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1LDK、そして2JK。  作者: 福山陽士
第1部 26歳サラリーマン、女子高生二人と同居始めました
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第14話 決意とJK

 今日の天気は曇り空だった。


 確か奏音とひまりが家に来た日も、夕方からこんな空模様だったなと思い出す。


 二人が来てからまだ数日しか経っていないが、既に何週間も経過したような錯覚を覚える。


 二人が来てからの生活は、それほど俺にとって新鮮だった。


 それはそうだ。

 家に帰っても誰もいなかったのに、いきなり二人も加わったのだから。


 灰色の雲をぼんやりと眺めていると、書類を数枚持った磯部がおもむろに俺のデスクに近寄ってきた。


「なぁ駒村。これ、数字が1行ずつずれてんぞー」

「えっ――」


 慌てて磯部から渡された書類に目を通す。


 これは――やってしまった。

 上から3行目、数字を入力するのを忘れてそこからずれてしまっている。


「いつもミスをしないお前が珍しいな。今も何かボーッとしてたみたいだし。体調でも悪いか?」


「いや、別にそういうわけじゃない。すまん、すぐ直す」


「ふーん……? ま、修正よろしく。みんなの大事な給与なんだからちゃんとしてくれよなー」


 パソコンの画面を睨み始めた俺を見ると、磯部は自分のデスクに戻っていった。


 いかんな。仕事中もあいつらのことを考えてしまうとは。


 無理やり意識を切り替えるべく、俺は大きく深呼吸をした。






 仕事でミスした時間を必死で取り返し、何とか定時で退社。


 家に帰ると、既に奏音がキッチンに立ち夕飯を作っていた。


「……おかえり」


 俺の方を見ずに言う奏音。

 でも、俺としてはそれでも嬉しかった。


「おかえりなさーい」


 奥の方からひまりの声も聞こえた。


「ただいま」


 まだ「ただいま」を言うのが少し照れくさい。


 でも仕事から帰ったら誰かがいるって、改めて良いものだなと感じた。


 俺はネクタイを緩めつつ、奏音の斜め後ろに立ってその作業を眺める。


 フライパンの中には刻まれた豚バラ肉が入っており、弱火で炙られて良い油を出し始めている。


 その隙にエリンギを切ってフライパンに投入。

 そして電子レンジからブロッコリーを取り出し、それもフライパンに入れた。


 なるほど。

 ブロッコリーは茹でなくても、皿と水とラップを使えばレンジでいけるのか。


「さっきから何? 気が散るからジロジロ見ないでよ」


「いや、手際がいいなって。ちなみにこれは何の料理だ?」


「特に名前はないよ。味が濃いめのただの野菜炒め。油の代わりにマヨネーズを使うやつ」


 何だその裏技っぽい料理は……。


 まぁ確かに言われてみれば、マヨネーズも油だよな。


 俺が驚き感心している間に、奏音はマヨネーズと少量のチューブにんにくを混ぜ、フライパンに投入。


 火を強めて炒め始める。


 そして少し経ってから黒胡椒をふりかけた。


 そういえば、うちにはチューブにんにくも黒胡椒も置いてなかったはず。


 この間の買い物の時に購入してたんだな。気付かなかった。


「だから、ジロジロ見ないでってば」


「すまんすまん。奏音は良いお嫁さんになれるなと思って」


「なっ――!? へ、変なこと言ってないで先にお風呂にでも入ったら!?」


 本当にそう思ったからなのだが、予想以上に奏音の顔は赤くなってしまった。


 これはまずい雰囲気かもしれない。


 奏音に文句を言われる前に、急いでキッチンから離れた。






 風呂から上がると、既に夕食はできていた。


 さっき作っていた野菜炒めに加え、味噌汁もできている。


 俺の部屋で絵を描いていたひまりもテーブルに加わり、夕食の時間だ。


「食べながらでいいから聞いてくれ。今後の平日昼間のことについてなんだが――」


「あ。それ、私もお話しておきたかったです」


 基本的に俺は平日は会社。そして奏音は学校。

 家にいるのはひまりだけになる。


 そこのところを深く考えず、昨日と今日は会社に行ってしまっていたのだ。


「洗濯は私がやると決めましたけど、掃除もしておきましょうか?」


「それは俺としては助かるんだが、一つだけお願いがある。掃除機は使わないでくれ。音で近隣の住民にひまりの存在がバレるかもしれん」


「あ、そうか……。わかりました」


 ひまりの存在は最重要機密事項だ。

 彼女の存在が外に洩れた時点で、色々と終わる。


「それと、昼飯はどうする? 昨日と今日は朝に奏音がおにぎりを作っていたが――」


 奏音は自分の弁当を作るついでに、ひまりの昼食用にとおにぎりを作っていた。


 ひまりは奏音のように料理ができない。


 カップラーメンならお湯を注ぐだけなのでさすがにひまりでもできそうだが、昼間に換気扇を付けるとさっきの掃除機と同様、これまた近隣の住民に気付かれそうなので、正直なところやめてほしい。


「奏音ちゃん。おにぎりくらいなら私も作れるから、明日からは自分でやるよ」


「ん、わかった。じゃあひまりの昼食用に、夜ご飯のおかずをちょっと多めに作って取っておくね。そんで温めて食べたらいいっしょ」


「うん、ありがとう。それから私、アルバイトを探そうと思っています」


『えっ――』


 ひまりの発言に、俺と奏音の声が見事にハモった。


「いや、家出をしているのにそれはまずいんじゃないか?」


「そうだよひまり。危ないよ……」


「駒村さんも奏音ちゃんもありがとう。でも私、今日一日考えました。このままただお世話になりっぱなしになるのは、やっぱりどうしても嫌です。せめて、自分の食事代くらいは出したいです」


「でも――」


 ひまりの真剣な顔を見て、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。


 この目は本気だ。


 ひまりは、夢のために家出をしてくるほどの行動力があるわけで――。


 彼女の決意を変えることは困難だと、その目を見て理解してしまったのだ。


 奏音もそれを察したらしく、不安げな顔でひまりを見つめるだけだ。


「意志は固そうだな……。でも、本当に大丈夫か? もし見つかったら、もう夢がどうこう言っていられなくなると思うんだが」


「前にも言ったと思いますが、それは問題ないと考えています。本当に、うちの親は世間体を気にするタイプで……。絶対に大ごとにしたくはないだろうから、公的な機関を使って私のことは捜さないと思っています。念のため捜索願いが出ていないかネットで検索してみたのですが、今のところ私に関する情報は出ていませんでした」


「なるほど……」


 実は俺もそういう情報がないか、警察のホームページをこっそり見たりしていたのだが、ひまりの言う通りそういう情報はまだ出ていなかった。


 よくよく考えると、俺はまだひまりの苗字さえ知らない。

 もしかしたら『ひまり』という名前も、偽名である可能性がある。


 しかし、そこは深く追求するつもりはなかった。

 それは、ひまりが俺の家にいることを誰かに知られてしまった時のことを考えて、だ。


 彼女の本名は知らなかった。

 知らされていなかった。

 騙されていた。


 そういう言い訳の一つとして利用できるから。


 ……こんなことを計算している俺は、かなり卑怯かもしれない。


 彼女を助けている一方で、見放す時のことも考えているのだから――。


「あの、だからアルバイトをやっても良いですか? コンビニとかではなく、親に見つかる可能性が限りなく低い所を探しますので……」


「ひまりがそこまで言うならわかったよ……。じゃあ明日、履歴書を買って帰ってくるから。でも……本当に良いんだな? これで親に見つかった場合、たぶん俺は助けてやることはできない」


 ひまりは少しだけ目を閉じて何か考えていたが、すぐに目を開けて大きく頷いた。


「はい」

「……わかった」


 彼女の意志を確認したところで、奏音が食器を持っておもむろに立ち上がった。


「ごちそうさま」


 箸が止まっていた俺とひまりは、慌ててご飯を食べ進める。


 奏音が作った名前のない野菜炒め。


 マヨネーズの味はほとんどせず、黒胡椒の効いた豚肉が非常にご飯と合う。

 初めての味だったが、これはこれで美味い。


 しかし自分で作らなくても料理が食べられるって、すげぇありがたいよな……。


 これまでのコンビニ弁当やスーパーの総菜生活だった日々を思うと、改めて身に染みる。

 しかも、作ってくれているのは女子高生だ。


 さらに料理は作れないが、掃除や洗濯をしてくれる女子高生もいる。


 世の独身男性に知られたら、俺は嫉妬で殺されてしまうかもしれない。


 この状況は誰にも知られてはならないと、改めて心の中で誓うのだった。


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