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1LDK、そして2JK。  作者: 福山陽士
第1部 26歳サラリーマン、女子高生二人と同居始めました
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第10話 買い物とJK②

 それぞれのご飯を食べ終え、俺たちは一息ついていた。


 周囲は家族連れや若者のグループの談笑で賑わっている。

 人の声が重なりすぎると、本当にザワザワという音に聞こえるから不思議だ。


「ふぁ……。あとは食料を買って帰るだけだよね」


 あくびと伸びをしながら奏音が言う。


「そうだな。あ――――いや、まだだ」

「どうしたの? 他に何かある?」


「あぁ。布団を買うのを忘れていたなと」

「あ――! そうでしたね」


 大事な物を忘れるところだった。

 やはりソファだと熟睡できないだろうしな。健康のためにも睡眠は大事だ。


「そっか……」


「どうした奏音? 元気ないな」

「うん……。ちょっと疲れた」


 奏音の顔は確かに少し疲れているように見える。

 まぁ、結構歩いたもんな。


「ここで休憩しておくか? 俺はその間に布団を買ってくるから」

「あー……うん。じゃあそうする」


 俺と奏音の顔を交互に見比べるひまり。自分はどうしようか迷っているらしい。


「ひまりもここで待っておくか?」

「えっと、その……お手洗いに行きたいなって……」


「それじゃあ一緒に付いて行きなよ。荷物は私が見張っておくから」

「それでいいのか?」


「大丈夫だって。別に失踪なんてしないから」


 奏音はどこか遠くを見つめながら言う。


 たぶんその言葉には、母親に対する皮肉が込められているのだろう。

 チクリと胸に何か刺さった気がした。


「わかった。その前に――ちょっとだけ待ってろ」

「ん?」


 俺はその場から離れ、喫茶店でいちごフロートを購入。そして奏音の元へ戻る。


「ほら。これでも飲んで待ってろ」

「え……いいの?」


「まぁ、奏音には服も買ってやれてないしな」


「別にそれはいいんだけど。どうして私がいちご好きだってわかったの?」


「さっきホットドッグのセットの飲み物を選ぶ時、迷ってただろう」

「え……覚えてたんだ」


 奏音は俺のことを、かなり物忘れが激しい人間だと思っているのだろうか。

 さすがにそれくらいのことは覚えている。


「そういうわけで荷物番頼む。じゃあひまり、行くか」

「はい」


「……いってらっしゃい」


 そう言って送り出す奏音の表情が今まで見た中で一番柔らかく見えたのは、たぶん気のせいではなかったと思う。




 フードコートから離れてしばらくしてから、俺は隣を歩くひまりを見る。


「やっぱり、ひまりも何か飲み物とかいるか?」


 ひまりからしてみれば、奏音に贔屓(ひいき)したように見えたかもしれないと今頃気付いたのだ。


「いえ、お気遣いありがとうございます。私は既にいっぱい買ってもらってますから十分です。それより、あの、早くお手洗いに行きたいです……」


 真剣な表情が、割と切羽詰まった状況ということを物語っていた。


「わ、わかった」


 頭上にぶら下がるトイレマークの案内看板を目視で確認。俺たちは歩く速度を早めるのだった。






 寝具のコーナーは、フードコートとは真逆の端に位置していた。このショッピングモールを縦断した形になる。


 正直、ちょっと遠かった。店が大きければ良いってもんでもないな。


 布団はすぐに決まった。敷き布団と掛け布団がセットになっていて、一番安い物を2つ購入した。


 さすがにこれは持ち歩くわけにはいかないので、家まで配達してもらう手配にした。今日の夜には届くらしい。


「お布団まで用意してもらって、本当にすみません……」


「いや、気にするな。そもそも、ひまりがうちにいることを望んだのは奏音だ。礼ならあいつに言ってやった方がいい」


 元々俺は、一晩経ったらひまりを追い出すつもりだったしな……。


「それもそうですが……お金を出してくれているのは駒村さんなので」


「まぁ、あいつはまだ未成年だし。俺は一応奏音の血縁だしな……」


『保護者』と言うには何か違う気がしたので、その言葉は使わなかった。

 なりゆきでこんな状況になっているだけで、俺はただの従兄弟(いとこ)だ。


「じゃあ奏音の所に戻るか」


 人を避けるために右へ左へと移動しながら、歩き続ける俺たち。


「そういえば――絵を描く道具って何がいるんだ?」

「へっ!?」


 俺の問いかけに、ひまりは面白いほど目を丸くした。


「絵を描く道具だよ。親に全部捨てられたんだろ?」


「そうですけど……。あの、まさか……」


「ここまで来たことだし、ついでに買おうかなと思ってるんだが」


「そ、そんな。さすがにそこまでして頂くわけには――」


「自分で言っていたじゃないか。『自分から動いていきたい。賞に出したい』って。そもそも、絵を存分に描くために家出をしたんじゃないのか?」


「それ……は……。確かに……はい……そうです……」


「金のことを気にしているなら、それは気にしなくていい」


「あの、駒村さんはどうして――どうしてそこまでしてくれるのですか? 私はこのお礼に、一体何をすればいいんでしょうか……」


 ひまりに真っ直ぐな視線を向けられ、俺はそこで言葉を失ってしまった。


 どうしてだろう。


 昨日会ったばかりの家出少女に、ここまで俺が気にかけてやる理由。


 ひまりの問いに、俺は明確に答えることができない。


 ただ、彼女の境遇を聞いてから胸の奥の方がザワザワして、なぜか、少しだけ苦しくて――。


 自分でもよくわからない衝動が湧き上がってきて、それに従っているだけだった。


「……別に、そういうことは考えなくていい」

「でも――――」


 ひまりは尚も不安そうだったが、そこでハッと何かに気付いた顔になる。


「あっ――!? もしかして『体で払う』ってやつですか?」


「ばっ!? 何てことを言うんだ! そんなわけないだろうが!」


 思わず大きな声を出してしまい、すれ違う人たちの視線が一斉に俺に集まる。


 ……くそ、ちょっと恥ずかしい。


 でもひまりに言われたことが少しショックだった。俺がそういう人間に見えていたってことか?


 いやでも、家出女子高生を家に泊める男の目的が何かと問われたら、普通はそう思うよな……。


「え、違うのですか? 今まで読んできた家出ものの同人誌ではそういう展開が多かったので、てっきりそうなのかと……」


「お前…………同人誌で社会を学ぶなよ…………」


 ちょっと抜けているところがあるなとは感じていたが、ここまで天然だとは……。


 ――――というかちょっと待て。


 つまり、そういう(・・・・)シチュエーションの同人誌を読んでいると?

 いや、まだ未成年だろお前。


 こういう場合ってどういう反応をすればいいんだ……。しかも男じゃなくて女の子相手に。


 きちんと叱るべきなのか? でも、さすがに俺はひまりの親ではないし……。


 ………………。

 まぁ、その問題は後回しにしても良いだろう。


 今大切なのは――。


「とにかく、俺はお前に何も要求しない。強いて言うなら、きちんと絵を描いている姿を見せてもらうことくらいか? だから絵を描くには何が必要か、教えてほしい」


 ひまりはしばし考え込んでいたが、やがて大きな黒い目を俺に向けた。


「賞はデジタル応募のみの受付なので、画像ソフトとペンタブです。駒村さんのおうちにはパソコンが置いてあったので、それを貸していただけたらと――」


「なるほど。ちなみに画像ソフトって、写真の補正をするようなやつか?」

「はい。あ、もしかしてお仕事で使っていますか?」


「いや、俺の仕事は経理だから全然関係ないんだが――。弟がいた時にコラ画像を作っていたなと思い出したんだ。そういう機能のソフトなら、うちのパソコンに入っている」


「えっ――!? それってもしかしてフォトショかイラレですか!?」


「すまん。ソフトの名前までは覚えてないんだが……」


 いきなり食い気味に聞いてくるひまりに、ちょっと圧倒されてしまった。


「いえ、すみません。でもコラ画像を作れるほどの機能があるなら十分すぎます! あとはペンタブさえあれば大丈夫です!」


「そ、そうか。じゃあペンタブを買えばいいんだな」


 そうして歩いている内に、開放的な電器屋の入り口の前まで来た。

 まさにちょうど良いタイミングというやつだ。


 そのまま流れるように、俺とひまりは電器屋の中に入っていく。


「たぶんパソコンコーナーの近くにあると思います。えぇと、どこかな……」


 店内の上部にある看板を見ながら、先に先にと進んでいくひまり。


 まるで人が変わったみたいだな……。


 水を得た魚のようにイキイキと歩き出したひまりの後に、俺は後から付いていくだけだった。






 ひまりが選んだのは『板タブ』と呼ばれる物だった。


「液タブは高いので……」と言うひまりに「遠慮することはない」と言ってやりたかったのだが、値段を見てさすがにその言葉は腹の底まで落ちていった。


 液タブ……。


 ピンからキリまであるが、ほとんどが結構な値段だな……。普通にテレビが買えてしまう。


 自分の知らなかった世界を覗き見て、ちょっとだけ怖くなったのだった。






「いや、遅いし」


 フードコートに戻ると、奏音はテーブルの上に突っ伏した状態になっていた。


 奏音はいちごフロートが入っていた空き容器を掴んだまま、俺に抗議の視線を送ってくる。


「す、すまん。ちょっと寄り道をしてしまった」

「ごめんね奏音ちゃん……」


「まぁいいけど……。寄り道ってそれ?」


 奏音はひまりが持っていたペンタブの箱を見る。


「うん。これで絵を描いていいって駒村さんが……」


「へえー。そういえばひまりって絵を描こうとしてたんだっけ。そんならまぁ、仕方ないか」


 俺に対する視線は厳しいが、ひまりには優しい。

 まだまだ奏音にとって、俺は未知の存在なのだろう。


 少しずつでもいいから慣れてくれると、こちらとしては嬉しいのだが。

 まぁ、無理にとは言わない。


「よし。じゃあ食料を買って帰るか」


 改めて見ると、結構な量の買い物をしてしまった。

 さらに食料も加わるし、帰りの荷物が大変だなこりゃ……。


 二人の女子高生と荷物を分担してから、1Fの食品コーナーへと向かう。


 こんなに大荷物の買い物は、引っ越しをした時以来かもしれない。

 でも、嫌な気分ではなかった。


 こうやって荷物を分け合いながら歩くのは家族みたいだな――と少し考えてしまったから。


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