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1LDK、そして2JK。  作者: 福山陽士
第3部 気付きと迷い・それぞれの道
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第61話 玉葱とJK

 奏音が風呂に入っている間、俺とひまりは料理に励んでいた。


 ひまりが言い出したこととはいえ、音頭を取っているのは俺だ。

 最初はひまりが玉葱を切ろうとしていたのだが、包丁を持つ手付きがあまりに危なっかしいので、俺が無理やり奪ったのだ。


 見ているだけで寿命が縮むかと思った。

 はりきるのは良いが、ここで怪我をしたら洒落にならんからな……。


 俺が玉葱を切る手付きは、我ながらまぁまぁだと思う。それでも奏音と比べたらぎこちないけど。

 とか考えていたら、俺の目から勝手に涙が落ちてきた。

 ふと思う。人類は目に強い刺激を与えてくるこの野菜を、なぜメジャーな食料として採用したんだろうと……。


 疑問はさておき、涙を流したまま玉葱を切り終え、フライパンの中に投入。

 そのタイミングでひまりが「どうぞ」と俺にティッシュを渡してきた。


「ありがとう」


 眼鏡を外し、すぐにティッシュで涙を拭き取る。

 視界の端の方で、輪郭のぼやけたひまりが俺の方を見つめているのに気付いた。


「そんなに見るなよ……」


 自分の意思とは無関係に出た涙だが、やっぱり見られると少し恥ずかしい。


「えへへ。眼鏡を取った駒村さん、可愛いなって」

「なっ――!?」


 可愛い!?

 今まで言われたことがない形容詞に思わず俺は驚いてしまった。

 しかも年下の子に言われるとか。何だかとても気恥ずかしい。


「大人をからかうんじゃない」

「からかってませんよ。意外と目が大きいんだなって。眼鏡を取ると美形になるのは漫画では定番ですが、その理由がわかった気がします。レンズのせいで元の目よりちょっと小さく見えるんですね。なるほど……」


 サラッと『可愛い』と口走ったひまりから、特に下心のようなものは感じない。

 俺が一人で動揺しているのが、ちょっとだけ虚しくなるほどに。


「それにしても切るだけで涙と眼鏡キャラの素顔を同時に見せることができるとか、玉葱って美味しいアイテムですよね」


 着眼点がやっぱり絵を描く人のそれだなと思ってしまった。


「キャラとか言うな。そもそも俺の存在は漫画じゃない」


 再び眼鏡を掛けた俺は、今度は豚バラ肉を切る作業に移る。

『可愛い』という言葉もそうだが、『美形』という単語も脳内の隅に引っかかりムズムズしたので、すぐに忘れるために軽く頭を振った。






「よし。こんなもんでいいだろ」

 

 フライパンで炒めた野菜と肉を菜箸で取った俺は、そのまま手で摘まみ味見をする。


「うむ。やはり焼き肉のタレは最強だな」


 料理が上手くない俺でも失敗しない味付け、焼き肉のタレ。野菜も肉も程よい味付けだ。


「なるほど、勉強になります……。これなら私にもできそうです」


 隣で見ていたひまりが真剣な目で呟いた。

 独身男の手抜き料理だが、これはひまりも覚えていて損をすることはまずないだろう。


「その前にひまりは、包丁の使い方をもう少し何とかしないとな」

「うぅ……頑張ります」


 そういえば以前作ってくれたミートスパゲティの時は、包丁を使っていなかった気がする。

 まぁ、こういうのは慣れだからな。俺も人に偉そうにできるほど使い方が上手いわけではないし。


「あ、駒村さん、お鍋のお湯が沸いたみたいですよ」


 隣のコンロで火にかけていた鍋を見ると、確かにグツグツと沸騰を始めていた。

 これは味噌汁用に沸かしていた湯だ。


「よし。一旦火を止めてから出汁の素を入れて、味噌を溶き入れるんだ。その後に豆腐と油揚げを入れるだけでいい」

「わかりました」


 味噌汁の具材には特にこだわりはないので毎回変わる。

 玉葱を入れても良かったかもしれない、と今さら思ったがもう遅かった。


「この油揚げ、既にカットされているんですね」

「そうだな。便利で助かる」


 こういう手間を省ける食材の存在は、奏音が買ってこなかったら俺はこの先も知らないままだっただろう。

 奏音が買ってきた食材のストックを今までそれとなく見てきたわけだが、正直に言うとかなり勉強になっている。

 この先一人暮らしに戻った場合、以前より買い物の質も変わりそうだ。


 しかしこうして二人で協力しながら料理を作るのって、まるで夫婦のようだな――って何を考えてるんだ俺!?

 自分の思考に急激にむず痒くなる。


 洗面所から奏音が出てきたのは、そのタイミングだった。直前に考えていたことがことだけに、一瞬だけドキリとしてしまった。

 

 奏音はタオルを頭に乗せ、濡れた髪をわしわしとしながらリビングに移動する。


「ご飯、ちょうどできたぞ」

「うん。髪乾かしてからすぐ食べる」


 早速ドライヤーのコンセントを刺した奏音の姿を見届けてから、俺は再びコンロに向き直る。

 そこには「はわわ」と取り乱したひまりが、白い塊で汚れてしまったコンロを見つめていた。


「す、すみません駒村さん。豆腐、ちょっとだけ落としちゃいました……」

「……前から思っていたけど、ひまりってかなり不器用だよな」

「うぅっ。すみませーん……」


 絵を描く技術はとても器用だと思うんだが、どうやら料理とは全然関係ないらしい。

 俺は苦笑しつつ、ふきんを用意するのだった。


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