第6話 就寝前のJK
ピザを食べ終えて少ししてから、先にひまりを風呂に入れた。
といっても、浴槽に湯は溜めていない。申し訳ないが「今日はシャワーで」ということは伝えている。
風呂に湯を張るのは、奏音がリクエストした浴槽用の掃除ブラシを買ってからの方が良いだろうと思ったからだ。
ひまりを待っている間、奏音は自分の荷物をゴソゴソと整理していた。
「そうだ。服はここに入れてくれ。下から二段目を使ってくれていい」
俺の部屋兼、寝室のチェストの引き出しを開けながら奏音に説明する。
元々は弟が使っていた所だが、今は何も入っていない。一番下も空いているので、そこはひまり用にしよう。
奏音は頷くと、早速持ってきていた衣類を移し始めた。
「お風呂上がりましたー」
そのタイミングでひまりが髪を拭きながら洗面所から出てきたのだが、先ほど着ていた服のままだった。
違うのは髪が濡れているところだけ。
そういえば女性の髪が濡れている姿は、中学生の時にプールで見た時以来だ。
変な意味はないが、何か……つい目が惹かれるな……。
「ひまり、それで寝るの?」
奏音が聞くと、ひまりは困ったように笑う。
「寝間着を持ってくるの忘れてまして……。あとは学校の制服しかないし……」
ひまりの荷物は奏音と同じくらい少ない。
突発的な家出だったみたいだし、着替えをたくさん持ってくる余裕なんてなかったことは想像つく。
「私の服を貸してあげる――って言いたいところだけど、ひまりって私より背が高いから入るかなぁ。ちなみに普段着ているサイズは?」
「Mだけど、物によってはLもあるかな」
「うあ、マジで。私Sサイズなんだよね……」
「あぁー……。Sはちょっときついかも……」
眉をハの字にする二人を後目に、俺は寝室のクローゼットに向かう。
確か、去年1回しか着ていないTシャツがあったはず。
ほどなくして目当ての物は見つかった。
リビングに戻り、早速ひまりにそれを渡す。
「とりあえず俺のだが、今日はこれを着ておけ。去年1回しか着ていないやつだ。あぁ、ちゃんと洗っているから、そこは安心してくれ」
「えっ。良いのですか?」
「その服を着たままだと洗濯ができないだろう」
「あ、ありがとうございます」
ひまりはTシャツを受け取ると洗面所に向かう。
多少大きいだろうが、今日寝るだけなら問題ないだろう。
大は小を兼ねると言うし。
買う物リストに、ひまりの服も追加しておかないといけないな。
奏音は――服はいるのか?
そういえばいつまでうちにいる予定なのか、そのあたりは全然わからない。叔母さんが帰ってくるかどうかだしな。
まあ奏音の服は、足りなくなったら家に取りに帰ってもらおう。
生活用品に加え、二人分の服まで新調するのは、俺の財布的にも少しつらい。
頭の中で買う物の整理をしたところで、再びひまりが洗面所から出てきた――のだが、やけにモジモジとしている。
その理由は言わずとも知れた。
「ちょ、ひまり! 何かエロいってそれは!」
うろたえる奏音。
俺のTシャツは完全にミニスカートになっていたのだ。
ひまりはTシャツの裾を手でひっぱり、少しでも長い生足を隠そうとしている。
大きさ的にもう少し隠せる部分が多いと思っていたのだが、残念なことに予想が外れてしまった。
少しだけドキッとしてしまった自分が悔しい。
……落ち着け。相手は子供だ。
「あ、大丈夫です。さっきのショートパンツよりも長いですし……」
「でもその下、ショートパンツじゃなくて下着でしょ?」
「は、はい……」
俺の方を振り返り、キッと睨む奏音。その目は「これが目的だったでしょ?」と語っている。
激しい誤解だ。そんな下心は完全に持ち合わせていなかった。
でもまあ、目は向いてしまうよな。不可抗力ながら。
それを馬鹿正直に言うつもりは当然ないが。
誤解を解くには、ここは言葉より行動だろう。
俺はもう一度クローゼットに向かい、昨年の秋から使っていなかったジャージを取り出してひまりに渡す。
「たぶん大きいと思うが、一応試してみてくれ」
コクリと頷き、三度洗面所に向かうひまり。
そして出てきたひまりは、今度はジャージがずり落ちないようにウエスト部分を支えながら出てきた。足元の部分は完全に余っている。
ズリズリと引き摺るように歩き出したひまりだが――
「あぶっ!?」
裾を踏んでこけてしまった。
その拍子にTシャツがめくれ、白い下着に覆われた形の良いお尻が露わになってしまう。
咄嗟に目を逸らすが、ひまりの柔らかそうなお尻はしっかりと目に焼き付いてしまった。
あの尻は…………ふむ。痴漢、許すまじ。
「…………やっぱりジャージは脱いだ方が良いかもね。危ないし」
ひまりのこけ方があまりにもドジだったせいか、さすがに奏音も少し呆れ気味に呟く。
「うぅ……そうします……」
落ち込むひまりと入れ替わるようにして、今度は奏音がシャワーを浴びに向かうのだった。
奏音がシャワーを浴びている間、ひまりはドライヤーで髪を乾かす。
「ひまりは、夢を諦めたくないから家を出てきたわけだよな」
「え!? あ、はい。そうです」
ドライヤーの音に負けないよう、大きな声で答えるひまり。
「その『諦めたくない』の具体的な方法は考えているのか?」
「そ、それは……」
ひまりはそこで押し黙る。
ドライヤーの音だけがしばらく部屋に響く。
ひまりは部屋を借りようとしていた。結局失敗に終わったが、俺はその先を知りたいと思ってしまったのだ。
この気持ちはただの野次馬根性か、それとも興味なのかは自分でもわからない。
「じゃあ、仮に住む家やお金の問題がなかったとしたら、どうしたいんだ?」
「もし、そうだったら……賞に応募したいです。スカウトされるのを待つより、自分から動いていきたい」
「そうか……」
静かに紡がれた言葉だったが、そこには揺るぎない決意が込められているのを感じた。
ドライヤーの音が冷風のものに変わる。
ひまりは目を閉じ、自分の顔に風を当て始めた。風に煽られ、顔周辺の髪が激しく揺れる。
自分の短髪ではできないことだからか、女性の髪が風に靡く様子にふと目を奪われてしまう。
奏音が洗面所から出てきたのは、ひまりがドライヤーを切った直後だった。
ゆったりとしたスウェット姿は、制服姿とのギャップが激しい。
しかし俺のと似たようなスウェットなのだが、女子高生が着ると全然別の物に見えてしまうのはなぜなのか。
「そういやさっきのリストには書いてなかったんだけど、シャンプーとリンスも買っていいかな?」
タオルで髪をわしゃわしゃと拭きながら言う奏音。
俺は無言で頷く。
やはりアラサーの男が使っているシャンプーは、女子高生には受け入れがたいものがあるのだろう。
リンスに関してはそもそも置いていない。
「あのシャンプーめっちゃスースーする。ミントを頭に塗ってる感じ」
「その清涼感が気持ち良いんだろ。毛穴に効いてる気がするし」
「………………」
なぜかジト目で睨まれてしまった。
女子高生との会話は難しいものだ。
就寝時間。
俺は自分の部屋のベッドで寝て、女子二人はリビングで寝ることになった。
奏音がソファの上で、ひまりが床。
ソファで寝るのは毎日交代でということになった。
ただ、布団が足りない。
床で寝るひまりに敷き布団、ソファで寝る奏音には掛け布団を渡したが、ひまりも体に掛けるものがないと風邪を引くかもしれないので、俺の掛け布団を渡した。
そういうわけで、俺の今日の掛け布団は薄いタオルケットだけだ。
雨のせいか少しだけ冷えるが、冬ではないから凍えることはないだろう。
まぁ、明日は休みだ。奏音に言われた物を含め、色々と買いに行こう。
部屋の電気を消してベッドに寝転がると、睡魔が一気に襲ってきた。
本当に今日は、濃い一日だったな……。
ウトウトとしだしたところで、リビングから二人の声が聞こえてきた。
「わ。ひまりの学校の制服超可愛いじゃん!?」
「そ、そうかな。奏音ちゃんの所のブレザーも可愛いよ。色が好きだな」
「ねえ。明日さぁ、ひまりの制服ちょっと着てみてもいい?」
「うん。いいよ」
「えへへ。ありがとー」
そんな女子高生たちの会話を聞きながら、次第に俺の意識は遠のいていった。