第44話 告白とJK
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「お疲れさまでしたー」
バイトを終えたひまりが従業員用の出入り口から外に出ると、扉の上に設置された、人感式の照明が眩しく光る。
その隣には防犯カメラが設置されていた。
といっても、防犯カメラはダミーだ。
照明の方は前からある物だが、防犯カメラのダミーは、先日のひまりを待ち伏せていた客の件を受け、店長が即座に取りつけたものだった。
本物の防犯カメラを設置するにはやはりコストがかなりかかるらしく、すぐには無理らしい。が、ダミーでも心理的抑止になる。
実際ダミーとわかっているひまり自身も、出入り口を通る時はちょっと緊張するようになった。
おかげであれから、あの客は来ていない。
ひまりは平穏なバイト環境が戻ってきたことに安堵しつつ、高塔に感謝していた。
彼が一連のことを店長に報告してくれたのだ。
ダミーの防犯カメラが設置されたのもそれからだった。
店長はいずれ本物の防犯カメラを設置するとも言っていたので、心強い限りだ。
さらに高塔は、ひまりとシフトの終わりが重なった時は、駅まで一緒に帰ってくれるようにもなった。
ひまりにとって、それはかなり心強いことだった。
人感式の照明が消え、周囲はまた暗くなる。
ふと空を見上げると、明るい星がいくつか瞬いて見えた。
ひまりは近くの牛丼屋に向かって歩き始める。
あの時以降、高塔と一緒に帰る時はそこの自販機の前で待ち合わせをする流れになっていた。
自販機の前に着いたひまりは、しばしそこで待ち続ける。
しばらくしてから、私服に着替えた高塔がやってきた。
「お待たせ。行こうか」
「はい」
合流してすぐ、二人は並んで歩き出す。
「今日はそれほど忙しくなかったね」
「そうですねー」
駅まで数百メートルしかないので、その間の会話は本当に当たり障りのないものが多い。
今日のお客さんが着ていたネタTシャツが面白くて吹き出しそうだったとか、お互いの最寄り駅の様子とか、好きな漫画とか。
これまで高塔と一緒に帰った数回は、そのような会話をして駅まで向かっていた。
「…………」
「…………」
しかし、今日はそこから会話が続かない。
高塔の雰囲気がいつもと違うのをひまりは感じ取っていた。
そういえば、今日は仕事中もほとんど目が合っていなかった気がする。
(どうしたのかな。具合でも悪いのかな……)
ひまりが心配したその時、ようやく高塔が口を開く。
「あの……駒村さん」
「は、はい。何でしょう?」
『駒村』の姓で呼ばれることに慣れてきたのに、この時ばかりは妙に緊張してしまった。
「駒村さんは、その――彼氏はいる?」
「え? いない、です……」
「あ、うん。だよね……。いたら、あの件以降迎えにきてるだろうし……うん」
何か一人で納得してしている様子の高塔。
ひまりの胸が少しズキリと痛む。
おそらく駒村が彼氏だったら、ほぼ間違いなく迎えにきてくれていただろう。
でも残念ながら、そのような関係ではない。
それ以前に、ひまりは客に待ち伏せされたことを駒村に話していなかった。
心配をかけたくなかったし、何よりこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないという考えが強かったのだ。
(同じことはもう起きないだろうし――)
沈黙の中、二人は駅に向かって歩き続ける。
夜になっても街は明るいが、昼間にはあまり見かけない大きな声の人や酔った人が増えていた。
一人だと少し心細くなっているところだが、隣に知り合いがいるだけで気持ちは楽になる。
「あの――駒村さん」
高塔が声を発した時は、もう駅前に着いていた。
「はい?」
突然名を呼んだ高塔は足を止める。ひまりもつられて止まった。
「その、この間は冗談だって言ったんだけどさ……実はそのつもりはなくて」
高塔は照れくさそうに頭を掻きながら言う。
視線は定まらず、とてもソワソワしている。
「……?」
何のことかわからなかったひまりは、小首を傾げることしかできない。
「その、『俺の彼女』だって言ったこと」
「えっ⁉」
出てきた単語に驚き、ひまりは思わず高い声を上げていた。
高塔は小さく深呼吸をした後、ひまりの目を真っ直ぐと見据える。
「好きです。俺の彼女になってください」
「――!?」
ひまりは目を大きくして固まるばかり。
それはひまりにとっては唐突すぎる告白だった。
好き――。
それはひまりも胸に抱いている想い。
でも、まだ告げていない想い。
そして、目の前の青年とは交わらない想い。
「え……? あの……どうして?」
真っ先に口から出てきたのは、理由に対する疑問だった。
「一生懸命なところが可愛い」
「う……あ……」
即答され、ひまりの顔がみるみるうちに赤くなる。
こんなことを異性から正面切って言われたのは初めてだ。
褒めてもらえるのは嬉しい。
しかし今この瞬間でも、ひまりの頭の中に浮かんでくるのは駒村の姿だった。
何を、どう伝えればいいのかわからない。
ただ、高塔の想いに応えることはできない――という気持ちは間違いなくあって。
でも、どのような言葉にして伝えればいいのかわからなくて。
しばらくひまりは俯いていた。
恋愛を意識していなかった人からの告白は、こんなにもいたたまれない気持ちになってしまうものなのか――。
高塔が自分の手を強く握っているのが視界の端に見える。
彼がとても緊張していることがわかってしまって、それがことさら辛かった。
でも、うやむやにはできない。したくない。それは高塔に失礼だ。
ひまりは意を決して顔を上げる。
高塔は平静を装いつつも、顔からは緊張が滲み出ていた。
「あ、の――」
声が震える。
心臓が口から出てしまいそうだ。
それでも、ひまりは止めなかった。
「私、好きな人がいて――だから、その、ごめんなさい……」
丁寧に頭を下げる。
嘘偽りのない心だったからこそ、ひまりは誠実に告げた。
雑踏の音がやけに大きく聞こえる。
それに重なるように、自分の心臓の音も脳内に響く。
顔を上げるタイミングがわからなかった。だからひまりはゆっくりと体を起こす。
でも、高塔の顔を見ることはできなかった。
申し訳ない。
優しくて良い人だと思うし、決して嫌いじゃない。
でもごめんなさい。
どうしてこんな私なんかを。
ごめんなさい――。
一瞬の内に、これまで一緒に帰ってきた時のこと、厨房でやり取りする姿や、彼と交わした他愛もない雑談などが頭の中を巡る。
泣きそうになってしまったが、本当に泣きたいのは高塔の方だろう。
だからせめて、腹の底からこみ上げて来る感情だけはグッと我慢した。
「あーー………………そっか…………」
「はい…………」
「ごめん」
「いえ…………」
沈んだ雰囲気で向かい合う二人を流し見ながら、次々と駅の中に入って行く人々。
ここにきて、急にひまりは周囲の視線が気になり始めた。
「あの………………それじゃあ…………」
別れ際の挨拶をどうすればいいのかわからなかった。
ひまりはもう一度ペコリと頭を下げてから、先に駅の中に入る。
いつもは改札の中まで一緒に行くのだが、高塔はついてこなかった。
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