだよ、この缶に薬と包帯入れてあげようかなって」
「ほーん、良いんじゃね? 持ち運び便利そうだし」
「じゃあ、これも買う」
「毎度あり~!! 沢山買ってくれてありがとうよ!」
最終的に購入した物はグラズが折り畳みナイフと財布、クロトが薬関連一式と【万能水筒】、そしてブリキの薬ケースであった。グラズは合計で29,800リル、クロトはプレセント以外も込みで24,600リルをそれぞれに支払い、商品を受け取りトラット旅団の天幕を出た。
◇
プレゼントを買った二人はライラ達と約束した合流場所へと向かい歩く。思いのほかプレゼント選びに時間がかかってしまった為、急ぎ足で街中を通り過ぎていく。
「やべぇぞ、このままだと遅刻だ! さっさとライラ達に合流するぞ」
「うん、早く行こ。待たせたら悪いし、この後普通に旅の支度もしなきゃだしね」
「めんどくせぇな……あ、あれ美味そうだな。寄って買ってくか」
「…………確かに良い匂いだね」
グラズとクロトは通り沿いにある一軒の店から漂う、甘い焼き立ての匂いに引き寄せられ入店する。
店内へと入るとふくよかな女性が店員としてショーケースの裏に立っていた。冷蔵になったショーケース内には、今か今かと出番を待つ沢山の種類豊富なシフォンケーキが並んでいた。
「いらっしゃい、美味しい自家製シフォンケーキだよ~。お二人さん如何かい?」
「どれがオススメだ?」
「そうねぇ。うちの定番で焼き立てだとレプリス産の蜂蜜をふんだんに使ったシフォンケーキだけれど、期間限定のならブルーベリーのシフォンケーキとレモンのシフォンケーキかしら」
「……グラズ、どれにするの? 好みなんて分かんないけど」
グラズはクロトの問いかけに悩む事なく、商品を指差し注文する。グラズが選んだのは焼き立ての蜂蜜のシフォンケーキと、たっぷりのクリームでコーティングされ、ブルーベリーが沢山乗ったシフォンケーキだった。
「それとそれをホールで一つずつ頼む、これお代な」
「はいよ、蜂蜜のとブルーベリーのだね。ちょいと待ってね、今箱に入れるから」
ホール状になった直径17センチの蜂蜜とブルーベリーのシフォンケーキを一つずつ買い、一人一つずつ箱を受け取る。店を出てすぐにクロトは気になっていた事を質問した。
「……なんで蜂蜜とブルーベリーにしたの?」
「あ? 蜂蜜のは焼き立てで良い匂いだっただろ、あれは絶対美味い。それにブルーベリーはアイツが居たら絶対これ選ぶだろ。好きだし」
「あー……成程ね……」
グラズが"アイツ"と言う人物を容易に想像出来たクロトはその理由に納得する。アイツ、つまりはライラが好きなベリー系のフルーツを選んだというだけの話である。グラズの選ぶ基準に呆れながらクロトは適当に返事を返す。
「なんか食いたいのあったか?」
「……別に。まあ、僕は美味しければどれでも良かったけどさ」
心の中では『グラズはやっぱりライラに甘いよね』と思いながらも、口に出せば全力で否定されるのを分かっている為、余計な事は言わない。言えば否定の言葉と言う名のある種の惚気を永遠に語られるのと、クロトとしては美味しければそれで良いからである。
「ほら、急ぐよ。本当に遅刻しちゃう」
「ああ、でもケーキは丁寧に運べよ」
「分かってるって」
グラズとクロトの二人は小走りで合流場所へと向かう。シフォンケーキ屋に寄る前からギリギリ間に合うか怪しい時間だったが、シフォンケーキ屋に寄った事で二人の遅刻は確定していた。お洒落に飾り付けされたシフォンケーキを台無しにしない様に手は揺らさない様に、その上で出来る限り他の人の迷惑にならない範囲で全力で足を速く動かす。
「……絶対間に合わない気がするんだけど」
「まあ、遅れたらこのケーキ差し出せば許されるだろ」
「またそんな事言って……。約束守らないとライラに嫌われるよ」
「そん時はまた機嫌取るさ」
そんな会話を繰り広げながら、二人は街中を小走りで進む。
既に怒られるという前提でありながらも、長時間待たせない為に二人は急いで向かった。
遅刻しそうなグラズとクロトは、果たして待ち合わせ時間に間に合うのか……。
次回へ続きます。