0-1(旧: 001)
奇石奇譚、ついに始まります!
※この物語は長編ファンタジーの予定の為、一話が長く独自の用語が登場します。主人公と共にゆっくり、じっくりとこの世界を知って頂けると嬉しいです(2024/08/09 追記)。
<奇跡奇譚 イメージ表紙>
<奇石奇譚 コンセプトアート>
※転載、使用・AI学習禁止(Do not reupload my art.Do not use my art for AI training.)
◇
新暦780年の9の月。
今日もせっせと働く毎日。スキラの日常は基本変わり映えしない。
早朝から馬に餌をやり手入れをし、鳥小屋の卵を収穫する。それが終わると朝食の手伝いをし片付け、玄関掃除をし、旦那様の靴磨きをして見送る。その後やっと朝食にありつける。薄く切られたパンと余り物のハムや野菜の切れ端と水。たまにスープの残りがあったり、果物なんて付いたら凄く豪華な食事である。食後は屋敷中の掃除をする。広い屋敷を毎日掃除するのは大変だが、意外に屋敷全体をピカピカにするのはやり甲斐がある仕事だ。
それ以外の時間は基本坊ちゃんの側で仕える。
坊ちゃんに家庭教師が来ている時間は自由だが、そういう時間は基本自分の服の洗濯、料理長にお使いを頼まれたりして時間が終わってしまうのが常である。自由な時間があってもやることもお金も無いし、むしろ無い方が良いかもとスキラは思ったりしている。
そんなスキラだが坊ちゃんに仕えている時間だけは自由が恋しくなる。
早起きも掃除も料理も嫌ではないしそこそこ楽しんでやっているが、彼はどうも坊ちゃんに仕える時間だけは苦手だった。彼に仕えるのには理不尽が多過ぎるのだ。
「おい、スキラ。お前の御主人様であるこの俺にまたこんな怪我をさせやがって……医者をさっさと連れてこい!」
そう言われて屋敷から出たのが先程のこと。
思い返す度に溜め息をつき、街中の医者を探し歩いているのが現在だ。
別にスキラが怪我をさせた訳ではない。事の発端は友人がいるからって剣で戯れ始め、危ないから止めて下さいと言って聞かなかった結果、怪我をした。つまり坊っちゃん方が悪い。忠告を聞いてもらえず怪我をするのはよくあることで毎回怪我の責任はスキラとなる。それ自体はいつものことだがらまだスキラの許容範囲内の出来事だった。いつも通り主治医を連れてきて謝れば済む話なのだから。
だが、今日に限ってはいつも通りとはいかなかった。
いつもお願いしている主治医が隣街に出張中だったのだ。他の街医者はうちの坊っちゃんにケチを付けられ牢に入れられないかと嫌悪して基本近寄りたがらない為、立場の低い下働きのスキラが頼みに行くと絶対来てくれない。他に頼む宛も無く、お手上げ状態であった。
何せ、髪は辛うじて水で整えた程度でボサボサ。服装は汚れが目立つみすぼらしいシャツに、継ぎ接ぎの多いズボン、底の磨り減った足より一回り大きい靴。この姿を見れば彼が下働きなのは一目瞭然なのだ。下働きの言葉など、この街では中々聞いてもらえないのが常であった。
彼の名はスキラ・フーリエ、14歳。
歳の割りに背は低く痩せっぽっちの、少し癖のある金髪に水色の瞳を持つ少年である。家族を早くに亡くした彼はとある屋敷で幼い頃から住み込みの下働きをすることで生きている。
この街 レプリスでは下働きは一番賃金が安いが、誰でも年齢関係無くなれる職業だ。仕事内容は雇い先によるが基本雑用・買い出し・配達・掃除等なんでもやるのが下働きの仕事だ。なんでもやれるのなら賃金がもう少し高くても良いのでは、他の職業につけば儲かるのでは、そう考える者もいるだろうがここではそれが通用しない。通用しないのはこの街の条例に関係していた。
レプリスでは職に就ける年齢が18歳からと条例で決められており、18歳未満の年齢で働くことは禁じられている。ただし事情があって働かないと生きていけない者たちの為に、例外として唯一認められている職業が下働きである。
領主に事情を説明し働く許可を取る。その後数日中に領主は雇い先を探し、雇い主と内容を交渉し雇い先を決める。その際決まった内容は書面に書かれる。内容はお金に関することや衣食住に関すること、労働内容等だ。領主が雇い先を見つけた後、連絡を受けもう一度領主の元を訪れる。そこで先に領主と雇い主の間で作られた書面を見て、そこに自分のサインをすることでその書面が認められる。認められれば領主から一時金として身支度金を貰い住み込みの為の支度をし、契約日からは住み込み先で働きお世話になる。
その後の衣食住には困らず生きていくことは最低限保障される。子供が盗人もせず生きていくには、レプリスでは十分な条件である。ここでは下働きの子供はそこそこおり、同情されることもない。同情されないが下に見られる職業ではあった。
スキラは別に下に見られることは気にしたことがなく仕事も気に入っているのだが、たまに生き辛さを感じていた。例えば今回みたいな時、彼が下働きではなく使用人なら医者に来てくれと頼めば直ぐ来てもらえるが、下働きの言葉は基本的に聞く耳すら持たれず、門前払いされてしまう。
ただでさえ下働きの話は聞いてもらえないのにスキラの場合、雇い主の息子の評判のせいで更に話を聞いてもらえない。その雇い主というのはこのレプリスの領主であるバニス家だ。それだけだったらむしろ話を聞いてもらえる自信がある。レプリスの領主でありバニス家の当主である旦那様はこの街を少しでも住みやすくしようと日々努力する皆に好かれる領主だからだ。だがその息子の評判は物凄く悪い。
その評判とは性格がひね曲がった一人息子が自分より立場が弱い者にちょっとしたことでケチを付けたり、何でもかんでも訴えたりと、相手を追い込むことに容赦がない。更に最近は異性に興味が出てきたらしく、可愛い少女を見つけると自分の嫁、もしくは愛人にしようとするというものだ。
それが嘘なら良いのだが、残念ながら真実でその誘いを受けた被害者が何人も居る。その事実を耳にした旦那様は息子に事実確認し注意したが改善されず、現在も頭を悩ませている。そんなバニス家にいつも来てくれる医者はバニス家御用達の主治医しか居ないが、現在出張中だ。他を当たれど、他の医者には門前払いをされる。
スキラは途方に暮れながら宛もなく医者を探した。何件も渡り歩くも良い返事は貰えず、とうとう街の最後の医者に断られ、スキラは涙目で路地裏でしゃがみこんで俯いていた。今の医者で最後の望みが断ち切られてしまった。いつもは坊ちゃんの命令をどうにかしてきたが、流石に今回ばかりはもうスキラだけではどうしようもなかった。それ以上に誰にも話すら聞いてもらえず無視され続けたことが、幼いスキラの精神を泣きそうになる程削っていた。
――――――どうしよう、どうしよう、どうしよう。
行き場の無い不安が彼の心に溢れんばかりに押し寄せていた。
――――――どうしよ……どの医者に頼んでもダメだった。もう宛もない。流石にやばいよなぁ……殴られたりするのかな、それだけじゃ済まないよな。クビ……にするよなーきっと、あの坊ちゃんだし…………。
「はぁ…………」
「君、大丈夫? どこか具合が悪いの?」
「いや……具合が悪いとかそんなんじゃ……あれ、僕……幻聴が聞こえる位疲れてたっけ……」
「幻聴じゃないんだけどなぁ。働き過ぎでお疲れさんなのかな」
「…………え?」
幻聴で無かったことに驚きつつ、透き通ったソプラノの声色を探す様に頭を上げる。目の前には暗灰色の髪の可愛らしい美少女が視線を合わせる様にしゃがんでおり、彼女の連れらしき白髪の老いた男性と黒い犬の様な動物がこちらへやって来た。老人はしゃがんでいる美少女に話しかける。
「ライラ殿、どうかなされましたかな?」
「この子が溜め息ついてたから。それでどうかしたの?」
「いや……医者が見つからなくって。見つからないというか、来てもらえないというか……。うちの坊っちゃんはワガママばかりの嫌われ者で、この街の医者は皆関わらない様にしてて……。それで来てもらえなくって。でも坊っちゃんが怪我をしてしまって……手当しないといけなくって……僕悪くないけど僕のせいになってて……。でも、見つけ……ない、と、ぼく、帰れなくってぇ……」
スキラは後半泣きながら事情を説明していた。勝手に涙が溢れだしていたのだ。
見ず知らずの彼らに話したって解決しないであろうとは思いつつも、この時のスキラは話さずにはいられなかった。今日一日医者に話すら聞いてもらえなかった幼い彼にとって、美少女との会話はやっと他人に話を聞いてもらえた出来事だった。一言漏れてしまえば今まで我慢していたものが一気に溢れでてきていた。
スキラが一通り説明し終わった時、目の前でずっとしゃがみこみ話を聞いていた美少女は大きな瞳をぱちくりと瞬きをさせ首を傾げた。
「つまり怪我をしたその坊っちゃんの為に治療をする人が必要ってこと?」
「そうだ、けど……でももう宛が……」
「なら、ギュンさんと私で行けばなんとかなるよねっ、ギュンさん」
「ですな。僭越ながらこのじじい、少しは医術の知識があります。彼女も薬学の知識が豊富です、どうですかな?」
「え、まあ、はい。来て貰えるのは凄く嬉しいんですが。でも」
話の流れに脳がついてこれず戸惑うスキラに目の前の美少女は満面の笑みでなんとかなるよと言い、自己紹介を始めた。
「なら決まり! 私たちにお任せをっ。私はライラ。こっちの紳士はギュンターさんで、こっちの黒いのはクロトって言うの。宜しくね」
「え、あっ、よろしく。僕はスキラ。スキラ・フーリエです」
――――――とりあえずこれで医者が見つかったけど、坊ちゃんがこの人達に何かしないだろうか。
スキラは医者が見つかった嬉しさ半分、この後の不安半分と何とも言えない心情だったが、優しく微笑むライラに釣られてニコッと微笑む。ライラは「さ、行こっ」と声をかけ、ギュンターと先に歩き出す。だがニ三歩歩いたところでふとクロトがいる後ろへくるりと振り返る。
「あ、クロは先に戻ってグラズに帰り遅くなるって伝えといて~」
――――――なんでこの少女は犬に伝言を頼むのだろう、言葉が通じないと思うんだけど伝言って……。
スキラは内心、この少女のことを変わった子だなと失笑していた。それが表情に出ていたのだろうか。ライラの言葉にクロトは溜め息をつく様な仕草をとると首を一度縦に振り、チラリとスキラを横目で見た。それは一瞬だったが、その視線は鋭く睨み付ける様にスキラを見ていた。
クロトと呼ばれた大きな犬に睨まれた気がして、ビクッとスキラの身体は震えた。心を読まれたかとスキラは視線の意味が気になりはしたものの考えることを止めた。まずは考える云々以前に体を動かさなければならない。何故なら彼女たちに置いてかれつつあるからだ。
「ちょ、ちょっと僕を置いてかないで~!!」
※2024/07/04 表記の修正や見やすい様に改行等、行いました。
※2024/07/30 コンセプトアート追加しました。
※2024/09/05 001~017までのエピソードタイトル表記を変更しました。